流れ星と赤りんご ~glory day~

流れ星と赤りんご ~glory day~

久也(ひさや
結子(ゆうこ 源氏名;雪(ゆき

失恋してから恋することを怖くなってしまった。
まったく別の世界に行った人、わたしを邪魔だと言った人。
絶対や永遠など全て嘘。
みんなはじめだけ。
わたしを知れば知るほど遠のいていく大好きだった人。
恋愛とはわたし自身を嫌いになっていくためにあるのかな。
どんなわたしでも受け止めるだの、何があってもそばにいるだの。
そんな言葉になんも意味なんてないんだ。

強くなりたい。

自信を持てるくらい。
そうすれば人を信じてどっしり構えてられるんだ。





彼氏居るの?というお客さんの問いににフラれたんですよと笑って話す度に怖さが増す。



そんな弱さを悟られないように…理想の女の人になりたかった。

理想に手を伸ばせば伸ばすだけ心がミシミシ言う。



こんなわたしを知ったらみんな居なくなる。
人の顔色を見るのがくせになっていたら、周りを見ているのが趣味みたいになった。

弱さを見せないように。
それがわたしの行き方みたいになって、理想で着飾った偽物。
心の中では怖くて仕方がないくせに。



そんな時隣についた人。

どうしてあなたなの?
あなたは…誰なの?

すんなり私の中に入ってくるあなたが嫌い。
あんなに引きずっていた大好きだった人が消えていく
あなたがあの人を消していくのが怖かった。
誰を好きだと思ってみても何も消えなかったのに。
あの人をどんどん薄れさせるあなたが大嫌いだった。
あなたなんて好きにならない。
絶対にならない。


ねぇ?久也?

大嫌い。

私はキャバクラで働く結子(yuko)22歳。
未婚のシングルマザー。
なんでシングルなのかとかなんでお水かとか、そんなことを話したいわけじゃない。
いろいろあったのです。
この仕事はなんだかんだプライド持ってやっている。
恥ずかしながら一番楽しいと思えた仕事がこの仕事。

失恋をなんとか乗り越えたって強がれるようになった頃。
私は不覚にも恋をした。
それがお客さんで来た久也。


私が子供のことを終わらせて、いつものように母に預けて仕事に来た。
9時出勤目標なのにいつも遅れちゃう。
店に着くと田舎の店のくせにお客さんが入っていた。

「雪ちゃん急いで着替えて」
源氏名の雪と呼ばれ店長に急かされ、更衣室に入っていく。
こんなの日常茶飯事の事。


胸を盛り、源氏名にちなんだ真っ白のミニドレス。
胸元のリボンとスカートをひらひら揺らして、お気に入りの香水を香らせる。
必死に掴んだNo.1の座。
田舎で何を言っているのかって思われても、頑張って掴んだんだ。
まだ誰にも上に行かせてない。
雪と言う文字は一番上にある。
仕草も話し方も勉強した。
私が1番綺麗だと思う姿勢で堂々と歩くんだ。
”雪”は私の理想が詰まっている。
私の理想像が雪。



「おはようございます」
しんなりとバックに行けば見慣れた顔。
通勤中にもLINEしてた紫音ちゃんが手を振る。
「また遅くなっちゃった」

「紫音ちゃん雪ちゃんいくよ~」
カウンターからの店長の声でスイッチが入る。
「紫音ちゃんいっしょだ~」
「やったね」

そんな話をしながらも背筋はピシッと伸びている。
よし自信を持って。
私はNo.1。

二人でコツコツとヒールを鳴らして歩く。
私は雪。
この音を引き連れて全力で演じきる。
お客さんが望む雪を。


「お待たせいたしました、雪さんです。紫音さんです」
店長に紹介されてお客さんを見た。
「失礼します。雪です。」



「あ、どうも」


私たちがついたお客さんは、正反対の空気を持つ二人組。
わたしの隣は落ち着いた人。
他愛もない会話。
柔らかい雰囲気。
お連れさんの話を聞いてはツッコミを入れ、ニコニコとしている人。
仲いいんだろうな~。


