夕食の時間まであと少し

ズボラな千夏ちゃんとしっかり者の雪菜ちゃん ※百合要素有り注意※

「あー!またご飯食べてないでしょ!ちゃんと食べなきゃ駄目って言ったのに!」
 いつもは冷静な雪菜でさえ、この時ばかりは珍しく大声をあげた。あれだけ口をすっぱくして言ったというのに、今日もまた千夏は碌な食事をしてないのだ。その証拠に、千夏が住むワンルームの狭い床は某有名栄養補助食品の黄色い箱で散らかっている。どうせ、レポートだのバイトだのに追われて家事が手付かずになっているのだろう。熱心に何かに打ち込むのは結構なことであるが、自身の体調のことも少しくらいは考慮して欲しい。雪菜は、そう常々思っていた。
 しかし、当の千夏は、そんな雪菜の心配などどこ吹く風といった様子だ。むしろ、雪菜の心配性は少々過ぎているのだと認識しているほどである。千夏が言うには、少々栄養が偏ろうが今のところ酷い害はないのだからいいだろう、ということだ。対して雪菜は、かと言って偏食をするのはよくない。害は無くても、バランスの良い食事は大切なことだ、と主張している。両者の意見は正反対だ。もっとも、雪菜は心から自分のことを心配してくれているのだということを千夏は十分に理解はしているのだが。

 さて、千夏の部屋において雪菜の声が響き渡ったとき、千夏は連日の疲れもあったので睡眠をとろうとベッドに潜り込もうとしているところであった。未遂である。というのはもちろん、雪菜が合鍵を使って部屋に上がってくるなり冒頭の科白を口にしたからだ。
「突然なんなの、雪菜うるさいよ」
 気だるげな声でそう返す千夏の顔からは不満の色が窺える。実際、勝手に部屋に上がられたことよりも、自身の睡眠を妨害されたことに対して千夏は不機嫌になっていた。いつもなら、そんな雪菜の忠告もさらりと受け流すのだが、今の千夏にはそれだけの余裕が無かった。
「千夏、努力家で一生懸命なのは確かに千夏のいいところだよ。……でも、これはちょっと酷いんじゃないの。どうせお昼だって、また"これ"で済ませたんでしよ」
 雪菜は床に散乱している黄色の箱を一つ拾い上げると、それをポイとゴミ箱に投げ入れた。「まともな食事ついでに、部屋ももう少し綺麗にしたら」
「ああ、ちょうどいいや。忠告ついでにそこのゴミ全部片付けといて。私眠いから寝るし」
「あのねぇ、千夏……」
 がっくりと肩を落とし呆れつつも、言われた通りにゴミを拾い集め始めている自身の手を、雪菜は心の底から呪った。こういう自由な人間に振り回されてしまうタイプなのであろうか自分は、とそんな考えが頭によぎる。大きな溜め息が一つ。そんな雪菜の気苦労など何一つ知らないまま、千夏はこちらに背を向けたまま夢の世界へと旅立っていった。


 千夏が目を覚ましたのはそれから数時間後のこと。
 先ほどまでのゴミが散乱した部屋とは打って変わって、見違えるほど綺麗になった自室をベッドから一通り見渡して、千夏は小さく感嘆の声を漏らした。きっちりと片付けられた自室を眺めるのは何ヶ月振りだろう。冗談混じりに言ったつもりだったのに、それを真に受けてしまうところが雪菜らしい。
 結局、彼女は根がとても真面目で優しいのだ。だからこそ、千夏のこともまるで自分のことのように心配をし世話を焼く。そんな雪菜にすっかり甘えきってしまっていることも、また事実である。そして、そんな関係が何よりも心地いいということも。
 ふと、千夏は足元に目を見やる。掃除に疲れてしまったのか、雪菜が気持ちよさそうにすやすやと眠っている最中であった。雪菜の寝顔というのは珍しいもので、千夏は最初、彼女が空寝でもしているのかと疑ったくらいである。しかし、なかなか目を開けないことと睡眠時特有の規則的な呼吸をしていることから判断すると、どうやら本当に眠っているらしい。千夏は、それまで自身が被っていた毛布をそっと雪菜に掛けてやる。まだ雪菜の起きる気配はない。
「いつもありがと」
 千夏はベッドから起き上がると、ぐっと伸びをした。窓からは夕焼けの空が見える。あと少しで夕食の時間だ。今日くらいは雪菜にも楽をさせてやろうか、そういえばあいつの好きな料理ってなんだったっけと、様々な計画を頭に浮かべる。それだけでも、今の千夏には幸せであった。雪菜を起こさないようにそっと部屋を後にして買い物へ出かける。
 夕食の時間まで、あと少し!

夕食の時間まであと少し

夕食の時間まであと少し

千夏ちゃんと雪菜ちゃんの百合っぽいお話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted