TIME LAG I LOVE YOU〜時空を超えた愛〜【第一章〜プロローグ〜】

「TIME LAG I LOVE YOU〜時空を超えた愛〜」の第一章のプロローグです

『リスペクト』
 著:高見信明
【プロローグ】

 「私は時沢真理です」
 そう、彼女は私に対し始めて口を開いた。私の目を直視しながら、
彼女の声を聞いたのはこれが初めてだった。何となくどこか疲れた様な声だった。
 それは当たり前か、彼女の表情を見れば分かる。目の下に隈ができていて、そしてその目は、もう死んだ魚の目の様だ。人生に絶望しきった表情、それが当てはまるのか?私はそう思った。
 確かに彼女の人生は多くの多難があっただろう。そして今、ようやく楽になったといった感じか?
 自由を奪われる事が楽なのかは分からない、
 しかし、でなければ彼女は永遠に逃げ続けただろうからな、
 警察に追われている人間が逃げる事は当たり前だ、しかし、逃げる事が彼女の目的だったのだろうか?陽の当たる場所に少しでもいたかったのか?
 それとも、

「私は、今回あなたの弁護をすることになった弁護士の中村です。」
 私はまず挨拶をした。いや、あまりにも堅苦しすぎたか。仕方ない、

 ここはK刑務所の面会室、透明な壁を挟み時沢真理と私は対峙している。
 かなり空気が重い。変な話だが、時沢真理がこの空気を生み出しているような感じがする。マイナス、負のオーラ、馬鹿げた話だが言葉では表せない変な感覚を覚えた。彼女が抱え込んでいる気持ちが空気に溶け出し私を浸食してくるような、そういう感じだ。
 実際彼女が抱え込んでいる気持ちなどは分からない。不幸、悲しみ、絶望、不安、どれもこれも似てはいるが、そんな簡単な二~三文字で彼女を表現出来ないだろう。
 こういった時は本人に聞いてみるのが一番か、
 
 しかし、空気は、2人の間に断絶を生んでいる、私は聞きたい、彼女の気持ちを、
 しかし、なかなか口が開けない。
 馬鹿げた話だ、目の前にいる人間と話せない?
 目も見える、耳も聞こえる、口も動かせる、体も動かせる、脳も動かせる。
 じゃあ何故だ?何故私は彼女に何も聞けないのだ?こんなのは初めてだ。
 なんだか、手のひらに汗がにじみ出てきた。
 緊張している?
 いや、私は時沢真理のことが、


 多分、怖いのだと思う。

  
 

「私に弁護はいりません。」
 彼女は私の目を直視したままそう言った。もう人と話すのはうんざりだと言わんばかりに投げやりな声だった。
 何故だろう、彼女は私の目をずっと直視し続けている。確かに人と話す時は相手の目を見て話すのが礼儀だと学校で教わった。小学校の時、先生に怒られているときずっと下を向いたまま返事を「はい」「はい」と、いかにも面倒くさそうに返事していると「人の話は話している人の目を見て話を聞きなさい」とさらに叱責されたものだ、しかし、大人になってからは、人生の先輩であり、この仕事、弁護士の先輩に、相手の目ではなく相手の額をみながら話しなさい、と改めて教わった。
 まぁ確かに人に目を見て話してくれるのはよかった、こちらの話がちゃんと届いている気がするからだ。そして、こちらとしても少しでも誠実さが伝わってくれるといい。

 「私はどうせ死刑です、それくらいいくらなんでも私も知っています。」
 そして時沢真理はフッと笑みを浮かべた。
 
 「時沢さん」
 このままじゃらちがあかない、時沢真理が話し出して来たのはいい事だ、あとはうまくこちら側の話に乗ってくれれば。

 「はい」
 ポツリと小声でまるで独り言のように返事をした。
 かなり弱っている印象を今さらながら受ける。まるで、話しているだけで体力が奪われていってそのまま死んでしまうのではないかといって感じだ。
 そんな彼女には酷な質問をする。今を逃すと恐怖ゆえもう二度とこの質問を投げかける機会は失われてしまうような気がしたからだ。
 意を決し。
 「何故、このような事件を起こしたのですか?」
 その瞬間、一瞬、ほんの一瞬だけ私の目から彼女は目を逸らした。そして一瞬だけ笑みが消えた。もう既に取り調べで何回も聞いている質問だとは重々承知していた。たびたび流れるニュースの報道で大方知ってもいた、彼女に会う前にこの事件が特集されていた週刊誌も読んでいた。
 ただ、やはり、彼女の口から聞きたかった。
 本人に会った事もないキャスターがニュース番組で「歪んだ性格」と表現し、
 あからさまに大袈裟に特集を組み、逆に信憑性に欠ける週刊誌の記事、
 そんな情報より

