無題

「永遠は私達にとっては重荷でしかないのです。」
神の所在を尋ねた僕に、神父はそう答えた。僕は神の存在を信じるには成長しすぎ、かといって神の存在を否定するには、まだ十分に成長しきれていなかった。

僕が存在する世界は、かつてイエス・キリストという名の神が存在していたという時代から遠く遠く離れ、もはやその文明さえ不確かになってしまった時代だ。僕の周囲の大人達は皆口を揃えて戦争の悲惨さや平和の尊さを主張するが、僕からしてみればそんなものは旧世紀の産物でしかない。人間は過去の栄光をいつまでも心の中にとどめておきたい生き物だというのは、どの時代も変わらないのだろう。大人達は神を忘れ、神を創り、そしてまた神を忘れる。
僕が今暮らすのは思考も感情も統制され管理された世界。コンピューターによる人工物は街中にあふれかえり、もはや生身の生物との区別さえ困難だ。人々は仮面を被り、プログラミングされた1日のスケジュールをただ繰り返す。脳の一部を機械化しネットワークに繋ぐことで日々膨大な情報を受信してはそれに従って動いている。脳は機械化されることで思考はコントロールされた。旧世紀に頻発した殺人、窃盗、放火、そしてテロを防ぐためだ。脳内思考レベルがある一定の危険水準まで達すると管理局で警報が鳴る。街のあらゆる場所にはそうした“危険誘発分子”を排除するための特殊部隊が配置され、それを速やかに捕獲・連行する仕組みとなっている。連行された者は各管理地区ごとの浄化所に集められ、カウンセリングという名の尋問と精神誘導が行われる。脳は新たな機械と化し、管理局の言いなりとなる出来の良い人形が完成というわけだ。
そんな世界で戦争など起こるはずもなく、僕らは管理された作り物の平和を、ただ生きていた。

僕の世界には、三種類の人間がいる。管理する人間、管理される人間、そして僕ら子どもたちだ。僕らは10歳になるまで脳を機械化しない。子どもは純真無垢だなんてこの時代にもそんなことがまだ信じられているから、大人達は僕らを管理下に置こうとはしなかった。ごく稀に、子どもであるにも関わらず思考能力・記憶力・学習力が大人と変わらない者達がいる。僕はそのうちのひとりだ。だがこんな世界ではそんなものは命取りにしかならないことも僕は知っている。子どもは純真無垢だと信じられているからこそ、僕たち子どもの思考と感情が自由でいられるのだから。僕らはこの世界に不満を持っているし、いつか壊してやりたいと思っている。問題なのは、10歳の誕生日が来てしまったら僕も脳の一部を機械に開け渡さなければならないということ、そしてこの思考が管理者達に危険分子とみなされ、排除されてしまうだろうということだ。
そんなわけで僕たちは今夜、この作り物の平和を壊すことにした。

人工の月が照らす管理局にひとりが侵入。管理室に入るとコントロールを奪取する。大人達はここに侵入者がやってくるなんてこと夢にだって思っていないから子どもの僕らが制御を奪ってしまうまで多くの時間はかからなかった。すぐさま町中のシステムをダウンさせ、人々を管理下から外していく。街中に溢れかえる、負の感情。憎悪、僻み、妬み、殺人思考に虐待趣味。虫唾がはしりそうだった。だってそうだろう、大人達はこんなものを抱えて平和の尊さを叫んでいたんだから。仮面が外れた大人達、僕はそれに耐えられなかった。もう一度制御ボタンを押す。今までより深い深い暗示を。今まで以上に統制された世界を。がくん、と音が鳴るようにそれまで動いていた大人達が停止する。それは出来の悪い操り人形のようだった。

一夜にして静まり返った街で僕らは世界を壊すことに成功した。それは僕の望んだ結果とは、酷く遠いものだったけれど。旧世紀の言葉に「人間は思考する生き物だ」とあった。僕らはその思考を奪われ、取り返すために奪い、そして永遠に手の届かないものにしてしまった。僕たちは単なる子どもでしかなく、大人達はプログラミングされて動くただのお人形だった。神が少し目を離した隙に世界はきっと壊れてしまったのだろう。いつか神の代理人に出会ったら僕はこう尋ねるつもりだ。
「神は今、何処にいるのですか。」

無題

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-01

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