希望青年。

生きる希望を捨てない青年と一人の少女のお話……。

 人類は大昔に永遠の命を得た。
 ぼくが生まれたのは人類が永遠の命を手に入れる少し前。
 周りの大人たちが話してくれなかったので詳しい理由は知らないけど両親はぼくが赤ん坊の時に死んだらしい。
 だから子供の頃は親戚と言われるヒトたちと一緒に暮らした。
 ぼくが5歳の頃、永遠の命は完成した。
 どういう仕組みになっているのかその時のぼくには――、いや今のぼくにだって理解できていないしほとんどのヒトは分かっていなかったと思う。
 けれどみんなは喜んだ。
 永遠の命を手に入れるのは実に簡単で、ある物質を血液の中に入れるだけだった。
 親戚のヒトはもちろん永遠の命を手に入れたし、ぼく自身も手に入れた。
 その永遠の命は本当に永遠だった。
 寿命はもちろんだけど自殺をしようとしても火事になって体が燃えても海に溺れても、そして人に殺されても決して死ぬことはなかった。
 それが良いのことなのか悪いことだったのかはともかくそれが人類の望んだ結果のはずだった。
 でも永遠の命を手に入れてからヒトは何かが狂っていった。
 ヒトは命の大切さを忘れ、凶暴化し、そして戦争を始めた。
 誰のためでもない戦争。
 多くのヒトたちは大怪我をしたり、最悪ヒトとは思えないような姿になってしまったヒトまでいたけど決して死ぬことはなかった。
 だってヒトは永遠の命を手に入れたから。
 それはまるで覚めたいのに覚めれない悪夢のようだった。
 いつの間にかみんなが死を望んでいた。
 この悪夢から覚めるためにはそれしかないと思ったからだ。
 そしてついにどこかの政府が研究して作り上げた兵器が完成した。
 その兵器は生きる希望を失くした者を砂に変えてしまうというものだった。
 その兵器が打ち上げられるとテレビで放送された時、ぼくの周りにいた人たちはそりゃ喜んだ。
 だってやっとこの人生を終えることができるんだから。
 ぼく自身は……さぁ、どうだったんだろう。
 元々ぼくはあまり『生きる』ということをしていなかった。
 永遠の命を手に入れたから成長するのはすごく遅くて、まだ顔は大人っぽくないけどぼくは確か600年以上はぼくとして生き続けていた。
 その間、ぼくは特に何もしていなかったような気がする。
 元々、長生きしたい理由なんてぼくにはなかったから。
 ただ朝が来たら目を覚まし、朝食を食べ学校やアルバイトに行って帰ったら晩ご飯を食べて寝る。
 良くも悪くもない普通の毎日。
 ぼくはそんな日常に満足していた。
 ただ、生きがいがあったかどうかと言われれば素直にうなずけないだけで。
 戦争が始まってから学校もバイトもなくなり完全にぼくは生きているだけになった。
 家の中にいても外を見ても生きる希望なんてどこにもありやしなかった。
 ただ生きているだけ。
 ……なんてそんなことを言ったりしたら大昔のヒトたちに怒られちゃうのかな。
 でも結局ヒトっていうのは『死』という存在が必要だったってことだよ。
 兵器が発射されてぼくの周りのヒトはどんどん砂になっていった。
 兵器を神様のように思ったヒトもたくさんいてみんな祈るように手を合わせて何も言わず砂となった。
 ぼくは家の中からその姿をじっと見ていた。
 砂になるときはどうやら痛みを感じないらしい。
 でもぼくは砂になることができなかった。
 なんでかわからない、いろんな感情がお腹の中をぐるぐると回っていたような気がする。
 なんでかわからない。
 なんでかわからないけど、ぼくは砂になっていくヒトに無性に腹が立った。
 なんでかわからないけど、兵器を神のように思いながら砂になっていくヒトの姿が怖かった。
 ぼくは砂になんてなれないと思った。

