架空請求
ある日突然、地球上の主要都市の上空に巨大なUFOが出現した。あらゆる通信が妨害され、スクランブル発進した各国の戦闘機は航行不能になって不時着した。いよいよ人類最後の日かと人々が固唾を飲む中、世界中のテレビ画面がジャックされ、各国の言語でメッセージが送られてきた。
《われわれは宇宙人だ。個人情報なので、どの星から来たのかは言えない。われわれが地球に来た目的はただ一つ、負債の取り立てである。地球人は速やかに返済せよ》
対応を協議していた国連では、疑問の声が噴出した。
「バカバカしい。初めてコンタクトする相手なのに、こっちに借金があるってどういうことだ。第一、どんな通貨を借りたというんだ」
「そうだそうだ。言いがかりもいいところだ。毅然とした態度で臨むべきだ」
「でも、科学力では圧倒的に負けているよ。変に逆らって攻撃されたら、どうするつもりだ」
「とりあえず、もう少し、向こうの言い分を聞くのが先決じゃないのか。事務総長に話してもらおう」
時の事務総長は、日本出身の井伊与之助という男だった。
《宇宙人よ、わたしは国連事務総長の井伊という者だ。いったい、どういうことなのか、説明して欲しい》
《よかろう。今より6500万年前の話だ》
《ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな昔じゃ、そもそも人類がまだいない》
《そんなことは、われわれの知ったことではない。とにかく、われわれは地球から大量のイリジウムの発注を受けた。そこで、隕石の中身をくり抜き、詰め込めるだけ詰め込んで、地球にイリジウムを送った。ところが、待てど暮らせど料金が支払われなかったのだ。今こそ、利子も含め、きっちり精算してもらおうか》
《あ、イリジウムでピンときた。あれだ、恐竜を絶滅させたという、巨大隕石だ。その年代だけ、地層にイリジウムが多いらしい。確か、6500万年前だった。うん、そうだ、間違いない。だが、いずれにしろ、現生人類はまだ影も形もない時代だ。こりゃあ、とんだ誤解だな》
《何をブツブツ言っている。返すのか、返さないのか、それが問題だ》
《宇宙人よ!》
《何だ?》
《再三言うが、人類誕生前の話だ。そこまで責任を負えない》
《こちらも繰り返す。こういうことは惑星対惑星の付き合いではよくある話だ。どの惑星でも最終的に支払い義務があるのは、その時々の支配的生物なのだ。この地球では、かつては恐竜がそうだった。今は人類の番だろう》
《いったい、いくら払えというのだ。というか、地球の通貨でいいのか?》
《そんな紙切れなどいらぬ。われわれが欲しいのは貴金属だ。現在、人類が所有している、全ての貴金属で許してやろう》
《なるほど、いいだろう》
国連はもとより、世界中でどよめきが起きた。裏切り者、という怒号があちこちから聞こえた。
《いいのか?》
《その前に一つ確認したいことがある。あの隕石は、本当にきみたちのものなのだな》
《もちろんだ。ちゃんと証拠のVTRも撮ってあるぞ》
《なるほど。それなら、代金を支払ってもいい。ただし》
《ただし?》
《あの隕石のせいで、地球上の75パーセントの生物が絶滅した。その損害賠償を請求する。金額は、きみたちに支払う額の100倍だ!》
《な、何を言う。そんな昔のことに、責任が取れるか!》
《ならば、こちらも同じだ。とっとと帰るがいい》
《ううっ、覚えてろ!》
世界中のUFOが引き上げて行った。
誰かが、心配そうに井伊に尋ねた。
「これで大丈夫でしょうか?」
「さあね。でも、今度やつらが来るとしたら、6500万年後だろうさ」
そう言うと、井伊はおかしそうに笑った。
(おわり)
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