少年と子猫
あるところに、少年と子猫がいました。
少年と子猫は仲良しで、少年は子猫が自慢でした。
子猫は真っ白の毛並みと薄青の瞳を持っていて、そしてなにより、少年と喋ることができたのです。
「君の目は地球の色だね」
「あら、あなた、地球を見たことがあるの?」
博識な子猫は、少年が何を言っても、混ぜっ返すような言葉を返します。
「地球は海ね。だったらわたしの目は、海の色なのかしら。でもわたしは、空のほうが好きだわ」
「君が空が好きなのなら、君の目は空の色ってことにしよう。でも、もし例え君の目が違う色だったとしても、僕は君が大好きだからね」
少年は子猫の聡明なところが好きでした。
薄青の瞳も好きでした。
真っ白の毛並みも好きでした。
少年は子猫が大好きでした。
少年は子猫に、恋をしていたのです。
「おやすみ」
つれない子猫は少年と一緒の布団では寝てくれませんでしたが、少年は毎晩、子猫を思ってそう言いました。
月日が流れて、子猫は子猫のままで、少年が青年になっても、1人と1匹は一緒にいて、青年は変わらず子猫に恋をしていました。
「海はなぜしょっぱいのか知っているかい?」
「知っているわ。あら、もしかしてあなたは今まで知らなかったの?」
子猫はますます聡明になって、それと同時に返事も更につっけんどんになりましたが、青年はそんな子猫が愛おしくて愛おしくて仕方ありませんでした。
青年は毎日子猫と話をしていました。
その日あったこと。
ふと思い付いたこと。
他愛もないこと。
子猫はその度に、尻尾を揺らしながら返事をしました。
子猫が喋る度に、首についている鈴が軽やかな音をたてました。
ある日、初めて青年が子猫に話しかけなかった日がありました。
子猫はそれに気づいていましたが、自分から話しかけることはありませんでした。
青年は、上の空でした。
心を占めるのは、子猫ではなくなっていました。
外の世界で恋をしたのね。
子猫は思って、けれどもなにも口には出しませんでした。
次の日、青年は子猫に話しかけました。
いつもと変わらぬ、他愛のない会話です。
ですが、それからぽつぽつと、1人と1匹の会話は減っていきました。
徐々に、徐々に。
青年は、子猫の真っ白の毛並みを見ても、なにも思わなくなりました。
薄青の瞳を見ても、地球を連想することはなくなりました。
子猫はただ、黙って尻尾を揺らしていました。
しばらくして、青年は念願のあの子とお付き合いを始めることができました。
「やったー! やったぞ! ねぇ子猫、聞いてるかい?」
「聞いてるわ、おめでとう」
鈴をならしながら子猫が答えます。
その返事を、当の青年は聞いていませんでした。
その晩、青年が布団に潜ると、いつもは来ない子猫が寄ってきました。
「どうしたんだい、珍しいね」
鼻唄混じりでご機嫌な青年を、子猫は尻尾を揺らしながら一瞥します。
「別に。ただ、そろそろね、と思って」
「そろそろ? なにが?」
「じきにわかるわ。わからないのなら、それはそれで、良いけれど」
言いきって、鈴の音と共に子猫は去っていきます。
青年はそれ以上聞きませんでした。
明日はデートなので、早く寝たかったのです。
「おやすみ」
心に浮かんだのは子猫ではなく、愛しのあの子でした。
翌朝、起きてすぐに、青年は身支度を整え始めました。今日は念願のデートです。
「ちょっと寝過ごしちゃった、ごはんごはんっと」
慌ただしく準備する青年を、白い毛玉は薄青の瞳で見つめます。
「よし、いってきます!」
靴を履いて、ドアを開けて、青年は出掛けていきます。
それを見て、とうに子猫ではなくなっていた白い猫は、布団の傍らで、ただ、にゃあ、と鳴きました。
少年と子猫