招霊機 「逝く処」 1章 銀色ロボット 

一章 銀色ロボット

少年は教室のベージュ色のカーテンを全て開けた。
今夜の空には雲ひとつなく、昇り始めた月の光が照明を消した教室に真っ直ぐ侵入してきた。
「月が綺麗だよ、杏奈」
 月明かりは、十七歳という実年齢よりも幼く見える少年の顔を容赦なく照らしつけた。
 彼の小さな尖った顎や制服に付着した血液の斑点を見逃すことなく。
「安奈」
 彼は自分の足元に横たわっている白いブラウスに赤いリボン、チェックのスカートの制服姿の小柄な少女に視線を落とした。
 少女の胸元から彼女の血液が教室の床にどんどん流れ出ている。
 
 少女の小さな右手に握りしめられた研ぎ澄まされたナイフが、彼女の心臓の位置に深く突き刺さっている。
 

 彼女の可愛らしい顔には、かすり傷一つもなかった。
 大好きな彼女―木村杏奈の綺麗な顔に傷をつけるなどという愚かしい行為をしなくて済んだことを少年は心の底から喜んでいた。
 事は一撃で終了したのだ。
「杏奈」
 少年はもう一度、彼女の名を呼び、指の先でその額を軽く突いた。
 もちろん彼女がその刺激に反応するわけがない。
「死んじゃったね」
 少年の視線は杏奈という少女から誰もいない教室へと移動した。
「杏奈」
 少年は教壇に上がり、足元の少女に手を差し伸べ呼びかける。
「次は君の番だよ」

 ガラッ。
 教室のドアが勢いよく開いた。

「誰かいるの?」
 守衛の懐中電灯が少年の全身を照らした。
「君、下校時間は過ぎてるよ、早く帰り・・・」
 そこで初老の守衛は、少年の足元の血まみれの少女の姿に気がついた。
「ひっ!」
 間髪入れず少年は守衛を突き飛ばし現場から飛び出した。
 あっというまに校門を通過する。
そこでは「命令」通り「ババア」が車を止めて待っていた。
「ちっ」
 少年は舌打ちする。
「帽子ぐらい被ってこいよ」
 高級外車の運転席の中年女性の顔は青痣だらけで腫れてあがっていた。
「目立つだろ、ぼけ」
 助手席に乗り込み少年は女性―彼の母親の頭をこづく。
 母のはいつものように怯えた目で少年を見た。
「何ぐずぐずしてんだよ、早く走れよ。警備員に見られたんだよ」
 母の唇が動いて何か言いかけた。
「早く!」
 少年は手を挙げる。
 エンジンがかかった。
 車は日の暮れた街を駆け抜け、やがて街外れの公園に停められた。
 少年は車から降り車の中の母親に振りいた。
 彼女の視線は息子には向けられていなかった。
 その手には血まみれの包丁。
 車の天井を仰ぎ見て、何度も何度も自分の腹を刺す。
 ぐちゃ。という音と同時に噴出す血液。
「・・・っ。ちょっと目を離すとこれだ・・・」
 少年は血飛沫が付着したフロントガラスを拳でコンコンと叩いた。
「もしもし、しっかりしてくださいね、オカアサン」
 呼びかけられても母の動作は止まらない。
 何度も鋭利な刃物で突き刺された腹の創から内臓が飛び出してきつつある。
「うへ、キモ・・・」
 少年は眉をひそめた。
「うらぁ!」
 湧き上がる苛立ちの全エネルギーをこめたキックが車のドアにヒットした。
 ボコッ!
「しっかりしろお!」
 少年は車のドアを開いけた。
「使い物にならなくなるばっかりじゃねーか、馬鹿ババア!」
 怯えきった目で息子の顔を見あげる母親。その手が握る包丁の刃先は半分以上が腹腔内に入ったままだ。
「さっさとしろよ。何回同じこと繰り返してるんだよ。くだんねえ」
 母の唇が動いた。
「伸也ちゃん・・・・」
 やっと正気ついたか。少年―佐々木伸也はため息をついた。
 愚か、極まりない。
 
 自殺者は大嫌いだ。

 自分の自殺行為をくどいくらい何度も何度も繰り返す。
 奴らのそんな行動を子供の頃から飽き飽きするほど見てきた。
 それが、自ら命をたった霊魂への神様とやら呼ばれる方が食らわす罰ゲームなのか、本人にとって人生一番のインパクトのある行為だからついやってしまうのかは解らない。
 母は、彼がいつものように帰宅したら心臓一突きでくたばっていた。
 彼は、それを、いつもの手順を応用して「使って」いる。
 それが、お決まりの行動をする。
 彼女のせっかく残った生身の体がどんどん台無しになっていく。

「ま。あんたの役割、それだけだからいいけど・・・少しは時間稼ぎをして欲しいわけ」
 
「目的」いや「願い」も果たさないうちに捕まるのはごめんだ。

「息子が可愛いんだったら、しっかりしろよ」
 佐々木は血液の斑点だらけの母の顔を覗き込んだ。
 何か訴える目。
「・・・なんだよ」
 母の蒼白な色の唇が開いた。
 傷付けられた腹腔から食道を逆流してきた血がたらーっと口から溢れる。
「・・・自首、して・・・伸ちゃん・・・」
「・・・っせー!」
 佐々木の手があがった。
「誰のおかげで、そのしょうもない魂が自分の体にいられると思ってんだ?あ?」
 息子の手が母親の頭を張り倒す。
 生きている時と同じように無抵抗な母。
 生気のない、それでいても奇妙にぎらつく眼球が少年、佐々木伸也を見上げてくる。
「・・・もう、駄目よ・・・」
 細い弱い声。
 それは、彼女の声帯を通過して出されたものではないことを、佐々木は知っていた。
「肉体がもたないわ」
 佐々木は母の訴えを無視した。
「さっきも言ったろ?警備員に目撃されたんだよ、俺」
 忌々しげに溜息をつきながら命令を下し直した。
「行け。さっさと車を運転して警察をまけ。お前が、こんなところでグズグズしてたら、すぐに捕まるんだよ。あいつら俺を立件することはできないだろうけど、警察みたいなところで死ぬのは御免なんだよ」
 
 死んだ母親の運転する車が遠ざかる。
残された佐々木が立つ、この公園は彼と杏奈が通う曙高校からさほど遠くない場所にある。
 誰もいない真夜中の小さな公園の照明は驚くほど暗く、入口の前にあるビジネスホテルの看板の明かりの方が頼りに思えてくるくらいの代物だった
 ここで、初めて二人は出会った。
 と、いうか、友達と楽しげに喋っている杏奈を佐々木が遠くから見とれていただけの事であるが。
 綺麗で可愛くて明るい杏奈。
 佐々木は、木村杏奈という少女の存在を知った、あの日の感動を胸の内で反芻する。

 と、

 ぎゃ―っ!

 獣だか人間だか判別のつかない悲鳴が聞こえた。

 この公園内から、そんな距離感に佐々木は凍り付いて声のした方向を見つめた。
 ずりずりずり・・・。
 何者かが何かを引きずってこちらにやってくる。
「何・・・・?」
 黒いシルエットしか判らない。だがそいつには異常に違和感を感じるのだ。
 やがて公園のたよりない街灯に照らされてそいつは姿を現した。
「・・・・!」 
 佐々木は息を呑んだ。

 4、5歳ぐらいの坊主頭の男の子。
 それが大人の男性の服の襟を掴んで引きずり歩いていた。
 男性は血まみれ。ぴくりともしない。
(死んでいる・・・)
 さっき、自分だって人を殺したばかりなのに佐々木は心の底から恐怖を感じた。

「フフッ。」
「うわ!」
 別方向から突然、女の笑い声が飛んできた。
 くぐもった小さく低い笑い声。
「フフフフフフフフフフフフフ」
 少し離れた距離から聴こえる。
 震えながらも好奇心に負けてしまい佐々木は笑い声の発生場所に目を向けた。

 女がいた。
 佐々木よりもずっと小柄で、ずっと年上の女。
 
 肩までのウェーブのかかったパサパサの茶色い髪。目鼻が小さく唇の薄い地味な造りの顔に浮かべたしけた表情。右の眉の上の醜く大きなホクロ。

痩せこけた貧相な女が自分の倍はありそうな巨体の男を引きずり立っていた。
顔面を破壊され人相を失っているヤクザ風の服装のその中年男性は、どう見ても明らかに死亡していた。

女の眼はドロリとした光沢を放っている。

「フ、フッ」
 また、コイツは笑った。
 とがった唇が横に広がった。

「・・・マジ・・・?」
 佐々木は気がついてしまう。
「こいつら・・・まさか」
 生まれてきてからずっと接してきた気配を感じた。

「ハハハハハハハハハ!」
『死んでいる』はずの女の笑い声のトーンが上がった。
「ハハハハハハハハ!」
 引きずっている男の腕を高く持ち上げ、捻り挙げる。
雑巾を絞ったかのように皮膚に捻れた皺が幾重にも出来上がり、血飛沫が噴出する。
貧相女は笑っている。笑いすぎて苦しそうだ。だけど、笑いが止まらないらしい。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハヒッ!」
「おいおい・・・」
 佐々木は呆れた。
 女の正体を知り不思議と落ち着きを取り戻したのだ。
「そいつ、もう死んでる、って」
 だが、「彼女」は止まらなかった。
 捻れた男の腕を引き千切った。
 頭を鷲掴みにして顔面をアスファルトの地面に何度も何度も叩き付けた。 
 自分が生きている間、殴られた回数分を返すかの様に拳を体に撃ちつけた。

 血走った両眼から涙を流しながら。

 空がうっすら明るくなるまで屍に暴力の限りをつくした。
 最期に唾を吐きかけた。

 だけど。
 とうとう涙が止まることはなかった。

「は、は!」
 男の子が異常なほど口を拡げ笑っていた。
 ぎらぎらした目で佐々木を見上げていた。
「おばちゃんも人殺したんや、な!」
「・・・どうなってんだよ、今日は」
 うんざりな気分で佐々木は吐き捨てた。
「俺、忙しいんですけど。あんたらに関わってる暇ないんですけど」
 ぶつくさ言う佐々木なんか無視して、男の子は女に夢中で話しかける。
「僕もやねん」
 見事な関西弁。
「お母ちゃん東京に来てから僕を叩いてばっかりやってん。皆こいつのせいや。こいつが僕とお母ちゃん叩くからやで」
 男児は空いている手でTシャツの裾をまくりあげてみせた。
 腹部に多数の痣と火傷の跡。殴られまくり煙草の火を押し付けられたのだろう。
「すみませーん、身の上話なら他の所でしてもらえませんかー」
 佐々木は最初だけは優しい調子で言った。
「俺は忙しいんだ。用事がなけりゃどっか行け。でないと」
 
 ぐるるるる。
 佐々木の両脇から巨大な黒い犬が現れた。
 両眼は紅く爛々と光を放ち臭い涎をだらだら流しながら男児を威嚇するべく唸っている

「それ」
 男児は怖がるどころか笑いながら犬達を指さした。
「使えるん?おもろいことすんなぁ、兄ちゃん・・・」
 女も、こちらをガン見している。

「・・・!」
 
 二人のの体がどろっと溶けて崩れた。
 何が起きているか佐々木が分析する間もなく、地面に溜まった「それ」は、伸び上がり再び形を構築し始めた。
 
 全身銀色の金属でできた人形。
「ロボット?」
 佐々木は自分の声が擦れているのを自覚した。
 ロボット達はそれぞれひきずっていた男達の死体を片手で軽々と公園の植え込みに放り込んだ。
「おい、さっきのガキとババァは?」
 佐々木は周囲を探った。
 彼らの存在の気配が完全に消えている。

