三題噺「市場」「メロンソーダ」「廃車」(緑月物語―その4―)
緑月物語―その3―
http://slib.net/5004
緑月物語―その5―
http://slib.net/5220
――月が緑に覆われてから長い年月が経った。
何百機もの調査船が地球から送り込まれ、人類が十分生きられる量の大気と資源の存在が確認された。
それから百年以上経ち、月は緑月と名前を変え、今は第二の地球として多くの人類の母星となっている。
しかし、未だに緑月の調査が終わることはない。
今日も緑月では、国を挙げて調査部隊隊員の育成が続けられている。
「えー、それでは校外学習について説明する」
炎天下の下でつり目で長髪の担任、永田麗美教官がいつもの事務的な口調で話をしている。
先日転入してきたばかりの酒野修一は、校外学習の一環として緑月J-九一〇地区、通称『宮都』と呼ばれる都市に来ていた。
宮都はメロンソーダライトという石で造られた建物が立ち並ぶ旧市街と、その周りに多く集まった市場群から出来ている交易都市である。
市場の天幕によるモザイク模様が、上から見るとまるで緑色のバラのようであることから、『エメラルドローズ』の名でも知られている。
その知名度から多くの人・物・金が集まり、結果的に宮都産の商品は安価で高品質な物も多い。
実際、整備科で使う工具や部品、飼育科や調理科で使う飼料や食材のほとんどもここで調達されていた。
修一たちのクラスはある一名を除いて、そんな学校御用達の都市を実地訓練も兼ねて見学に訪れていた――はずだった。
「酒野よー! どうしてこんなことになっちまったんだ!」
流れていく街並みを横目に、整備科志望で同じ班の森本健司が涙目で叫ぶ。
「それを俺に聞くのか! 気まぐれでお前があんな廃車を直したからだろ!」
森本の隣の助手席に座る修一が、右へ左へ体を振り回されながらも怒鳴り返す。
二人は今、宮都の旧市街をオンボロの旧型リニア自動車で疾走していた。
森本は、機械なら大型車両から冷蔵庫まで何でも修理できると豪語するほどの整備バカだ。
それは自由時間に修一の見つけた廃車を、見学そっちのけで直してしまったことからもうかがえる。
「しかしまさか、こんなヤバいもん積んでるなんて知らねえよ!」
元廃車だった車の後部座席には、見るからに危険なブツが大量に積んであった。
そしてそれを取り返そうと、後ろからその持ち主であろう人相の危ない集団が追ってきていた。
「ヤバいぞ! あれ数年前に軍用から民間に払い下げられた警備用の高速移動専用グリーンモスだ!」
そっと振り返ると、トラックほどの大きさもある芋虫のような乗り物が二機見えた。
「あの流線型表面の独特な模様! あぁ、一度で良いから整備してみてえなぁ」
「お前、整備を語るのは良いから! って、前、前ーっ!」
二人の目の前には文字通り高い壁がそびえたっていた。
「よお、ガキ共。よくもまあ、余計な力を使わせてくれたな」
数分後、森本と修一は強面のオッサン十数人に囲まれていた。
「兄貴ー。こいつら育成学校の奴らですぜ?」
「また面倒な。見つかる前にさっさと始末して撤収するぞ」
男たちの手の中で銀色のナイフが無言で展開される。
修一たちは声も出せないまま体を震わせていた。
「待て」
それは、一人の女の子だった。
「あぁ? って、お前はっぐぼぁ!」
気付けば目の前にいた男が一人吹き飛んでいて、
「て、てめえ! やっちまえ!」
一人、二人と修一たちを囲む屈強な男たちが宙を舞い、
「ぐっ……ぐふぅ」
数十秒で全員が沈黙していた。
「……神樹」
ポツリと森本が呟く。
それは、校外学習は免除されているはずのクラスメイト、神樹友紀子だった。
三題噺「市場」「メロンソーダ」「廃車」(緑月物語―その4―)
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