青い花に寄せて

概要
音大を舞台に、裕福でプライドが高いつぐみと、まずしいながらも、懸命に努力する輝との対決を描く。

登場人物
つぐみ
今時の学生らしい音大生、成績もよく、美人であると母親に誉められながら、育った。そのため、人間を大切にしていない。
土橋輝
つぐみの同級生で、被差別部落出身。家は貧しく、オンボロのピアノを弾いて生活している。
真智子、加代子、美里 
つぐみの、同級生。



「つぐみちゃんは、優等生で、勉強も運動もできていいわよね。それに、かわいいし、本当、お母さんの欲しかった物を、みんな持っている子供で、お母さん、本当に嬉しいわ。」
母は、よくこのことばをつぐみに口にした。そのために、つぐみは努力しょうとか、全く思わず、ただ答えをしっているだけで、誉めてもらえると言うことを見抜き、ただ、その作業を繰り返して、友達も多くつくり、小学校、中学校、高校も、トップクラスのせいせきで、教師からも、同じ言葉をもらいながら、何も心配することもなく、音楽大学に進むことができた。
入学式のとき、偶然隣に座った青年がいた。袖にほころびがある、市松模様の着物を着たその青年は、まるで江戸時代からタイムスリップしたのではないか、と思われた。丁髷こそ揺っていないが、とても、ピアノをやるような風貌ではなく、箏や三味線の世界に通用するような風貌でもなかった。
「土橋輝くん」と、学園長が呼名をしたので彼が土橋輝という名前であると言うことがわかった。
それから、つぐみの音大生活が始まった。この大学は少子化の影響で、一クラスしかなく、輝とつぐみは、どの科目でも、同じクラスしかなかった。さらに座席が固定制だったので、つぐみと輝は、同じ席に座らなければならなかった。
「まあいいわ。」と、つぐみは、思った。そのうち、土橋輝を、追い越すことができると。
まさにそうだった。輝は、どの授業でも、ほとんど発言しなかったし、小テストを、しても大して良い点数をとることもない。つぐみは、あらかじめ予習して、「答え」がわかっていたから、すぐに答えを言って、いきなり、80点、90点をたたきだした。さらに、彼女は、砂糖菓子のような、ともすれば売春婦のような、甘ったるい顔をしていたから、年老いた老教授にすれば、官能を刺激させられたようなものだから、ついつい彼女に口を、だしてしまうので、あった。
つぐみは、他のクラスメートからも、人気がでた。あるとき、クラスメートのひとりが、彼女をコンサートに誘った。名前を加代子といった。
加代子は、せっかちな性格で、ホールの開場時間にいなければいけない、とおもい、開場時間の一時間前に電車にのり、開場していないうちからまっていた。当然、つぐみは、まだ、いなかった。しかし、開演十五分前になってもこなかった。電話してみたが、話し中であった。開演ちょうどの時間になって、やっとつぐみは、やってきた。
「ごめん、出がけに電話かかってきちゃったのよ。でも、開演には、まにあったんだから、それでいいわよね。」
加代子は、まあ、初めてだから、とおもい、五分遅れて、開場に入った。

その数日後、クラスメートの真智子がつぐみを食事にさそった。
「つぐみさん、今日、食事しない?」
真智子は、きいた。
「ああ、勉強があるけど、、。」
「つぐみさんは、優等生なんだから、サボってもなんてことないじゃない。」と、真智子は、のんびりした口調でいった。つぐみは、ぎろっとしためで、真智子を睨みつけた。少し気の弱い真智子は、
「ごめんなさい、やっぱり、たいへんなのね。つぐみさんが、どんな生活をしているのか、きいてみたかったのよ。頭がいいひとは、どんな暮らしをしているのかなあって。」
と、閉口したが、
「いいわよ。」
と、つぐみはいった。
「どこの店が良い?」
「プロントがいいわ。家にも近いし。」
プロントは、つぐみが毎日食事をしているみせだった。
「パスタ屋さんかあ。あたしもっと良いところしっているわ。そこは、サラダバーもついて、テイクアウトもできるわよ、も、」
「プロントにして!」
言葉を遮ってつぐみは、強くいった。
「ごめんなさい、、、。」
真智子は、しょんぼりしてしまった。
「プロントいきますか。」
二人は授業が終わると、プロントに入った。
「つぐみさん、プロントそんなにすきなの?」
「ええ、大学生だから、なるべく節約して、勉強しないとね。あたし、卒業したら、音大の教授になりたい。そのためには、勉強が必要よ。時間を蓄積することはできないわ。1日一時間一分一秒を、どう使うかが勝敗の分かれ道よ。」
「つぐみさんすごいわ。なんだか、キャリアウーマンみたい。そういう人って憧れる。あたしはそこまで目標はもてない。ただ、音楽が好き、歌うのが好きなだけ。親も、こんなよのなかだから、学歴なんて必要ないって言ってくれたし。」
国は、面積も狭く、首相が、政治のやりとりが上手ではないため、学校制度も、かなり変わっていた。昔はどこの大学に行ったのか、で、判断されることが多く、ある意味カースト制度に近いものがあったが、それは廃止され、全ての子供たちが、大学生になり、大学で、学んだことをアピールして、就職する方針に変わったのだった。
「あたしは、そんなの我慢できない。音大へきたんだから、音楽の教授にならなきゃ!」
「すごいね、つぐみさん、頑張ってね。」と、真智子はいった。

