女優魂

 なんてヘタクソな女優だろうと、新しく始まったテレビドラマを見ながら昌美は思った。セリフを棒読みしているだけで、少しも自分の言葉になっていない。自分が同じ立場なら、何度も何度も練習して完璧に体に覚え込ませてからカメラの前に立つのに、と思う。
 昌美は劇団ヒヤシンスの研究生であった。ヒヤシンスは子役で有名な劇団だが、もちろん、大人の役者も所属している。それどころか、子役の次に需要が多いのは、実は高齢者で、CMなどに引っ張りだこなのだ。十年選手の研究生である昌美の世代が、一番発注が少ない。昌美にテレビの仕事が回ってくるとしたらせいぜい通行人程度だろうが、今のところそういう話すらなかった。
 昌美には女優としての収入はほとんどないため、劇団に月謝を払うためにもアルバイトをせざるを得ない。劇団によっては研究生のアルバイトを禁じているところもあるが、そういう劇団は舞台がメインで、アルバイトなどする余裕もないほど練習がきついらしい。
 昌美はここ十年来、週に三日のペースで居酒屋のアルバイトをしていた。お客の注文を聞いて厨房に通し、出来上がった料理を運ぶ。生ビールのジョッキを、持てるだけ両手に持って行く。その繰り返しだ。体力も要るし、時々はイヤなお客もいる。楽な仕事ではないが、昌美は笑顔を絶やさなかった。これは演技の練習だ、と自分に言い聞かせながら。
 そんな昌美だから、居酒屋のスタッフから度々正社員にならないかという誘いがあった。今日も帰り際、店長から声をかけられた。店長は昌美が女優を目指していることは知っていたが、「そろそろ、ちゃんと将来のことを考えた方がいいよ」と言ったのだ。悪気で言っているわけじゃないのはわかっていたが、悔しかった。すみませんと頭を下げ、逃げるように帰ってきた。
 四畳半のアパートでテレビを見ながら、この女優と自分の違いは何だろうと自問した。結局、顔だろうか。窓ガラスに映った自分の顔を見た。どこにでもいるような平凡な顔。いっそ、整形してみようかと思ったこともある。だが、もし整形して売れたとしたら、自分の今までの努力が報われない。それだけは、どうしてもイヤだった。

 翌日、劇団に行った昌美は、すぐにチーフに呼ばれた。
「今度、うちの劇団の地方公演があるんだけど、一人欠員がでちゃってさ。それが居酒屋の店員の役なんで、ピンと来たんだ。どう、やってみるかい?」
 昌美はほんの一瞬ためらったが、笑顔で答えた。
「はい、喜んで!」
(おわり)

女優魂

女優魂

なんてヘタクソな女優だろうと、新しく始まったテレビドラマを見ながら昌美は思った。セリフを棒読みしているだけで、少しも自分の言葉になっていない。自分が同じ立場なら、何度も何度も練習して完璧に体に覚え込ませてからカメラの前に立つのに、と思う...

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-03

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