花のワルツ
よく考えた。出来すぎた三拍子のような、軽快で、流されなければならない、ひとつの小さな、わたしたちのこと。
制服のスカートは、いつも正しく翻る。始業のベルが鳴る。夢のような、と人は言うけど、わたしたちからすれば、驚くほど生々しいだけの教室。
「おはよう」
闖入者。あるいは先生。よれたスーツの袖が、また白く汚れている。ペンケースと、教科書、ノート、それからケータイ。準備をする。あらゆるものに準備をする。爪をいじる。ネイルが少し、とれないままだ。日向にあって、ちかちかする。
「質問はないか、次へ行くぞ」
あなたに問うことなどないよ。それでもわたしたちの頭の中は、疑問符でいっぱい。
「今日帰りにスタバ行こ」
緑の枠に、無音の声がある。わたしたちはたくさんの、無音の声を持っている。時にそれは、どんな音よりも強烈に、ガンガンと執念(しつこ)く響く。指に脳味噌があるみたいだ。
「スタンプを送信しました」
わたしたちがスタンプを送信しました。スタンプを送信しました。わたしたちがスタンプを送信しました。
「部活だるい」
「スタンプを送信しました」
「ありがとー」
「スタンプを送信しました」
「スタンプを送信しました」
ああ、なんて良い天気。きっとどこかで誰かがこの空を切り取っては色付けて、見せびらかすのだろう。わたしたちはきっと、十年前のわたしたちよりもずっと、海や、空や、季節のことを知っている。そして、いつも手のひらのなかに収める。同んなじ正方形になって、どこまでも世界に飛ばしていける。
「うわっ」
強い風。プリントがはためく。教室がざわめく。飛んでったプリントを追う上履きがパタパタする。
「窓しめろー」
気だるい先生の声。おとなしく窓を閉める。乱れた髪に指を通す。席について前髪を撫でる。慌てて閉じた窓の外に、カーテンがちょっとはみ出てはためいている。そうか、風があったのか。おそろしく静かな教室。
わたしたちはもしかしたら、いつか風を忘れてしまうのかもしれない。なぜだか、わからないけれど。
「あははははは!」
どこかで再生された笑い声。
「携帯いじってるやつは誰だ、取り上げるぞ」
右の、うしろのほう。先生の視線がさまよう。
「誰だ」
あの笑い声は、たしか、昨日のモノマネ動画。クラスで回ってきているから、みんなの動画。
「とにかく授業中はしまっておけよ。次鳴ったら本当に没収だからな」
誰かが間違って再生してしまったのだろう。立場としての言葉を並べて、自分の仕事に戻る。取り締まっても無駄なことを、すでに知っているから。
あの人にも好きな人がいたのだろうか。好きな人がいて、好きな人がパートナーになって、よれたスーツを着て、学校に来ているのだろうか。すらりと伸びた太腿を、眩しく見つめたりしたのだろうか。本当はそんなことには興味がない。考えているだけ。空白をつくらない。これが、わたしたちのお決まり。
背中のこの子はうたた寝してる。まるで猫みたいなようなんだ。猫には猫の仕事があると言うよ。仕事って、何なんだろう。仕事だって。「仕える事」だって。わたしたちは一体何に仕えると言うのだろう。親?先生?上司?会社?社会?それとも?
ほら、やっぱりわたしたちの頭の中は、疑問符でいっぱい。
先生の声が終わらないうちにがやがやと笑い声。終業のベルが鳴る。駆け出すこともない何でもない日を、小さく刻む。
(了)
花のワルツ
手作り冊子「なりやまない」掲載予定作品。
「花のワルツ」というお題をいただいて書いたものです。