 砂になるヒトはどんどんと増え、ぼくが住んでいた街はあっという間に砂の街になっていた。
 それでもぼくは生き続けた。
 毎日毎日、一人で生き続けた。
 あの頃と変わらない、ただ生きているだけの毎日。
 でもさすがに家の中にずっといるのも飽きたからある日ぼくは外へ出た。
 足元には地面が見えないほど砂があった。
 これが、本当にヒトだったのか?
 そう思えて仕方がなかった。
「ねぇ」
 話しかけたって何も言わないただの砂。
 ねぇ、ぼくらは本当にこれでよかったの?
 こんな風にして、未来あとのことなんてなんにも考えないでそれでよかったの?
 自分たちが好き勝手したことなのに、自分たちさえ死んでしまえば、あとはもうどうでもいいの?
 ぼくはそんなこと思いたくないよ。
 砂はぼくになんにも教えてくれない。
 ねぇ。
 ねぇ、答えてよ。
 勝手に希望を捨てないでよ……。 

 このままではどうにもならない。
 ぼくはそう思って旅に出た。
 誰でもいいから誰かに会いたかった。
 自分と同じように希望を捨てていないヒトに。
 水も食料もいらないから旅自体に困ることはなかった。
 でもヒトに会える様子は全くなくて、足元にはいつだって砂がいた。
 他の街に行っても、どこに行ってもヒトなんていなかった。
 そんな途方もない旅をしていたある日、一人の少女がぼくの前に現れたんだ。
 その子はどこからともなくやってきて、いつの間にかぼくのそばにいたり、いなくなったりした。
 最初は不思議だったけどでも嬉しかった。
 だってやっとヒトに会えたから。
 でもだんだんとその子は普通のヒトではないんじゃないかと思った。
 だってその子はヒトらしくなかったから。
 その子はヒトみたいに自分のことを考えているようにぼくには見えなかった。
 いつもどこかをぼんやりと眺めてて、時々すごく不思議そうな顔をする。
 その目はヒトと思えないくらい綺麗に澄んでいた。
 その目はぼくにとってはとても愛おしくて、ずっと見ていたいと思うぐらいだった。
 ヒトには持っていない。とても愛おしいもの。
 でもそんなのはぼくの勝手な考えで、何の根拠にもならなかった。
 でもね、やっぱりぼくにはキミがヒトなんかに見えなかったんだよ。
 そう勝手に思うのはやっぱりぼくがヒトだからなのかな?
 他のモノならどう思うんだろう。
 そこでぼくは初めてぼくが旅を始めてから生きているものに出会ったことがないことに気づいた。
 動物や植物の姿をぼくは見ていなかった。
 砂に埋もれてしまったのか、それともどこかぼくの知らない場所で生きているのか。
 もしかすれば動物や植物でさえも希望を失くし、砂になってしまったのかもしれない。
 そしてぼくは思った。
 ヒトは今まで勝手に望みを叶えて、失望して、また望んだ。
 ヒトはそれでいいかもしれない。
 でもヒトじゃないモノは?
 昔、授業で先生が言っていた。
 大昔のもっと前、中生代と呼ばれた時代には恐竜と言われる生物がいた。
 その生物たちは全滅してしまったけれどそのまた何千年後、地球にはヒトと言われる生物が誕生した。
 ということはまた何千年後には新しい生命が生まれるんじゃないだろうか。
 ぼくたちはその新しい命にこんな砂漠に住ませるのか?
 ヒトぼくたちのわがままのせいで?
 そんなのおかしい。
 ぼくはその時やっとヒトに腹が立った理由がわかった。
 ぼくはちらりとキミの方を見る。
 キミはまたどこか遠いところを見ているね。
 なんでヒトは自分勝手なんだろう……。

