究極のリア充

 おれが宇宙を好きなのは、そこがリアルな世界だからだ。こうして母船を離れ、大気圏外を遊泳しながら地球を眺めると、そこがいかに虚偽に満ちた世界か、よくわかる。やれ法律だ、やれ経済だ、やれ政治だ、などと喧しく言い立てるが、そんなもの虚構ではないか。リアルなものなど何ひとつない。
 それに引き替え、宇宙では全てがリアルである。剥き出しの真空、漆黒の闇、容赦なく降り注ぐ宇宙線。そこには一片の嘘もない。今、おれが宇宙服を脱ぎ捨てたら、アッという間に息絶えてしまうだろう。厳しい世界。そして、それ故に美しい世界。
 おれは地球に背を向け、暗黒の宇宙空間に浮かぶ星々を見た。想像を絶する距離にあるはずなのに、その煌めきは宝石など遥かに凌ぐ美しさだ。ともすれば自ら命綱を切って、そちらに飛んで行きたいという衝動に駆られてしまう。
 だが、夢のようなひと時は、同僚のチャールズの声で破られた。
《おい、イサム。ちょっと母船から離れ過ぎてるぞ。この辺は時々スペースデブリ(宇宙ゴミ)が飛んで来るから、あまり無茶するな》
《了解。ランチに間に合うように戻るさ》
 母船に戻ろうと向きを変えた瞬間、命綱を何かが掠めるのが見えた。
 宇宙では音は聞こえない。だが、命綱からの張力がなくなったのはわかった。
《どうした!イサム!大丈夫か!》
《やられたよ。デブリが命綱を切ったようだ。だが、心配いらない。宇宙服は無事だから、補助推進ジェットでなんとか母船に戻れるさ》
《気をつけろよ!》
《了解》
 おれには自信があった。宇宙遊泳は得意だ。まだ距離も離れていない。充分リカバリーできるさ。
 その時、ヘルメットにコツンと衝撃があり、シューッという紛れもなく空気が漏れる音が聞こえた。しまった。デブリが直撃したようだ。おれは初めて焦りを感じた。母船までの距離がなかなか縮まらない。空気圧はどんどん下がり、意識が朦朧としてきた。
《チャールズ、助けてくれ…》

 …意識を失っていたようだ。良かった、生きてるぞ。
「チャールズ、ありがとう。おまえのおかげで、ん?」
 だが、おれはそこが母船の中ではないことに気付いた。壁も床も青一色の部屋だ。
 すると、部屋のドアが開き、誰かが入って来た。
「お疲れ様でした。いかがでしたか『体験型3D映画』は?これは予告編ですが、ご希望でしたら、引き続き本編をご覧になれますよ」
(おわり)

究極のリア充

究極のリア充

おれが宇宙を好きなのは、そこがリアルな世界だからだ。こうして母船を離れ、大気圏外を遊泳しながら地球を眺めると、そこがいかに虚偽に満ちた世界か、よくわかる。やれ法律だ、やれ経済だ、やれ政治だ、などと喧しく言い立てるが、そんなもの虚構ではないか...

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-20

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