一方、小さなアパートで土橋輝は暮らしていた。友達もおらず、親もいなかった。変わりに10人の子供たちと、若い女の先生がてを繋いで写っている写真が置いてあった。
明かりは小さな蛍光灯のみで、彼はピアノをひいていた。
静かに、悲しみを語っているような、音だった。

大学も、前記がおわり、夏休みがきた。つぐみは、夏休みの宿題を、さっさと片づけて、あとは、遊びにふけった。
「ねえ、真智子」と、つぐみは電話をかけた。
「どこか遊びにいかない?」
「遠慮しとくわ。」と真智子は、のんびりとこたえた。
「なんでよ、夏休みじゃない。」
「あたしは、人ごみとかだめなのよ。つぐみみたいに要領よくやれないし。つぐみ、宿題たまってない?」
「とっくにおわったわよ。」
「いいわね、頭がよくて、あたしはちっとも進まないわ。まあ、こんなことしてはいられない。宿題しなくちゃ。」
と、真智子は、電話を切った。
つぐみにとって、宿題とは答えを移すだけのもの。それさえやれば優等生になれる。その程度しかなかった。
新学期がはじまった。
また、つぐみたちは、大学に、通いはじめた。しかし、彼女におはようと声をかけてくれるひとは、激減した。真智子も、加代子も、つぐみがお早うといわなければ、挨拶をかえしてくれなくなった。
授業でも、つぐみを誉める教授は、いなくなって、しまった。前学期は、模範演奏なども、つぐみが担当していたがら、ほとんど起用されなかった。変わりに、よく起用されるのは、あの、土橋輝だった。でも、土橋はミスをよくした。だから、自分の方がうまいだろう。と、つぐみはおもった。
「土橋君は、間違いはあるけど、音はきれいね。」
と、ある教授がいった。土橋は、常に微笑むような、不思議な美しさのある男だった。それが、つぐみにはいやだった。美しい顔とは言えないとおもっていた。
ある日、ピアノの練習室でを練習し、家に帰ろうとすると、聞いたことのない、美しい音で、「革命のetude」を練習しているのがきこえた。弾いているのは、誰だろう、とおもい、音の方へ行って、部屋のまどから、覗いてみた。すると、弾いているのは、土橋であった!
何ということだろう、革命のetudeなど、弾けるような力は無いはずなのに、どうしてこんなにもうまくなったのか!つぐみは、腸が煮えくり返りそうになった。目は、嫉妬の炎で燃えていた。
「自分の立場をわからせてやる!」
と、彼女は、拳をつよくにぎりしめた。



