氷菓子症候群

00:紹介します

私の幼馴染を紹介します!

彼の名前は谷藤 奈津です。
彼は背が高いです。
話すことはあまり得意ではありません。
勉強は歴史が好きみたい。
あとパソコンが得意だよね。
中学の頃は野球部に入ってて、何回か応援に行ったことがあります。
高校では辞めちゃったけど。
今でもスポーツは好きなんだって。
マイペースです。
ぼーっとして見えるけど、多分いろんなこと考えてるんだと思う。
…勘だけどね!
んーあとは、そうだな…。
あ!
なつくんはとても優しいです!


俺の幼馴染を紹介します。

彼女の名前は安藤 夏です。
彼女はとても元気がいいです。
…真っ直ぐで、強い人です。
話すことも勉強もスポーツも得意です。
…一つだけ苦手なことがあります。
…手芸してるとき、めっちゃ怪我するよな。
それから…動物が好きです。
特に海洋生物が好きらしいです。
中学でも高校でも、部活には入ってないです。
…誰にでも親身になってやれるやつだから、溜め込むことも多そうだ。
…勘だけど。
あと…んー…。
あ。
安藤は、すげー優しいです。

01:炎天下の向日葵

ねっとりとした風がゆるゆると首元を撫でる。
生き急ぐ蝉が大合唱する中、俺は暑さに眉をひそめた。
授業中はクーラーがつくから涼しい。
だが、放課後は節電のため切られてしまうのだ。
今年の暑さが半端ないといったら、日々最高気温を更新していくほどだ。
まいってしまう。

「あと10分だから、頑張ってください」

自業自得といえばそうだ。
補習テスト、というやつなんだ。
1学期の英語がギリギリアウトだったせいで、ただでさえ存在意義がわからない課外授業の後に、補習テストなんてものも受けなくてはならないのだ。
な、自業自得だろ。
監督してるのは確か今年教員になったばかりの若い先生だ。
常に眉尻が下がった頼りない感じ。
流石俺らと同じ現代っ子、暑さ寒さには弱いらしい。
あー蝉うるさい。
これどうやって解くんだっけ…。
やった気がする…。
…飛ばそう。
ぶつぶつと考えながら、俺は解答用紙をシャーペンの先でノックした。
…あんまり勉強は得意じゃないんだ。
なんていうか、こう、しっくりこない感じ?
言い訳だよな。
解答を書く手がぎこちない。
ぶっちゃけ自信ない。
問題用紙のトムが、こんなときばかり笑っていて腹が立った。

「はい、やめ。教科毎に提出したら帰っていいです」

あー終わったー!わからんかったー!やべぇ全部埋まったすごくね?すげぇ!難しすぎんだろ!うわぁー!

同じく補習テストを受けたクラスメイト達が、各々達成感に脱力した声をあげる。

「80点未満の人は明日もあるので、自信ない人は勉強しててくださいね」

さらりと毒を吐く先生。
もうしばらく英語は見たくないな。
蝉のソロをバックに、俺は机に突っ伏した。
表面が微妙に冷たくて気持ち良い。
しかし、真上から傾いてきた太陽に、無防備な首元がじりじりと焼かれてやっぱり暑い。

「あぁ…」

呻き声とも溜息とも言えない声が、喉の奥から漏れた。
暑すぎる。
これじゃ食欲も失せるはずだ。

「お疲れー」

ぴとり、と冷たくて硬い感触が首元を覆う。

「…安藤、待ってたのか?」
「うん、どうせ暇だったしね!」

屈託のない笑顔で笑う彼女は、俺の首元に当てたものであろう缶ジュースを差し出してきた。
買ったばかりのようだ。

「ありがと…生き帰った」
「奈津くん夏生まれのくせに暑いの苦手だよね」

くつくつと笑う。
彼女のすらりとした指先が、机上に出しっ放しだったシャーペンや消しゴムを拾っては、筆箱に入れる。

「ほら、帰ろ。本屋さん行きたい!」
「ああ」

最低限の返事で、俺は鞄を担ぐ。

02:更紗の栞

「でさー広ちゃんてば、課題なんて私は気にしない!なんて、全然提出しなかったら、三者面談でめっちゃ叱られたらしくて。話聞いたとき笑っちゃったよ私」

安藤は俺が相槌を打たなくても喋る。
何かしら喋る。
よくそんなに喋ることがあるなってくらい。
大体は安藤の親友である見明広の話とか、家でのこととか、噂話とかだ。
俺はときどき「へぇ」とか「そうだな」とか言うだけ。
楽でいい。
あまり喋るの得意じゃないし。
言いたいことがパパッと出てこないんだ。
時間をかけないとまとめられない。
そんな俺に構わず、安藤は喋る。
安藤の話を聞くのは面白いし、楽しい。
くるくると展開して、まるで連載漫画みたいだ。

