扉をあけよう
わたしは、その日、死のうと決意した。学校も、家族もなにもたのしくない。念願かなって合格した大学でも、蓋をあけなければわからないこともある。なんて、おかしな人が多いのだろう。良い教授がいるから、頑張れといってくれた母も、申し訳ないと言う始末。それくらい悪化しているなんて、母は知らなかったのだ。
ある日、ものすごい大雨が降って、大学から家に帰れなくなった日があった。どの電車も地下鉄も、ストップしてしまい、周りのひとたちは、ガヤガヤしていて、もうなにがなんだか、わからなくなって、おもわずわあーっ!とさけんで、警察に保護してもらった。警察官が私の携帯で、親を呼び出し、迎えにきてもらった。そしてその日、私は、ストールで首をしめ、わからなくなった。
自分は、どこにいるのだろう、地獄に落ちたのだろうか。なんだか、蜃気楼のようなものがかんじられた。段々、きりがはれてきた。すると、そこは、まっしろなたてもので、古代ギリシャ時代に登場するような、不思議なたてものであった。
「こんにちは、」
不意に男性のこえがした。後ろを振り向くと、美しい容姿をして、紫色の紋付き羽織り袴をみにつけ、車いすに乗っている男性がいた。よくみると、袴ははいているが、草履は右足しかはいていない。つまり、左足が糖尿病などで、とれてしまったのだろうか、それにしては、若すぎるきがした。糖尿病は、中年になってからなるものだろう。それに、太ってもいない。糖尿病になるものは、太っているが、この男性は、逆に、骨と皮である。
「ようこそ、ナビゲーターの、カスチェイともうします。あなたは、美穂さんですね。職業は、大学生」
「そうですけど、、、。」
「いまからちょっとした、見世物を、みにいきませんか?」
「見世物?中村久子さんみたいな、かわいそうな人を雇うのですか?」
「いえ、そんなひとはいません。むしろ楽しいはず。」
「じゃあ、連れて行ってください。」
私は、こたえた。カスチェイの顔が、あまりに綺麗だったからだ。
私たちは、その建物内をあるいた。やがで、赤、青、緑、紫、四色に塗られた引き戸に面した廊下にきた。
「では、この、4つのへやを赤から順番に通り抜けてください。」
私は、赤色の戸をあけた。
中ではコントがおこなわれていて、ほかにも、客がいた。若者5人のグループで、教師と生徒をそれぞれ演じていたが、その教師役のひとが、せいと四人を物差しでぶったたき、無理やり学校にいかせようとしていた。私が、高校のときにあった被害とおなじ。何度担任教師に、進学を反対されたのだろう。私立大学は、学費がかかるとか、就職できないとか、ありとあらゆる悪点をみつけて、脅かされてきた。このコントは、まあ、一応コントなので、他の客は笑っていたが、私は、笑うことはできなかった。そして、コントは、生徒が教師の言うことを一切きかず、各々の道へすすみ、大学で、非常に苦労する場面になった。しかし、高校時代の苦しみを思い出すと、また、歩き出したい、と、思える、と俳優たちは語った。そこで、幕切れになった。
わたしは、廊下にでた。一さんがまっていた。
「では次に。この青い扉に。」
わたしは、その通りにした。
また、コントがおこなわれていた。今度は、母親と、娘についてのコントであった。母親は試験の点数が、100点だと大喜びをし、九十五点だと、失望していた。娘は、少しふとったなあ、とおもいつき、ダイエットを始めた。ところが、口にするのは、アイスクリームと野菜程度しかない。母親が食べろといえば激怒。さらに、試験勉強に意欲的になった。それも束の間、娘は、棒みたいにやせていき、机にむかったら、倒れてしまうなど、食べないことによる、悪循環となった。しかし、そうなると、母親が娘のことを気にかけて、試験の点数だけでないところをみてくれるようになった。
「ママ。」娘役の女優がいった。
「あたしの、中身をみてくれてありがとう。こうでもしなきゃ、あたしを愛してくれているのか、確認できなかったのよ、」
「ごめんね。」母がいった。
「ママも、あなたの気持ちをちゃんと考えてあげるべきだったわね。ママは、やっぱり、おじいちゃんに、しかられてばっかりいたから、どうしたらいいのか、わからなかったのよ。」