 本人から聞きたかった。だって、
 手が届くくらいの距離に、目の前に、時沢真理はいるのだから。


 「私は、人を殺しました。それは曲げようのない事実です。」
 時沢真理はまた私の目を見て話し始めた。口調はきわめて単調だがほんの少しだけ、
 震えている気がした。
 「ごめんなさい」
 いきなり謝られた、事件の事を話しだすだろうと思っていたのですこし拍子抜けする。 
 どしたのだろう?
 「どうしました?」
 時沢真理は少し困ったような顔をして、
 「あの、どこから話せばいいですか?」
 表情、視線は変わらないが、口調ははっきりと疑問系だ、なんか初めて彼女の感情を感じた気がする。
 
 「どこからでも良いですよ。時沢さんが話したいところからで、」
 そう言うと、彼女は再び笑った。この表情だけ切り取り一般人に見せても誰一人その笑顔の主が殺人犯とは思わないだろう。むしろ好印象を与えるだろう。
 空調の音が面会室にかすかに響く、そのためこの空間は2人が黙っていても完全な沈黙などは訪れない。
 
 時沢真理の笑顔は私の緊張を解いた様だ。
 この仕事は今まで何件もこなしてきた。緊張など一番初めに担当した時ぐらいだ、
 しかし今、私は完全に緊張している。一番はじめに事件の時と同じぐらいに。

 しかしそれは緊張していた、と言った方が正しい。過去形だ。
 述べた通り、時沢真理の笑顔をみて私は緊張から解かれた。緊張の性で手のひらにかいていた汗ももう消えている。そしてこれは自分でも信じられないが冒頭で感じていた恐怖心めいた感情も消えている。
 なんなのだろう、彼女のこの魅力は。
 人を殺した人とはとうてい信じられない。笑顔を浮かべている彼女は本当に魅力的な女性なのだと思う。鼻は高く、肌の艶よく、美しい顔の輪郭、笑顔の時は死んだ魚のような目から見ている人間が映るガラスのような瞳に変わっていた。
 そのような顔立ちのため目の下の隈が逆に目立ってしまう。

 「あの、どうされました?」
 怪訝そうに時沢真理がたずねた。
 「さっきから私の顔をみて、何かゴミでも付いていますか?」
 私はその言葉でハッと我にかえり女性の顔を観察するように見ていた自分自身が随分情けないと感じ、
 「あ、いえ、何も付いていませんよ。ただ最近よく眠れているのかなと心配になっただけです。だって目の下に隈ができているじゃないですか。」
 あぁ、とそう時沢真理はうなずき、
 「この隈はもとからです。」
 そうさらりと言った。しかし、何となく分かるそれはこの仕事を長年やって来ている私の勘だが、この話題は触れない方がいい勘が私に訴えかけている。
 「すみません余計な心配をおかけしてしまって」
 そう謝罪し頭を下げる。
 いいんですよ、と彼女は先ほどよりも少し明るく笑った気がする。
 この人は、時沢真理は人と話すのは嫌じゃないんじゃないか?天涯孤独の身だからこそ、人との繋がりを大切にし、孤独を紛らわせる事が好きなのではないか?多分逮捕されて今まで、そう、私と面会するまで誰とも話す機会がなく、そのため今日最初に私と会った時は、人と話すのが久しぶりなので少し戸惑いダークな会話のトーンで話していた、
 しかし、だんだん人と話すのが好きと言う感覚を取り戻し、ここに来てようやく心を開きかけているのではないか?
 何より彼女の笑顔を見れば少しずつコミュニケーションの感覚を取り戻しつつあると察することができる気がする。あくまで非科学的だがそれは重々承知だ。彼女の心は共鳴を欲している。私の勘はそう推察する。
 
 少しどころかかなり自意識過剰かな?
 すると時沢真理がポツリと言った。
 「私はただ、裏切られるのが怖いんですよ。」
 そう、唐突に彼女は切り出した。
 「大丈夫です私はあなたを裏切ったりはしません。あなたの味方です、信じてください。」

 しかし裏切り、正直者が馬鹿を見る時代に突入した現代の複雑な社会。この社会こそが人々が罪を犯す土台になっているかもしれない。しかし、いくらそんな社会を望まなくても作った張本人は我々人間だということはまず間違いがないだろう。
 愛は地球を救うなどとどこか宗教じみた言葉なんて、やはり所詮は言葉だけの世界。  
 ロシアの人々にいくら愛の素晴らしさをといたところで、ロシア語で『愛』の発音が分からなければ意味がない。スローガンごときで世界が救えるならとっくに救われているさ。

 そして考える。目の前にいる罪人を救う手だては何かと?
 
