コーディネート!!

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アンと赤いチュールのスカート


新装開店?
私はそのキラキラしたお店に引き付けられた。
センスいいなあ。私の好み、どんぴしゃだ。
京都の地下街に在るそのファッション通りは、店の入れ替わりが激しい事で有名だ。
数々のきらびやかな店舗の中に、衣料プラス雑貨やアクセサリーを扱うその店はオープンしていた。
店の外観をすべてシックなチョコレートブラウンで統一した店自体のそのセンスが、他の店と一線を引いていた。
バレエ教室の帰り道、私はその新しいお店に、目を奪われていた。
バレエなんて古臭い?
そんなことはないですよ。
私は小学生から高校生までの数十人の生徒を持つバレエ教室の講師をしていた。
そこは、若くてきれいな女の子たちが、宝塚や劇団四季、あるいは海外のバレエ団をめざして、日々稽古に励む女子の聖地なのだ。
発表会も迫った時期に、ちょうどい衣装をさがしていた私は、その新しいお店に入ってみることにした。
これが、今の旦那と私の出会いだった。
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「最初はさ、痩せすぎていて、ちょっとツンとした女だなと思ってたんだ」
シャツのボタンを留めながら、旦那さんは朝食のテーブルにやってきた。
「ひどいなあ」
私は彼のために、ポットからコーヒーを注ぎながらふくれた。オープンがチンとなって、トーストのこうばしい香りが漂ってきた。朝のこの優雅なひとときは、私にとって好きな時間だった。
「でもいつもたくさん買っていくから、よっぽどこの店が気に入ってくれたんだって、嬉しくなった。それで、君のバレエを見に行く気になったんだ」
優希さんはコーヒーをすすった。
「ステージのリサはきれいだった。でも、買っていった服はほとんど、生徒たちの衣装にアレンジし直していたんだね。どうりで量が多いと思ったよ」
彼はこんな風に時々出会ったころの話を持ち出すのだ。
そのころからは、もう3年もたっているが、その時のドキドキを私もまだ覚えていた。
バレエのステージが終わったあとに、抱えきれないほどのバラの花束を贈られて、感動しない女はいないだろう。
私はそのときに、この人だと思った。決して顔はいい方ではない優希の、その大きな気遣いと優しさに、私はコロッと参ってしまったのだ。
彼は、コーヒーを飲み終えた。
ファッション専門店の店長をしている彼は、おしゃれには気を使う人だった。
私は彼の秘密を一つ、見破っていた。
「いってらっしゃい、旦那様」
ちょっとふざけて私が言った。
「いってきます」
彼が出勤した後に、私は洗面台の化粧ポーチを見にいった。
旦那は時々私の美容液をこっそり使っていた。
気付かれてないと思ってる。私は仕方ないなとあきれていたのだ。
こんななんでもない日常が私には幸せだ。
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●2章チュールのスカート

「先生、たいへん!」
バレエレッスン中に、一人の生徒が倒れた。貧血だった。
彼女の名前は佐々木アン。高校三年生。
アンは努力家で頑張り屋だった。明るくていつでも友達に囲まれているようないい子だった。
しかし身長が低く、すこしぽっちゃりした体質で、バレエのダンサーとしては不利だった。
アンは舞台へのあこがれが人一倍強く、今まで宝塚音楽学校を受験して、3回とも予選落ち。
高校三年の今年は彼女の最後の受験のチャンスだった。
貧血の原因は、無理なダイエットが原因だった。アンはバレリーナとしては太っている体を気にしていた。最後の受験を間近に控えたこの時期に、食事を抜きたくなる気持ちは私にもよくよくわかった。
「大丈夫?」
「先生、すごく、きもちわるい・・・」
アンは青白い顔で気絶した。

アンはしばらくして目を覚ました。
アンの親が仕事でいなかったため、私はアンを家に招いた。その日は旦那が家にいた。
「ここで、ゆっくりしていって。それから何か、食べなさい。」
アンを介抱する私は、旦那にお茶を出してくれるよう頼んだ。
「人使いが荒いなあ」
文句をタラタラいいながらも、旦那は丁寧にミルクティーを淹れてくれた。それからケーキももってきた。「あ、そのケーキ、私の楽しみにしていたおやつ…」
私は仕方ないので、大人として我慢することにした。

