私の薬指は嘘つき

わたしにとって彼はただ一人。
それ以外はね、みいんな同じなの、あの子もあいつも、もちろんあなたも。
だって本物以外は偽物よ、当然でしょう?

けれどわたしは、誰かがいないとわたしという人間を保てないの。

あなたが優しい人が好きだというのなら、わたしはあなたの望み通り誰にでも等しく優しい理想的な女を演じてあげるわ。
浮気相手としてわたしが欲しいなら、わたしはあなたを思って泣いてあげる。
二番目でもいいから捨てないで、なんて馬鹿みたいに陳腐なセリフを何度でも言ってあげるわ。

あなたがのぞんでいるのは体だけの関係?
初めての恋人?心の隙間を埋めて欲しい?

なんだっていいわ。
あなたが望むわたしになってあげる。

その代わり、わたしを愛してちょうだい。
どんな状況になっても、誰がなんて言おうともわたしだけを見て、何度でも愛を誓うと約束して。

だって当然でしょう?
あなたの望みは何でも叶えてあげる。

笑いましょうか?泣きましょうか?
メールの頻度はどれくらいが理想なの?
記念日は零時ぴったりに電話する?

ねえ、あなたの望みを聞かせてちょうだい。
そうじゃないとわたしはわたしを創れないわ。

だってわたしには、心の形がないんだもの。

ねえ、一つ昔話を聞かせましょうか。
どうしようもなく馬鹿で愚かな女が、ただ一人の特別な男を傷付けて手放したお話。

女が小学生だった頃、彼女のわがままと自分勝手なせいでクラスのある男の子に嫌われてしまったの。
その男の子は体が大きくてとても乱暴だった。
どうしようもない理由で彼女はよく殴られたり、蹴られたりしたわ。

でも悪いのは自分だと理解していた。
そう、分かってはいたの。
けれど毎日のように死ねと言われ続けて、彼女の心は血だらけになっていった。

ある日、彼女がいつものように絡まれていると、ある男の子が庇ってくれたの。
背が高くて優しくて、まるでヒーローみたいだったわ。

でも庇ったせいでその男の子は怪我をさせられたの。

女は自分のせいで他の人が痛い思いをしたという事実にとてつもない罪悪感を抱いたわ。
そして嫌われた、憎まれたと思った。

でもね、その男の子は何も変わらず笑ってくれたの。
その笑顔が女をどれほど救ったと思う?
その時に彼女はね、誓ったのよ。
いつか、いつの日か彼が困っていたり傷付いていたら、何をおいても彼の救いになろうって。

小学校を卒業して、次に彼と再会したのは彼女たちが高校三年の時、夏休みの前だった。

何年かぶりに会った男の子は、背もずいぶんと高くなって大人みたいに見えたわ。
彼女は思ったわ、というよりかは気付いたの。
ああ、わたしはこの人が好きなんだって。

そうね、きっと会おうって思ったときから彼女は彼のことが好きだった。

けれど、一つだけ問題があった。
彼女にはね、恋人がいたのよ。

心が歪んで壊れてどうしようもなくなった彼女を、あるがままに愛して支えてくれた恋人。
彼女にとっては親友であり恋人であり、そして神様と同じように大きな存在だった。

でもね、恋人を裏切って人でなしになって、死んだら地獄に行くって分かっていても、彼女は彼が好きだったの。

それはもうどうしようもないこと、決まってしまったことだったのよ。

でもね、彼女は忘れていた。
自分は人の気持ちを理解することが出来ないんだってこと。

彼女はね、昔からの経験のせいで自己評価がとても低かった、自分の価値なんてゼロに等しいって思っていたの。
だから自分みたいな人間が彼の側にいることなんて許されないって思ったのね。

馬鹿よね?
だって彼は一言もそんなこと言わなかった。
恋人を裏切った彼女の隣にいてくれた。
やさしく笑ってキスしてくれたのに。

でもどうしようもなく信じられなくて、彼女は恋人だけでなく彼すらも裏切ったの。
本当に手放してはいけない大切な唯一の人だったのに。

彼女は嫌われるために嘘をついた。
そして望み通り嫌われて憎まれた。

これで昔話は終わり。


ええ、そうよ、これはわたしの話。

全部自分で決めたことなのに、どうしてかしらね。
やり直せたらって思うのよ。
そしたらもう二度と彼を苦しめたりしないのに。

寂しさを埋めるために、あなたを彼の身代わりにしてるんだろうって?
信じないかもしれないけど、答えはノー、よ。

他の人を好きになれたらって思うの。
だって彼は一生、いいえ永遠にわたしのものにはならないもの。
それどころか私二度と彼には会わないしね。
だって、彼が望んだのよ。
もう顔も見たくないって。

わたしは彼の為に生きることは許されないから、せめて他の人を幸せに出来たらって思うのよ。


だから、ねえ、聞かせて?

あなたはどんなわたしをお望み?

私の薬指は嘘つき

私の薬指は嘘つき

聞かせて、あなたの理想を。創ってあげる、あなただけのわたしを。その代わり、わたしにあなたを愛させて。たとえあなたが本物じゃあなくても。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted