弱った心に降り立つ悪魔
恨みを抱えた人の前に悪魔がやってきて、
その復讐を遂げるお話です。
性表現や少し生々しい部分があるのでお気を付け下さい。
ご感想いただければ幸いです。
女優になれなかった女
「あたしには彼しかいなかったの。」
薬物中毒の末期の女が言った。
彼女の名前は あやは。女優を目指していたもともとは美しい女性だった。
今の彼女は、覚せい剤の使用のせいで、頬がこけ、やせて骨のよう。
歩くガイコツでしかなかった。
芸能事務所の、社長は、若くて美しいあやはを気に入った。
かれは、口からいろいろなでまかせを語り、あやはを自分の女にした。
彼についていけば売り出してもらえる。
あやははそう信じて、社長に体を許した。
そして、彼女は覚せい剤づけにされた。社長のいいように使われ、もてあそばれ、愛されていないのに、都合のいい時にだけ呼び出される生活。あやはは、心も、体も徐々に蝕まれていった。
やつれていくあやはに、もはや価値を見出さなくなった社長は他の女優志望の女に切り替え、あやはを捨てた。
あやははどんぞこにまで突き落とされた。
そんなあやはの寿命は、もってあと半年。
ガリガリの骸骨状態で、生きているのも不思議なほどであった。
彼女の前に、ある日、悪魔が現れた。
悪魔は意外といい男。すらっとしていてスーツで決めた、20代の美青年だった。
彼は氷のように冷たい目で言った。
「あなたはもう、長くありません。あなたの魂をくれると言うなら、死ぬ前に願いをかなえましょう。」
あやはは、自分と社長の関係を話した。
「あたしには、彼しかいなかった。」
悪魔は言った。
「では、その男を今も愛しているのですか?」
「いいえ。あんな男は、死ねばいいわ、私をこんなにぼろぼろにしたのは彼なのよ。それなのに、私はむかし彼を愛してしまっていた。そのことが許せない。」
悪魔は興味を示した。
「なるほど。だまされて愛した男に利用され、うらぎられ捨てられた、というわけですね。これはおもしろい。とてもたのしい。たまりません」
悪魔はあやはを抱き寄せた。
「どうですか。その社長に、最高の復讐をしませんか。あなたの感じた痛みの何倍もの苦痛をかれにも味あわせたいと思いませんか。」
骸骨のような女は抱き寄せられ、悪魔の提案をきいて、頬に赤みをともした。
「したい、復讐したいわ。そんなこと、できるの?」
「できますとも」
悪魔は優しく優しくほほえんだ。いとしい女性を愛するのと同じように、悪魔は人間の復讐を愛しているのだ。みにくい心が大好きなのだ。
「わたしは何でもできます。ただし、あなたの魂にとりつきますので、あなた自身も、悲惨な死に方になりますよ?それでもよろしいですか。」
あやははいった。
「かまわない。今よりも苦しむ事なんてありえないもの。私はこのあと、どうせあと半年苦しんでしぬだけよ。復讐をてつだってほしいわ。」
「了解しました。」
悪魔はあやはに呪文を放った。次の瞬間、あはやは、むかしの若くてきれいだったころの綾羽に戻っていた。
可愛い顔に、可愛い目。美しい長い髪、スタイルのいいからだ。
女優を目指していたころの綾羽だった。
綾羽は驚いた。悪魔は言った。「これから、私の言うとおりに動いてくれますね?」
悪魔はあやはを社長のもとに連れて行った。
昔の美しさを取り戻したあやはをみて、社長は心の底から驚き、言葉も出ないほどだった。あやはは彼に優しく接した。
「いい人と出会って、私、またこんなにきれいになれたの」
悪魔は社長の周りの人間を操った。特に男たちは、1人残らずあやはを好きになった。女たちも、あやはの性格のよさをほめたたえるようになった。