 言葉で救えない、それは分かっている。どんな名言も忘れればそれまでだ。
 聞き方次第では、言葉は自分にとってプラスだ、しかしすすめられて読んでみた名言集の名言が必ずとも自分の生き方に大きく関わってくるとは限らない。そして、
 悪い方向へ突き進める事もあるという事も忘れないで欲しい。

 「私は教会に何度か訪れたことがあります」 
 時沢真理は突如いいだした、
 「私は無宗教でした。」
 「しかし、あなたは確か、」
 時沢真理はクリスチャンである。
 しかし、カトリックでもプロテスタントでもない。
 『聖母復活の会』と言うキリスト教の新興宗教の信者の一人である。
 「はい、もちろん聖母復活の会の教会です。そうですね過去形です。復活の会に信心を捧げる前は、神の存在など信じてはおりませんでした。」
 仏教徒である私は十字教のことはさっぱり、ルターの宗教改革があったことくらいしか知識が無い。いつ頃そのような出来事が起きたのか?それすら分からない。
 つまり、キリスト教の教えは全く分からない。
 「すみません私は宗教にうといので詳しい話はちょっと分かりかねます」
 「そうですか」
 そういうと、時沢真理は視線を私の目から逸らし少しだけうつむいた。
 ここで、聞いてみたい重要な質問がある。しかしなんだか気が引けるな。私の望んでいる答えと違ったらと思うと、少し動悸がしてきた。しかし問う。
「あなたは、」
「はい、」
「今でも坂木武を信じていますか?」
 ちょっと考え、彼女は少しためらいうつむきながら
「いいえ、そんな信仰心はとうの昔に捨てました。」
 と答えた。

 
 コォーとかすかな空調の音が部屋を支配する。
 彼女は何故すぐに答えなかったのだろう?ためらいの正体が気になったものの、結果は 私が望んでいた答えだった。動悸が収まっていくのが分かる。ほんの少しの安心感がどこからとも無くわいてきた。
 しかし、それと同時にちょっとした疑心暗鬼にもかられていたのも事実だ。
 いままで、坂木武に忠誠を誓いテロ行為を平然と行ってきた時沢真理。この悪行はもはや知らない人はいないだろう。
 ついこの前まで指名手配されていた人間だからな。
 勿論そんなことは当事者に会う前から知っていたことだ。
 しかし会ってみると、少しばかりネクラぎみの、先程述べたような美しい女性である。
 テレビ画面に映し出されている、6年前の顔写真とは別人だ。もちろん週刊誌に乗っている写真とも別人だ。実際会えば分かる。
 本人曰く整形などは一切やっていないということだ。
 6年間、それは彼女にとってどんな年月だったのだろう?
 
 なお、その6年間は彼女が逃亡していた期間であり。
 彼女が『聖母復活の会』に心身ともに入信したのは彼女が18歳の時だった。
 それはニュースで知った、そこで、どうしても気になることがある。たかが高校を卒業したばかりの女一人が何故に新興宗教である『聖母復活の会』通称、復活の会に入信したのかだ。
 週刊誌にも載っていなければ、ニュースでも取り上げられない。
 一体彼女は同様な決意のもと、入信したのか?私には分からない。
 
 そもそも、復活の会とは、混沌としたこの世界を天国へと誘うために自称第二のキリストと自負している復活の会、教祖坂木武によって運営されている。新興宗教である。
 教義は、ただひたすらお金を復活の会に投じていれば、あなたの天国往きは確実なものになり。そして天国へと旅立つ前であるこの現世でも、多大な幸福が訪れるだろう。

 と言った教義である。
 一般人なら誰でも分かるばかばかしいいわゆるカルト教団である。
 しかし数年前までは信者が1000近く在籍しておりTVでもたびたび復活の会のCMが流れていた。
 最初は、新たに台頭してきた新興宗教か、と誰もが思っていた、しかし、徹底したマインドコントロールと人々に対する強引な勧誘が次第に目についていき、社会全体でタブー視されるようになった。
 でも世論は復活の会をこの段階で批判し潰すべきだった、それも一人ではなくみんなで、みんなだけではなく、社会で、社会だけではなく国家警察で。
 
 ある日
 ニュース番組で復活の会を批判したジャーナリストがテレビ局から帰宅途中に復活の会の信者によって拉致され、その後死体となって発見されたという事件が起きた。
 これによりタブー視され、マスメディアの話題から消えていた復活の会の名前がカルト教団から犯罪組織へ肩書きをかえて、堂々と週刊誌に掲載され、ニュースで今までの教団の歴史を特集するニュースが放送されていった。

 この時点で国家警察が動いていればあの事件も回避されていたかもしれない。
 
 復活の会の本当の姿はれっきとしたテロリスト集団なのだ。

TIME LAG I LOVE YOU〜時空を超えた愛〜【第一章〜プロローグ〜】

TIME LAG I LOVE YOU〜時空を超えた愛〜【第一章〜プロローグ〜】

プロローグなのであまり面白くないかもしれませんが、その辺は大目に見てください!続きはhttp://slib.net/5181

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-16

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