 ロボット達はその銀色の細い指で自分の胸を指差した。

「ワタシノ、ナカニ、イル」




 鳥居の下に立つと階段沿いに青々と枝葉を伸ばす何十年も樹齢を重ねてきた木々の間に朝の町並みが見下ろせる。
 遠くに高いビル群とその足元にぎっしりひしめく生活感たっぷりの住居という風景がジオラマのようだ。
 水月神社はそんな街はずれの山の中腹にある。
 ただ百段程の階段を登っただけなのに、そこに足を踏み入れると、どんな天候であろうと街中とはちがったピンと張り詰めたそれでいてどこまでも清らかな空気に満ちていることに、初めてここを訪れる人は驚く。
 美月はいつものように箒片手に、その清い気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 一日の始まり、ゴールデンウィークも終わり、もう朝は寒くない。ありがたい季節になってくれた。
 修行とはいえ冬の朝の掃除は巫女装束のいでたちではとてもつらいのだ。
「おはよう、美月ちゃん」
 息をきらせて氏子のおばさんが朝のお参りにやってきた。
「ようこそ御参りを」
 美月も頭を下げる。
 後ろにきっちりと結った肩まで伸びたくせのない真っ直ぐな黒髪が艶やかな輪を描き朝の光を反射する。
 巫女姿もきりりとよく似あう、綺羅綺羅とした光を宿す黒い瞳の可愛らしい少女である
 おばさんを皮切りにぼちぼちととお参りの人が階段を登ってきた。皆、子供の頃からの顔見知りの人々である。
 美月がいつものように一人一人と挨拶を交わしていると、
「あら」
 高い声が美月の背後からあがった。
 一番最初にお参りに来たおばさんの声だ。
「誰か、いるわ」
 振り向くと一斉に参拝客が拝殿の中を上半身を賽銭箱から乗り出して覗き込んでいた。
「どうされました?」
「中に人がいるみたい」
 おばさんは拝殿を指差した。
 美月は賽銭箱の後方に回り中を覗き込んだ。
 確かに奥のほうに人影がある。
 うずくまっているようだ。
(うわ、サイテー。ホームレス?)
 しかし、いつ入り込んだのだろうか。
 よりによって神様がいます清浄な拝殿に。
 ここには美月より早い時間に父であり宮司である和夫が朝のお勤めに毎日必ず来ている
 父がお勤めを終えてここを出てから、美月が掃除に訪れるまで三〇分もない。
 その短い時間の間に入り込んだのだろうか。何の為に?こんな早朝に寝床を求めてなのか?
(もしや、賽銭泥棒?)
 真っ先に浮かんだ不法侵入者の動機に少し怖さを覚えたが美月は意を決して美月は本殿の引き手に手をかけた。
 しっかり、利き手に箒を構えながら。

 ギイッ。

 薄暗い本殿に金色の朝日の光が差し込み、美月のシルエットを壁に映しこんだ。
「うわっ」

 美月は声をあげて目をギュッと閉じた。
 眩しい光が彼女の網膜を襲ったのだ。
 それは本殿の中にうずくまっていたモノに太陽の光があたった瞬間、発生した。
(何?)
 美月は立ち位置をかえて少し屈んで細目でそれを見直した。
「・・・・人形・・・?」
 
両足を投げ出し壁にもたれている全身銀色の大きな人形。
それが、そのつるつるぴかぴかぴかの体全体で朝の光を跳ね返していた。

 美月の背後から参拝客達が顔を突き出し、あれはなんだの眩しいだのと騒いでいる
 美月は箒を脇に挟み、袖から携帯を取り出した。
「もしもし、美月です。宮司、お食事済まされましたか?何か変なのが拝殿に置かれているんですが来てもらえますか」
 父、和夫が到着するまでの間に美月はその人形を本殿から出そうと肩に手をかけた。
 「うっ?」
 べらぼうに重い。びくともしない。
 修行で鍛えた十七歳女子の平均を遥かに上回る筋力をフル作動させたにもかかわらず数ミリもそいつを移動させることができない。
「重すぎ」
 ぶつりと呟いた瞬間、

 カシーッ。

 微かな音が聞こえた。
 
「・・・こいつから?」

 人形をまじまじとその大きな綺麗な瞳で見つめる美月。
 そんな彼女の視界の中、再び 微かな音がした。

 カシーッ。

(まさか、これ本物のロボット?)
 
