いつか桜の木の下で
数ある作品の中でこの小説を選んでくださってありがとうございます。
初めての作品なのでまだまだ未熟ですが、なんでもかまいませんのでコメントしていただければと思います。
一章 出会い
あれは確か中一の冬だったと思う。
その日はその年二度目の大雪の日ので、ただただ自分の情けなさに震えていたような気がする。
そんな寒い寒い雪の日の放課後、に私は先輩と出会った。
校舎の裏に忘れ去られたように立っている桜の木の下で、私はその桜の木に似た寂しげな雰囲気をまとってゴミを捨てていた。
正確に言えば、いじめによってボロボロになってしまった教科書だ。
いじめなんて、世界中のどこにでもある嫉妬や、エゴや、優越感などのどす黒いものを巻き込んだ、永遠にループを繰り返す弱肉強食の社会現象だ。
そんなものに逆らっても自分がどんどんつぶされてしまうだけ。
しかたがない。そんな希望を持てない毎日にはもううんざりしていた。
すべてリセットして、またまっさらなところからやり直したかった。
クラスへのあてつけで死んで復讐してやろうとかではなくて、ただただ楽になりたかった。
あいつらがボロボロにしてくれたこの教科書と一緒に大好きな桜の木の下で赤く燃える炎になって、それで終わり。
世間から見れば、よくある話だろう。
そんなこんなで私はこの、短かったみじめな13年の年月にピリオドを打つことにした。
いざ死のうとすると、今までの思い出がよみがえってきて、こんな私でも幸せな思い出が少しでもあったのだと、まるで他人事のようにありきたりな最後の物思いにしばらくふけって、気持ちを落ち着かせた。
しんしんと降る雪の音だけが聞こえるくらい、あたりは静かだった。
そして私はライターを点けるため右手をブレザーのポッケにいれた。
「それ、まだ授業で必要なんじゃない?」
ハッとなって声がしたその方向へ振り向く。
そこには背が高く、すらっとしていて、いまどきの男子高校生には珍しい、いかにも優等生といった出で立ちの先輩がいた。
冷静で他人行儀なのになぜか柔らかで不思議な声だなと思った。
顔は暗くてよく見えなかったけど、その声には心当たりがあった。
私が通っている中高一貫校、私立つばさ学園の高校二年生、小林悠太先輩だ。
なぜ私がそんな年の離れた先輩を声だけでわかってしまうのかというと、別段不思議なことではなく、先輩がつばさ学園の現生徒会長だからだ。
うちの学園では高校一年生から会長に立候補することができるが、この学園の歴史をたどっても一年時から会長になるのは数少なく、先輩はその中でも例にない人で、圧倒的な支持率で昨年度から会長になり、二年時になっても引き続き会長になっている有名人なのである。
私の姉は先輩と同い年で、姉から聞くところによればなんでも去年の文化祭では、先輩が先生たちを説得して、文化祭の活動できる幅が広がり、大成功だったそうだ。私自身も月に一度の全校集会で生徒会の活動報告を先輩が壇上でおこなっているのを遠目でぼんやりと見ている。
そんな先輩がこんなところにきて、私に声をかけるなんて、私はびっくりしてなんと返していいかわからなかった。
「…え…あ…はい?」
先輩はため息をつき、私が持っているゴミを指した。
「君が持っている教科書のことだよ。俺の記憶だとあと半年くらい必要だった気がするんだけど、新しいの買ったの?」
ふるふると、私は首を横に振った。
「私勉強できないし…どうせ頭悪いから、あってもなくても一緒なんです…。」
なんで私なんかに関わるのか訳が分らなかった。
本音を言えばほっておいてほしかった。
そんなすごい人が私に話しかけてくるなんて、意地汚い好奇心以外ではありえないと思っていたからだ。
普通ならばそんな歪んだ解釈などしないであろうが、そのころの私は、今では考えられないほど卑屈で、先輩の真意なんてこれっぽっちもわかっていなかったのだ。
「知ってる?どうせとかできないとかって自分にとって一番都合のいい嘘なんだよ。頭の良し悪しは全てにおいてやったかやらないかだ。向き不向きというものが無いわけじゃないけど、少なくともうちの学園内くらいなら、努力さえすれば何位にだってなれるよ。君はただできない自分をごまかして逃げているだけだと思うけどね。」
