妄想少年。

村から出たことのない外が出ることが夢の妄想ばかりしている少年のお話……。

 おいらの夢は外に出ること。
 外のみんなと友達になって仲良く暮らすこと。
 外にはきっといろんな人がいて、いろんなものがあって、賑やかで楽しくてみんなみんな……だと思っていた。


「よし」
 おいらは荷物で今にも張り裂けそうになったリュックサックを背負う。
 作業をしていたせいで思ったより行くのが遅くなっちゃったけどやっと行けるんだ。
 おいらは自分の胸がドキドキしているのを感じる。
 おいらが生まれた村には一つ絶対に守らなくちゃいけない掟があった。
 それはこの村から出ないこと。
 なんでこんな掟ができたのかは知らないけどもともと村には木の実ができる森や綺麗な川や動物たちもたくさんいたから自給自足の生活に困ることはなかった。
 だからみんなそんな掟に反抗することもなく村の中で平和に暮らしていた。
 外で戦争が始まったって村の様子は変わることはなかった。
 というよりも外の情報が入ってくるのは村長が持っている『ラジオ』という道具だけだからその戦争が始まったとおいらたちが知ったのは戦争が始まってずいぶんとあとだったみたいだ。
 村の人たちは「外のやつらが間抜けなことをやり始めた」とあまり関心を示さなかった。
 おいらは戦争というものが一体どうんなものなのかを知らないので「へー」ぐらいの程度だった。
 外の人たちはこの村の存在を知らなかったのかそれともおいらたちのようにこっちへ関心を持たなかったのか戦争の被害がこっちに来ることはなかった。
 そんな平和な村でも希望を捨てれば砂になるという兵器を発射されたときに砂になってしまったのはみんな何か悩み事があったからなのかな。
 でもおいらはそんなことしない。
 だっておいらには叶えたい夢があったから。
 その夢はこの村から出ていろんなところへ行くこと。
 いろんなところへ行って、いろんな物を見て、いろんな人に出会って、そしてみんなと友達になること。
 ずっとずっと憧れていた。
 でも村には掟があったからずっとずっと諦めていた。
 でもみんなが砂になってしまった今なら行ける。
 おいらはこの村と外の堺にある唯一の出入り口の門の前に立つ。
 よし。
 おいらは門を押してみるが数千年も空くことのなかった門がそんな簡単に開いてくれるわけがない。
 完全に錆び付いてしまっているようで引いても叩いてもおいらの力なんかじゃぴくりとも動いてくれない。
 うーん、困ったなぁ。
 ここ以外は大人でも登れないほどの高さの塀で囲まれていてもちろんおいらが登ることも土を掘って潜ることもできそうにない。
 おいらはどうにかできないものかと辺りを見回す。
 するとあるものがおいらの目に止まった。
 そうだ、あれなら行けるかもしれない。
 おいらはそのあるものに駆け寄る。
 そこにあるのは塀に一番近くに立っている一本の木。
 これに登れば塀も超えられるかも。
 おいらはそう思って木に足と手をかける。
 けれど体が持ち上がらない。
 この背負ってるリュックのせいだ。
 どうしよう。
 この中にはお土産が入っているのに……。
 この中にはこの村でも珍しい物をたくさん詰め込んでいるんだ。
 外で誰かに会ったときに友情の印として。
 でもこれをなんとかしないと外に出ることもできない。
 しぶしぶおいらはリュックサックを背中から下ろす。
 本当は持っていきたいけど……。
 おいらはじっと見つめるがリュックサックは勝手に動いてくれるわけもなくて、おいらは諦めて再び木に足と手をかける。
 するとさっきとは違いするすると登ることができた。
 でも上まで登っても塀より高い位置にこれない。
 せいぜい塀とおいらは同じぐらいの高さだ。
 ……こうなったら、飛び移るしか、ない?
 おいらは下を見る。
 地面から離れたところにいる。
 たったそれだけのことなのにさっきまで感じなかった恐怖でおいらはしゃがみこみたくなる。
 もし落ちたりしたら……。 
 おいらは慌てて首を振る。
 大丈夫、おいらは死なない。
 死ぬことなんてない。
 昔の人達とは違うんだから。
 木と塀の距離は幸いにもそんなにない。普通にジャンプすれば十分手は届くはずだ。
 おいらは覚悟を決め「えいっ」と声を出し木からジャンプした。塀に手をかけようと無我夢中で手をのばす。
 なんとか届いたようでおいらの腕はぴんっと張った状態になった。
 ジャンプしたときは感じなかった重力が今更おいらの上にのしかかる。
 おいらは腕と腹に力をいれ自分の体を何とか塀の上に持ち上げた。
 登りきるとおいらは自分でも気づかないうちに息を止めていたらしくぶはっと息を一気に吐き出した。
 息が落ち着くとおいらはゆっくりと顔を上げる。
 そこにあるのは木。
 そっか村の外にも森は続いてたんだ。
 村にある木と同じ種類の木。
 でもそこにあるのは中とは違う木。
 みんなにはわからなくてもおいらにはわかる。
 おいらは下をのぞく。
 塀は内側と違い外側にはたくさんの凹みや出っ張りがあった。
 これなら木に飛び移らなくても降りられそうだ。
 おいらはそこから降りて地面に足を付ける。
 なんだか土も中とは違うような気がする。
 これが外。
 とてもわくわくする。
 おいらはこれからこっちで生きていくんだ。
 さぁ、まずはこの森からでなくちゃ。
 おいらは歩こうとする。
 けどなんとなく振り返ってみた。
 そこにあるのは大きな壁。
 おいらを閉じ込めていた壁。
 この中にはもう誰もいない。
 けどおいらの父さんや母さんがいる。
 みんなもいる。
 もう砂になってしまったみんなが。
「……いってきます」
 おいらはそうつぶやいてから歩き出した。
 森の中はもちろん人がひとりもいないし少し暗い。
 でもそんなことおいらは気にならない。
 それよりもおいらはとてもそわそわしていた。
 人と会ったらどうしよう。
 こんにちは? はじめまして? いい天気ですね?
 うーん、しっくりこない。
 やっぱり名前から言うべきなのかな。
 おいらの中にいろんな考えが浮かんでは消えて別の考えが浮かんでくる。
 なにせお土産を持ってこれなかったのがとても残念だ。
 みんなは許してくれるかな。
 仲良くできるかな。
 どんな村があるのかな。
 どんなことが起こるのかな。
 友達ができたらみんなで歌を歌いたいな。
 それを他のみんなにも聞いてもらって、その他のみんなとも友達になるんだ。
 そんな中でおいらに一ついいアイディアが浮かぶ。
 そうだ、もしみんなと仲良くなれたらみんなで一緒に住もう。
 一緒にごはんを食べて、一緒にたくさんたくさん遊んで、そしてみんなで夜を迎える。
 大変なことだってたくさんあるだろうけどそれだってみんながいればきっと乗り越えられるはずだ。
 なんて楽しそうなんだろう。
 そんな暮らしを考えただけでもワクワクする。
 きっとみんなもそう思ってくれるはずだ。
 森の入口が見え始める。
 おいらは早く外がどんなところなのかを見たくて走った。
 そこにあったのは――。
 砂漠と空だった。
 砂だ。
 これは希望をなくしてしまった人の亡骸?
 村の人達と同じ亡骸?
 おいらはしゃがんでその砂をすくってみる。
 さらさら、さらさら
 砂はおいらの手の間から落ちていく。
 まさかこんなにも砂になってるなんて。
 どうしよう。
 昔村長から聞いたことがあった、昔の人たちは人が死ぬと土に埋めたって。
 だからおいらも砂になったみんなを土に埋めた。
 けど道具は全部村に置いてきちゃったしこの量はさすがにおいら一人じゃできそうもない。
 ……。
 そうだ。
 おいらの中に名案が思いつく。
 一人でできないんならみんなでやればいい。
 友達がたくさんできたらみんなでこの砂を埋めてあげよう。
 だからちょっと待っててね。
 よーし。
 おいらは立ち上がり再び歩き出した。

