パラレル

静寂の中で目を覚ました

少女は自室の部屋の布団の中でひとりでに目を覚ました。何の変哲もない朝のようだった。いつもと少し違うのは、何の音も聞こえないことだけだった。だけ、と簡単に言っても、何一つ外から音が聞こえないのはとても違和感があるように思えた。
少女は暖かい布団から這い出て、ネグリジェのまま部屋のカーテンを開いた。
隣の家の壁を見つめていても違和感は拭いきれなかった。しばらくそうした後で、少女は漸く違和感の正体に気づく。鳥の声も、人の声も、何も聞こえない。親の生活の音も家に響いていない。兄のゲームの音も隣の部屋から聞こえてこない。何かが動く音や、ほんの少し空気が動く音でさえも聞こえてこないのだ。少女はすこし不安になった。
部屋の机の上に置いてある時計に目をやると、短針は二、長針は九のすこし下を指したまま動かなくなっていた。
机の上の黒い電子機器に手を伸ばす。スリープを解除しようとしても、電源が入っていないようで、黒い電子機器はただの板として少女の手の中に横たわっていた。
少女が寝る前に充電をしてはいなかったかと記憶を辿ろうとしてもうまく思考は繋がらなかった。寝る前のことは何も思い出せなかった。思考を巡らせようとしても、目の奥が痛むような感じがして、目を瞑っても記憶の断片をつなぎとめることはできなかった。
外の景色が気になって、少女は裸足のまま玄関から外に出た。少女はもうこの家に帰ることはないような気がしていた。少し重い扉が鳴る。もうこの扉に鍵は必要ない。
じゃり、と足の下で砂が擦れる音がする。すこし風が吹いていた。少女が顔を上げると、そこはいつもの見慣れた街ではなくなっていた。少女は驚く。
建物が朽ちていた。地面はどこからか吹かれてきたのだろう砂に覆われていた。近所の家は所々なくなっていた。少女は困惑した。
困惑した少女は無意識のうちに歩き出していた。無意識のうちに、自分と同じ人間を探していた。いつも通りの朝だったはずなのに。少女は寝る前のことを思い出せずにいた。思い出そうとすればするほど目の奥は鈍く痛み、記憶はばらばらになっていくように思えた。
近くの商店街を歩いてみても外を歩いている人の影は一つもなかった。というより、商店街もあまり面影は残っておらず、商店街だと思われるところを歩くしかなかった。建物のなくなった地面は砂で覆われ、地平線すら拝めるのだった。
少女は裸足のまま歩き続けた。少女の目に入るこの世界には緑がなかった。埃っぽい地面が続くこの世界の植物は、全て枯れ果てているようだった。
電池の切れた時計のおかげで、少女は自分の起きた時刻を知ることができなかった。電源の入らない携帯のおかげで、少女は自分が何年の何月何日を生きているのかすらも知ることができなかった。少女は少し心細かった。
少女は薄々気がついていた。この世界には自分一人しか存在しないということに気がついていた。
緩く風が吹いて地面の砂を巻き上げる。少し長い自分の髪の毛を左手で押さえる。空を見上げると地平線は橙と水色と肌色が混ざりあっているようで、何だかとても美しく思えた。朝か夕方かわからない。夜を迎えようとしているのかもわからない。
少女は空を見上げたまま、目を瞑った。空に向かって好きだった女の子の名前を呼んだ。小さい声だった。少女の声と女の子の名前は風に吹かれ、舞い上がる砂と共に宙に消えていった。
少女は目を開けて再び歩き出した。少女の小さい身体にこの世界は広すぎた。
少女は涙を流していた。涙は次々溢れて止まらなかった。ひとりぼっちの寂しさからかもしれない。好きな女の子に会えない哀しさからかもしれない。少女の涙はとても美しかった。誰も少女が泣いていることを知らない。彼女ですら知らない涙を彼女は流している。世界中で一番美しい涙だった。
歩き続ける少女の視線の先にベンチが見えた。すぐ隣には街灯も立っていた。街灯のガラスに日が当たってきらきらと光っていた。歩き疲れた少女はベンチに腰掛け、まるでそうするのが普通であるかのように目を閉じた。

世界にひとりぼっちの少女は、ゆっくりと眠りに落ちていった。

パラレル

推敲してません

パラレル

空を見上げる少女が世界で一番美しい

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-05

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