「にしても暑いねー…あ!奈津くん、アイス買おうよアイス!」

喉渇いちゃった!とコンビニを指差す。
小さい頃からよく来たコンビニだ。
咄嗟にポケットに手を突っ込んで、小銭を確認した。
500円玉が1つと、10円玉が3つ。
確か財布の方に1000円くらいあった気がする。

「…奢るよ」
「やった!何にしようかなぁ」

店内は冷房が効いていて、炎天下の中歩いてきた俺にとって天国だった。
やばい、外に出たくない。
…あ、漫画の新刊出てるじゃん。

「奈津くーん、どれにするー?」

アイス売り場から控え目に俺を呼ぶ。

「200円くらいにしてよ」
「えー、ハーゲンダッツ食べたい」
「お金ない」
「じゃあピノにする。奈津くんは?」
「…おごりまっせ?」
「古き良き商品だね」

他愛ない短い会話。
500円玉で支払って、俺たちはコンビニを後にした。


本屋に着くと、安藤が小説を漁り始めた。
俺はなんとなく専門書のコーナーを眺める。
そしてまたなんとなく手に取ったのは、パソコン関係の専門書だった。
機械弄り…といえるのか、でもそういうことは結構好きだと思う。
テレビだったり、パソコンだったり、あと自転車とか、ラジオとか?
将来のことはまだ全然考えてないが、いずれは決めなくちゃならない。
そうなったら、どうするんだろ。
…俺、将来どうするんだろ。
…安藤は、どうするんだろ。
専門書は開いたまま、内容は全く入ってこない。
ただ呆気に取られたように、俺は専門書コーナーに立ち尽くしていた。

「奈津くん、何か買う?」

溜め込んだ息を、溜息だとわからないくらいに細く小さく吐き出す。
考えを誤魔化すように、特に用もなくポケットの中の携帯電話を触った。
ふと見ると、安藤が抱えた本が目につく。

「…いや、いい」
「まだ見てく?」

首を振って応える。

「私もう決めたよ」
「…帰るか」

わかった、と言い終えるが早いか、彼女は踵を返してレジへと向かう。
俺もその少し後ろをついていく。
…安藤が抱えた本の一冊は、ヘアスタイルの本だった。
将来の夢、なのだろうか。
それともただの興味だろうか。

「ときめくような小説、なかったんだよね。夏休み中は図書館にしようかな」
「そっか」

外に出ると、さっきまでの刺すような日光は雲で陰っていた。
しかし鬱屈な湿気は拭えず、ゆるゆると頬を掠める。

「明日も課外だねー。海とか行きたい!」
「そうだな」
「あと、夏祭りとか、他にもしたいこといっぱいあるなー。奈津くんは?」
「…クーラーあればいいや」
「えぇ~!?お爺ちゃんみたいだよ奈津くん」

高く青の広がる夏空のように、からりと笑う。





小さい頃は何年先も続くと疑わなかった時間も、いつの間にかもう指折りで終わりまでを数えられるくらいになってしまったように思えた。

03:夕立幽か

補修テストは運良く合格だった。運良く、というのは、却ってきた答案を見ると採点ミスがちらほらあり、そのおかげでギリギリ80点の合格ラインに達していたからだ。
危ない危ない。
元より印象が薄い自分と、暑さで馬鹿になってしまったかもしれない先生に感謝だ。
ほっとしたのも束の間で、「チカラをつける夏休み」(古典、現国、数Ⅰ、数A、英語の5科目分)という課題を笑顔で差し出されてしまった。
全く嬉しくない。
それに加え各教科、プリントやら選択課題やらと満載なのだ。
本当、全く、嬉しくない。
俺だって男子高校生だ。
先日安藤に「クーラーあればいい」とは言ったが(否定するつもりは毛頭無いが)、まだまだ現役で遊びたい盛りなのだ。
海とか行きたい。
海が無理でも川とか行きたい。
…あー…えーと…なんの話だ?
あ、そうだ、課題だ。
休み中退屈しないくらいたっぷりと出された課題。
俺は大体、ぼちぼちやってはいるが最終的に間に合わなくて休みが終わるラスト3日くらいに引き篭もって終わらすタイプだ。
ちなみに安藤は、早く終わるやつは休みが始まる前に終わらせて、余裕持って満喫するタイプ。
机に積み上がる課題を前にし、既に嫌気がピークの俺を見兼ねてか、安藤は図書館での勉強会を提案してくれた。