「おじいちゃんは、そんなに厳しかった?たしか、ママとは、繋がりはなかったんでしょう?」
「そうよ、おばあちゃんが働いていた会社の社長さん。おばあちゃんは、ママが5歳のときに再婚して、ママは、おじいちゃんに何回もどなられて、泣いてばかりいたわ。けっきょく、人間って、親の物まねしかできないのよ。ママだけの力では、どうにもならないわ。だから、専門の方を予防と思ってた。あなたが拒食症になって、ママも、自分の間違いがわかったから、もう一度、二人でやり直しましょう。」
母親が娘と、抱き合って、コントは、おわった。
次に緑の扉をあけた。次のコントは、父親と息子のかかわりを風刺したものであった。息子は、勉強が嫌いで、サッカーや、野球に明け暮れた。家の前に空き地があり、息子は、思う存分野球をする事ができた。また、ピッチングがうまかったから、他の友人たちもかれには一目おいていた。友人たちは、第二の星飛雄馬になるだろう、そう予測していた。
しかし、彼が中学生になると、空き地にマンションがたってしまい、野球ができなくなった。彼は、中学生になっても、野球をつづけたいと、父親に懇願したが、父はこういった。
「なにバカなことをいう、お前は野球ではなく、勉強することが、仕事なんだぞ!」
「でも、小学生のときは、野球をさせてくれたじゃないか!」
「それは、小学生までのことだ。中学生になると、それとは、おさらばしなければならないのが世の中の決まりだ。高校を受験して、たくさん資格をとらなければ、この時代は生きられない!お父さんは、中卒だから、会社で、ばかにされている。高校にいき、資格をとれば、優遇されるんだ。そうすれば、必ず良い人生になると、日本の国はきめている。」
「でも、担任の先生は、きみは第二のイチローになれるっていった。僕は野球をやりたいんだよ!野球をやって、みんなに野球を教えていきたいんだ!」
「は!お前は、お人好しだな。その言葉は嘘だ。担任の先生はたんに、お前を受験への自信をつけさせるために、そういったんだよ。野球ができるんだから、勉強もできるだろうとね!」
「僕は勉強なんていいから、野球をやる!」
「いい加減にしろ!」
父親が少年を平手打ちした。
だが、少年は男だった。男は力が強い。体力だけでなく、いろいろな、意味でだ。女とはちがう。
「俺はもう、大人なんて信じてやらねえぞ!」
第一幕はおわった。十分休憩を挟み、芝居は再び開始された。
二幕は、あるアパートの一室。少年は、振り込め詐欺団でいわゆる「だし子」をしていた。友人を妊娠させたなどの台本をつくることもあった。孫や息子になりすますのは、他の団員がやった。ある時、他の団員が、彼の父に電話して、五千万円をふりこませた。不思議なもので、電話をするものは、非常に高学歴であり、英語やドイツ語が堪能だったりする。また、演劇部にいたものもある。そうやって金をだまし取るしか、使用するみちはなかったのであろうか?
年老いた父親は、言われたとおりにした。本物の息子は、だし子として、五千万円を出しに銀行にむかった。息子が銀行にいくと、なんと、父親がいた。ATMの操作を間違えて、正しい金額をふりこめなかった、やりなおしたいんだけど、と、父親は窓口の係員にきいていたのだ。しかし、耳はすでに遠くなっていて、銀行員の言葉がきこえなかった。息子は、涙をながした。
「お父さん、、、。」
息子は、おもわず泣き出してしまった。すると、小さな小さなこえであったのにもかかわらず、父親の耳にはいった!父親は、歳を取りすぎていて、もう怒鳴るのも叩くのもできない。息子は、怒鳴ってもらいたかった。叩いてもらいたかった。父親は、息子を抱きしめた。二人は外国へ逃げよう、と模索したが、詐欺団のリーダーに二人とも、射殺された。そこで幕切れとなった。
わたしは、この寸劇をコントとはおもえなかった。扉を開けるに従って、内容は悲惨なものになる。最期の、紫色のドアには、どんな物語があるのか。わたしは、不安でたまらなかった。
わたしは、ついに最期の扉、紫色の扉をあけた。
