死神さん、こんにちは

 こんなにあっ気なく自分が死んでしまうなんて、東海林は思ってもみなかった。ましてや、道に落ちていたバナナの皮で滑って転んだのが死因だなんて。
 だが、目の前には、倒れたままピクリとも動かない自分がおり、一方では、フワフワ浮かびながらそれを見ている自分がいるのだ。
「ウソだろう。こんなバカな死に方があるもんか!」
 別に、誰かに向かって言ったわけではないが、すぐそばから返事がきた。
「死に方にバカも利口もあるまい」
 東海林が声のした方を見ると、大きな草刈り鎌を持ち、スッポリと頭からフードを被ったドクロが立っていた。
「えーっと、あんまりベタなんで聞くのも恥ずかしいんだけど、あんた死神かい?」
「ベタで悪いが、死神だ」
「まあ、この際だから、いいや。それより、なんでおれが死ななきゃならないんだよ!」
「寿命だな」
「だって、まだ若いのに。結婚もしていないのに」
「そんなことは関係ない。若かろうが、年寄りだろうが、大富豪だろうが、貧乏人だろうが、死ぬ時は死ぬのだ。こんな公平な話はないだろう」
「いやいや、それこそ不公平じゃないか。世の中には、金持ちで美人と結婚して長生きするジジイもいるのに、なんでおれが」
「それは違うな。生きている間に何があろうと関係ない。命あるものはすべて、いずれ死すべき定めなのだ」
「そんなの不条理だ!」
「まあ聞け。おまえは元々この世にいなかったはずだ。つまり、元に戻るだけだ」
「いやだいやだ。やりたいことがいっぱいあるのに。美味しいものも食べたかったのに。女の子にモテたかったのに。いやだ、絶対にいやだ!」
「やれやれ、聞き分けのないやつめ。ジョージ司、おまえの寿命は尽きたのだ!」
「ん?ジョージってなんだよ。おれは東海林司だ」
「ちょっと待て」
 死神は懐から黒い手帳を出し、読み始めた。
「えーと、本日の死亡予定者は、ジョージ司、日系三世、八十八歳、ってか」
「おい、ちょっと待てよ。間違いなのか。冗談じゃないぞ!」
「うーん、すまん。見間違えたようだ。すぐに生き返らせよう」
「やったー、バンザイ!生きててよかった!」
 飛び回る東海林を、死神が骨ばかりの手でつかんだ。
「これっ。ジッとしないと、甦らせることができないぞ。よし、大人しくなったな。だが、いいか、これだけは忘れるな。生き返ったとしても、命は無限ではないぞ。いつかは、わしが迎えに来る。その時後悔せぬよう、精一杯生きるのだ。決して、命を粗末にするなよ。さらばじゃ!」
 東海林は生き返った。
(おわり)

死神さん、こんにちは

死神さん、こんにちは

こんなにあっ気なく自分が死んでしまうなんて、東海林は思ってもみなかった。ましてや、道に落ちていたバナナの皮で滑って転んだのが死因だなんて。だが、目の前には、倒れたままピクリとも動かない自分がおり、一方では、フワフワ浮かびながらそれを見ている自分が…

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted