夜間バスー死出行き
あるバス停に夜間、自殺者を連れに来るバスがあるという。これはそんなバス停での出会いの物語
夜間バスー死出行き
とある町に伝わる不可思議な怪談話。深夜に山奥へと向かう片道のバスの噂。時間と条件が相まってか、そのバスには自殺志願者ばかりが乗り込むという。そして今日、俺もそのバスに乗ろうと訪れた一人だった。
初夏も過ぎたというのに、深夜というのはこうも冷え込むものなのだろうか、それとも人工の問題だろうか、深夜のバスであり、観光地でもないのだから当然といえば当然なのどが、バス停には俺と初老の男性、2人だけしかいなかった。一向に現れる気配のないバスへの不安感と焦燥感。
(よく考えれば不思議なものだな。俺は自殺しに行くのに、焦る必要も不安もある訳がないじゃないか)
そうは思うものの、やはりどうしようもない気分がこみ上げてくる。更に時間だけが過ぎ、足下へと無造作に捨てたタバコの吸殻が10本を超えてたそんな時だった。
「なかなか来ませんね」
「え......ええ......そうですね」
となりにいた初老の男性が俺に話しかけてきた。他人に話しかけられる機会などそう多くはないからだろうか、軽くドギマギしながら返事を返すが、その後はまた沈黙が続く。しばらくの沈黙に耐えかねて今度は俺が話しかけた。
「あの......貴方もバスを待たれて?」
自殺、というキーワードはあえて口にはしなかったが、初老の男性はその意図を察したのかニコリと微笑んで返した。
「えぇ......やはりあなたもですか。あなたはまだお若く見えるが、どうしてこのバスに?」
「......」
しばらく悩んだ。見ず知らずの相手に話すようなことかとも思ったが、どうせ終わる人生なのだと思うと、わざわざ断る理由も見つからなかった。
「とても好きだった彼女がいたんです」
「ほぅ......」
年の功だろうか、彼は小さく相槌をうって話を促してきた。それが話のし易い流れを作ったのか、単に俺が誰かに愚痴るきっかけが欲しかったのかは分からないが、とにかく俺は赤裸々に全てを話してしまった。
「なるほど......5年目にして離婚されましたか......しかも、原因は相方の心変わり......」
初老の男性は俺の話した内容を穏やかな言葉で反芻した後、沈黙を始めた。
(おいおい、黙るなよ。俺はここまで話したんだ。次はお前が語る番じゃないのか!?)
俺がそんな不満をもって数分、いや、十数分が経った頃だった。
「なるほど、通りでなかなかバスが来ない訳だ」
「は?」
予想外の言葉に俺は思わずそう叫んだ。
「うんうん、恐らくそうなのだろう。バスだけじゃない。僕もそう思う......君は自分の幸せに気付いていないだけだよ」
あいも変わらず和かに、しかし、俺にとって最も癪なことを口にするこの男性に俺は、どんな表情を向けて良いか分からなくなり、引きつったような笑みを浮かべて相槌を試みた。
「そうですか?僕にはとてもそうは思えないのですが......」
(彼女の浮気で別れた。別れた今も彼女が好きだというのもあるが、離婚歴がある35歳、もう再婚もまずないだろうというのに、この男は何を言っているんだ!?)
「いやね、君は幸せ者だなと思っただけだよ。私は長年寄り添った女房に先立たれてしまったからかな......本当に愛した人の最期を看取らなくて済むことほど幸せな事はないのじゃないかと思ってね」
「......」
「......」
お互いに沈黙が続いた。一時は相手の自殺の理由を同じくバカにしてやろうと思っていた俺もそれを言う気力を削がれ、男もまた、何を述べるでもなく、遠くを見つめていた。
「ある意味では僕と君は似ているのかもしれないね」
「ええ、今は俺もそう思えてきたところです」
俺はその言葉に同意した。確かに、浮気されても死別しても相手を好きでい続けてしまった俺も彼も似た者同士なのかもしれない。特に相方の時のことを思い出す初老の男性の表情は如何にも楽しげで、彼女のことを友人達にからかわれている時の自分の表情とどこか重なって思えた。
《プオン》
そんな時だった。一台のバスがバス停に止まる。
「どうやら、お迎えが来たみたいだね。君は......本当に乗るのかい?」
「いえ......もうしばらく考えてみます。僕はもしかしたら幸せ者なのかもしれませんから」
それを聞くと男は優しく微笑んで良い答えが見つかることを祈るよと言った。
「今日、貴方に会えて良かったです」
「そうかい?僕も、君に会えて楽しかったよ」
「......」
しばらくの沈黙を残して、バスが出発の準備を始める。
「......良い旅を」
少し名残惜しく思いながらも、俺は閉まる間際のバスに向かいそう言った。
夜間バスー死出行き