その言葉がひどく私の心に刺さった。
図星だったからこそ腹が立ったし、言い返したかったけど、心に刺さった言葉が抜けなくて、私の体の奥に入って行った。そして私の中の感情の泉をじわじわと湧きあがらせていった。
「そんなこと…言わなくても…。私だって、頑張りたくてもクラスメイトに邪魔されちゃうし…新しい教科書が無いと勉強しようがないし、それを買いたくても母や姉にいじめのことを話さなければならないから…。私だって…私だってこんな…こんなみじめな思いはしたくないです!こんなバカな自分も、弱い自分も、大嫌いです。」
その時、どこにぶつければいいのか分からず、ずっと心にしまいこんでいた想いが溢れて、気がつけば私は、先輩にぶつけてしまっていた。
やるせない気持ちでいっぱいで泣き崩れた私に、先輩は慰めるように、ひどく優しい、切なさすら感じられるような声で私にこう言った。
「俺は君を弱い人間だとは思わないよ。」
「え??」
あまりの変わり様に、びっくりして涙が引込んでしまった私は顔を上げ、先輩を見つめた。
「俺はできると思う奴にしか忠告なんてしない。君がそれをやるかやらないかは君次第だけど、俺は君ならやれると信じてるよ。」
自分の頬がほんのり熱くなったのを感じた。体の芯からじんわりとあったかくなってゆく、けれどもそこで、ずるい私は確認をするかのように訪ねた。
「なんでそんなことわかるんですか?先輩は私のこと知らないのに。」
少しの間の後、先輩が答えた。
「俺は君のこと、君のお姉さんからよく聞いていたんだ。君は宮野桃香さんでしょう?」
私はとてもびっくりして、とっさに後ずさり、転んでしまいそうになった。
「あの晴花お姉ちゃんが!?」
先輩はなぜか少し寂しいような顔をして話していた。
「宮野さんは自分とはまるで違う、きちんとしてて、優しい妹がいるって、入学して初めての自己紹介のときも言っていたし、君がこの学校に入学することになった時も、やっとまた一緒に通ったり学校の話をしたりできるって張り切ってたよ。でも最近、妹にあまり元気がないって悩んでた。」
私は晴香お姉ちゃんが私のことをそんなに考えてくれていてうれしい気持ちと、私の様子に気づいていたことで不安や焦りのような気持ちが入り混じって何とも言えない気持ちになった。
「私もう嫌なんです。くよくよしている自分も、自分のことを好きになれない自分も。でも自分ではどうしようもなくて、変わりたいのに勇気が出なくて、そう考えたらすべて一からやり直したくなって。」
もうとめどなく流れる涙をせき止めることはできなかった。後から後から涙が出てきてどうしようもなかった。先輩は何かするわけでもなく私によりそって始終困ったような顔をして泣きじゃくる私をずっと見守ってくれていた。
私が落ち着くと先輩はこう切り出した。
「じゃあ明日から桃香ちゃんを改革しようか。」
「私を改革?」
びっくりして少しだけ大きな声になってしまった。
「そう。だって桃香ちゃん、変わりたいんでしょ?」
「それは、そうですけど…でも、何をするんですか?」
私は戸惑いながら聞いた。
「それは明日になればわかるよ。その代わり、やるからには最後まで覚悟を持ってやるって約束してほしい。」
「私、変われるかなんて、正直自信ありません。でも…変わりたい。みんなを見返したい。やりたいです!」
「(宮野桃香改革)の始まりだね。じゃあ明日の放課後図書室で待ってて。」
「はい!」
「大丈夫、桃香ちゃんならできるよ。あ、それと俺はできないと思うやつには言ってなんかやらないからね」
その時の子供がいたずらした時にするような先輩の目は、今思えばこれから知ることになる先輩のSっ気を初めて垣間見た瞬間かもしれない。
いつか桜の木の下で
最後まで読んでいただきありがとうございます。
初めは若干暗めに始まりましたが、これからもっと爽やかな作品にしていこうと思っていますので、これからも楽しみにしていただけると嬉しいです。
MIRAI