再び母親と娘の物語だった。娘は、兄弟もいなかった。母親は、兄弟を作りたかったが、産褥熱が重症であったため、作ることはできなかった。医師は、分娩をするさいに、痛いとさけぶだけで、自分たちの忠告をなにもきかなかったのだから、当然のことだ、と叱っていた。萎縮した母親は、なにもいいかえせなかった。たしかにそうだったから。いくら大丈夫だ、産んでしまえばすぐにわすれられると友人たちにアドバイスはもらったが、彼女にとっては、まるで爆弾を産んだのではないか、と思われるほど苦しいもので、いきむことは、なんとかできたが、他は何一つできなかった。つまり彼女は、精神病だったのだ。中学生時代に発症して長期入院し、その後、家に帰れたものの、娼婦のようになり、娘をもうけたからだった。
母親は、娘を精一杯愛した。本もよく読んであげたし、遊園地にも通った。シンママなので、頼れる父親もいなかった。時々、自分の状態が悪いとき、娘がよってくると、ヒステリックになるときがあった。娘が大きくなるにつれ、それは徐々に増えていった。
勉強のこと、進路のこと、何かにつけて「自分のような不幸になってほしくない」という強いおもいから、そうなってしまうのだ。娘は、その思いを汲み取る能力があり、必死に勉強をした。しかし、すればするほど、クラスメートにはイジメられる。だから友人がなかった。同級生が、憧れの芸能人や、恋愛の話などをしていて、仲間に入りたい、ああいうことをしたい、という思いはあった。しかし、やり方がわからない。母親にきいてもわからなかった。母親もしらなかった。娘は、寂しいとおもうようになり、学校であったつらいことを、こうであってほしい、という願望を加えて、自分で作って行くようになり、母親にはなした。こんなことができる人がいる、こんなおもしろい人がいる、など、片っ端から嘘をならべた。時々、母を騙している自覚はあったが、そうするしか、寂しさを紛らわすことはできない。やめようと思えば、周りにはつらいことばかりで楽しいことなどなにもない。娘は、大学は、合格したが、やはりなにもたのしくなく、ここでも、作和するしかなかった。そして、娘は、罪悪感のあまり、ある日、ビルからとびおりて死んだ。そこで、舞台は終了した。
わたしは、紫色の扉をあけて、また、廊下にでた。カスチェイがまっていた。
「いかがでしたか?四作品みて。」
「とても悲しい舞台でした。」
わたしは、素直にいった。
「じつはね。」カスチェイは、静かにいった。
「舞台の台本は、すべて僕が書きました。あなたのようなひとは、すぐわかるかもしれないけど、赤から紫に色が変わるにつれて、時代が新しくなっていくんですよ。僕はすべてみてきたんです。いま、冥界にいるからこそ、人間の姿をしていますが、僕は日常生活に使われる、道具に化身してずっとみてきたんです。それは、雑巾を縫うときに使うもの、針です。」
「じゃ、あなたは、」
「はい。僕のカスチェイと言う名前は、物語にも、登場します。カシェイとか、コシチェイとなのる時もありますよ。その物語のじだいから、ずっと皆さんの姿をみてきたんです。」
「では、紫色の扉の舞台は、」
「丁度、あなたが生きていた世の中ですよ。主人公は誰だかわかりますね。」
わたしは、痛いほどわかった。カスチェイと言うひとが、死を免れる秘密を知っていて、さらに、針に自身を封印している人物であるというのも知っている。物語では悪人のようだが、もし、何億年も生きていたのであれば、時代がいかに変わってきたのかも、わかるだろう。
「こちらへいらっしゃい。」
カスチェイは、私を案内した。また、長い廊下が続き、急に、明るい光が見えて、白色の扉の前にきた。
「扉をあけなさい。」
カスチェイは、いった。
「あなたはまだ、ここにきて、僕の見せ物を鑑賞するような歳ではない。早くお母様のもとへ帰りなさい。優しいお母様を持ったことを神様に感謝して、ここへくるのは、もう少しあとにしなさい。」
「あ、ありがとうございました!」
わたしは、扉をあけた。カスチェイの手を振っているのが見えなくなると、わたしは、はっとめがさめた。首に巻いたストールは、半分にきれて、全く絞めてはいなかった。
「ごはんよ、」
母がよんでいる。わたしは、すぐにたちあがり、部屋の扉をあけた。
扉をあけよう