 重いはずだ。
 第一印象で、どこかのアトラクションの着ぐるみかと決めつけていた美月は首をかしげ呟いた。
「こんな、高いモノ捨てて行くなんて・・・」
 彼女の独り言に氏子さん達が反応する。
「不法投棄だよ。最近、多いんだって。使えなくなったロボットをそこらに捨てる奴」
「でもねえ、いらないってたってロボットを神社に捨てるなんざねぇ」
「そうそう・・・ああっ、それもしかして呪われた人形ならぬ呪われたロボット、かも」
「ありえるありえる!」
 ヒエーッと声がいっせいにあがり参拝客はざざっと後退りした。
「いくら、霊退治の得意な水月さんだからってね」
「ちゃんとお願いしますって持ってくるのがスジってもんだろうよ」
「で、いるの?美月ちゃん」
 呪いのわら人形とか、髪の伸びた人形だとか、心霊写真だとかしょっちゅう境内に破棄されているが、霊の取り憑いたロボットときたか。
 ほとんど人間と見分けのつかないヒューマノイド・ロボットがざらにうろついている昨今、そんな精巧にできている非生物が霊魂に支配されるなんてピンとこない。
 だが、(表立って公表してはいないが)ゴーストバスター神社として名高い水月神社にわざわざ不法投棄された物質だ。用心するに越したことはない。
 美月は銀色ロボットに指先を当てる。
 普段は閉じている、あの「霊能力」を解放して。
「つ!」
 瞬間、美月は手を引っ込めた。
 冷たい。
 金属だからと言えばそれまでだが、あまりにも冷たすぎる。
 痛い、と表現するところか。

 なんだか胸の奥が騒いだ。
 子供の頃からしょっちゅう感じる胸騒ぎ、だ。

(もしかしてこれ・・・嫌だな)
 意を決して美月はもう一度、人形の両肩を今度は思い切ってガシッと鷲掴みにする
(あれ?)
 今度は痛くない。普通の金属の冷たさだ。
 カシーッ。
 再び作動音。
 音がするだけでぴくりとも動かない。
 美月は再び携帯を手にした。
(となると、これはアイツの仕事だわ)
 気の乗らない顔で番号を打つ。
「もしもし、兄さん、起きてる?・・・ロボットが拝殿に捨ててあったんだけど・・・嫌だあ?」
そこで急に美月の声のトーンとテンションがあがった。
「・・・念力?できません・・・瞬間移動もできません」
 そして急速に会話と語調はヒートアップしていく。
「え、来ないぃ?・・・私の・・・せいってか?いやいやいや、あれは事故でしょー・・・ほぉ、ほぉ、ほおぉ―立件すると。身内を訴えるってか。いいよ、やればぁ?この恩知らず!」
「えらい剣幕だなー」
「いつもの兄妹喧嘩だよ」
 氏子、最年長のじいさんが笑う。
「あの兄妹、仲いいんだか悪いんだか」
「え?本当の兄妹じゃないって聞いたけど?」
 中年の男性がじいさんに囁きかける。
「ああ、美月ちゃんは養子だよ」
「それじゃ、本当の子の圭さんはおもしろくないでしょうね」
「いやいや、それが自分には霊能力もないし興味もないし、美月ちゃんがきたお陰で跡継ぐ必要もなくなって念願の刑事にもなれたし、恨んだりひがんだりってことはないみたいだよ・・・ただ、また何かあったな、これは・・・」
 じいさんの声は美月の怒鳴り声でかき消された。
「とにかく、さっさと出て来い!でないと今度はおまえの本体ごとぶった斬る!」
 見かけは清廉な美少女の巫女らしからぬ悪態に仰天しているのは氏子になって日の浅い人達だけで、あとの人々は慣れた様子で平凡で平和な会話を交わしている。
「残念だよねぇ、これからが面白いんだけど帰って爺さんのご飯作らなきゃ」
「あら、もうこんな時間だわ―。孫が遊びに来るのよ」
 拝殿にお辞儀をし、ぞろぞろと退散する氏子の皆さん。
「いつまでも執念深く、ぐだぐだと女々しいったら・・・・」
 残された美月は鼻息荒く携帯を切った。

 集中の焦点が義兄との会話から離れた。

「・・・あ!」

 いつもの神社の境内とは違う画面が美月の脳内に広がった。

 こみあげてくる気味悪さ。

 それがどこからやってくるものなのか、美月はすぐさまに突き止めた。
 
 今、彼女の背後にある銀色ロボットからだ。
 霊能力(ちから)を閉じることをうっかり忘れていた。

 見なければ。
 私は霊媒だから。

 しかし、なんだろう、この尋常ではない、「見たくない」という気持ち。

 美月はそれでも勇気を搾り出し、自分の『霊視』と付き合う。

「視」えてきた。

 砂嵐。
 中にあるのは人の顔。
 一人ではない、幾人もの人の顔が次々に白黒の砂嵐のかかった画面に映し出される。
 皆、真正面に顔をこちらに向けて無表情である。
 誰一人として知った顔はいない。
 彼らの背景は総て白い。
 そうだ。
 生徒手帳の、履歴書の、免許証の、パスポートの指名手配の。
 そんな写り方の写真。
 それを連続で見ているような感じだ。

「データ」の「ファイル」。

「何」の?