「何か、悩んでる?」
私はアンに聞いた。
「ちょっと根をつめすぎじゃない?」
入団テストをまじかに控えた生徒は、えてして心のバランスを崩しがちだ。
アンはつらそうに言った。
「私、今すごく弱気なの。この一口を食べたら、絶対受験に受からないって思ったら、食欲もないの。イライラして、友達と、喧嘩した。親とも彼氏とも喧嘩した。」
「そうかそうか。」
普段周りの人を大切にするアンがそこまでイラつくとは考えにくかった。よっぽど試験にかけているのだろう。とにかく何か、食べさせないと。
「頑張ってるのは分かるけど。お腹がすいたら本来持ってる力も出ないのよ。初期のころのアンパンマンは、食べ物がなかった戦争孤児を助けてるって知ってた?さあ、食べて。」
何の話だよ、と呟きながらも、アンはケーキを一口食べた。
「お、おいしい・・・。」
そのまま、なにか張りつめていた物がとけたように、アンはぽろぽろ涙をこぼしながらケーキをたいらげた。
「もういっこいる?」
旦那が気を利かせて、自分のおやつも持ってきた。アンはそれも、ぺろりと食べてしまった。

「いいなあ、先生。」落ちついてから、アンは私の家を見渡していった。
「うちの彼氏も先生の旦那さんみたいだったらいいのに…」
私はその言葉にちょっとドキッといた。
「私けっこうタイプかも」
「こらこら小娘。人の旦那に手を出すな。」
「冗談だってば」
ケーキを食べて糖分をとったからか、普段のあかるさを取り戻したアンは、私をからかう元気が出て来たようだった。

「なあアンちゃん、うちの店の新商品、試してくれない??」
旦那がなにかを持ってきた。
「これ、どうかな、売れそうか?」
それは、チュールのスカートだった。最近はやりのスカートだ。ただし色が真っ赤だった。
「かわいい・・・」
アンも私もインパクトのあるそのスカートに見惚れた。
「ほらほら、きてみて」
ホワイトのトップスにほわっと広がる赤いチュールをあわせ、アンはモデルのようにくるっと一回転した。
「いいんじゃない?」私は正直に言った。
「これは普段着には派手だけど、舞台でなら審査員の目を引くよ。赤は勝負の色ってね。目立ってなんぼ、頑張れよ。」
旦那は案外おせっかいだ。
「もらってもいいんですか?」
アンはおそるおそる聞いた。
「当然」
旦那はにっこりほほえんだ。
「ミルクティー、もっと飲まない?」

アンが帰ってから、私は旦那としゃべっていた。二人とも、今日のおやつは無しだった。
「あの色、やっぱり派手だったんじゃない?」
「そうかもね。でも、アンちゃんの本当の明るさを表現するにはちょうどいい。」
旦那は言った。
「赤い色には、着ている人の気持ちを奮い立たせる効果もあるんだ。僕はただ、あの子が元気を出してくれればいいなと思ったんだよ」
そうだったのか。旦那は、アンの事を考えて、あえてあの色を勧めたんだ。そうかんがえていると、突然私の胸に不安がよぎった。
「あなた。。。」
「なに?」
「年下の子と、浮気、しないでね」
「馬鹿だなあ、そんなんじゃないよ、」と彼は私の首にヘッドロックをかけてきた。
許してやるか、おやつの分もね。私はそんな事を考えた。
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アンは試験を真っ赤なチュールで受験した。
全てを出し切って仮題曲と自由曲を踊りきったアンのもとに、通知が来た。
結果は、不合格。
アンはそのぺらぺらの一枚の紙を持ったまま、私に泣きついた。
「先生、私、駄目だった・・・・」
彼女の夢は今年終わった。チャンスはそこで終了だ。
ひとしきり、泣いた後、アンはうちあけた。
「でもね、実は・・・」
「なに?これ?」
アンがとりだしたのは、「特待生で招待します」とかかれた手紙だった。差出人は、宝塚ではなく、地方の小さな演劇団。私はその劇団名に覚えがあった。小さいけれど、それでもこま目に公演をしていて特定のお客がいる、給料がもらえる劇団だ。
「うそ、これ、どうしたの?」
驚く私にアンは言った。
「受験会場に、他の劇団の関係者も何人も見に来てたの。この劇団のプロデューサーが、私を気にいったんだって。その人は、赤だから目立ってたって言ってくれた。」
ラッキーだった、とアンは笑った。
「赤いチュールのおかげかな?」
「反則技じゃないの?」
「ちがうよ、実力。」
そういって笑うアンの目には、もう宝塚への未練はないようだった。彼女は前を向いていた。
「卒業おめでと。さみしくなるね。」
「あのチュールスカート、私の勝負服にするからね。」
そういって教室をでたアンが私にはとてもまぶしかった。

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バレエ教室のリサ先生と、その旦那さんが、 小さな事件にまきこまれながら、ほっこり解決していくお話です。 ダンスと音楽とファッションがテーマの作品です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-09

Copyrighted
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