真澄のアオ
1人放浪し始めたのはいつだったかもう覚えていなくて、ただ目的のためにひたすら放浪してた。
もともと1人が好きで人と関わるのが苦手だった。そんなに友達も多い方じゃなくて、自分の小さな世界ではあるけれど、それを大切にしていけたらいいなって漠然に考えてた。でも、私の最大の理解者だった親友は、最悪の敵だった。殺さなければいけない相手だった。
私を呪い、殺しにかかってくる姿は、覚悟と決意と憎悪と……そして傷ついた姿のように見えた。そんな彼女との死闘を繰り広げているから、一つの場所へは留まれず、独りになっていくのが当たり前になっていった。
そんな日々が続いていた、たまたま平穏だった1日に彼は現れた。というより出逢った。
暖かな陽気にあてられてぼけっとしていると、元気のいいおじさんの声が耳にはいった。
「そこのおねぇーちゃん!果物かっていかねーかい!?」
ゆるりと振り返ると、おじさんはにかっと笑ってリンゴをひとつ差し出してきた。それを何気なく受け取って、がふっと一口食べたところでお金を渡した。まいどありぃ!とまた元気のいい声が聞こえて、私は現実に引き戻された。
………そういえば市場に来ていたんだった。それよりも此処には長居しすぎた。早く別のところへ移動しないと。
少しの焦りと危機感を感じて、リンゴを食べながら私はまた宛ての無い旅に身を委ねようとしていた。
ぐるぎゅるるるるるるる………と市場を通り抜けようとしていた私の耳に豪快なお腹の音が聞こえた。思わず立ち止まって音が聞こえた方をみると、困った顔でお財布を握っているお兄さんがいた。
………お金に困ってるんだろうか?となんとなく状況を察すると、彼に近寄り声をかけた。
さすがにお腹が鳴っている彼を見捨てていけるほど、出来た人間でもない。声に反応して振り返った彼は、とても優しそうな人だった。
「どれが欲しいの?」
「え?あ、そっちの、………って、え!?」
驚いている彼は無視して、店主に声をかけて、彼が欲しかったものを買う。
「はい。これで足りる?」
あわあわさせてる彼にぐいっと買ったものを押し付けて、また歩き出そうとした。
「え!?ちょ、これ!」
突然のことで驚いているのか上手く言葉が繋げていない彼に私はあっさり返した。
「いいよ。それくらい。お腹減ってるよりいい。」
そういうと彼は顔を真っ赤にしたまま硬直した。なんだか、その顔が可笑しくって久しぶりに笑ってしまった。
じゃぁ。と2度と会うことのないであろう彼に手を振って私は市場をすり抜けていった。
市場をでて、裏道を使い、街の関所を抜けようとしたところで、周りを囲まれる。
………もうこんなところまでっ、!
予想したよりも早く彼女は私の足取りを掴んでいたらしい。だから、一つの場所には長居をしたくない。関係のない人たちまで巻き込むわけにはいかないのだ。半ば無理矢理に敵を蹴散らして人気のないところを探しながら敵を誘い込む。この状況では、関所を抜ける前に目の前の輩を倒すしか選択肢はなさそうだ。
裏道が続く複雑な街の住宅街は、どこに行っても閑散としていた。
これ以上動くと迷うか……。
そう考えると、立ち止まり、何十もいる男たちの方を振り返る。
好機とばかりに襲いかかってくる男たちを軽くいなしながら、確実に急所を叩く。女と男では体格も体力も男には勝てない。一発で仕留めなければ、逃げられない。一体どれくらい地に叩き伏せたか分からない頃に、背中に鋭い痛みと熱を感じた。
「………っ、!」
がくりと体が折れて地に膝がつく。背中には、弓矢が刺さっていた。その矢を掴むと強引に引き抜き、上を見上げる。そこには、かつての親友、そして最大の敵が不敵に笑っていた。
「ふふ、元気にしてた?愛姫(あき)」
………ああ、やっぱり泣いているよ。
痛みと熱で上手く働かない頭で彼女をみて思う。前を見るとまだ敵も多い。さすがに、彼女の矢を受けて、目の前の男たちを倒せはしない。かといって、ここから逃げ出せるかというと無理だろう。
そろそろ鬼ごっこも終わりかな………なんて思っていたら、後方から男たちのうめき声が聞こえた。不思議に思って、振り返ると、そこには荒い息を繰り返しながら、こちらへ向かってくる青年の姿があった。
「………貴方……、さっきの、」
見覚えがあった。
「ご飯のお礼、ちゃんと言えなかったから、探してた。」
そう言って笑う彼は、さっき、お腹を空かせて困っていたお兄さんだった。驚いて声が上手く出ずに黙っていると、彼は私の前に出て、構える。
「え!?ちょ、なにを、!」
「ご飯のお礼。本当にお腹空いてて困ってたんだ。だから、その分きっちり返すよ。」
それだけ言うと、こちらには有無言わせず、敵の中に入っていくと、物凄い勢いで敵を倒していく。その細い体格からは想像も出来ないほどの力で圧倒していく。あまりの強さに呆然とするしかなくて、思わず呟いた。