陽だまりのようだった。
干した布団みたいに、太陽の匂いがしそうな人。



「おめえらなに手繋いでんだよ~」
「え!?」

お連れさんからの指摘で初めて知る。
私たちは手を繋いでいた。
この場所には似合わない落ち着いた雰囲気で。
いつもはありえない、私が背もたれによっかかって座っている。
今思えば二人でテレビを見ている時みたいだったね。


怖いくらいすんなり手を繋いでいた初めて会った日。


なんでだろう。

横顔が懐かしい気がするの。

私にとってあなたはただのお客さん。


だけどね一つだけ覚えていることがある。
それは
あなたの匂い。
あなたの匂いは心地よすぎた。


そして
営業で繋いだ手。
あれ?手を繋いであげようとか思ったっけな?
いつ?いつ繋いだ?

いやいや

私は雪。

営業で繋いだんだよ。



気がついたら私はあなたと手を繋いでいた。
手をしっかりと繋いだ。

この人はお客さん。
初めて会った人。
懐かしいわけもないし、知っているわけでもない。

「連絡先教えてよ」

多分久也からだったよね?

なんかもう覚えてないの。


でしゃばらずずっと静かに
お連れさんとの温度差が印象的だった。
にこにこ笑っているようで目は笑わない人。
私たちは終始手を繋ぎその場所に似つかわしくないくらい、冷静だったよね。

ただ焼き付いたあなたの横顔。


それが久也とわたしの出会いなんだ。

久也を見送ってドアが閉まった瞬間。
手に残る手の温かさ、少し湿ったぬくもり。

わたしの右側にあった横顔。
目を合わせてくれない切れ長の目。
ゆっくりと流れる久也の雰囲気が頭に残った。


「あの人かっこよかったな…」
「え!?!?」
「え!?」
わたしの隣で目を見開いてびっくりする紫音ちゃん。
「あ、いや、あの違うの」
無意識の発言を聞かれてしまったわたしは必死に否定する。
ないない!!
お客さんだよ。
「別にいいんじゃない?キャバ嬢だって女だよ。」
「いや!そうじゃないの!!」
「お客さん手当たり次第手を出すのは違うと思うけど、そうじゃないじゃない」
「だからっそういうんじゃ…」
「はいはい」


違うもん。


私はキャバ嬢
私は雪。

結子としてお客さんの前に立つなんて許されない。

私は商品。

商品が私情を挟んでいいわけがない。



私の前から消えて欲しい程、久也は私の中に出しゃばってきた。
ずっとあの人のことを待っていたかった。
消えないで欲しかった。
これ以上私の中に入ってこないで。
あの人を消さないで。

私があんなに泣いた恋は、こんなにあっけなくなくなるものだったの?


私が信じた未来をなかったことにしないで欲しい。
消えるのはあなたの方だよ。久也。


私は雪。


落ち着いて。



私の願いは無情にも粉々に砕けていく。
私の中の明るい色はあなたの色になっていった。
何回大嫌いと思っただろう。
何回消えて欲しいと思っただろう。
目障りな恋心が私を変えていく。


[今日は楽しかったよ]
久也にもらった連絡先に送ったLINE。
返事は割とすぐ帰ってきた。
文字に乗って思い出される横顔がとても不快だった。
わたしはお客さんを好きにならない。
あの人はお客さん。
キャバクラにハマってはなさそうだから、もう会わないかもしれない人。
これでいいの。
もう二度と会いたくない。

二回目があったらまずい。


もう考えたくない。
わたしは返信をしないで携帯を真っ暗にした。


あなたは邪魔だ。

あれから2週間たったかな。

LINEのトーク一覧にもあなたの名前はスクロールしないとでなくなってきた。
よしこれで大丈夫。
わたしが返信しなければあの夜限り。
あなたの手の温かさ、思い出さない。