後期試験の日だった。まず、一般科目の、英語などの試験が行われた。つぐみは、土橋輝の机の下に、カンニングペーパーをおいた。試験がはじまると、つぐみは、わざと消しゴムを落とした。
「あら、これは、なにかしら。」
と教授がいった。
「土橋ではないですか?」
と、つぐみは、強くいった。
「いいえ、違います。これは、土橋君ではありません。その証拠に筆跡がちがいます。試験をつづけましょう。」
教授は、平気なかおをしていた。こういうことは、何回もおきているのだから。と言うことをつぐみは、しらなかったのだ。
そこで、つぐみは、どんな風に彼をいじめてやろうか、と考えるようになった。
まず、彼の住場をさがしてみることにして、下校する彼のあとをつけてみた。かれは、電車賃を払う余裕がなく、徒歩でかようしかなかった。はじめは、都会の中を30分ほどあるいた。そうして少しずつ田んぼばかりの道にかわり、さらに深い森に入った。つぐみが、疲れきって、もう歩けないと思ったとき、急に開けた土地にでた。そこは、小さな小さな村だった。その中でいちばん小さな家に、かれは、入った。そして、ひどく調弦が狂ったピアノの音が聞こえてきた。この音をきいて、彼女は、また気分がわるくなった。昔、彼女の祖父が家の近所に革の鞄を作る部落があった、と語った事があった。いわゆる、「かわた部落」というものだった。そして、この集落も、やたらと革の臭いがする。彼女は、土橋輝を潰すきっかけができたと確信した。
土橋輝は、オンボロのピアノでいつまでもひいていた。
つぐみは、「死牛馬所有権」という単語を知っていた。それは、農民や町人より、低い身分であることも、しっていた。土橋輝は、そのしそん。心の中で高笑いしながら、つぐみは、もときた道を帰っていった。
次の日。
つぐみは、いつも通り、真智子と加代子と登校した。
「ねえ真智子。」と、つぐみは、授業中、こっそりメールした。
「土橋輝君のこと、すきなの?」
「まあ、嫌いではないけど、、、。」
「やめときなさいよ、あなたにとって、よくないわよ。あの人は人種がちがうのよ。」
「そ、そう、、。」と真智子は、送ろうとしたが、誤って別の女子生徒である、渋谷美里に送ってしまった。渋谷は、このクラスのボス的な存在で、彼女が何かいうと、重大なことのようにかんじられた。何より、渋谷は、恵まれた家庭に育っていたから、人の不幸 をネタにするのが、大好きだった。
その渋谷が、メールを受け取ったことにより、次々にメールはおくられて、土橋輝が部落の生まれで、いまもそこにすんでいる、という情報は、クラス全員に知れ渡ってしまい、土橋輝は、机に落書きをされたり、鞄を女子トイレに隠し、取りにいかせ、その模様をスマートフォンで中継されたり、あるいは、通学用のくつを燃やされたり、、、。様々ないじめをうけた。
あるとき、大学の学園長が、緊急のしらせがあり、教室にやってきた。
「えー、諸君。」と、学園長は、いった。
「なぜ土橋君をいじめるのかね。そもそも、発生させたのは、だれなんだ!」
「真智子です。」
と、つぐみは、はっきりといった。
「真智子、おまえがやったのか?」
真智子は、答えない。というより、気が弱いから、学園長の話し方が怖い、と感じてしまうのだった。
「返事がない、ということは、お前がやったと言うことだな!よし、お前に退学を申し付ける。」
他のクラスメールは、笑ったり、囁いたりした。
「あの子、弱いもんね。」
「ほんと、おっとりしてるけど、実は腹黒いのかもよ。私に、メールしてきたんだし。」と、美里がいった。
「ま、不純物がいなくなってよかったわ。そのうち土橋も、退学になるわよ。」
と、つぐみは、ひそひそといった。
次に土橋を潰すつもりのため、彼女は、様々なコンクールにでて、本戦にのこり、賞を獲得した。日本の音楽では、最高位のコンクールにも出場した。この様子はテレビでも、中継された。つぐみは、ブラームスの大曲、「ピアノ協奏曲第一番」を弾いた。結果は一位をほかの学生にとられてしまったが、二位に入り、彼女自身は、悔しがったが、他のものは、絶賛した、彼女は、報道陣のインタビューでこうかたった。
「今まで生きて来た中で一番しあわせです!両親と、教授に感謝します!」