「図書館だったら涼しいし、静かだし、わからなかったら調べられるじゃん!ね?」

とのことだ。
それを二つ返事で了承し、放課後に町立図書館へ行くことになったのだ。


「なつくん、手、止まってるよ」
「…はい」

こんなにスパルタになるとも知らずに。
数分前の自分を恨む。
安藤はてきぱきと今日のノルマをこなしている。
さらさらと迷いなく残される筆跡は、女子っぽい綺麗なものだ。
自分の手元に視線を落とすと、「チカラをつける夏休み」が英語のページで開かれたまま、2つ3つの空欄が埋まった程度である。
やべぇわからん。

「…安藤、ここ…」
「あーそこ教科書に載ってるよ」
「そ、か…」

…教えてくれてもいいじゃん!
昔から宿題とか写させてくれなかったしな…手厳しい。
問題一つ一つに手間取る俺を余所に、窓の外には虫網を担いだ小学生たちが自転車を飛ばしていた。
くっそ、いいなー…。
沈黙が続き、時間の感覚が少しずつ麻痺していく。
蝉の声が切れかけの電球の様に、途切れ途切れに聞こえていた。

「…ねーなつくん、やっぱ夏休み遊びに行こう?」
「え?あ、あー…海とか?」
「そうそう」
「ん…」

暫くぶりの会話。
お互いに視線は交えない。
飛び交うのは声だけ。
こつこつとシャーペンの紡ぐ線が、視界の中で増えたり消えたり忙しい。
海…そうだな…海な…。

「…いいと思う」
「ん?」
「…海、いつ行く?」

返って来ない声に、俺は少しだけ目線を上げた。
すると、安藤は豆鉄砲を食らった様な顔をこちらに向けていて、それがなんだか可笑しかった。

「…ふ」
「え、なんで笑うの!」
「いや、だって…てかなんでそんな顔してんの」
「だってなつくんが海行くって!」

自然と大きくなる声。
慌てて俺は、立てた人差し指を口元に持っていく。
彼女はしまったとでも言う風に、ぱっと口を両手で覆うと、今度は内緒話の様にこしょこしょと話し出す。

「なつくんが海、行くって…」
「そんなに珍しいか」
「うん、びっくりしちゃった」
「…まぁ、俺だってまだ高校生だし」
「それもそうか」

ふと彼女が視線を逸らす。

「あっもうすぐ閉館だ」
「え、まじか」
「そろそろ帰ろうか」
「ああ」

そう交わしながら、俺たちは勉強道具を片付ける。
ちらりと窓の外を見ると、いつの間にか分厚い雲が青い空を覆っていた。
一雨来るかもしれない。
そう思って、片付けの手を早めたが、図書館を出る頃にはもうぽつぽつと降り始めてしまっていた。

「あちゃー降ってるや」
「…このくらいなら走って行けるか」
「んー…これ以上激しくなったら余計に帰れないしね」

鞄からタオルを出し、気休め程度にもならないが頭にかける。
と、安藤も真似してタオルを頭にかけた。

「走るか」
「置いてかないでね!」



最初のうちは小雨程度だったのに、走っているとだんだん雨が激しさを増すのを肌で感じた。
もうかなりびしょ濡れだが、家まではまだある。
…風邪引くかもしれない。
俺達はシャッターの閉まった店の軒先に滑り込んだ。

