心療内科に来る女
心療内科に来る女
舞台脚本
一つの部屋の会話劇
ある心療内科病院の一室で。
「沢渡キワコはまたきてるのか?」
医者が看護師に訪ねた。
「そうです。今日でもう連続7日目です」
「毎日毎日あきもせずに」
「ちょっと頭がおかしいんでしょう」
「しかしだよ君。診療時間めいいっぱい、愚痴を延々きかされるぼくの身にもなってくれ。迷惑だとおもわんのか。」
「だって、先生が、金になるんだから断るなって」
「それは最初の話だろ。まさかこんなに通ってくるとは思わんかった。予約がいっぱいとかなんとかいって、追い払ってくれ」
「わかりました。」
看護師が退室。医師は、気分転換にガムをかんだ。
「くちゃくちゃくちゃ・・・。ふむ。新しい味もなかなかうまい」
看護師が戻ってきた。
「先生、キワコはものすごい形相で、明日も予約したいと言い続けて・・・」
「なんだって。」
「ほんとに諦めないんです。あんな人はじめてですよ。」
「なぜそこまでウチに来たがるんだ」
「先生が、最初の診療時で優しくし過ぎたのが悪かったんじゃ?」
「普通に診察しただけだ」
「それほど先生と話したいのでしょうか?」
「そんなわけないだろう。とにかく、なんとか断ってくれ。」
「はい・・・。」
看護士は、恨みがましそうに退室した。
次の日になった。
「先生どうしましょう」
看護師が、青い顔をして入ってきた。
「沢渡キワコが電話してきました。」
「なんだって?」
「予約したいと言ってきて、断ったんです。そしたら、一時間後にまたかけてきて。」
「一時間後に?」
「はい。そこでまた断りました。するとまた一時間後にかけてきて。」
「なんて気味の悪い奴だ。」
「もう今日の午前中だけで五回ですよ?事務の子がノイローゼになりそうです。」
「電話線をきってしまえ」
「それじゃあ他のまともな患者さんと連絡が取れません」
「それなら、急いで病院の電話番号を変えよう。手続きを至急お願いするよ」
「ああ。よかった。」
看護師はほっとして退室した。
次の日になった。
「先生、どうしましょう」
看護師が、ほとんど泣きそうになって入ってきた。
「今度は何だ」
「沢渡キワコが、開院前から病院の窓ガラスにはりついて、ずっとこちらを見ています」
「ううっ」
「今日は病院を休みにしませんか?」
「そんなことできるわけないだろう」
「しかし彼女勝手に中に入ってきますよ」
「ほおっておきなさい」
「そんな、でも・・・。」
病院は開院した。
「キワコはどうした?」
「待合室に、ずっといます。おとなしくて実害はありませんが、本当に気持ちが悪いです」
「ずっといるのか」
「はい。幸い、まだ他の患者さんには気づかれていませんが、それも時間の問題です。」
「それから実は」
看護師は、ビニール袋に入れられた汚い噛みかけのガムをとりだした。
「これ、今日の朝、病院の看板にべったり張り付けてあったんです。」
「ガムが?」
「はい。絶対にキワコの仕業です。嫌がらせだと思います。」
「そうだな。」
「近くにパッケージも落ちていました。新発売の梨味ですよ」
「そんなことはどうでもいい」
「先生、警察呼びましょう」
「しかし」
「もう我慢できません」
「警察はこれぐらいでは動いてくれんよ」
「じゃあ、先生が怒鳴りつけて、厳しく威嚇してください。」
「・・・。それがなかなかできんのだ。」
「どうしてですか?」
「・・・。」
「先生、何か隠してらっしゃいませんか?」
「キワコの父親は名家の地主だ。知らぬ者はいないほど。俺はここの土地出身だ。父親の評判はよく知ってる。たとえキワコがおかしいとしても、もしもこの病院のことを、悪い様に評判を吹きこまれたら、どうする?絶対にこの土地で病院経営はやってけない。だから、むやみにキワコを脅せないのだ」
「そうですか。」
看護師は少し考え込んだ。
「ねえ、先生。私、キワコがなにか理由があって、この病院に執着してるように思えるんです、先生に恨みがあるとかね。もしかして、あの女は、この医院をつぶそうとしているのではありませんか?」
「でも、なぜだ?」
「先生、この土地出身て言いましたよね?キワコのカルテだと、年齢も同じですよね。もしかして同級生では?」
「そうかばれてしまったか。」
「やっぱり。では昔、なにかトラブルでもあったのでは?」
「・・・。」
「これは私の想像でしかないですが、先生、あの女に好かれていて、告白されたりしませんでした?そして断ったのでは?しかも、次の日にクラス全員にばらして、皆でいじめたりしてません?それくらいの事でないと、こんなストーカーまがいの真似をしつこくするでしょうか?」
「・・・。」
「まあそんな事は妄想ですが、先生、私、実はお暇をいただきたいと思います。」
看護師は辞職願をおいて部屋をでた。
医者は、看護師が言った後、机の引き出し開け、先日買った新商品の梨味のガムを見た。
彼がそれをコンビニで買ったとき、背後に彼女がいた気がした。
医師の背筋にうすら寒い物が走った。
病院は傾き始めた。キワコは開院前からガラスに張り付き、予約がない日も待合室にいる。
患者の数が減り、事務員も何人もやめていった。
病院はつぶれた。医師はどこにいても背後を振り返る癖がついた。大きい音にもびくっとなった。食欲がなくなり、だんだんと痩せてきた。
精神科病棟の、隔離入院施設。黄緑色の独房に、彼はいた。
ひとりでぶつぶつつぶやいていた。
彼の担当医はもう30年、彼を見ていたが、そろそろ先が長くない事が見ていて分かった。どんな人間でも、ガリガリに痩せて食べなくなったら終わりなのだ。
今年の春新人医師がはいってきた。彼はきいた「この患者はどんな特徴の人ですか?」
「彼には妄想と幻覚、幻聴の症状がある。自分を医者だと信じているんだ」彼はカルテを見せて説明する。「もう何年も、幻覚と二人で会話しているよ。時々会話をきいているとね、彼にも物語があるみたいなんだ。ガムがどうとかいってたな。」
心療内科に来る女