ENDLESS MYTH第2話ー3

 身体が座席から浮かび上がるのを止めるベルトは、身体を縛る拘束具のようでエリザベス・ガハノフには触感があまり好きではなく、外したい焦燥感で膨らみの大きな胸はいっぱいだった。ただそれよりもなおも気になる事柄は、横にまるで蝉が抜けた殻のように、座るというよりも、うな垂れているメシア・クライストの精神的ダメージの方であった。
 まもなくシャトルは区画37ステーションに到着する。現に窓の外には直径10キロの回転円盤が幾本もの鋼鉄チューブで連結された全体像がそこに見えていた。
 ただ心がいたたまれないのは、その背後に本来は美しき祖国地球が、今は白い光と複数の業火に赤く染まり、人間の住む世界ではないかの如く見えていたことだ。
「そろそろドッキングします、準備をしてください」
ヘルメットのバイザーを開き、宇宙服の、自らの腕が何倍もの膨れあがったような、パイプのように不格好な手袋でやりにくそうに眼鏡をあげる神父は、全員を一瞥した。まるで言い方は引率の教師のようである。
「宇宙ってのはやっぱり、重力がないだけに、身体が変な気分だぜ」
 世界が深刻な状況だというのを理解していない、軽々しい不用意な発言をするのは、シートに腰はすでになく、両側に並ぶリクライニングシートに分厚い手袋で覆われた両手を掛け、分厚いブーツの脚をバタバタと中空に浮かせ、身体から重力の痕跡が抜けている不可思議さを楽しんでいるイラート・ガハノフだ。
「シャトルが到着するまで座って」
 姉として恥ずかしげに憤慨を後ろに向けるエリザベス。
「はしゃいでる場合じゃないでしょ! あれが見えないの」
 短い腕を強引に伸ばして窓の外を示すジェイミー・スパヒッチは、小僧っぽいくだらない青年の言動に、例語の如く腹立たしさを噴出させた。が、それよりも彼女は自らの欲求に忠実に、脳天を抜ける、ヘルメットをしている周囲の人々すら不愉快にさせる甲高い声で叫ぶ。
「もういいかげん、これを脱ぎたいんだけどぉ」
 民間宇宙航空会社の義務として、乗客には宇宙服の着用は徹底されている。非常時、しかも乗員のいないいわば強盗のような行為でこのシャトルに乗った彼らですら、着用は怠らない。それが宇宙へ進出した人類のモラルとなっていた。
 化学繊維、金属蒸着フィルム、剛繊維、ケプラーなど幾重にも重なり合った宇宙服は、保温効果に優れ、宇宙を浮遊する小さな隕石から身体を保護する機能も含まれている。
 内部には冷却下着が着用されているが、小型の冷却装置が不調らしく、彼らの宇宙服の内部温度はサウナ状態に近かった。
「それにこの嫌な物も早く外したんだけど」
 ともぞもぞと内股で怪訝な顔をするジェイミーのいわんとするところを、誰もが察していた。
 大気圏を突破する際、シャトルは時速3000キロを越える、人間の人体には3G、つまり地球上の体重の3倍の負荷、重力がかかるのだ。もちろん腹部を圧迫されて排泄物が出る可能性は十分にある。そこで吸引パッドを必ず装着する。どんなに「出ない、出さない」と豪語する人間であっても、必ず。これが宇宙航空法に定められた義務だからだ。
「まさか漏らしたんじゃねぇよな」
 デリカシーの欠片も内言い方はもちろん、イラートである。
 これには誰1人として答える人物はいなかった。

 シャトルは自動操縦で円盤が連結されたような形をするステーションの円盤部へドッキング体勢へと入った。
 ベアルド・ブルはコックピットの席に腰掛け、頭上に並ぶスイッチ類から迷わず通信スイッチを入れ、右横の壁際に設置された楕円形のワイヤレスマイクを抜き取り、口元へ斜めに構えた。
「こちら地球より脱出してきた者だ。受け入れを願いたい」
 地球から脱出したのだろう、複数のシャトルがすでにステーションの円盤から枝のように突起したチューブ型のタラップとドッキングしている。
 中にはシャトルの外装が破損したものも見えた。
「繰り返す。地球よりの脱出艇だ。受け入れを願いたい」
 複数のシャトルの様子から、内部は混乱しているとみたベアルドは、数度にわたり受け入れ要請を送信した。が、それに答える音声は返答をしなかった。
 コックピットの認証式自動ドアを、未来の科学力の影響力を備えた掌を、端末にかざすだけでロックを解除したマックス・ディンガー神父が入室してきた。若者たちと乗客座席にいたのだが、タラップが伸びる様子もないのを見かねて、部下の様子うかがいに出向いてきたのだ。
「ステーションとの連絡は?」
 ヘルメットのバイザーを上部へスライドさせ、眼鏡を指で押し上げる神父が問う。
 ベアルド・ブルもまたバイザーを上げたヘルメットを窮屈そうに後ろへ向け、臨時の上官へ事情を説明した。
「もう一度、連絡をしてみてください。それで駄目ならば直接、ステーションへ取り憑いて、作業用ハッチから入るしかありません」
 危険を承知のうえで、ステーションへの強行潜入を神父は提案するのだった。シャトルにこのまま乗っていたところで、状況の好転はみられないのは明白だからの選択であった。
 が、神父のプランは強行せずにすむ状況となった。チューブ型タラップが植物のツタのように円盤部から伸びて、先端部がシャトルへと向かってきていたのである。
「本当に乗り込みますか? 中はおそらく・・・・・・」
 露骨に嫌悪感を若い兵士は口にした。未来人はこの先に何が待つのか、何が開口しているのかを、把握している。だからこその嫌悪感であった。
「事態は最悪を極めています。援軍がくるまではここに止まるしか、我々に選択しはないのですよ」
 覚悟したふうに、今度は力強く神父は眼鏡を指で押し上げるのだった。

『ENDLESS MYTH』第2話ー4へ続く。

ENDLESS MYTH第2話ー3

ENDLESS MYTH第2話ー3

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-08

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