そう考えない。




怒涛の育児を終え気持ちを切り替える夜。
それが一番大変な事かもしれない。

いっつも時間はギリギリか遅刻気味。


わたしが職場に向かっているとき、店長からの電話で音楽が中断した。
時計を見たくないなあ。
ごめん店長…遅刻だぜ…

「はーいはい」
『あ、雪ちゃん?今どのへん?』
「あと10分くらいで着きますよ!すみません」
『そっか。お客さん待てせちゃってるんだ。悪いけど急いで来てもらって、すぐ着替えてもらってもいいかな?』
「はいわかりました、急ぎます!」
さすが田舎。
キャスト不足が深刻ですね。
そんな団体なのかな?

駐車場からの道を小走りで急ぐと店の前で店長が待っていてくれた。
「悪いね~雪ちゃん」
「いいえ、急ぎますね。遅くなりました。」

少し薄暗い店内には二人のお客さんが待っていた。
え、ふたり!?
待機室には紫音ちゃんだけだった。
まじかキャスト少なっ!!

着替えが終わって待機室に行く。
「10時から女の子来るからさ」
…それまでふたりなんですね…

面倒くさいお客さんじゃないといいな。

「雪ちゃん行こうか」
「はーい」


コツコツとヒールが鳴ると、仕事が始まったって実感するなぁ。


「大変お待たせしました、雪さんです。紫音さんです。」


あ初めてのお客さんだ。
「お待たせしました。結構待たれました?」
テンションの高いお客さんのグラスを拭きながら、わたしは向かいのお連さんにも目をやった。

「え」


「どうも…」



なんで…
なんで…


もう会いたくなかったのに。

なんで来るの。
せっかく忘れてたのに。



紫音ちゃんは「あの人じゃん」とわたしに目で会話する。
そうだよ。
あの人だよ。
わたしは慌てて首を振った。



あなたはまた私の前に現れた。

えっと…今日も遅刻気味で…走って家出て
タバコ買いたかったけど時間なくて…
そうだ…ボーイさんにタバコ買ってきてもらおう。
私は必死に脳内を巻き戻した。

あなたを忘れられていた数秒前までを。

店に着いて間もなく、店長に急いで着替えてと言われた。
まさかあなただとは思わない。
急いで着替えてフロアに行けばあなたが座っている。

これじゃまるであなたに急かされているみたいだ。
別にあなたの為に着飾ったんじゃないよ。
なのにあなたはまた私を乱すんだ。
私の姿を見た瞬間あなたの瞬きは止まったよね。
私の鼓動は一回大きく跳ね上がった。
痛い。
息を飲み込むのがやっとなくらい苦しかった。

折角忘れていたのに。

消えたと思っていたのに。

耳の奥が騒つく不快さを思い出した。



10時出勤の子が着替え終わり、キャスト交代の時間。


「俺この子指名する!」
普段嬉しいはずの指名。

まさかのあなたからじゃない指名。
あなたの前から逃げられなくなった。

今考えれば、キャストが3人しかいないから久也についていた紫音ちゃんが抜けたら、次はわたしが久也の隣のはずだったね。
紫音ちゃんが頑張れと言わんばかりの目をして去っていって、まだあまり話したことのない新しい子が久也にの隣に座った。
わたしは久也の斜め前。
チラチラと私を見て来ながらも、隣の子が久也の足に手を置きながらお酒を作っている。


ねぇ?なんで私が隣じゃないの?
誰の隣で笑顔作ってるの?
誰の隣でも笑うんですか?
目の前に居るのに触れられない。
イライラする。
この人に触らないでよ。
私の隣の人を後回しにあなたに絡む私。
指名してくれたお客さんは、もはや雑音でしかなかった。