 これらの人達を括る「カテゴリ」は?

 胸が悪い。
 美月は生唾を飲み込んだ。
(これは全部―)
 普通に考えればありえないことだ。それは重々解かっている。
 しかし、どうしても映しだされていく彼らから異様な気配を感じ取ってしまうのだ。

(生きている人間ではない―)
 
 空虚な。存在していても、そこにはいない、いてはいけないはずの。
 子供の頃から見えている「特殊なあの人達」。
 その容姿はリアルに見えているのだが、「この世」との糸が切れてしまった人々。
 
 自分の顔から血の気がひいていくのがリアルタイムで判った。
 
(これ何のロボット?なんでこんなことができる?)
 「非」生物が「生物の生命」を「データ化」して「ストック」している―どういう仕組みで、どんな理由で? 
 

「んっ、これは!」

 突然、背後から声が聞こえた。

 その陽気な中年男性の声で美月の体のこわばりが瞬時にして解けた。
 振り向くと神主姿の髪を七三に分けた中年男性が爪楊枝で歯をしごきながら立っている
 宮司であり美月の養父である水月和夫である。
「こりゃ、ゴ―ジャスな捨て物していったなぁ」
 落ち着いた足取りでロボットに近づいて顔を覗きこむ。
「ん?どうした、美月。顔色悪いぞ。うんこ我慢してるんだったらさっさと便所行ってこい」
「・・・我慢してないし」
 美月は父のアホな問いにガンを飛ばし返した。
「宮司、一体、こいつは何ですか?」
「これ?これ、ショウレイキ」
 自信たっぷりな口調で父は答えた。
 美月は疑問の復唱の声をあげる。
「しょうれーきぃ?それって・・・」
「知らねえのか。お前。ゴーストバスター神社の跡取りだろ。霊を招くの『招霊』に機械の『機』だ。んーなんていうか、あれ、ようするに霊媒ロボットってやつだな」
「知ってるわよ。でも、本当にあるなんて・・・」
 美月が低い声で呟いた。
 噂に聞いていたが実際に目にするのは初めてである。
「一回、怪しい奴がセールスに来た時にこいつの写真がパンフに載ってたんだよ。ちょっと、お値段に問題があって買わなかったけどな」
 極々、真面目な顔で養父は答えている。
「もし、こいつが本物で非常に高価なロボットにも関わらずここに捨てられてるってことは、だ」
 意味深な深い溜息。
「こいつにきっつーい悪霊が憑いちまって手に負えなくなった、ってとこかな」
(そうかもな)
 美月はさっき見たビジョンを思い返す。
 だが美月は跡取り娘、全く怖がる様子も見せずいたって冷静な声で尋ねた。
「除霊ですか、宮司」
「まあ、こん中にいりゃな。美月、刀持って来い。俺が追い出しお前が斬るでどうだ。その後使えば地球に非常に優しいぞ」
「兄さんに頼んで不法投棄した犯人捜して突き返すというのも可能で常識的ですが」
「いいよいいよ、そんなことしなくても。捨てるってことはくれるってことだ。これから身をはって危険な霊降ろしをしなくていいんだぞ、美月」
「お気持ちは判るんですが、そういう自由すぎる発言、宮司としていかがなものかと」
「大きくなったもんだと思っていたが、まだまだ子供だな、お前は」
 宮司の頬に不敵な笑みが浮かぶ。
「寄り代である俺らの危険度も減れば、霊降ろし料金も安くなって信者も増えるぞ。こいつを起動して儲けようぜ」

