紅い木の話
お久しぶりになってしまいました。一久一茶です。今回は自分自身への戒めとして、この作品を投稿したいと思います。お付き合いしていただければ幸いです。
景色を見るのが好きだ。そんな僕は今、ローカル線の車窓をぼんやり見ながら通学のひと時を楽しんでいた。
昔から、ぼんやり外を眺めるのが好きだった僕。いや、正確には山々の景色を見るのが好きで、ちょっと時間に余裕のある時は、いつも乗っている路線とは別の、山々を望むルートを通って学校へ向かうのが常だった。コンクリートで塗り固められた街よりも、木々の茂る自然に囲まれている方が幸せを感じる・・・僕自身、都会に住んでいるわけではないのだが、それでもやはり、時たま緑が恋しくなる。
でも、ここ最近は別だった。目の前のひとに頭がいっぱいで、熱中しすぎて周りが見えなくなるほど心を奪われていた。そして、周りが見えなくなる癖が、相手を、そして自分自身をどんどん傷つけていた事実に気づいた時には、大切なひとは手の届かないところに行ってしまっていた。僕は慟哭した。あれほど好きだったのに。あれほど、大切にしていたつもりだったのに。あの日々は意味のないものだったのか。ただ、お互いを傷つけあうだけのための日々だったのか・・・何も分かっていなかった自分を激しく責めた。自分自身はどうしようもない屑だと、幾度となく自身の心を、そして身体を痛めつけた。
そんな僕が久々に山の見える電車に乗ったのは、いわばいつもの癖だった。学校へ行く用事はないのだが、家でいるのももったいないという感じで、それならばということであの電車に乗った。とは言え、いつもと違って僕は景色を楽しむ余裕なんてなかった。ずっと、うつむき加減で座りながら自分を責め続ける。自分があの幸せな時間を無駄にしてしまった事実に打ちひしがれる。どれだけ悩んでもとめどなく溢れ出てくる後悔の念に、既に僕はボロボロだった。そして、ふと視線を上げたのだった。
その無意識の動作が、どれだけ僕を救ったことか
車窓から見えた山々の景色は、紅く色付いていた。僕は心を打たれた。次の駅で急いで降りると、僕はその山まで走った。綺麗な紅葉・・・それは季節の移り変わりを伝えている。いや、かなり色づいていることを見ればもうかなり季節が進んだということ。その鮮やかな、それでいて奥ゆかしい色合い。そうだ、僕は緑を見るのも好きだったけど、紅葉を眺めるのも大好きだったんだ。毎年紅葉狩りに近くの神社まで遊びに行くほどこの景色が好きだったんだ。あることに夢中になりすぎて周りが見えなくなる悪い癖。その癖は時として自分自身までもを変えてしまっていた事実に気付かされた。
でも、そこで僕は自分自身を責めることはなかった。包み込むような森の雰囲気の中、時間を忘れたかのようにただ景色を眺める。そうするうちに、僕の心の中の棘が音を立てて消え去る感覚を覚えた。
「綺麗だ・・・」
何かに熱中する、時には周りが見えなくなってもいいじゃないか。自分を責める、例え自分をボロボロにしたっていいじゃないか。僕は、そんなことよりもっと根本的なところを間違えていたんだ。
自分自身を見失わないこと・・・それこそ、僕に必要な大事なこと。そんな今まで出来ていたことが出来なくなっていたんじゃないか。
僕の大切な人は、『僕』という人間を好きになってくれた。でもいつしか、僕自身がその『僕』を見失い、僕は『僕』じゃなくなっていた。
『キミの悪い癖は、周りが見えなくなることでも、自分を責め続けてしまうことでもない。自分を見失ってしまうこと。それこそキミの悪い癖・・・』
紅く染まった景色は、僕にそう優しく教えてくれた。そんなことにも気付かなかったのかと一瞬自分を責めそうになったけど、すぐに前向きになれた。舞い落ちる紅葉からの声が聞こえた気がしたからだ。
『キミにこんなことを何故教えたと思う?』
「分かりません」
『私はね、キミがもし何も悩んでない状況で私を見たところで、絶対本当の悪い癖に気づけやしなかったと思ってるの。キミはこの数ヶ月間、方向性と程度は間違っていたかも知れないけれど本気で人を愛し、本気で自分自身を責め続けながら自分を見つめ直したからこそ、私のこの声が聞こえたんじゃないかな、って私は思うよ』
僕は間違っていた。でも何が間違っていたのかは真剣に考えても分かっていなかった。でも紅葉の声はそんな僕を貶すこともなく、責めることもなく優しく包み込んでくれている。気づけば、頰に涙が伝っていた。
『だからね』
今度は、頭の上から声がした。見上げると、そこには見事なまでに色付いた一本の大木が立っていた。
『だから、キミが本気だったこの時間は無駄じゃなかったんだよ・・・』
その最後の声で、僕は後ろを向くことをやめようと思えた。僕は間違っていた、相手を傷つけていた。それは事実だし、いくら悩んでもことの根本に気づくことが出来なかったことも事実だ。でも、だからって僕がこの数ヶ月間経験した色んな出来事を『無駄』としてしまうのも、自分自身を傷つけ続けるのも違う。紅葉の声は僕に、変われと励ましてくれた。自分自身を見失わない強き心を持てと教えてくれた。なんだ、僕が過ごしたあの幸せな時間は、決して無駄なんかじゃなかったんだ。僕はこれから、自分を本気で見つめ直し、自分を見失うことのない大人を目指すんだ・・・そこまで考えたとき、自分を貫いていた最後の大きな棘は完璧に崩れさった気がした。これでもう、どこを向いても胸が抉れることはない。前を向いて歩こう。
そして今日もまた、僕はぼんやり車窓に映る景色を眺めながら、通学のひと時を楽しんでいた。あの山で会った、僕に大事なことを教えてくれたあの方も、きっと前へ進んでいる。
季節は着実に歩みを進め、もうじき紅い山々も白く化粧をすることだろう。
紅い木の話
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