ぼく以外ぼくじゃない

 婚約者の玲子から電話があった。会社の帰りに研究所に寄って欲しいと言う。イヤな予感がした。というより、イヤな予感しかしない。それでも、寄らない、という選択肢がないことは、自分でもよくわかっていた。
 ぼくは小さな出版社で、先端科学関係のライターをしている。玲子のことを知ったのは、変わった研究ばかりしている若い女性科学者がいるとの噂を聞き、取材に行ったのがきっかけだった。玲子を一目見るなり、ぼくは恋に落ちてしまった。今さら、後悔しても手遅れというものだ。
 玲子の研究所は郊外の丘の上にある。その敷地内にある駐車場に車をとめ、仲間内ではお化け屋敷と呼ばれている建物の中に入った。
「あら、祐介、意外に早かったのね」
 白衣を着た玲子が出迎えた。まるで実験動物を見るような目で、ぼくの上から下までを見ている。
「あのさ、玲子。また、何か実験するつもりなら、別の日にしてくれないか。今日はちょっと疲れてるんだよ」
「大丈夫よ。すぐ済むから」
 やっぱりだ。もしかして、今日は普通に一緒に夕食したいだけかもしれないという淡い期待は、見事に打ち砕かれた。あとは、どれくらいのリスクがあるかの問題だ。
「まさか、危険はないだろうね」
「動物実験では、99パーセント成功してるわ」
 おいおい、残り1パーセントは何なんだよ。
「いったい、何の実験なんだい?」
「とりあえず、プレゼン用の模擬実験を見て」
 玲子は、両端にダチョウの卵のようなカプセルが付いた機械を持ってきた。カプセルは真ん中あたりでパカッと開くようになっていた。
「さて、今はAのカプセルもBのカプセルも空よね。じゃ、この実験用マウスをAに入れて、両方閉めるわよ」
 玲子がスイッチを入れると、機械にバチバチッと火花が走った。
「いい?両方開けるわよ」
 マウスはBのカプセルにいた。手品としたら、極めて初歩的なものだろう。だが、当然これは手品ではない。
「ええと、つまり、これは」
「物質転送機よ」
「まさか、ぼくを」
「そうよ。これは元々人間をいかに速く移動させるかを目的に作った機械なの。最後は人間で試さないと、意味がないわ。こんなことを頼めるのは、祐介しかいないのよ」
「ええっ、ちょっと待ってくれよ。あの、ほら、昔の映画であったじゃないか。こういう機械に虫が紛れ込んじゃってさ」
「あら、大丈夫よ。わたしの機械は優秀だから、合体なんかさせないで、ちゃんと分離するから」
 それから10分ばかり抵抗を試みたが、無駄だった。
「これが本番用の機械よ。このAの方のカプセルに入ってちょうだい」
 それはカプセルというより、ミイラなどが入る棺のように見える。これが見納めになるかもしれないと、玲子の顔をもう一度見たが、完全に実験モードに入ったコワイ顔になっていた。
「いいわね。フタを閉めて三つ数えたら、スイッチを入れるわ」
 一、二、三。
 しかし、しばらく待ったが、何の変化もない。どうやら失敗のようだ。ぼくは内側からカプセルを開けて外に出た。
「失敗したみたいだね」
 向こうをむいている玲子にそう声をかけたが、玲子の前に立っている人物を見て、ギョッとした。
「き、きみは」
 玲子がこちらを振り向いた。
「あら、せっかく成功したと思ったのに」
 もう一人の人物は、ぼくと全く同じ顔をしていた。
「玲子、これはいったい、どういうことだい?」
 そう尋ねたのは、もう一人のぼくだった。
「この機械の原理はFAXと一緒なのよ。オリジナルの情報を読み取って電気信号に変え、離れた場所で再現する。でも、オリジナルが残ったままだと移動したことにならないから、読み取りが終了すると、自動的に消去するようになってるの。どうも、消去がうまくいかなかったみたいね。今から消去するわ。Aの方の祐介、もう一度カプセルに戻ってちょうだい」
「冗談じゃないよ!消去、消去って、それは殺人じゃないか!」
「あら、どうしてよ。元々祐介は一人だったのが、今はダブってる。それが一人になっても、最初と同じよ。誰も死んでないわ」
「ぼくが死んじゃうよ!だいたい、オリジナルはぼくの方なんだから、消去するならニセモノのBの方だろう!」
 すると、それまで成り行きを見ていたBのぼくが反論してきた。
「こっちこそ冗談じゃないよ!全く同じDNA、全く同じ記憶、全く同じ人格を持ったぼくが、どうしてニセモノなんだい。それに、今聞いたと思うけど、そもそもきみは消えることになってたんじゃないか。予定通り消えてくれよ!」
「何だと!」
「やるか!」
 二人で取っ組み合ったが、もちろん、腕力も同じだから勝負がつかない。
「もう、祐介たち、やめてよ!こうなったらしかたないわ。実は双子だったということにしたらどう?」
 二人とも息が続かず、一旦、休戦した。
「ふう、ふう。双子だということに、してもいいけど、玲子と結婚するのは、ぼくの方だ!」
「はあ、はあ。何を言うんだ。玲子と結婚するのは、ぼくだ!」
 また、取っ組み合った。
「しょうがないわね」
 そう言うと、玲子はカプセルに入った。当然、ぼくと同じことになった。
「さあ、わたしも二人よ、これでいいでしょ」
 なるほど、その手があったか、と思いきや、二人の玲子とも、Bのぼくの方に行ってしまった。
「ええっ、どうしてだよ!」
「なんとなく、こっちの祐介の方がいいの、ねえ」
 AだかBの玲子が、もう一人にそう言った。
「そうよ。Bの祐介の方がものわかりが良さそうだわ」
 そんなバカな…
(おわり)

ぼく以外ぼくじゃない

ぼく以外ぼくじゃない

婚約者の玲子から電話があった。会社の帰りに研究所に寄って欲しいと言う。イヤな予感がした。というより、イヤな予感しかしない。それでも、寄らない、という選択肢がないことは、自分でもよくわかっていた。ぼくは小さな出版社で、先端科学関係のライター...

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更新日
登録日
2015-11-01

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