「それは違―うっ!」
 境内に反響する高らかな声。

「それは拾得物として警察に届けるべきだっ!」
 全身包帯だらけのパジャマ姿の青年が二人の前に立ちはだかった。
「おう、圭。ちょうどいい、これどうやって起動させるか、判るか?」
 圭と呼ばれた青年は宮司の問いに答えることなく、早朝の鼓膜にはきつい大声を張り上げた。
「警察関係者の身内が高価な物をネコババかい!ばれたら俺の首が飛ぶだろうが!」
「圭」
 宮司は穏やかな声で息子の名前を呼んだ。
「それは違うな。このロボットはこの水月神社を見込んで『どうか徐霊して下さい』と持ち主が託していった物だ。おまえの理屈でいけば、年から年中こんな理由で置いていかれる藁人形やなんやらも総てお届けしなきゃなんないってことになるぞ」
「そっか、その手があったんだ。助かるわ。いちいち燃やさなくていいもんね」
 美月の独り言が圭の怒りに油をかけた。
「おまえは黙ってろ」
 凄い目つきで圭は美月を睨む。
「除霊もできない、未熟者が」
「はああ―?」
 かっと目を見開き美月は叫びかえした。
「できてんじゃないのよ!ちゃんと!」
「これがちゃんとできたって、状態かよ!」
 圭は包帯でグルグル巻きにされた腕を美月の顔の前に突き出した。
「憑依霊を俺ごとブッ飛ばすなんざ、未熟者の証拠じゃねーかよ!」
「ふ、」
 美月は鼻で笑う。
「それくらいの怪我、取り憑かれ殺されるよりマシじゃん。大袈裟」
 細い指先で圭の腕の一番痛い個所をピンポイントで突っつく。
「あーっ!」
 圭の咽喉の奥から叫び声が飛び出し境内に反響した。
「悪魔!痛い!動けない!仕事にならん!」
「ほお。そんなに仕事したいか」
 宮司は銀色ロボットを指差した。
「じゃ、あれ調べろ。バイト代500円出すぞ。あれどうやったら動くんだ?」
「少なすぎだし、ネコババの助太刀したくないし」
 宮司は息子の突っ込みをわざとらしい大きな溜息でブロックした。
「あーおまえは霊感もないうえに、昔ッから家の手伝いを何一つしなかったし、三十路迎えようってのに嫁さんもらう気配もないし・・・いい加減父さん喜ばしてほしーなー」
 へッと美月が肩をすくめてあざ笑った。
「笑ったな!養子!」
「役に立たない実子よりマシです。悔しかったら家を出て一人暮らしすれば?え?できないっしょー?見えないくせにすぐに取り憑かれる体質なんだし」
「ほら、養子にやられたっしょー。悔しかったらそのロボット調べて少しは役にたてばどうですか?」
 見事な養子縁組タッグに実子は敗北した。
「くそーっ!」
 圭は唸りながら例の銀色ロボットに近づいた。
 強欲親父のリサイクルの企みに加担する気はさらさらないが、警察関係者として不正に廃棄されたロボットを放っておくことはできないし・・・悔しいが好奇心もちょっと湧いてきたのだ。
「・・・なんだよえらく古い型じゃん。大体、こんな大昔の映画にしかでてこないルックスのヒューマノイドなんてもう売ってないぞ」
「だから招霊機だ、って言ってるじゃん。古いんだよ」
「あのさ、そういう都市伝説みたいな話、信じてるの?親父。ロボットが霊魂、体に導入できるわけないじゃん、どう考えても」
「決めつけるなんざ、若いのに頭が固いなあ、おまえ。一回うちにそいつのセールスに来た奴もいただろう。覚えてないか?」
「・・・あのね、ロボットってのはね、人間の体の働きが理解できないことには作ることができないんだぜ。未だ、霊魂が存在するかしないか判明していないのに、どうやってそいつを取っ捕まえて体に入れる技術(テクノロジー)が搭載できるっーの。これ、誰かが古い型のロボットが邪魔になって捨てていったんだよ」
 横で聞いている美月も頷いた。その圭の解釈は素直に納得できる。
「おいおい、おまえまで」
「だって、霊魂や霊能力の存在が確定されたら、私、何も宮司免許とってゴーストバスター神社の跡継ぎしないで、それでどこかの企業に就職できるじゃない。それと同じことよロボットって作るのにすっごくお金が掛かるんでしょう?誰がそんなシェアが狭くて不確かなものに資金を出すの?」
 兄妹の見解の一致に宮司は頭をかいた。
「もう、私、行くわよ。お昼から学校に出るし、それまで業務片付けるし」
 美月もその場を離れようと足を進めた。
「学校?今日、日曜だろ?」
「お葬式」
「あ、そうだな」
 そうだった。
 今日は美月の通う高校の生徒の告別式があるのだ。
 父はちょっと真面目な顔になった。同じ年頃の娘を持つ親としては身につまされる話なのだ。
「木村さん、解剖から帰ってきたんだな」
 木村杏奈・・・美月の通う曙高校で、自分の胸を大きなナイフで一突きして絶命していた少女だ。
「やっぱり自殺だったのか、圭」
「ああ・・・」
 圭はもそっとした声で答えた。
「解剖の結果も、そうだった」
 だが、誰もその結果に納得はしていない。
 
