金曜月
とある悩みを持て余したSF作家のミツキが、幼馴染みのユイを誘って宅飲みを始める。
ベッドとローテーブルだけが置かれた簡易のセット。舞台中央の壁に、日めくりカレンダーがかけてある。日付は○月○日金曜日。
明転
ミツキはグラスなどの用意をし、ユイは隅で電話をしている。
ユ「……うん、……うん、…………はあ?ちょっと、あんた何回同じミスすれば気が済むわけ?ったくそんなんだから給料上がんないし休みも貰えないのよ。あーあーあー謝罪とかいいから。はやく何とかしてきな。……うん……いや、だからあ。あんた後始末すんの何回目よ?いい加減覚えなさいって……ああ、うん……うん、はい、じゃあね」
ユイ、電話を切り、溜息
ミツキ、酒を用意してきて座る
ミ「仕事?大丈夫?ごめんね急に呼び出しちゃって」
ユ「んー?あー、大丈夫大丈夫。いつものことだから」
ミ「今何やってんだっけ?」
ユ「……一応、公務員?」
ミ「へえーっすごいねー!」
ユ「すごいって、作家先生に言われてもなあ……。そっちはどう、順調?」
ミ「……まー、ぼちぼちかな」
ユ「いいことじゃん。で何よ、"深刻な話"って」
ミ「(深刻そうに)うん……ちょっとね……」
ユ「…………金は貸さないよ?」
ミ「お金じゃないよ」
ユ「ならなんでもいいや。ほら、話してみなよ」
ミ「……あのさ、私って、変わってるよね?」
ユ「………………うん。今更どうした」
ミ「いや、ちょっとね……あんたなら、真面目に聞いたあとで、SF作家の戯言だって、笑いとばしてくれると思って……」
ユ「前置きが長いなあんたはー」
ミ「……ごめん」
ユ「ちょっと、謝んないでよ。調子狂うわ」
ミ「……あのさ、変なこと、聞くよ?」
ユ「だーからなんなのよ今更」
ミ「ユイさあ……休日の記憶って、ある?」
ユイ、一瞬ハッとするが、それを隠して平常を装う。
ユ「はあぁ?なに言ってんのあんた大丈夫?あっははは。まあとりあえず飲みなよ。私の酒じゃないけど……」
ユイ、酒を注ぐ
ミ「ありがとう……」
ユ「ま、あんたが変人なのは今に始まったことじゃないって。その変人が高じて作家として成功したんじゃない。ちゃんと聞いてあげるから、安心してよ」
ミ「……ありがとう、ユイ。(改まって)あのさ、今日って、金曜じゃん」
ミツキが日めくりカレンダーを振り返り、つられてユイも振り返る
ユ「うん。金曜だよ?」
ミ「でさ、金曜の夜って一週間の疲れが溜まりに溜まって、寝て起きたら土曜日の夕方になっててさあ、うわあ一日損したわー!って、なることあるじゃん」
ユ「うん、まあ私はないけどそういうことがあるのはわかるよ」
ミ「で、ね?多分それの進化系だと思うんだけど……あたしさあ、土日の記憶がないんだ」
ユ「……丸々?」
ミ「丸々。二日間丸っっと抜けてんの。金曜の夜寝て、次起きたら月曜の朝。しかも寝疲れんのかしらないけど、全っ然身体楽になってないし。最悪でしょ?」
ユ「はーん、それは災難だったねえ。……ん?でもさ、それは"記憶が抜けてる"んじゃなくて、"寝過ごした"んじゃないの?」
ミ「……って、思うじゃん?一回目は」
ユ「……まさか、何回もなってんの?それ」
ミ「それが何回もっていうレベルじゃないんだよなー……」
ユ「(深刻な顔で)……いつから?」
ミ「……三ヶ月くらい前から」
ユイ、うわーやっちまったなーという顔。項垂れているミツキは気付かない
ユ「(平静を装って)まあ、飲みなよ」
ユイ、酒を注ぐ
ミ「ん…………でさあ、あたし、考えたんだけど」
ユ「ん?」
ミ「……あのね、こっから一層頭おかしい話になるけど、大丈夫?」
ユ「だから今更だって。何?」
ミ「あたしね……これは、国家の陰謀だと思ってんの」
ユ「……おーSF作家っぽいじゃーん!よっ!橋本又兵衛せんせー!」
ミ「ペンネームで呼ぶな!」
ユ「はいはいすみませんでした!で、その心は?」
ミツキ、酒をちびちび煽りながら語り始める。ユイは聞いているのかいないのかわからない程度の相槌を打つ
ミ「うん。あのね、日本は今不景気だ何だって大変でしょ?で、好景気の要はやっぱり消費と供給の増加。休日は、外に出かけて消費する人もいるけど、逆に家から出ない!っていう人だっているわけじゃない?だから、できるだけ多くの時間社会を回そうとするなら、本来はずっと平日なのが理想なんだと思うのよ。それでね、ある日政府は、"休日をなくしたらどうか"って考えるの」
ミツキ、グラスを空ける
ユ「そんなの全国で暴動起こるよ」