あやはは、今やその芸能事務所でトップの女優という扱いを受けるようになった。CM契約や、ドラマの契約オファーが、一か月のうちに山ほど殺到し始めた。
世間の評判に弱い社長は、あやはを捨てた事を悔やむようになった。
「あやは、俺達またやりなおさないか」
社長は、口のうまさと調子の良さと、それから強引さをもってあやはを口説き始めた。綾羽は社長をもてあそんだ。よりを戻すように見せかけて、実は指一本触れさせない。近寄れば逃げ、離れれば少し餌をまく。小悪魔のお手本のような恋の駆け引きを持ちかけた。徐々に、社長は、本気であやはを手に入れたいと思い始めた。彼は、綾羽に夢中だった。そしていつしか、彼女を心からあいするようになっていた。
あやははこの瞬間を待っていた。
社長の心が、自分に完全に依存している、そう感じた瞬間に、あやはは社長をホテルへさそった。社長は狂喜し、ホイホイついてきた。
ホテルで彼を裸にし、綾羽はありとあらゆる屈辱的なポーズをとらせた、社長はそれでも断らなかった。その様子を、綾羽はひそかにビデオに撮った。綾羽は彼を散々バカにしたが、それでも社長は彼女のいいなりとなった。
自分の色気で彼をさそい、期待させ、興奮させ、たまらないほどに我慢させた。社長はもはや、性欲の奴隷のような状態であった。綾羽は決して最後の行為をさせなかった。
とうとう、社長はしびれをきらした。
「あやは、おねがいだよ。したいんだ。」
綾羽は冷たく笑った。「あなたなんて、ごみくず以下のウジ虫だわ。」
その時悪魔が現れた。社長は驚き、のけぞった。
「だれだ、おまえは」
悪魔はいった。
「あなたの命をいただきます。ただし、じわじわ殺します。」
悪魔はそういって、社長の背中を鋭く長い剣で突き刺した。
肺をさされると、人間は呼吸困難に陥り激しい痛みと苦痛を感じるが、それだけでは死にはしない。肺に穴が開くのは、人間にとって最も苦しい死に方のひとつなのだ。
「せいぜいあえぎなさい。」
悪魔はあやはを連れ去った。ホテルに残された社長は、みうごきすることもできずに、ただひたすら苦しみ続けていた。
次の日になって、救急車で病院へ運ばれた社長は、一命を取り留めた。
重い障害が残りこれからの人生に、それを抱えて生きていくことになったのだ。
芸能事務所には、綾羽のとった、社長の羞恥の姿の映像ビデオが、スタッフ全員にみえるようにながされた。
誰かが消そうとしても、そのビデオは決して消えることなく、ただひたすら社長の変態的な性癖の映像が流された。
社長の評判は地に落ちた。彼をかばうものは一人としていなくなった。
「どうでしたか。すっきりしましたか?」
悪魔は綾羽にお伺いを立てた。
「さいこうだったわ。」綾羽はいった。
「これで、思い残すことはもうないの。」
「それでは」悪魔は言った。「魂をいただきましょうか。」
どうぞ、と綾羽はいった。目をつむり、これから押し寄せる苦痛に耐えるように唇をかんだ。
悪魔は綾羽にかけた魔法を解いた。
彼女はもとの、薬物中毒の末期の姿に戻った。
悪魔は彼女に火を放った。地獄の火、魂を焼き尽くす永遠の火だった。
綾羽は恐ろしい幻覚を見た。気が狂うほどの苦しみが押し寄せた。
体が燃える痛みに、彼女は絶叫した。
そして、わずか10秒で息絶え、静かに灰となった。
悪魔は、灰になった彼女を見てさもおかしげににっこり笑っていた。
「10秒の苦しみで済むのですから、お得な契約だと思いますね。」
そうつぶやくと、彼は、次の獲物を探すために、闇のかなたへと飛び去って行った。
弱った心に降り立つ悪魔