課長の休日
「どうして、こんなに遅いのよ!」
「うん、まあ、いろいろあって、さ」
少々帰りが遅くなったからといって、そんなに不機嫌な態度をとらなくても、と政夫は思った。政夫は酒も飲まないし、賭け事もやらない。遅くなるのは、単に仕事が忙しかったという以外に理由などない。特に今日は、新人のミスの尻拭いをさせられて、散々な一日だった。できれば労わって欲しいくらいだ。それが無理なら、せめて普通に接して欲しいと思った。
「まったく、台所が片付きゃしないわ」
妻は尚も不満をもらしながら、政夫に残してあった食事をレンジに入れた。
(いっそ、外で食ってくりゃ良かったな。だが、そんなことしたら、せっかく作った料理が無駄になると言われるだけか)
料理というのは不思議なもので、一旦冷めたものを温め直すと、確実に味が落ちる。それをこの状況で食べたところで、おいしいわけがない。政夫は半ば義務的に料理を口に運んだ。
「ねえ、あなた。聞いてるの?」
「ああ」
先ほどから妻がPTAの集まりの話をしているのはわかったが、はなから興味がない上、妻の説明が回りくどいので、ほとんど聞いていなかった。
「じゃ、いいのね」
よくわからないが、PTAの慰労会に出てもいいか、ということのようだった。
「いいよ」
(まったく。こっちが慰労してもらいたいよ)
「来週の日曜日、朝9時集合ですって。よろしくね」
「え?」
日曜日、朝9時。
政夫は荒れ果てた畑に立っていた。
耕作放棄地の一部を息子の通う小学校で借りられることになり、子供たちの農業体験に使うことになった。そこで、PTAの父親たちから有志を募り、作物を植えられる程度に耕すことになったという。
(だまされた。いや、だまされたわけじゃないか。おれがちゃんと話を聞いてなかったからだ)
政夫の周囲には、似たような経緯で駆り出されたらしい父親たちが、予想以上に荒れた畑を見て呆然と立っていた。
「まあ、とにかく、始めましょう」
PTA副会長に促され、政夫たちは用意されたクワを手に取った。土が堅く、雑草が根を張っていて、なかなかクワが入らない。最初は小手先で動かしていた政夫も、次第に全力でクワをふるっていた。
昼時になり、オニギリと豚汁の差し入れがあった。久しぶりに運動したせいか、思いのほかうまかった。
その後、政夫たちは夕方までがんばったが、それでも七割程度しか耕せなかった。そこで、副会長が皆を集めた。
「みなさん。今日はもう日も暮れます。できれば来週も続きをやりたいのですが、参加していただける方は挙手していただけますか?」
自分でも驚いたことに、政夫は真っ先に手を挙げていた。
(おわり)
課長の休日