あなたの隣は私の居場所。
あれ?
あれ?
この人は…消えて欲しい人。
二度と会いたくなかった人。
友達に口走った「あの人かっこいい」。
あれ、何を言っているの?
あなたなんて眼中にないの。
私は雪。
かぶれない雪の仮面。
”私”がじっとしててくれない。
ねぇ、久也。
やっぱり大嫌い。

私はキャストとして失格。
隣にいるお客さんをしっかり見ないで、ノリでかわして…
久也と隣の女の子が触れないように、その子じゃなくてわたしを見てよなんて思っていた。
仕事中に私情を挟む。
接客業の中の接客業だと思っている仕事。
商品のわたしが私情を持ち込んでいいわけがない。

わたしが見ているのも、こっちを見て欲しいのも久也になっていた。

わたしが隣に居たいよ。



久也が笑顔を見せるたび、わたしにはイライラした感情しか生まれなかった。


なのに否定ばっかする気持ち。
限界がすぐそこまで来てるのもわかってるくせに。
恋愛が怖いとか久也はお客さんとか。
未練の気持ちを持ってる自分一途だなんて。
よくわからなくなるよ。


どうせあなたも誰でもいいんでしょ。
子持ちのキャバ嬢なんてあなたは視界に入れないでしょ?



もう、なんで今日来たの。


あなたは駄目なんだって。



わたしの中に入ってこないで。


好きな人が出来て、自分より大切になってから居なくなるのはもう嫌だ。



「ありがとうございました~」
この敷居の向こうではわたしは雪じゃないよ。
結子って名前があるの。
結子はこんな煌びやかな女じゃないよ。

あなたと結子で会いたいよ。



「じゃあね」

ねえ。
なんで最後わたしを見たの?
お連れさんと女の子を挟んで目が合った。
あなたについていたのはその子でしょ。
あなたはなんで今日お店に来たの?

つり目なのに優しい目。


あなたは手を繋いだの忘れちゃいましたか?


わたしは…
覚えてるよ。


あの日手を繋いだのが不思議でしょうがなかった。
でもそれと同じくらい嬉しかった。


あなたには結子を見て欲しい。

わたしの頭の中はぐちゃぐちゃになった。


わたしは子供のために生きていくんだ。
どうせ居なくなる他人と深く関わりたくないよ。




あなたにとってはただのキャバ嬢かもしれない。
結子であなたと向き合っていいですか?
脆い心のわたしも、ネガティブ過ぎるわたしも、自分に全く自信のないわたしも過去も…全部話したら遠のくのかな。
わたしの本名を教えたい。
そうか考えたときに気付きました。

これで終わりは嫌だ。



「さようなら」



もうあなたは雪には会えないよ。




あなたが帰ってからすぐにLINEをした。


営業だと思われてもしょうがないと思ったわたしは、とにかく営業じゃないと言うことを伝えたかった。
お店に来て欲しいからあなたに関わるんじゃないんだよってわかってほしい。


結構考えて文章を作ってるんだろうなって丸分かりな送られて来るLINE。

7

たくさんの絵文字を頑張って使っている感。
人柄がにじみ出るLINEだった。



それから毎日何10通もLINEをした。
久也は男の人には珍しく、とてもLINEがマメ。
それは今も変わらないよね。



会いたいと言う文字が送られてきたとき
涙が出たのは秘密だよ。




LINEをし始めて3週間経つ頃
わたしたちはごはんの約束をした。


わたしが行ってみたいと思っていたラーメン屋さん。


そうです。
わたしたちの初デートはラーメン屋さん。
色気もくそもないそれがわたしたち。


服を死ぬほど真剣に選んだ。
母から呆れられる程。

わたしは忘れない。

母「そんなめかし込んでどこごはん行くのよ」
わたし「ラーメン」
この会話の後に母が爆笑したことを。

流れ星と赤りんご ~glory day~

流れ星と赤りんご ~glory day~

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-05

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