 ぼくの旅に新しい目標ができた。
 それからぼくは昔工事をしていたところからシャベルを拾って地面を掘った。
 それはどんなふうに未来に役立つのかとか、それをしたからなんなのかとかそんなのわからなかった。
 ただじっとなんてしてられなくて。
 ぼくのできる最低限のことはしたくて。
 だからぼくは砂を埋め続けた。
 そのためにぼくには永遠の命があったんだと思った――。

『どうしてそんなことをするの?』
 ある日キミが初めてぼくに話しかけてきた。
 ぼくはつい手を止める。
 キミには話したほうがいいんだろうか。
 ヒトであるぼくなんかの考えを。
 キミはもしぼくの考えを知ったらどう思うんだろう。
 そんなの意味ないって思うのかな。
 そんなことしたってヒトがしたことは消えないって思うのかな。
 ぼくがどうしようか迷っているとキミはまた話しかけてくる。
『さびしくないの?』
 綺麗な声。
 澄んでいてどこまでも響いていきそうな。
 でも頼りないくらい小さくて、さびしくて悲しそうな声。
 これがキミの声なんだね。
 自分じゃない声が聞けることがこんなにも嬉しいだなんて知らなかった。
 そうだ、これはヒトぼくがするべきこと。
 キミには話さないでおこう。
 話してしまえば弱いぼくはきっといつかみんなのようにキミに頼ってしまうから。
 ぼくはキミにバレないように微笑む。

 ありがとう、キミがそばにいてくれるからぼくは今日も生きていようと思うんだ。

「やった……」
 ぼくは思わず声をだした。
 砂を埋めた。
 それは何百年なんて数えはしなかったけど長い、長い旅の終わり。
 砂を埋めることがぼくの旅の目的だった。
 それが叶った今、ぼくの旅は終わる。
 それはつまり――。
『おめでとう』
 キミとお別れなんだね。
 ぼくはまた土を掘り始める。
 キミとの毎日を思い出しながら。
 ねぇ、キミはぼくのことをどう思ってたかはわからないけど、ぼくはキミに会えてよかったよ。
 キミのおかげでここまでこれたんだから。
 もう、この世にはぼく以外に人間と呼ばれる生き物はいないだろう。
 キミはヒトをどう思う?
 やっぱり身勝手でわがままな存在なのかな。
 ぼくもヒトと呼ばれる生き物だけど、やっぱりそう思うんだ。
 だってぼく自身、こうなる前までは希望なんて持っていなかったのだから。
 生きることが当たり前なこの世界で生きることへの希望なんて持っているわけがなかった。
 でもみんなが砂に変わっていく姿を見たとき初めて死が怖いと思った。
 生きていたいと思った。
 こんなのわがままだよね。
 でもわかってほしい。
 ヒトは身勝手でわがままだけの生き物じゃないってことを。
 ただ夢を追いかけてまわりが見えにくくなるだけなんだ。
 優しいところだってたくさんあった。
 ぼくの周りにいたヒトたちはそうだった。
 もうみんな、砂になってしまったけど。
 二度と戻ってこないけれど。
 あぁ。
 やっぱりさみしいな。
 ねぇ、ぼくはヒトでキミはヒトじゃないんだ。
 ヒトはみんな砂になって、きっといつかこの星には新たな命が生まれる。
 そこにヒトぼくの存在はいらない。
「ねぇぼくも人間だから勝手なことを言うけど、いいかな?」
 もし新しい命が生まれて。
 ぼくが生まれ変わることができたなら。
 今度はキミとずっと、お話できればいいなぁ。

 世界にヒトはいなくなって、いつか新しいモノが生まれる。
 その時はみんなが幸せに暮らせますように。
 ヒトがいたことが例え忘れられたとしても、もうこんなことが起きませんように。
 どんなに辛くて悲しくても、未来を信じ続けますように。
 みんなで支え合えますように。
 みんなが希望を捨てませんように。
 全てのモノに大きな希望がありますように――。

希望青年。

希望青年。

高校2年生の頃。調子に乗った。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-28

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