サクラとユキ

サクラ


「ねぇ、知ってる?人間が入れるしゃぼん玉があるんだって」
 ユキちゃんに言うと、ユキちゃんは笑って
「ロマンティックだね」と。信じてないようだった。
「本当なんだよ。ナギサ先生が言ってたもん」
 先生の名前を出すとユキちゃんも弱くなる。「そっか、見てみたいね」
「うん、いつか見に行こうね。その時はナギサ先生も連れて行っていい?」
「先生忙しそうだからね、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。私が一生懸命お願いしてみる」
「じゃ、私もお願いしてみるよ。3人でしゃぼん玉入りに行こうね」と言ってユキちゃんは笑う。
 でも、さっきの笑い方とはちょっと違う。さっきよりもうれしそう。でも、ちょっと寂しそうにも見える。

「なんでユキちゃんはあんな風に笑うの?」
 とナギサ先生に聞いてみた。
「あんな風って?」
「なんていうんだろう、いっぱいきれいに笑うんだけど、ちょっと寂しそうな感じがしちゃうの。私がおかしいのかな」
 言ってて悲しくなってきた。そうだ、きっと私がおかしいんだ。だから、こうやって、病室から一歩も出られないんだ。
「ユキちゃんはとってもきれいなんでしょ?」
「うん、すっごいきれいなんだよ。私のお姉ちゃんとは思えないくらいに」
「サクラちゃんもとてもかわいいけどね」と、ナギサ先生は言ってくれる。
「かわいいと、きれいは違うのー」
 ナギサ先生にかわいい、って言われてすごくうれしいのに、怒ったフリをしちゃう。
「きれいな人っていうのはちょっと寂しそうに笑うもんなんだよ」
「なんで?」
「花にいっぱい種類があるのはもう言ったよね?」
「うん」
「変わった花もいっぱいあって、日陰にしか咲かない花っていうのがあるんだ」
「なんで日陰にしか咲かないの?」
「昔、すっごくきれいな女神様がいたんだ。でも、その女神様よりきれいな女の子がいてね、怒った女神様はその子を花に変えてしまったんだ」
「ひどいね」
「うん、でも、そしたら今度はその花にたくさんの人や動物や虫達が集まってしまうようになったんだ」
「花になってもきれいだったんだ?」
「うん、とてもね。そしたらまた女神様は怒っちゃって、それでその花を日陰でしか咲けないようにしてしまったんだ」
「本当にひどい女神様だね」
「その時代の人や動物や虫達には、日陰というのは悪い所だって言われてたから、だんだんと誰もその花に集まらないようになってしまったんだ」
「かわいそう」私は泣きそうになってしまう。
「だから、きれいな人は少しでもきれいじゃないように見えるように、笑うときはちょっと寂しそうな顔をしてしまうんだよ」
「そっかー、じゃ、ユキちゃんは女神様よりきれいなんだね?」
「そうだね。さすがサクラちゃんのお姉ちゃんだね」
「私とは全然似てないもん」
 そっぽ向いてやろうかと思ったけど、でも、ついつい笑っちゃった。

ユキ


「先生、サクラの調子はどうなんですか?」
「よくありません」
 先生はいつでも正直だ。
「そうですか」
「いい子、なんですけどね」
 それは分かってる。姉である、自分が一番分かってる。
「先生ありがとうございます」
「いや、僕は医者として、やっているだけです」
 そんな事ない。
「いえ、先生は人間として、一人の人間としてサクラと付き合ってくれてます。皮肉な話ですけど、病院に入ってからの方がサクラ元気なんですよ」
 私は泣き出してしまう。
「たくさん話すようになって、笑うようになって、、今日だって、しゃぼん玉、先生と3人で見に行きたい。って」
「困ったな」
 私は涙を止められない。
「そうだ。サクラちゃんからサボテンの話は聞きましたか?」
「あの、日の出の時間だけ花が咲くっていうサボテンですか?」
「はい」
 私は涙を拭きながらうなずく。でも、あれも
「あれは本当なんですよ」
 まさか
「今日の夜、見に行きましょう」
「医者としては、患者を夜連れ出す、なんてダメなんじゃないですか」と、私は笑いながら言う。
 きっと私を元気づけるためにこういう事を言ってくれてるんだから、私が止めなきゃ、先生が困っちゃう。
「人間としては、正解でしょう?」


 先生は本気だった。病院を出ると、先生の車で2時間ほど走っただろうか、大きな公園に着いた。ここがどこかは、全く分からない。私もサクラも寝ちゃっていた。
「着きましたよ」
 先生が私とサクラを起こす。目を覚ますと当たりは大きなサボテンがたくさん生えていた。2メートルくらいはあるだろうか。でも、花はもちろん蕾だってありはしない。
「さ、そろそろ日の出ですね」時計を見ながら先生が言う。
「もうすぐここがお花でいっぱいになるんだ?」
 サクラはちっとも先生の事を疑っていなかった。胸が苦しくなる。
「そうだよ」
「先生。帰りましょう」
 そうだ、帰れば、いい。そうすれば先生の嘘は嘘じゃなくなる。
「なんでですか?もうすぐですよ?ほら」
 日の出だった。私はうつむく。涙が溢れる。
「すごい、すごい」
 サクラが騒いでいる。すごい?
「すごいね、ね、おねえちゃん」
 顔を上げる。
 サボテンにはトゲがあって、そのトゲは四方に向かって生えていて、それが太陽の光を受けて
「本当だ、すごい」
 たくさんの花だった。光が、花になっていた。
 サクラは笑っていた。本当に幸せそうに。それを見て私も笑う。
「あ、ユキちゃん、笑ってる」
「え?」
「先生、ユキちゃん普通に笑ってるよ」
「本当だね。じゃ、女神様も許してくれたのかな?」
「それか、相手にしてなかったりして」
 サクラがそう言うと先生が笑う。それを見て、サクラも笑う。それを見て私も笑う。
「何?何の話?」
「ひーみーつー」

サクラとユキ

昔書いた三題噺です。
お題は「サボテン」「しゃぼん玉」「日蔭」でした。

サクラとユキ

体の弱いサクラと、姉のユキと、作り話の得意な先生。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-16

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  1. サクラ
  2. ユキ