ENDLESS MYTH第2話-2
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揺れが縦揺れへと変じ、天井に埋め込まれた照明器具が明滅を始めた。慌てドアを開き逃げ道を確保したジェフ。チーフの身柄を安否は、この時、完全に飛んでいた。
揺れはおさまる気配もなく、床にしがみつくように彼は身体を這わせた。自らの生命の危機を感じたその時、はめ込まれた窓ガラスの端から真っ直ぐに、地球へ向け炎の塊が刃を突き立てるように、蒼い地表へ走り抜けていった。
それと同時に身体を浮き上がらせる揺れは収束をみるのだった。
安全性が確保されたかも解らないまま、窓際へ跳ね起きて駆け寄り心臓が本当に停止した。彼の、全人類の故郷たる太陽系第3惑星地球。その美しき大地と大海をえぐるように、隕石がゆっくりと、美麗を砕きながら落下していたのだ。
それだけの光景が目視だけでも複数の場所で同時に発生していた。
出る言葉はあるはずもなく、思考は真っ黒に遮断した。
思考以外にも、室内の照明設備が漆黒となり、地球を喰らう複数の生物のような隕石群が引き起こす、閃光が唯一の光源となり、室内を赤く照らすのだ。
「ここの照明は供給式だ。電気の供給が途切れたってことか」
主任が投げ出された身体を持ち上げ、黒い天井に視線を上げた。
先輩は!
妙なものであれだけ嫌悪感を胸から噴射していたはずのアーガスは、脚を反転させて駆け出した。嫌悪感を抱きつつも、命を、知っている人を助けなければという気持ちだけが、か若者の身体を後押ししていた。
暗がりの中、かけ出ていったアーガスはしかし、視界をまったく奪われてしまって、状況が分からない。興奮と、状況の訝しさに震える手をポケットに突っ込み、スマホを抜き取ると、ライト機能を入れて周囲を照らした。
光源の光量が高くとも、販売フロアが広いせいもあって、光は闇に埋もれてしまった。
これじゃあお先真っ暗だな。冗談めいて身中で呟いた時、脚がなにかにつまずき、前のめりに倒れ込んだ。
床のタイルが頬にぶつかった刹那、ヌルっと生暖かい液体が顔にへばりついた。それが何かを彼はすぐに解釈した。最悪の事態を想像すると、容易に理解できた。
それに倒れたことで転がったスマホのライトが照らす先に、倒れている人体の爪先が見えた。
鮮血。流れるそれを払うように飛び跳ねたアーガスは、スマホを取り上げると、足下の、消して想像したくない代物を闇に浮かび上がらせた。
「先輩」
感情はない。ただ頭が真っ白になってしまい、反射的に口から彼はこぼした。
どうしたんですか! と飛びつくように突っ伏す先輩の背中に手を当てた。が、背部の黒いベストは濡れていた。血液なのは、調べずとも突きつけられた。
ライトで先輩の頭部を照らすと、青白い顔と半開きの白い眼球が死の臭いを彼の鼻孔へ届けた。
どうして、と横にライトを振るとひしゃげた鉄板が血に染まっている。
続けざまに天井を照らすと、天井に張り巡らされた鉄板の一部が落下して、先輩の脳天を割り、脳髄を吹き出していたのである。
顔の筋肉が瞬間的に引きつり、喉を通るものを唇で抑える事はできず、胃液を嘔吐した。
不仲ではあるが見知った身近な人物の惨たらしい死に様は、若者のキャパシティーを大きく超えるもの。反射的に彼は事務所へ身体を反転するのだった。
暗がりを転がるように事務所の中になだれ込むと、主任めがけ声量をぶつけた。
「背、先輩が、先輩が」
言語にならない唸りのような声は闇を引き裂く。が、主任の声は返っては来なかった。
強い酸性と糞尿のような異臭が室内を覆っているのに、思わず鼻を腕で覆い、臭気を体内から拒絶しようと試みるも、臭いか瞬間的に彼のこめかみを針で指し、脳を酸欠にさせた。
重心が定まらない中を壁に手をついて支えた。が、壁紙の細かい突起と掌の間になにか違和感が入った。
ライトで壁を光らせる。すると壁紙があるはずの壁面に、脈動するように波打つ有機的組織で構成された、肉片の塊のようなものが、床から天井へ蔦の植物かと思える勢いでびっしりと生えていた。
僅か1分もしないうちの変化に、アーガスが訝しく首を傾げていると、背後で主任のデスクがひっくり返る物音がすて、飛び上がると思わず肉片の壁に背をつけておののいた。
瞬く間に背中に液体がしみこむ、気味の悪い感覚を覚え、背中と肉腫の間に隙間を作るも、粘度の強い粘膜質が衣服に糸を引いた。
頭を後ろにもたげ、気色悪い、と思うのもつかの間、前のデスクをはねのけたそれが声を荒げた。まるで舟の汽笛のように低く、それでいて神経を爪で引っ掻く不快さがある獣の如き声だ。
慌てスマホを音源に向ける。
するとそれは光に極度の反応を示したのだろう、彼の前に立ち上がった。
曲線で描かれたヌラヌラとぬめる胴体から幾本もの、大腸のような触手が這い回り、頭部らしき部分は膨れあがった肉の塊のようで、そこから下方へ押し広げられた、開口する口からは腐敗臭が狭い事務所全体に広がった。
臭気と狂気の姿に腰を脱がしそうになった彼だったが、足下に転がる主任らしき、人の形をとどめていない肉片を見た刹那、異形のそれの横を通り抜け、彼は自分でも驚くほどに高速に室内から這い出ていった。
「死に負けてたまるか!」
と、自然と彼は声を張り上げ、闇の泥へと走り抜けていった。
ENDLESS MYTH第2話ー3へ続く。
ENDLESS MYTH第2話-2