TIME LAG I LOVE YOU〜時空を超えた愛〜【第一章〜夜中の邂逅〜Part6】
コンコン、俺はたぬき荘201室のドアをノックした。返事は無い。コンコンまたノックした。反応無し。ちくしょ。いつもは会いたくないが今はこのドアを開けて俺と会って欲しい。ってか会って話を聞いてくれないと困るんだ!
ドン!そう鈍い音がした、俺は右足でドアを蹴った、あんまり大きな音がすると階下に聞こえちまうから、一回だけ、これでダメなら俺は諦めて公園へ帰ろう、公衆トイレの中で夜を明かすさ。
そう諦めかけていた時
ガチャ、そのような効果音とともにドアが開いた。
開いたドアの向こうには寝間着姿の高荷さんがいた。ここ、たぬき荘の大家さんだ。
「なんだい、こんな夜中に、あたしゃお前には用はないよ、」
高荷さんに用がなくても俺には用がある。
「お願いがあります。今晩ここに泊めてください。」
「はぁ?」
「後、今日は何月何日ですか?」
当然の反応が返ってきた。高荷さんはぽかんとした後、
「別にいいよ、家賃払ってくれたし、まぁあんたじゃないが、誰が払おうと同じもんだ金ってモンは。寒いだろう、上がりな。今日は2月7日だよ、どうしたんだい、全く。」
嫌々ながらも手招きして、俺と同じ作りの六畳間へ高荷さんは戻っていった、俺も、遠慮なく六畳間へ行く。高荷さんの部屋に来るのは初めてだ。一応女だから、女性の部屋に手招きされて入ったのも、多分初めてじゃないのか?
「お、お邪魔します」
俺はそう言って上がった。
俺の部屋よりちょっと広いちゃぶ台が六畳間の真ん中に置いてあった。色は焦げ茶色、そこは俺の部屋と一緒だ。
大家さんは台所でやかんを火にかけている。俺は、出された座布団の上に座っている
「あ、あのすません、こんな夜中に、押しかけて、実はですね、う〜ん、非常に言いづらいんですが、、」
「いいさ、何も言うな、どうせ私に話してもどうこう出来る訳じゃない、仮に出来たとしても、私はお断りだ。まず、今から茶いれるから静かに待ってな、騒いだら追い出すよ。」
「はい、」
やかんの注ぎ口から煙が出てきて、永遠にも思えた湯沸かし時間が終わった。
急須に茶葉を入れてやかんから熱々のお湯を入れて、しばらく待ってから湯のみに注いだ。盆にのせて二つちゃぶ台にのせる。
「あいよ、ほれ、飲みな、暖まるよ、若者はコーヒーが好きみたいだがあんたはどうかね?まぁ私に部屋にコーヒーなんてしゃれたもんは無い。お茶で我慢しな。」
俺はありがとうとございますといって、茶をすする。熱いっ!当たり前か。
ズズッ、ズズッ、俺は何回にもわけてお茶を少しだけすする。
大家さんはそんな俺を見てお茶を飲んでいる、ジロジロ見ないでくれ。
「あの子と喧嘩したんかい?」そう聞いていてきた、何ださっき何も言うなって言ったくせに何で聞いてくる?「いや別に」そう曖昧に答えると
「出て行かれたんかい?」また聞いてきやがった、年寄りはこういった話に興味持ちたがるからな、仕方ない、それに今は仮にも世話になっている身分だ、答えるしかないだろう。しかし、本当の事話す訳にもいかん、俺自身実際はまだ整理がついていなから、まだ本気で信じた訳じゃない、あの利川って奴の話は確かに本当の事かもしれない、俺自身不可解なごちゃごちゃな記憶がまだ残っている。
だが奴が言った通り、長身銀縁眼鏡男が訪ねてきた1月16日の記憶は何か、その、薄れていくのが感じられる。奴の顔と台詞、どっちも何となくだが思い出せなくなっている。
そんなこと考えていると
「私はね、あんたの事私の子供みたいに思っていたんだよ。」
はぁ?いきなり話が飛ぶな、なに、高荷さんが俺を実の子供だと思っていただと?
何故だ?気になるな。
高荷さんは過去を話し始めた。
「私はねそりゃ随分と前に夫と離婚したんだよ、もう23~4年前になるかねぇ、理由はねぇ私がおかしくなったからだよ、子供生んで、そりゃ嬉しくて毎日毎日が幸せだったよ、でもねぇ、私は子育てに悩んだんだよ、何をすればいいのか、ただミルクを与えて、夜寝かしつける、簡単そうだけど、段々と私の中に子供と会いたくないって気持ちが湧いてきたんだよ、虐待って訳じゃないけど、お腹空いてミルクほしがっている子供を見ると嫌気がさしてさ、幸せから一転して、子供が消えればいいと思った時期もあった。母親失格って言葉が私にはピッタリだよ。そのうち段々と子供が泣かなくなって、まるでこっちの気持ちを理解するみたいに、ミルクをほしがらないし、夜泣きもしなくなった、ただ日に日にやつれてきているのが目に見えて分かったよ。そんな感じの日が何日も続いた、やがて夫がその事に気づきだした。即刻別れようと言い出した、自分の子供をそんなふうに接するあたしをとても憎んでいるような、そんな眼差しで見られ離婚届を突きつけられると私はそれに従うしかなかった。即刻離婚成立ってわけ。親権はもちろん夫に渡したさ。これで自由に暮らせると、そうウキウキしていた。」
そこで一旦区切りお茶を飲むと。
「もねぇ、実際に別れてみると、子供の事が忘れなくて、ずっと毎日後悔していた。会いたくて、会いたくしょうがない、別れた夫に連絡して会わせてくれって何度も頼んだ、でも会わせてくなかった。」
お茶をすすり、
「後はあんたが想像してる通りさ。」
と言った。
なんと言うか、非常に答えづらい話になったな、高荷さんの過去って結構大変だったんだ。ただの金の亡者じゃなかったんだな。
「だから、ねぇ、私の子供が今頃はあんたくらいになっているだろうから無意識に、いや意識していたね、私の子供とあんたを重ねていたんだよ。」
「はぁ、」
「だからあんたには私の二の舞になってほしくないんだよ、謝るなら今のうち、さっさとあの子に謝ってきな、まぁ、今すぐっては言わないさ、明日か明後日か、落ち着くまでここに居な。ただ、後悔するような事はすんじゃないよ。」
「いえ、別にけんかとかそう言う訳じゃなくてその、」
すっと大家さんは立ち上がり六畳間に置いてあるどこにでもあるような普通のタンスに向かった。一番上の引き出しを開けて何かを取り出した、分厚い茶封筒みたいだ。
それを持ってきてちゃぶ台に置く。そして俺の方にスッと差し出す、
「これ、あんたが今まで払ってきた分の家賃、そっくりそのままとっておいたよ。受け取りな、」
「え!?ちょっと待ってくださいここを追い出されたらもう行くあてが、」
「心配しなくてもいい、追い出したりはしないよ。」
「じゃぁ、何で?」
「あんたが、可愛くてしょうがなかったからだよ。私の子供と面影が重なってしょうがなかったんだ、そんな人から金奪うわけにゃいかないだろ。」
「いや、でも、そんなお金、」
「どうせあんたが工面したお金じゃないだろ。少なくともこの三ヶ月間は、受け取らなきゃ追い出すよ」
「はい」と素直に応じるお俺だった。
「それにここの土地を売るのはやめる事にするよ、あの子が変な事言うからね、絶対に土地を売ったりするなと、なぜか株にも絶対に手を出すなと、家賃を渡す時にそう言ったんだよ。」
そんな事言っていたのか。真理さんは、でもなんで?
「それに、ここ売ってあんたと別れると今度こそ私はおかしくなっちまいそうで怖い。」
心なしか、高荷さんの目が潤んでいるように、いいや見間違いだ。
俺は頭を振る。
「よけいな事言っちまったね。」
そう言って高荷さんは立ち上がり、ちゃぶ台のそばに敷いてあった布団に入った、なんと、その布団は俺が真理さんの為に買ったあの赤い布団と同じだった。
スゥスゥと寝息を立てて寝入ってしまった、あの利川といい高荷さんといい、どうしてこうも早く眠れるのかねぇ、
ズズっとお茶を飲む、大分温くなった、
「あれ?この味、」
俺はふと思った、何となく懐かしい味わいだった、でも年寄りのいれるお茶なんざたいがい懐かしい味なんじゃねぇか?それにしても高荷さんのお茶はうまいな、人からふんだくった金で高級茶葉でも買っているのか?
俺は畳の上に横になる、寝てもいいよな、別に、そう思いながら眠りに落ちていった。
もし、これが、全部夢だったらどうする?全部だ全部。俺の脳が勝手に作り出した妄想だとしたら?この夢から目覚めた瞬間に俺にもの凄い空虚感が押し迫ってくるとしたら?俺はそれに耐えられるのか?ぼろぼろに精神が壊れて、再起不能になるんじゃないのか?
それで気づいた、もはや山本真理と名乗る少女は俺にとって切っても切れなくなっていた事に、たった3週間、そんなに長い時間じゃなかったが、俺は胸を張って言える、この三週間、俺は、とても充実していた、そして、しあわ、
「ん?朝か、」
俺は目を覚ました。高荷さんはまだ寝ている。どうやら、昨日(正確には今日の夜)に考え事していてそのまま寝入ってしまった様だ。
「痛った。」
畳の上で直に寝ると翌日は体中が痛いって事が分かった。
ふと、タンスの上を見る、すると時計が置いてあった、結構高級そうな置き時計だ、
「11時30分かぁ、もうちょっと寝ていよう。」
そこで、利川の言葉が頭をよぎる。
11時45分に棚田に飛ばされる。
「ハッ!」
俺ががばっと立ち上がった、まずい、棚田とかいう奴がきちまうじゃねぇか、
何でこういう時は寝坊するのだろう?大事な時に限って、誰しもそういう経験ってあるだろう。
俺は、心の中で高荷さんに感謝しながら、起こさぬようにソロリソロリと部屋を出た。
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