すーちーちゃん(11)
十一 雪合戦の一月
「あっ、雪だ」すーちーちゃんが叫んだ。
「ほんとう」あたしは教室の窓に目をやった。
「雪だ。雪だ」
男の子たちがはしゃぎだした。
「静かにしなさい」
先生が叱った。それでも、男の子たちは席を立って、教室の窓の側から雪を眺めている。
雪は、みるみるうちに、校庭を真っ白に染めていく。
「さあ、授業の続きですよ。席に戻りなさい」
先生が窓際に近づいてきて、男の子たちを席に戻す。先生の授業が再開された。それでも、クラスのみんなはうわの空だ。あたしは、教科書を読むふりをしながら、ちらちらと窓の外を眺める。雪もちらちらと降り続ける。すーちーちゃんも、クラスの友だちも一緒にちらちらと眺め続ける。
「キンコンカーンコーン。キンコンカーンコーン」
授業終了のベルが鳴った。授業が長かったのか、短かったのか、わからない。とにかく、あたしの頭の中は、雪のことで、真っ白になっていた。ホームルームが終わる頃には、運動場だけでなく、体育館や学校の屋根、中庭、先生たちの車などが、雪で真白に覆われていた。
「皆さん。学校の外は、雪が降っています。危ないですから、途中で、寄り道をしないで、真っすぐに家に帰りましょう」
先生が注意するけれど、めったに降らない雪なのに、寄り道をしないわけがない。あいさつの当番の声に合わせて、
「先生、さようなら」
「皆さん、さようなら」
あたしたちは、挨拶もそこそこに、教室からダッシュした。もちろん、寄り道をするためだ。運動場は、もう、既に、他の学年や他のクラスの生徒たちで一杯だった。みんな、思い思いに、雪だるまを作ったり、雪合戦を楽しんでいる。あたしとすーちーちゃんは、その様子を見つめていた。
「ボン」
あたしのカバンに雪が当たった。振り向くと、そこには、クラスメイトの山崎君がいた。
「さやか、雪合戦しようぜ。すーちー、も一緒にどうだ」
その声を聞くか聞かないかのうちに、すーちーちゃんは雪を掴むと固めて、山崎君に向かって投げた。
「うっ」
雪玉は宣戦布告の山崎君の口にすっぽりと入った。すごいコントロールだ。すーちーちゃんは名投手だ。プロ野球選手になれる。ひょっとしたら、大リーグにだって行けるかもしれない。
「おえ」
山崎君は雪を口から吐き出すと、自分からやってきたくせに、「よくも、やったな」と、あたしたちに雪を投げつけてきた。あたしとすーちーちゃんが応戦する。二対一だ。あたしたちが優勢だ。
「よし。俺も参加するよ」
福崎君が仲間に入って来た。二対二だ。互角だ。
「がんばって」
同級生の山本さんが仲間に加わった。三対二だ。こちらがやや優勢。
そうこうするうちに、クラスの男子と女子による対抗雪合戦になった。
「わあ」
「きゃあ」
「ははははは」
「誰だ、ぶつけたのは」
「痛いじゃないか」
「ちくしょう」
「僕も参加する」
「あたしもやるわ」
雪合戦の輪は広がり、運動場にいる、男子と女子による全員での雪合戦に広がった。雪降る中に、雪の玉が飛び交い、あたしたちの体も雪だるまになってしまいそうだった。雪は相変わらず、降り続き、雪の玉を作っても、まだ、雪はすぐに補充された。
「きゃあ」
すーちーちゃんの叫び声がした。すーちーちゃんの顔に雪の玉が当たったのだ。すーちーちゃんは大の字に倒れた。
「大丈夫?」
あたしはすーちーちゃんの手を引っ張って、体を助け起こした。すーちーちゃんが倒れた後には、すーちーちゃんと等身大の跡が残った。それを見て、すーちーちゃんが、もう一度、大の字に倒れ、立ち上がった。すーちーちゃんの人間スタンプが更に、運動場にもうひとつ増えた。
「何か。面白い」
あたしもすーちーちゃんの真似をして、大の字に倒れた。そして、立ち上がる。大地にに、あたしのスタンプができた。
「お前たち、何、やってんだよ」
あたしたちが雪合戦をやめたのでで、山崎君を始め、男の子たちが近づいてきた。
「人間スタンプを作っているの」
「人間スタンプ?」
「ほら」
あたしは大の字に倒れて見せた。起きあがると、あたしの型のスタンプができた。
「へえ、面白いや」
山崎君が倒れた。山崎スタンプができた。それを見て、他の子どもたちも、次々と、雪が降り積もっている箇所に倒れて、自分のスタンプを作った。
「このスタンプが動き出せばいいのに。そうすれば、一緒に、雪合戦ができるのに」
すーちーちゃんが呟いた。
「そんな、馬鹿な」と、あたしは思ったけれど、本当だったら、もっと面白いと思う。それに、すーちーちゃんが言うと、本当のことになりそうな気がした。
雪のスタンプは、砂場や鉄棒のなど、運動場全体に広がった。そのスタンプの上に雪が降り積もり、あたしたちのスタンプを消した。
今度は、あたしたちと雪との競争だ。運動場では、次々と人が倒れ、起き上がり、その上を雪が降り積む。そうこうするうちに、雪は降り止み、運動場は、子どもたちのスタンプだらけになった。
「高い所から、スタンプを見てみない」
すーちーちゃんが提案した。
「よし、行こう」
山崎君が先頭に立って、校舎の四階に上がった。四階から眺める運動場の景色は壮観だった。運動場に、雪の人型による全校生徒が集合している。
「朝礼みたい」
運動所は、あたしたちのスタンプで隙間なく埋められていた。それは、スタンプと言うよりも、あたしたち自身の生まれ変わりのようであった。
「あなたたち、もう、十分、遊んだでしょう。もう、お家に帰りなさいよ」
先生たちが四階に上がってきた。先生たちはあたしたちが運動場で雪合戦や人間スタンプを作っていたのを知っていたのだ。
「はーい」
あたしたちが階段を降りようとしたら、校長先生らしき人影が、いつもの朝礼台の近くで大の字に倒れ、起き上がって自分の型を確認すると、校舎に戻ろうとしていた。
すーちーちゃん(11)