ミ「うん。だよね。だから、政府は更に考えた。(溜めて。慎重に、それでいて自信げに)『国民に、休日を与えたと、錯覚させよう』」
ユイ、声を発さず、ただ酒を注ぐ
ミ「今の日本の最新科学技術とか、医療技術とかを駆使すればね、人の記憶をいじるのなんてちょちょいのちょいだと思うのよ。それでね、金曜の夜、眠っている人たちの頭の中をいじって、休日を過ごしたぞ〜!っていう記憶を流し込むの。そして日本中の、いや、世界中の?んーやっぱりまだ設定が甘いけど、とにかく!みんなの記憶をいじったあとで、そのまま日付を月曜日に移してしまえば!」
ユ「(今気づいたように)あ、土日が消えた」
ミ「ね!?」
ミツキ、酒が回り、声と身振りが大きくなっている。またグラスを空ける
ミ「と、いうわけで〜実は誰も土日を過ごしたりしてないのよ、ほんとはね?でも、そういう記憶を埋め込まれてて、土日を満喫したと錯覚させられている!」
ユ「うーん」
ユイ、酒を注ぐ
ミ「でね、何かのミスで、あたしだけが、その記憶を埋め込まれないままに、土日を超えてしまった。ってのはどう?」
ユ「なるほどねえ」
ミ「……まあ、仕事のし過ぎだって自分でも思うよ。でも思いついちゃった以上、どうしても誰かに話したくってさ……土日の記憶がないのは本当だし……で、あんたなら、軽く流してくれるだろうなーと思ったわけよ」
ユイがグラスを空け、今度はミツキが注ぐ
ユ「お、どうもどうも」
ミ「いえいえ。……でも予想外だった。ユイいま公務員かあ。どんな仕事してるのかは知らないけど、そこらの人に否定されるよりも重みがあっていいわ〜ラッキー」
ユ「(深刻な声で)……なんで?」
ミ「んー?いや、あたしの妄想によるとね、その記憶を流し込む作業を遂行するために、何かしらの公務員が雇われてる筈なんだよね〜ほら、"国家の陰謀"って言ったじゃない?(酒を煽る)だから、ユイが全く関係ない立場で知らないだけだったとしても、はっきり否定してもらえたら、なんか、あたしの中で解決しそう」
ユ「……ふーん」
ユイ、酒を注ぐ
ミ「……で、さあ」
ミツキ、欠伸する
ユイ、突然堪えきれないように笑い出す
ユ「ふっ、くく、くっくっ、あっはっはっは!!ひー!ひひ、あー…………あんたすごいよ」
ミ「なに、どうしたの?」
ユ「それ、本当に全部妄想?だとしたらあんたほんっとにすごいわー!作家っていうより、探偵に向いてんじゃないの」
ミ「……どういうこと?」
ユ「ぜーんぶ合ってる!大正解だよーもー!あははは……気付かないふりしてればよかったのにさあ」
ミ「え……?……ねえ、まさか……」
ユ「全部あんたの妄想通りだって言ったら、どうする?」
ミツキ、動揺して立ち上がる
やや間。思いつめた表情で見つめ合う二人
ユ「……なーんってね!」
ミ「は?」
ユ「んなわけないじゃーん、ジョークジョーク。そんな怖い顔しないでよ。あんたの話があんまり面白いから、ちょっと乗っかっただけじゃない」
ミ「あ、ああ……なんだあ、びっくりしたあ…………」
ミツキ、目に見えて安堵する
ユ「あんた、それで新作書きなよ。絶対面白いって!」
ミ「うーん……それならそれで、もっと設定詰めなきゃならないし……ま、この奇妙な体験自体が妄想なら何よりなんだけどさ」
ユ「奇妙な体験、って……記憶がないって?」
ミ「うん」
ユイ、ずいっと顔を近付けまだ疑っている様子で
ユ「ねえ、それって、本当にないの?」
ミツキも顔を寄せ、声のトーンを落とし、真剣に
ミ「本当に、ないのよ」
ユ「と、思い込んでいる?」
ミ「……やっぱりそうなのかなあ」
その一言で二人の気が緩み、ミツキは大きく欠伸する
ユ「ん?眠い?」
ミ「んーさすがに……ごめんなんか……呼び出しといて……」
ユ「いーよいーよ、今に始まったことじゃないって。疲れてんでしょ、寝なよ。私もてきとーにそのへんで寝るからさ。気にしないで」
ミ「んー……ありがとう……」
ユ「おやすみ」
ミ「み……(寝る)」
ユイ、ミツキが完全に眠ったか確認する
ユ「…………やっと潰れた。まったくもー、強すぎなのよ。流石の私も幼馴染みに薬盛りたくないっつーの……(電話をかける)……あもしもし?私だけどさあ、あんたまーた取りこぼしてんだけど?この辺あんたの担当でしょうが。まったく……あーあーあー謝罪とかいいから。いいから。早く後始末しに来なさいよ。今から住所送るわ。……うん、うん……はい(電話を切り、住所を送る動作)」
ユイはひとつ大きな溜息をついた後、ミツキをベッドに運び、部屋を整え、最後に壁の日めくりカレンダーを2枚めくって月曜にしてから部屋を出る。
暗転
金曜月