「うわーすごい降ってきたね」
「ああ…」

2人して肩を上下させる。
ただの夕立ちだろうけど、それにしてはなかなか本降りだ。
頭にかけていたタオルを絞り、濡れた体や鞄を拭いた。

「どうする?雨止むまで待つ?」
「ん…携帯持ってきてるか?」
「えへへ、今日に限って無いんだよね。なつくんは?」
「俺も…」
「…止むの、待とうか」
「…ああ」

いくら夏だとはいえ、当然濡れれば気温も体温も下がる。
肌寒くなってきたのか、安藤がふるりと震えた。

「大丈夫か」
「多分ね。早くお風呂入りたいなー」

そのとき、安藤の制服の肩が透けているのが見えた。
心臓が大きく脈打つ。
なんだこれ。
なんだこれ。
暑さで馬鹿になってしまったのは俺の方かもしれない。
雨で濡れた安藤の、髪が、服が、肌が、気になって仕方が無い。
なんだこれ、なんだよこれ。
頭に血が上り、顔が赤くなるのがわかった。
いたたまれなくなって、俺は安藤に固く絞ったタオルを頭から被せた。

「わ、え?なに?」
「なんでもねー」


やべぇ、なにこれ。
めっちゃ恥ずかしい。
恥ずかしいし、よくわからないし、にやけそうだし、息苦しいし、でもすげー心地いい。
なんなんだろ、これ。

04:待ってくれない

今日も夏休みだというのに補習授業。
先生たちは飽きないのだろうか。
でも今日は再テストもないし、とっとと帰って涼みたい。
では何故俺は蒸し暑い教室に居座っているのか。
無論、安藤が待ってろと言ったからだ。
勝手に帰っては悪い。
帰るなら断りを入れないと。
ぱたぱたと廊下を走る音が、吹奏楽部のばらついた音に混じって聞こえだす。

「な、つくん!!」

息を切らし、頬を真っ赤にした安藤がドアを勢い良く開け放つ。
ただ走ったにしては妙な顔色に俺は首を傾げつつ、どうした、と問うた。

「ど、」
「え?」
「どうしよう私告白されちゃった3年のバスケ部の先輩に!!!!」

一息で言い切ると、真っ赤にした顔をふにゃりと緩めて、もう一度どうしよう、と零した。
…。
… … … …え?
こくはく?… …え?
え?

「どうしよう、なつくん」

恥ずかしそうに、嬉しそうにそうゆるゆると笑う彼女を見て、俺はこくんと空気を飲んだ。

「…良かったな」
「付き合っていいかなぁ…!」

幸せそうに微笑む彼女に釣られてぎこちなく頬を緩める。

「…いいんじゃないか?応援、する」
「ほんとに!?ほんとに!?」
「安藤が告白されたんだから俺の許可なんていらないだろ」
「わ…わかった!なつくんありがとう先帰っていいよ!!」

怒濤の勢いでまた廊下を駆けていく。
あれ…。
俺、今なんでそんなこと言ったんだ?
安藤の足音がすっかり聞こえなくなってから、心臓がせり上がる感じがした。
うだるような暑さは変わらないのに、全身が冷たく感じる。
手に力が入らず、焦点もぼやけてくる。
頭が痛い。
辛うじて空気を取り込む喉が掠れている。
どうしようもなく、どうしようもなく苦しかった。
そうか、これが後悔ってやつか。
俺、安藤のこと好きだったんだな。
その感情と、俺と安藤のフラットな関係が終わることに気づいたのはほぼ同時だった。
幼い頃の記憶がフラッシュバックする。
当たり前だったはずなのに、いつの間にかそうでなくなってしまって。
堪らず机に突っ伏した。
ああ、そうか、そうか、そうだったんだ。
結局俺は安藤の隣にずっと立っていることはできなかったんだ。
結局俺は幼馴染止まりだったんだ。
安藤の中で俺は「幼馴染の奈津くん」でしかいられないんだ…!
誰だよ。
誰だよ、バスケ部の先輩って。
「応援する」、とか意味わかんねぇ…!
なんで俺そんなこと言ったんだよ。
ほんと、女々しい。
ほんと、ほんと…!

「ちくしょ…」

呻くように絞った声は、吹奏楽部の合奏に掻き消された。
真夏の空に、飛行機雲が一筋、青を割く。
アイスクリームが溶けるのは一瞬だった。


こうして、10年ほど燻らせた俺の初恋は、高1の夏に呆気なく終わったのだった。

氷菓子症候群

氷菓子症候群

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-18

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 00:紹介します
  2. 01:炎天下の向日葵
  3. 02:更紗の栞
  4. 03:夕立幽か
  5. 04:待ってくれない