 どこをどう捜査しても木村杏奈が自殺する原因が探し出せない。
 普通の家庭の両親と祖父に可愛がられて育った一人っ子、美人で活発で成績も優秀で友人も多く、イジメも受けていた形跡すらない。
 調べれば調べるほど自殺から程遠い人生を歩んでいた子という印象しか受けられない。
 しかも、捜査の早い段階で怪しい人物が浮かんできたのだ。

 第一発見者の警備員が目撃した、木村杏奈の死体の傍にいた人物「佐々木信也」。

 彼女と同学年の、そして彼女をストーカーしていた少年であった。
 現在彼は行方不明。
 しかし、被害者が握りしめていたナイフから、彼の指紋は一つも見つかっていない。
 毒殺の可能性も浮かんだが、それも検死で削除されている
 被害者の致命傷は思い切りよく鋭利な刃物で自ら突き刺した胸の傷一つだけなのだ。

 佐々木は犯人ではない、としか言いようがない。
 もし、彼が犯人なら被害者に指一本触れることなく殺害した、という理屈になる。

 ならば、何故、彼は現場にいたのか。何故、逃亡して行方不明なのだ、ということだ。

 そして常識ならば高校生が行方不明ならば身内は子供を必死で探すものである。
 しかし、彼の家族からは捜索願すら出されていない。

 なぜなら、佐々木伸也の家族―母親一人だけだが、彼女すら行方不明だからだ。
 佐々木の住む豪邸から、母子と高級外車が消えていた。

「だから、俺、明日から出勤ですワ」
 重要参考人の佐々木を捜しだすのに必死な警察は怪我人の圭にも休みを一日しか与えてくれない。
 俺がつらいのは誰のせいかな・・・と視線が自然に義妹にいく。
「・・・ん?」
 出かかっていた嫌味が喉の途中で消えた。
(どうしたんだ?)
 張りつめた表情。そのアーモンド型の大きな黒い瞳は伏せ気味ではあったが、いつもとは違う光を放っていた。
 霊能者である彼女の瞳はただでさえも不思議な輝きを見せるのだが、またそれとは違うものであった。
「親父・・・」
 家に向かっていく美月の背を見ながら圭は父親に小声で尋ねた。
「あいつ、被害者の女の子と友達だったのか?」
「一度も話したことがないってさ」
 父も小さくなっていく娘の後ろ姿から目を離さずに答えた。
「だけど何かありそうだな、ありゃ。」
「いつからなんだよ」
「その被害者のお嬢さんが殺された日からさ・・・それにしても圭。偉いぞ、お前にしてはよく気がつきました」
 ぱんっ!宮司の掌が膨れ面の息子の肩を叩く。不幸にもそこは負傷個所であった。
「あーあーっ!だから、まだ、痛いんだよっ・・・叩くし腐すし、サイテーだよ」
 怒る息子に宮司はげらげら笑いながら言った。
「褒めてんだよ。お兄ちゃん。」 
 

招霊機 「逝く処」 1章 銀色ロボット 

招霊機 「逝く処」 1章 銀色ロボット 

霊能力を持つ少女と、悪霊から彼女を救ってくれた謎の金髪青年との出会いから8年経過しました。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-04-16

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