三題噺「新築」「新天地」「趣味」(緑月物語―その5―)
緑月物語―その4―
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緑月物語―その6―
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神樹友紀子は特殊な女の子だった。
長い黒髪に強い意志を秘めた瞳が印象的な娘――。それが森本健司が彼女に抱いた第一印象だった。
「神樹。お前――、一体どうしてここに?」
彼女の周りには複数の男たちが気を失って倒れている。
それは、今しがた森本とそのクラスメイトの酒野修一を襲っていたチンピラだ。
校外学習中に森本と酒野は、ちょっとしたトラブルに巻き込まれた。そのピンチに神樹がタイミング良く駆け付けたというわけだ。
「教官の命令だ。お前たちを教官の元へ連れて行く」
「命令って――うっ……、わ、わかったから落ち着け。な?」
その目には有無を言わさぬものがあった。
森本と酒野は、大人しく連行されるしかなかった。
「趣味で廃車を直したら、チンピラに追いかけられた、か」
森本たちの担任である永田麗美教官は抑えた声でそう言った。しかし、そのこめかみに青筋が浮かんでいるのを森本は恐ろしげに見ていた。
「あ、いやぁ、その……」
「……――さっき、宮都の警察から犯罪組織メンバーの逮捕協力で感謝の言葉をもらっている。学校としてもこれは名誉なことだ」
「そ、それじゃあ……」
森本たちの間に安堵が広がる。
「これ以上恥をさらす前に、二人はさっさと学園に戻って反省文を提出しろ。神樹はその監視な」
「わかりました」
「な、永田教官~~!」
森本が長い間楽しみにしていた校外学習は何もしないうちに終了となった。
先日転校してきたばかりの酒野にいたっては、何が起こっているのかもよくわかっていないだろう。
送迎車の中、窓の外を宮都の街並みが流れ去っていくのを、森本は呆然と見送るのだった。
――国立緑月調査部隊、通称『緑月軍』。
元々それは緑月の地質調査が目的の部隊だったのだが、今や緑月に根付く一つの大きな軍隊となっていた。
そして、その育成学校J地区校、通称『ヤマト』。これはJ地区にかつての日本の住民が多く住んでいるためだ。
森本がヤマトへの入学を決めたのも、その日本人の持っていた緻密な技術力に魅かれたからだった。
神樹とは入学式で出会った。
「うわぁ! 新築だぜ、この校舎! ビバ新天地!」
「………………」
神樹は最初、誰とも話をしようとしなかった。
そんな神樹が気になって、森本は神樹の世話を何かと焼くようになった。
今はもういない――もう一人の女子生徒、虎井亜美とともに。
それは短くも穏やかな日常だった。
神樹は相変わらず無愛想で、虎井も何かと森本に絡んできたけれど、それでも森本は良かった。
今まで整備のことしか考えてこなかった森本とって、それは驚きの連続の日々で幸せな日々だった。
あの事件が起こるまでは――。
「……もう、私に構うな」
その一言とともに神樹は森本から距離を置くようになった。
虎井亜美――ももういない。
そして、森本はただの整備バカに戻った。
「……お前って、整備バカって聞いてたけど、本当に整備バカだったんだな」
送迎車の車内で酒野が、呆れたような目で森本を見る。
森本は何も知らない転校生の一言に苦笑すると、再び窓の外を向いた。
「……俺には、もうそのくらいしかあいつの力になれないからな」
窓ガラスには、どこか困ったような、けれども大切な何かに向けた笑顔が映っていた。
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