優しい雨音
ASKノベルゲームメーカーでの処女作品です。
はじまり
*************************
。
。
。
しとしと。――しとしと。
……静かで優しい雨の音。
。
。
。
しとしと。――しとしと。
ぼやけた世界に染みていく
心地のいい、雨の音。
。
。
。
「……はぁ。目覚めはとってもいいのにね。
そんな日に限って、体は動いてくれない。
やりたいことはたくさんあるのに。むぅ」
布団に入ったまま、両の手足に力を入れても
ちっとも私の言うことを聞いてはくれない。
……慣れているけれど、やるせない気持ちに
なるのです。
しとしと。――しとしと。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、雨は
静かに降り続けています。
「お外に出たいけど、今日は雨だから。
……今日は雨で。……良かったのかな」
*************************
こんなことは、いつものこと。仕方のないこと。
そうやって、期待した気持ちを抑え込むのです。
……本当の気持ちを痛いくらい知っているのに。
「次に目が覚めた時は、お散歩できたら嬉しいな。
んー、そだ。体はちっとも動かないけど、心は
自由に動かせるから、今日は物語を紡ぐのです。
んと、んーと。どんなお話になるかな。楽しみ」
*************************
。
。
。
ぽてぽて。――ぽてぽて。
。
。
。
ふいに聞こえてきた不思議な音によって、空想の
世界から現実の世界に連れ戻されたのですが……
「ぽてぽてって。……心当たりが無さすぎますよ。
心なしか、いえ、徐々にこちらのお部屋の方に
近づいてきているような気がするのですけども」
。
。
。
ぽてぽて。――ぽて。
…………。障子の向こう側で音が止まりましたね。
どなたなのでしょうか? 誰かいらっしゃる予定
はないですし。……はっ。もしや、どろぼうさん?
でも、ここには何も無いので逆に申し訳ない気が。
こんな状況でなら、体だって動くはず。…………。
はい。そんなの関係ないのですね。えっと。動け
ない私が今できることは、……ぽてぽてさん?が
悪い方でないことを布団の中から願っておくこと
ですかね。
。
。
。
。
。
。
…………? かなりの時間が経ったと思いますが、
物音ひとつ聞こえません。……あの不思議な音は
空耳だったのでしょうか。
「……あの。そこに誰か、いらっしゃいますか?」
しとしと。――しとしと。
「よしっ。空耳さん決定です。……ん。ふわわぁ。
ホッとしたら何やら、うとうとしてきたのです」
。
。
。
すぅ――。すぅ――。
。
。
。
*************************
。
。
。
――しとしと。しとしと――。
「雨の音はやっぱり安心しますね。んー。のびー。
……ん、のびー? あっ。体がちゃんと動くの
です! えへへ。ちゃんと体動かせてるのです」
「そういえば裏山で栗拾いをしたかったのですよ。
小雨がやんだら栗拾い♪ 晩御飯は、栗御飯♪」
「よし。ちゃんと動けてますね。そうと分かれば
お布団畳んで♪ 着物に着替えて♪ それから
――ん? それから大切な……えと、何だっけ」
いつも鼻歌まじりで、歌いながら準備をしている
ので忘れるはずがないのですが、どうしても続き
を思い出せないのです。
「まぁ、いっかです。取り立てて異常なしですし。
さてと。障子を開けて、空気を入れ替えますか」
「えと。……異常ありました。これは一体、何で
しょうか。んー。白くて、卵みたいな形をして
いますね。あ。触るとふかふかして温かいです。
ぎゅっとするのに、いい感じの大きさなのです」
「んー。これは……卵型のぬいぐるみさんですね。
そうと分かれば、さっそくぎゅっとしてと――」
――かさり。
「……ん? 何だろ、これ。お手紙?」
『きっと貴女の力になると思い、この子を託します。
どうかこの子の側にいていただけないでしょうか。
追伸:
このたまごから、何が生まれてきてほしいですか』
「いやいやいや。待ってください。えと。どこから
ツッコミをいれたらいいのでしょうか。落ち着け、
私。まずは正座をして、落ち着いて状況整理する
