ニュルンベルク裁判
2003年にはかなりの観劇数が有ったのですが、この年ウイルスに汚染されこれまでの観劇日記が全てダメになりました。
舞台を観始めたのが1998年、貴重な感想文もあったのですが、とっても残念です。
2003年11月6日 宝塚バウホール
「ニュルンベルク裁判」 ひょうご舞台芸術公演
チケットが無いと寂しいね! そう言い合って急遽取った(取ってもらった)この公演は何の予備知識も持たずに見た舞台。
ひょうご舞台芸術は公演ごとに役者さんを集めるプロデユース公演をする集団で、上演される作品は何時も高い評価を受けている、位は知っていたのだが観るのは今回が始めて。
JR大阪駅で待ち合わせ阪急電鉄で宝塚へ・・・。大阪駅へ降りるのは何十年ぶりで西も東も全く見当が付かない。正に迷路! こりゃ一人で来るのはとても無理だ!
だが宝塚は本当にメルヘンチックな街だった。大劇場へ向かう道は「花のみち」と名が付いていて、両サイドには丸でヨーロッパを思わせる造りの建物が並んでいる。
何処もかも、あの夢を売る宝塚歌劇団の雰囲気が溢れ、今にもトップスターの男装の麗人が目の前に現れるのではないか? チョッと期待したのが・・・(笑)
「ニュルンベルク」とは第2次世界大戦で敗戦国となったナチスドイツの戦犯を裁く裁判が行われた場所の事。
だがここで裁かれる被告は直接の戦争犯罪人ではなく元裁判官だった3人の裁判の模様だ。彼等はどのような罪を犯したのか?
舞台には幕は無く椅子とテーブルが幾つか無造作に置かれている。そしてバックの壁は障子の様なものが3面有り、その1マスごとに実物大の椅子が飾られてある。
ナントその数70・・・!全部が椅子ではなくて中には動物や鳥も居る。これが照明によって見事に雰囲気を変えるのだ。
ある時は障子に映る椅子の黒いシルエットになり、ある時はバックが真っ暗になり前からのみ光が当たると木製の椅子の暖かな色合いがくっきりと浮かび上がる。
様々な表情を見せるこの椅子達はドイツ国民を表していたのだろうか・・・? そんな事を考えた。
その前に移動する壁の様なものがありこれが時にはスクリーンになったりもする。後は何組かの椅子とテーブルが場面に応じて裁判所になったり、テーブルクロスを掛けただけでレストランになったり、居間になったりする。いたってシンプルな装置。
主な登場人物は元裁判官ヤニング(鈴木瑞穂)ら被告達3人、それを弁護するドイツ人弁護士ロルフ(今井朋彦)と被告人の罪を厳しく糾弾する検察官の役割をするアメリカ人のパーカー大佐(木下浩之)そして裁判官を務めるのは戦勝国アメリカの、自分は地方の落ちこぼれ判事だったと言うヘイウッド判事(中嶋しゅう)ら3人、そして検察側、弁護側の証人として4人が登場する。
ナチスの純潔政策により断種という過酷な運命に置かれた検察側の証人は被告席を憎々しげに見つめながら証言する男(吉野正弘)、
16歳だった少女が初老の男性と交わったかどうか?それを否定する証言者(吉江麻樹)、
膝の上に座りキスをするのを見たと証言する女性(矢代朝子)、
それらの証言に基づいて検察側、弁護側から激しい応酬が交わされるが、判事はそれに対する異議申し立てについて、おぉっ!と思わせる却下をする。この応酬の場面は緊迫感があり中々のも。
弁護人のロルフは尊敬する被告人ヤニングとドイツの名誉の為に必死で弁護をするが、パーカー大佐はあのアウシュビッツのガス室で殺された多くの人が写っている写真を証拠として皆の前で映し出した時、今まで沈黙を守って来たヤニングが自分は有罪であると自らが証言する。
そしてヘイウッド判事が下した判決は3人とも終身刑だった。帰国前に収容されたヤニングに逢いに来たヘイウッド判事に対して、ヤニングは自分の過去の裁判記録を渡し、実際に行われたことは知らなかったと言う。だが冤罪の人達に有罪の判決を出した時点で、その罪は逃れられない。
非人道的な事が行われたナチスドイツの戦時下で人々は何を考え、どう生きたか? そして今どうすべきなのか? この裁判劇はそれを問うたのだろうと思った。
観ている間はなるほど!と納得して観ていたが、こうして書く段になるとどうもあやふやになってしまう。
硬派ではあるが中々見応えのある舞台だったが、初日だからか俳優さんが台詞を噛むのが耳に付いた。でも今日の客席は少々寂しいものだったネ(笑)
ニュルンベルク裁判