つぐみは、コンクール入賞したのち、四年生になった。卒業に必要な単位はみんなとってしまったので、あとは、ピアノの個人レッスンのみとなった。そんなある日。
彼女が、自宅で、まどろんでいたとき、電話がかかってきた。
「もしもし?」と、電話をとると、
「つぐみさんですよね。」
聞き覚えの、ある声。
「覚えていませんか?あなたに落とされた、私ですよ。皮肉なものね。もうわすれているの?」
電話の向こうでは、真智子が電話をかけ、周りに美里や、加代子もいた。
「誰よ、名前をいいなさいよ!」
「つぐみ、あたしよ、加代子。」
今度は、別の人物だった。
「あなた、時間にだらしなくて、コンサートに30分遅刻しても平気だったし、六時までに来てと言われれば、六時ぴったりにきて。よくそれでやれたわね。怒る人もいなかったんでしょ。あんたは美人でわがままで、人のことをなにも大切にしない、暴君にすぎないわ!何がコンクール入賞よ、あんたの音楽、ドイツ人の教授がいっていたけれど、ただの、モノマネにすぎないんですってよ!」
美里が電話をとった。
「あなた、土橋君のこと、好きなの?かれは、卒業したら日本を離れる積もりらしいわよ。なにしろ、日本は、狭いし、あんたのお陰で被差別部落民であったことがばれちゃって、他の人からいじめられるようになって、刺青までいれたのよ。これ以上日本には居れないから、ドイツへいって、音楽を学ぶんですって。」
もう一度、真智子にかわった。
「あなた、コンクール入賞はしたけど、学校で一番になったことは、いちどもないわよね。土橋君、大学の優秀奨学金をもらうんですって。いまのところ、応募したのは彼しかいないから、自動的に、かれがもらうことになるでしょうけど、まあ、あなたは、金持ちだからいらないわよね。せいぜい、音大生最後の日を満喫してくださいな。」
と、真智子は、電話を切った。真智子の家では、真智子、加代子、美里、三人が呵々大笑していた。
つぐみは、怒りで顔が真っ赤になっていた。同時に疑問もわいた。自分は小さいときから、優秀で、美人で、本当に、よくできた子どもだったはずだ。
しかし、大学へいってみたら、自分のことを、優秀といってくれる人は、だれもいないし、美人といわれたこともない。なぜ、、、?
つぐみは、テレビの前に寝ころんでいる母親に、きいてみた。
「お母さん、私は小さいときから優秀で、よくできた子どもといわれていたわよね、それなのに、大学はうまく行かないの。お母さんは成績が、よければ、世の中渡り歩けるってよくいっていたわよね。あたし、頑張っていい成績とったけど、幸せとかんじられないの、なぜなの!」
「あんた、まだそんなこと、いうの?」
母親はあきれたようなかおをした。
「いくらいい成績とっても、わからない事っていっぱいあるわよ。成績は、必要な時は確かにあるけど、それがすべてじゃないわよ。成績は、神様ではないのよ。あんた、もう音大生卒業するんだから、それくらいわかっていたとおもってたわ。文字通りに考えないで、その裏を感じなくちゃ。」
裏切ったとおもった。大人というものは、すぐこうやって言い訳をするのか、身勝手すぎる。自分に、可愛い、優秀、よくできた子どもと、いっておきながら、大学というところにいくと、まるで百八十度変わってしまったようだ。
「あたしは優秀だ、美人だ、周りで行う人がわるい。」
つぐみは、何回もいいきかせた。
そう、周りの人が、周りの人が、周りの人がわるい。
「殺してやる!」と、つぐみは、念じた。




つぐみは、奨学金の申請をした。これにより、奨学金贈呈試験が、行われることになった。この試験は他の学生にも、公開される。なぜなら、一番優秀なもの同士が戦うのだから、他の学生も、向学心を持って欲しい、という狙いがあるからだ。
試験は、一時間のプログラムを組んだリサイタル形式で行われる。つぐみは、急いでオーダーした、青色の派手なドレスを身にまとった。衣装も、音楽に近づく第一歩だ。衣装をきれば、別世界。だからなるべく派手な方がいい。とおもい、土橋輝を見ると、袖に綻びがある、黒の紋付き羽織り袴を着ている。バカな奴だ。と、つぐみは、おもった。やっぱり、被差別部落民である。衣装さえも買えないんだから。と、彼女は、土橋の方に目をやると、綻んだ彼の着物の袖から、金色の眼が、彼女を、にらみつけた。土橋の左手に彫られた龍だった。首回りは、ネックレスかと思ったが、すべて根性焼きであった。
「今日は、よろしく。」つぐみは素っ気なくいった。
「ええ、まあ、僕はきっと、取れないでしょうけどね。つぐみさんの方が、演奏技術はあるでしょうから。」
「今日は、何を弾くの?」
「ベートーベンの、ハンマーグラビーア。」
あんな大曲、、、でも、土橋は手も小さいので、途中で間違えるだろう。
「あたしはね、ショパンの、ソナタ第二番を。」
「そうですか。」と、土橋は力が抜けたようにいった。
奨学金は、もらった!と、つぐみは、思った。
試験が、始まった。つぐみが先行だった。何回も、徹夜して完成させたソナタを力いっぱいひいた。
「汚い音ね。」客席で真智子がつぶやいた。
「本当だわ。アマチュアよりひどいわ。」と、加代子がいうと、
「まあ、あのひとは、あれだけしか力がないってことよ。選曲も間違えているわ。ショパンなんか、あの人には、合わないわよ。それより、パンクをやった方がいいんじゃないかしらね、音が、トンカチでぶったたいてるみたい。ショパンは、そうやって、ひくもんじゃないわ。演奏技術はあるのかもしれないけど。」
と、分析する事が大好きな美里がいった。
つぐみは、ノーミスでショパンのソナタ第二番を弾き終えた。拍手が飛んだ。彼女は、楽屋でたいきしていた。
次に、土橋輝の、ハンマーグラビーアであった。かれは、舞台にでて、ピアノをひきはじめた。聴衆は、どよめいた。審査員たちも、驚きをかくせない。それほど美しい音色であった。
第一楽章、二楽章とすすみ、三楽章にはいると、審査員のひとりが、
「素晴らしい。」といった。ゆっくりしたテンポのなか、人生を回顧するようなこの三楽章を、二十二歳の青年がどう弾くのか、審査員たちは、疑問に思っていた節があった。しかし、彼の演奏を聞いて、審査員たちは、こういった。
「あの青年が、まだ青二才であるはずの年齢で、ベートーベンの偉大な曲を、こんなにも美しく弾きこなしてしまうのは、彼が、かわたであったからであり、非常に苦労してきたからであろう。今の学生は苦労を知らないで、音楽を、やってしまうから、モノマネみたいになってしまうけど、かわたであったかれは、きちんと自分を持っているのだ。」
「奨学金は、彼のものだ。音楽大学の歴史に、新しいページをめくったな。」
つぐみは、楽屋で流れてくる、土橋輝の演奏をききながら、自分の力のなさを、初めて知った。正しいとおもったことは、間違いだったのだ。成績がいい、優等生、美人、それらは飾りものにすぎない。それよりも、もっと、必要なものがある。
つぐみの顔に涙が浮かんだ、ああ、人生は、失敗だ、、、。と思って彼女は、わからなくなった。

