うさぎが好きな弟

 弟はうさぎが好きだ。中学三年生である。
 十五歳の誕生日にはうさぎのぬいぐるみが欲しいと強請られた。弟と歳の離れている僕は、ついつい弟を甘やかしてうさぎのぬいぐるみを買ってしまい、両親に怒られた。中学三年生の男の子がうさぎのぬいぐるみを欲しがることを、両親はおかしなことだと思っている。両親は電子辞書をプレゼントしたそうだ。弟は生物部に所属していた。幼い頃から運動は得意ではなかったし、おしゃれやテレビゲームにも興味はないらしい。他にこれといった趣味もないのだから、誕生日の主役が欲しがっているものを贈るのが妥当であろう。
 僕は大学四年生で、弟とは離れて暮らしている。弟はときどき、僕に電話をかけてくる。お母さんにうさぎは卒業しなさいと言われたとか、うさぎの顔を模った小物入れやうさぎのぬいぐるみのストラップを友だちに茶化されたとか、大半はうさぎに関することである。好きな女の子はいるかと訊ねたとき、弟はいると答えた。となりのクラスの髪のみじかい、元気な女の子だと弟は教えてくれた。両親はおそらく知らないだろう。だから余計、うさぎのぬいぐるみを欲しがる弟のことを心配するのかもしれない。弟は真っ当な十代男子であると、両親に伝えてやろうかと思ったが、やめた。そもそも、弟は真っ当である。道を踏み外しちゃいない。ただ、うさぎが好きなだけなのだ。
 しかし、本物のうさぎを飼ったのはただの一度だけである。僕が高校生、弟は小学三年生の頃だったか、父親の会社にうさぎを飼っている上司がいて、そのうさぎが子どもを産んだから貰ってくれないかと頼まれたのだった。然して動物嫌いというわけでもなかった父親は、僕たちのためにと一匹、うさぎを引き取った。弟に命名権が与えられ、ピョコと名付けられた赤ちゃんのうさぎは、それはもう大切に育てられた。主に弟と母親が、溺愛していた。飼育の取説も買ったし、餌も水も欠かさずやったし、時折、かごの外にも出してやった。当時、過度の人見知りで小学校になかなか馴染めなかった弟にとって、ピョコは友だちでもあったし、弟でもあった。かごの前でピョコと目線を合わせ、学校であったことや読んだ本のことをピョコに教えてやっている弟の姿に、胸がぎゅっと握り潰されるような感覚に陥ることがあった。ピュアな弟をかわいいと思う反面、かわいそうだと感じた自分のことも、かわいそうだと思った。
 弟は今でも庭にあるピョコの墓に毎朝、線香を立てている。ピョコが息絶えた夜、となりの部屋から聞こえてくる弟のすすり泣く声が、その後しばらく耳に残った。弟のベッドには、僕があげたうさぎのぬいぐるみがいる。弟は成長期にも関わらずいつまでも細くて、色白い。白いうさぎみたいだと言ったら、弟は喜んだ。ピョコの面影を見た気がしたことは、黙っていた。

うさぎが好きな弟

うさぎが好きな弟

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-27

CC BY-NC-ND
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