「綺麗………。」
光を浴びて輝く青色の髪と敵を倒す姿、殺気を帯びた瞳は、美しく力強かった。
ものの数分で倒し終わると、上にいた彼女に声をかける。
「君もする?」
私の親友は、顔を歪ませると何も言わずに去っていく。それを見届けると、彼は全身の力を抜いて、こちらへ向かってくる。私の目の前に立つと、ひょいっと私を抱きかかえて歩き始める。
「ま、まって、!どこに、!」
「ケガしてるから病院いこう?」
病院?と繰り返すと、寝ていいよと言葉が返ってきた。普段なら絶対寝ないだろうけど、彼の強さをみて安心したのか、私は気づいたら眠りへと誘われていた。
次に目を開けた時は、ベッドの上だった。
どこだろう?と辺りを見渡して、ベッドから降りる。少し肩が痛むが、旅が出来ないほどではない。そういえば………と彼に抱きかかえられたまま、寝てしまっていたことを思い出し、ここは病院?と首を傾げる。どう見たって、病院というよりは、ただの家だ。窓から外を見れば、鬱蒼と茂った森が広がっていた。全然どこなのか分からない。
ガチャッと音がして、部屋のドアが開く。そして、彼はこちらを見ると、少し驚いた後ふわりと笑った。
「よかった。目が覚めたんだ。」
私は頭を下げてお礼を述べる。彼は笑ったまま、ポンポンと頭を撫でてきた。
「気にしないで。君が無事でよかった。」
少し恥ずかしくなったが、それは言わずにそのまま外へ出ようとすると止められた。
「どこにいくの?傷はまだ治ってないよ?」
「これくらいなら、旅に支障はない。助けてくれてありがとう。でも、これ以上はご飯のお礼にしては多いから。」
曖昧に笑うと、彼は戸惑いの表情のまま問いかけてきた。
「昨日のことは、いつもなの?」
「もういつからしてるのかも分からないくらい、いつものこと。」
「あの子は、」
「私の友達だった子。私は今でも友達だと思ってるから助けたい。でも、時間がなくて、あんまり、だから、早く決着つけたいんだ。それに、あんな感じだから、一つのところに長居できなくて。」
何を喋っているのだろう?助けてもらったとしても会って間もない男に、自分の事情など語っても仕方ないというのに。それでも何故か言葉は止まってくれなかった。
「だから、貴方に助けてもらったの嬉しかったけど、もう行かなくちゃ。ありがとう。会うことはないと思うけれど、貴方への恩、忘れないわ。」
止まってくれなかった言葉を全部言うと、私は勝手に出て行こうとした。すると、彼は、
「俺も行く。」
と一言いうと私の手を握った。
意味が分からず、ぼけっとしていると、彼は言葉を紡ぐ。
「君、一人じゃ危ない。身体中、傷だらけでほっとけない。あんな無茶して欲しくない。」
我に返って、声を荒げた。
「何いってるの!?巻き込めるわけないじゃない。貴方には何も関係な………」
「関係なくないよ。君の親友さんは、君を助けた俺のことも狙ってくると思う。それだったら一緒にいた方がいいじゃない?」
言葉に詰まる。確かにそうだ。プライドの高い彼女のことだ。私を助けただけでも気に食わないのに、彼があれだけ強いとなれば、執拗に追ってくるかもしれない。彼の理由に一理ある。それは分かる。でも、それでも、今まで独りで生きていたから誰かが隣にいることに戸惑いを覚える。
「ほっとけないんだ。」
「え?」
「君のこと、ほっとない。それだけ。」
それだけの理由で着いてこようとする彼を理解出来ない。でも、彼はもう決めてるみたいで、多分これは言っても聞かないのだろう。意志の強い瞳に引き込まれそうになる。
「わかった。好きにしたらいい。」
ため息をついて言うと、彼はふんわり笑って、名前を聞いてきた。
「愛姫よ。」
「俺は、涼乃(すずの)。薬師してるんだ。よろしくね。」
「薬師?え?じゃぁ、」
「うん。手当てしたの、俺だよ。」
涼乃がいう病院っていうのは、自分の家のことだったのか。
「だから、愛姫が無茶しても大丈夫。でも、ケガする前に守るね。」
「何を言ってるの。薬師の貴方がケガしたら誰が治療してくれるの?私が涼乃を守るわ。」
それから暫く、どっちが守るかの口論を続けていたが、お互い譲らないのが可笑しくなって二人で笑い始めた。こんなに笑ったのはいつ振りだろう。
「うん。愛姫は笑ってる方が可愛いよ。」
「涼乃は、戦ってる姿も美しいわ。」
そう言うと、涼乃は恥ずかしそうに頬をかきながら、譲らないなぁ………なんてぼやく。それは本当にお互い様。って返すと、また涼乃はふわりと優しく笑うと歩き始める。
これが私と涼乃の旅の始まりだった。
そのあと、全て終わらせ清算させた私は旅行者として世界中を旅をするのだけれど、それはまた別の物語。
真澄のアオ
これも旅行者シリーズの一つです。
愛姫と涼乃は、お互いの背中を守る戦友同士。こんな関係が結べている友人がいることは誇りだと思います。