うんこ大王とおしっこ王子(王子学校へ行く編)(2)
二 おしっこ王子が学校へ行く
今、僕はおしっこ王子と通学中だ。
「学校に一緒に行くのはいいけれど、黙っていてくれよ」
「いいとも。君の邪魔はしないよ。ちょっと他の世界を見てみたいだけだから」
王子はポケットから顔を出して、周囲を見渡している。
「おっ、いろんな子どもたちがいるんだな。大きな子、小さな子。
太った子、やせた子、様々だ。あれ、危ないぞ、あの車。スピードを落とさないと。子どもたちにぶつかるぞ」
「あれは犬か。番犬なのか。大人しく伏せているけれど、こちらに飛び掛かってこないかな。犬は苦手なんだ」
「猫もいるぞ。塀の上を歩いているなあ。僕たちと同じように、猫の学校に行っているのかなあ」
「朝早くから、お母さんたちが黄色い旗を持っているぞ。子どもたちを安全に渡らせるためだな。大変だな」
王子は目にするひとつひとつの事柄にひとつひとつ反応している。僕にとってはありふれた光景だから、王子が驚くことが僕は驚きだ。
「おはよう」同じクラスの幸一君が道路の向こう側で手を上げ、こちらに近づいてくる。
「おはよう」僕も手を上げる。でも、このままではまずい。
「友達がやってくるんだ。ちゃんと隠れていてよ。でてきちゃだめだよ」
僕はおしっこ王子に念を押す。
「わかっているさ。君には迷惑はかけないよ」
おしっこ王子は僕の胸ポケットに顔を隠した。幸一君が僕の側に来た。
「誰かと話をしていた?」
「いいや。誰とも。ひとり言かな?」
僕は首を振って誤魔化す。
「昨日、テレビを観た?」
幸一君がテレビアニメのことを話しはじめた。
「観た。観たよ」僕はすぐさま相槌を打つ。その話題で夢中になり、王子のことはすっかり忘れてしまっていた。
二人は教室に入り、それぞれの席に着く。ランドセルを下ろし、一時間目の国語の授業の教科書とノート、それに筆箱を出す。
「ずいぶん、盛り上がっていたじゃないか。楽しそうだね」
胸ポケットから声が聞こえた。王子だ。
「しっ」僕は口に指をあて、顎を引いて胸ポケットを見る。
王子は身を乗り出して、教室中を見渡している。
「ダメだよ。隠れていなくちゃ。授業が始まったら、大人しくしてくれよ」
「わかっているよ。君が勉強している教室がどんなものか見てみたいだけだよ」
そう言うと、王子はポケットに再び隠れた。ふう。よかった。だけど、誰かに見つからないか心配だ。
「誰と話をしているの?」
隣の席の京子ちゃんがこちらを向いた。
「いやあ、忘れ物がないか確認していたんだ」僕は慌ててランドセルから開け、教科書やノートを入れたり出したりするふりをする。
あぶない。あぶない。王子を連れて歩くのは今日だけにしよう。
「起立。礼」授業が始まった。僕の目は黒板と教科書とノートの間を忙しく動く。ふと、胸ポケットに目が止まった。王子が顔を出して、僕と同じように、黒板と教科書とノートを交互に見ている。その様子がなんだか可笑しくて、僕は笑いをこらえることができなかった。
「誰だ。笑ったのは。笑い声が聞こえたぞ。今は授業中だぞ」
黒板に向いていた先生が振り返った。僕は素知らぬ顔で顔を伏せ、教科書を凝視する。体が硬くなった。あぶない。あぶない。僕は胸ポケットを睨みつけた。王子は首をすくめ、ポケットの中に隠れた。
うんこ大王とおしっこ王子(王子学校へ行く編)(2)