のですよ」
。
。
。
えっと。ぬいぐるみさんをプレゼントされました。
それも見ず知らずの方に。はっ、感謝しなくちゃ。
「どこぞの誰かさん。贈り物をくださり、本当に
ありがとうございます」
「さて。あとは追伸を解読するのみですね。んー。
このふかふかのたまごさんの中に、もうひとつ
ぬいぐるみさんが入っていたりするのですかね」
「答えは分からないですが、入っててほしいのは。
……かっぱさん。うん。丸っこくて、ぽてぽて
してて可愛らしくて。ふわふわしたかっぱさん
のぬいぐるみさんが、中に入っていたらいいな」
……今、たまごさんが動揺した気配がしたような。
困らせてしまったでしょうか。そもそも、かっぱ
さんって卵でしたっけ。ここは無難に、小鳥さん
の方がいいのでしょうか。
「……あの。やっぱりたまごさんとしては、私が
考えたかっぱさんより小鳥さんの方が、都合が
よかったりするのでしょうか?」
…………。…………。……いけない。また、誰も側に
いないのに、独り言ばかり言っちゃってるのです。
――私は、すぐ空想と現実の世界をごちゃまぜに
してしまうから。だから、他の人は気味悪がって
私から離れていく。ひとりぼっちになってしまう。
……でもね。だけどね。動けない私の唯一の希望
でもあるから――。
「ごほっ。ごほごほっ」
何だか、苦しい。思い出したくないことばかりが
頭の中で渦巻いて、うるさいの。たくさん呼吸を
してるのに、意識がぼやけていく。まるで空気で
溺れているみたい。……息の仕方がわからないの。
暗闇が迎えに来る。怖いよ――ねぇ、誰か助けて。
。
。
。
*************************
さすさす。――さすさす。
「……ん。すみません。通りすがりに介抱して
くださり本当にありがとうございます。もう
発作は落ち着いたので、もう大丈夫ですから。
そろそろ目も回復して見えてくる頃かと――」
おぼろげに光を取り戻した私の目に映ったのは、
かっぱさん。ぽてぽてして丸い姿で……背中に
ちっちゃな白い羽根のついている、かっぱさん。
そう見えた気がしたのですが、結構無理をして
いたみたいで、私の意識は再び暗闇に奪われて
しまいました。だから、介抱してくれた誰かの
姿は分からないのです。けど、ずっと私の手を
握ってくれていた手の温もりのおかげで、安心
して意識を手放すことができた気がするのです。
*************************
。
。
。
しとしと。――しとしと。
「まだ雨は降ってますね。……えっと、かっぱ
さん? あれ。お布団畳んだのに、いつの間
にか敷いて横になってる。むぅ。頭が重たい。
あれは全部、不思議な夢だったのでしょうか」
。
。
。
「夢は、夢なのです。……気持ちを切り替えて
元気を出すのですよ。大丈夫。……。大丈夫」
――ぐすっ。
悪夢を見てうなされて泣くことには慣れている
けど。今回の夢は――温かくもあったから――
「かっぱさん。……寂しい、ですよ」
。
。
。
*************************
よし。元気に御飯の準備をするのです。えっと。
いつもの調子でいきますよ。
「お布団畳んで♪ 着物に着替えて♪ それから
――大切な眼鏡をかけまして♪」
……忘れていたのは、眼鏡でしたか。かけないと
何も見えないのにね。夢の世界は眼鏡が無くても
はっきりとものが見えるから、忘れていても平気
だったのですね。
*************************
。
。
。
ん。この匂いは……御飯の炊き上がった香り?
今日はまだ準備してなかったはずなんだけど。
も、もしや空耳じゃなかった、ぽてぽてさん?
ぱたぱた。ぱたぱた。
「……まだ、私、夢を見ているのでしょうか」
台所の側の机には土鍋が。蓋を開けてみると、
ほかほかの栗御飯。そして、寄り添うように
机の側に座っていたのは丸くてぽてぽてして
いて背中にちっちゃな白い羽根のついた――
「ありがとうございます。もしかして貴方が
これを作ってくださったのですか」
――こくんと頷く彼を、そっと抱き寄せると
あったかくて、優しい雨の残り香がしました。
*************************
優しい雨音