 どれくらい歩いただろう。
 どれくらい日がたっただろう。
 わからないや。
 おいらはあれから誰かに会うことなんて一度もなかった。
 どこへ行っても見えるのは砂と空だけ。
 あぁ、あとときどき無機質な物が砂にうもれてることもあったっけ。
 頭がぼーっとする。
 おいらは空をなんとなく見上げて突っ立つ。
 誰もいない。
 どこにもいない。
 みんなどこに行ってしまったんだろう。
 ……もう誰もいやしないのかな。
 そう思っていた時だった。
 どこからか小さな女の子のような泣き声が聞こえた。
 おいらはばっと辺りを見回してどこから聞こえるのかと探す。
 すると遠くにうっすらと小さな人影が見えた。
 人だ。
 人がいる。
 砂になってない生きている人。
 おいらの足は自然と走り出す。
 いたんだ。
 久しぶりに走ったせいか、足元が砂のせいなのかうまく走れない。
 おいらだけじゃない、生きた人。
 それでもおいらはその子に向かって走り続ける。
 こんにちは、初めまして、いい天気ですね。
 女の子の泣き声は近づくたびに大きくなる。
 おいらはとっても遠い村から来たんだ。
 まるで迷子の子供がお父さんやお母さんを求めるように泣いている。
 ねぇ、よかったらおいらの――。
 おいらはそこで足を止めた。
「友達になってくれますか……」
 おいらの口からそんな言葉がもれだした。
 もうそこには女の子の姿なんてない。
 そのかわり、砂が舞う。
 おいらは自分の顔を手で塞ぐ。
「あぁ、あ……」
 砂になってしまった。
 あの子は泣きながら砂になってしまった。
 なんでこんなことになったんだろう。
 どうしてこうなってしまったんだろう。
 おいらはただみんなと友達になりたかっただけなのに。
 ただ遊びたかっただけなのに。
 ただみんなと笑っていたかっただけなのに。
 どうしてみんないないんだろう。
 みんな砂になってしまうんだろう。
 どうして、どうして……。
 きっとうそだ。
 これはおいらの妄想なんだ。
 おいらの頭の中の世界なんだ。
 だっておかしいじゃないか。
 みんながいない、誰も笑っていない。そんな世界。
 そうだ、きっとそうに決まってる。
 でもどうしておいらはそんな世界にいるんだろう。
 そんな寂しい世界にどうしておいらだけが立っているんだろう。
 風が吹く。
 砂が舞い上がりおいらの目に入る。
 痛い。
 痛い。
 目から涙が流れ出す。
 どうして、どうして。
 おいらが望んだのは、夢見てたのはこんな世界じゃないよ。
 賑やかでみんなが幸せで楽しくて笑ってるそんな世界だよ。

 おいらの夢は外に出ること。
 外のみんなと友達になって仲良く暮らすこと。
 外はいろんな人がいていろんなものがあって賑やかで楽しくてみんなみんな笑ってるんだと思っていた。
 もうこんな世界見たくない。

妄想少年。

妄想少年。

高3。データ消えて泣いた思い出。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-28

Copyrighted
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