友人の爪が赤い理由。

 目を刺すような赤い色の爪で、銀製のシガレットケースから煙草を一本、引き抜いた。
 女の人ではない。男である。フィルターの茶色い煙草を薄白いくちびるに咥える。シガレットケースは重厚なのにライターはちゃちな百円ライターで、煙草に火を点ける。黒縁の眼鏡がインテリっぽくてカッコいいと、評判の人である。インテリっぽいっていうのが、またなんとも。
 塗ったのは女なのだと、彼は言った。彼の吐いた煙が秋風に吹かれ、白線のように横へ流れていった。彼女かと訊ねたら彼女じゃないと答えた。目の前を、どこかの学科の学生が通り過ぎてゆく。お腹が空いた気がする。昨日はバイトが忙しくて、朝寝坊をしてしまった。朝食を食べる暇もなかった。彼女じゃないその人は年上のアパレル店員だそうだ。彼は聞いてもいないことをぺらぺらとしゃべりたがる。煙草の煙は苦手ではない。十月になって一気に秋めいてきた。ひさしぶりにホットコーヒーを買った。
 ネイルを施したのは、彼の黒縁眼鏡によく映えるから、それと、浮気防止。その彼女じゃない人いわく、そういう理由らしい。彼女じゃないのに浮気防止って、おかしくない。思ったけれど黙っていた。彼は煙草を咥えたまま右手をかざし、赤く塗られた爪をうっとりと眺めている。その彼女じゃない彼女とやらの考えていることは当然、まったくわからないが、彼の黒縁眼鏡に合うというのは同意できた。ついでに言えば彼の、黒いボブヘアーにも赤いネイルはよく似合っていた。
 スカートのみじかい女の子の集団が彼に手を振っている。彼は笑顔で手を振り返す。コーヒーだけでは、この空っぽの胃袋が満たされないことに気づく。実家からの仕送りは家賃と光熱水道、食費で消える。勉強は大切だが社会勉強も必要と考える両親が、バイトをさせるためにあえて最低限の資金しか送ってこないのだ。煙草なんか買えるわけがない。二十歳を迎えた日、バイトの先輩から一本貰って吸ったことがあるが、特に嫌な味だとは思わなかった。美味いかどうかは別として。
 煙草の灰を灰皿に落とすときの、指の動きが好きである。男でも、女の人でも、彼のように煙草の似合う男がやると、まるで映画のワンシーンでも観ているような気になってくる。骨ばった指が肝だ。
「女の子ってかわいいよね」
と、彼が言った。とっくに二限目は始まっているが、彼は二本目の煙草に火を点けようとしている。
 彼に言わせれば、彼女じゃない年上のアパレル店員も女の子で、自分の母親より年上の熟女も女の子で、犬や猫の雌も女の子で、女の子はみんな、優しくしてあげれば自分に尽くしてくれる生き物だと思っている。破滅しろ。

友人の爪が赤い理由。

友人の爪が赤い理由。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-27

CC BY-NC-ND
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