つぐみは、目をさました。そこは、病院。自分はなぜ、まだ、生きていたのだろうか。もう人生は、いらないとおもったのに。
「つぐみさん、」
「真智子!」
目の前に真智子、加代子、美里がいた。
「過労性の脳貧血ですって。目をさませば、もう、大丈夫と。」
「み、みんな、、、。ごめんね、ごめんなさい、、、、ごめんなさい、ごめんなさい。」
つぐみは、皆に、土下座しそうな気持ちで謝った。
「もういいのよ、そんなこと、だって、ともだちじゃない。それより、あなたのフィランセ、今日、ドイツに向かうんですって。」 
美里がちょっと、意地悪くいった。
「いえ、あんなやつ、」
「いいえ、顔にでてるわよ。あんたが土橋輝のこと、好きだって。真智子がタクシーよんでおいたから、成田まで行って、フィランセに、謝ってきな。」
つぐみは、はっと我にかえり、病院をとびだした。玄関に、緑のタクシーが待っていた。行き先を成田空港と告げると、タクシーは、猛スピードで走り出した。
成田空港では、大島紬を身にまとった青年が、ドイツのベルリン行きの便の、搭乗手続きをしていた。すると、ベルリン行きは、天候がわるいため、当分飛びそうにない、と、アナウンスがながれた。青年は、軽くため息をついて、近くのベンチに、すわった。
つぐみは、成田空港にとびこんだ。看板の指示の通りに、走りだした。マラソンより、ずっとくるしかった。
そして、ベルリン行きの便の、搭乗口をみつけた。
大島紬を身にまとった青年は、本を読んでいたが、ふっと、てを止めた。誰かが自分の名を呼んでいる。その声はどんどん大きくなり、やがて泣き声にかわり、とうとうつぐみが、目の前にあらわれた。
「土橋君!」
と、つぐみは、激しい呼吸を、しながら
「ごめんなさあああっい!」
と、土橋のあしにかじりついた。
「そんなこと、もう、いいんですよ、
ありがとう。」
土橋は、静かにいった。
「ありがとう、、、。」
つぐみは、オウム返しに答えた。すると、ベルリン行きが発射可能になったという、アナウンスがながれた。
「では、また、いずれ。」
土橋は、搭乗口に、行ってしまった。
つぐみは、いつまでも、そこに立っていた。
空港の外に、青いばらが、植えられていた。風が吹いて、花弁が飛んでいった。

青い花に寄せて

青い花に寄せて

音楽大学を舞台に、金持ちの家に生まれたつぐみと、部落出身の貧しい男輝との対立を描く。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-26

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