さらったのは悪い人です
授業が終わって帰ろうとすると、校門の前で怪しいおじさんが下校しようとしている生徒に声をかけていた。
女の子に無視されると、次は男の子にと、次々と声をかけていた。
一年生だって、知らない人に着いていっちゃいけない事くらい知っている。おじさんの話を聞くような子はいなかったし、「先生呼んできて」って声も聞こえた。なんとなくかわいそうって思ってしまって、そう思ってしまった事で私は嫌な気持ちになってしまった。だから、なのか、
「おじさん、誘拐犯?」と声をかけてしまった。
おじさんはびっくりして「おじさんって僕の事?」
そう、とうなずくと「ひどいな、おじさんって程の年じゃないんだけど」
「何歳?」「28だけど」「充分おじさんじゃん」
おじさんは「君達から見たらそうなっちゃうのか」と笑った。
「そうやって、『君達』ってすぐに一緒くたにするのがおじさんなんだよ」
おじさんは、また笑った。困ったように笑った。
「で、おじさんは何してたの?」
「ちょっと子供に着いて来て欲しい所があるんだ」
「私でいい?」
おじさんは「もちろんだよ」と言ってまた笑うと私の前を歩き出した。
「車じゃないの?」「近くだから」
「なんて言うかおじさんは誘拐犯としての自覚がなってないよね。誰かに見られたらどうするの」
「誘拐犯では無いんだけどなー」
20分くらい歩く。足は疲れてきたし、ちょっと汗もかいてきた。なんかちょっとバカらしくなってきた。かも。
「ねえ、喉渇いたんだけど」
「そっか、ごめんね。なんかジュースでも買ってこようか?」
「ジュース?」
「水とかお茶がいいかな?」
私は慌てて首を横に振る。
「ママが体に悪いからってジュースは飲ませてくれないの」
「じゃ、今日は特別に。ママには内緒にしててね」
おじさんはそう言うとコンビニまで走って行った。私が今のうちに逃げたらどうするんだろう。
おじさんはビニール袋を持って出て来た。袋をひらいて「どっちがいい?」と2つのペットボトルを見せた。1つは薄いピンク、もう1つは黒。
「どっちがおいしい?」
「どっちもおいしいと思うよ?僕はコーラの方が好きだけど」
と言って黒い方を取り出す。
「じゃ、こっちにする」
私は薄いピンク色のジュースを袋から取り出す。
「子供なんだから気なんて使わなくていいのに」
「違うもん。こっちの方が奇麗だから」
「子供っぽいなー」とおじさんは笑う。
「だって、子供だもん」
私がそう言ってふくれるとおじさんはまた笑う。なんだか恥ずかしくなった私は薄いピンク色のジュースを一口飲む。おいしい。甘い。ううん、甘いだけじゃなくってちょっと酸っぱいような、でも、優しい味。
「何これ?」
「カルピス。桃のカルピス。おいしいでしょう」
うん。すっごく。心の中で言う。すっごくおいしい。
それからまた5分くらい歩くと小さな公園に着いた。三角形の小さな公園。小さな砂場とブランコがあるだけ。
「ここに来たかったの?」
私が聞くとおじさんは笑う。少し悲しそうに。
「この公園はね、僕が作ったんだ」
「へー」公園を作る仕事っていいな、ってちょっと思った。
「でも今度、駐車場にしちゃうらしくてね。無くなっちゃうんだよ」
しょうがないんじゃない?時代でしょう。と思ったけど、そんな空気読めない事言うほど私は子供じゃなかった。
「この公園が、僕の初めて作った公園だったんだけど、作ってすぐに、なんか色々あって僕は病気になっちゃったんだ。だから僕が最後に作った公園でもあるんだ」
「病気?なんの?」
おじさんはちょっとだけ間をあけた。言いたくなさそうだった。
「心の病気」
鬱病?聞かなきゃよかった。
「それで、仕事も辞めて。ずっと家に閉じこもってたんだ。この公園で子供が遊んでいる姿も見ないままに」
「それが見たかったの?」
おじさんは小さくうなずく。「その為に4年振りに家を出たよ」
私はブランコに乗る。
「これはいいブランコだね」
「ありがとう」
「この良さは大人にはわからないね」
「ありがとう」
私は一生懸命ブランコをこいだ。鎖はギシギシうるさかった。でも、悪くない音。
その後、私達は2人で砂場で山を作ったり、ブランコに乗ったり。カルピスを飲んだり。コーラも一口もらった。私はカルピスの方が好きだ。
日が沈む。
「そろそろ帰らなきゃね」
おじさんがベンチから立ち上がる。「ママが心配してるよ」
「うん」
私は公園の前に花屋を見つける。「ちょっと待ってて」
おじさんに一輪渡す。
「お金無くてこれしか買えなかったけど」
「そんな悪いよ」
「身代金。それでもダメならカルピスのお返し」
おじさんは困ったように笑いながら受け取る。
「これはなんて言う花?」
「エーデルワイス。花言葉は『大切な想い出』」
「ありがとう」
おじさんは笑う。子供みたいに。
さらったのは悪い人です
昔書いた三題噺です。
お題は「桃のカルピス」「ブランコ」「エーデルワイス」でした。