トンネル連続、後一つ。

トンネルに入るとこの世界から自分が隔離された気持ちになる。現実を離れ、オレンジと黒の薄暗い空間に身を投じる時、人は何を思うのか。今日も高速バスは走る、座席で待つそれぞれの思いを乗せながら。

9D

-直島に行きたい。

付き合ってもう4年になる彼女から唐突に言われた。水曜日の仕事終わり、家でビールと手作り麻婆豆腐を食卓に並べ型崩れした豆腐に箸をつけようとした時、電話が鳴った。

-おう、どした?
-私、直島に行きたい!

食い気味だ。声のトーンからテンションが高いのが分かる。

-直島?直島ってあの直島?
-そうそう!赤かぼちゃとか美術館とかあるところね!

直島といえば赤かぼちゃのだろうか、少し疑問ではあるが。彼女は最近一眼レフのカメラを買ったらしい。いい素材を私なりに撮ってみたい。そう言っていたのを思い出す。

-いいけど?いついこう。
-今週!無理なら出来るだけ早く!

何が何でも急すぎである。こちらにも用事がある。それをぐっと堪え、

-ええぞ。暇やし。
-いつも暇じゃない。

うるせぇ。と言い返せなかった。ごもっともである。

-色々、調べておいてね!

いつもこうだ。行きたい場所は彼女が決め、対して興味がない情報を僕が調べる。しかしながら、調べていく内に興味が湧き、当日を楽しみにする程、熱が入ってしまうのである。

-おけ。また連絡する。
-じゃ宜しくね!

こんな感じで電話が切れる。これで4年も付き合っているのだから不思議である。友人からはよく飲み会(男対女の所謂合コンであるが)に誘われるが、彼女がいるからと断っている。一度、どうしても頼めないかと必死の懇願に負け参加した事があるが、後で彼女にバレて大目玉を食らってしまい、鳴り止まぬ彼女からの着信に恐怖し、どんな理由であろうと二度と参加しまいと誓った。

兎にも角にも早速直島について調べ始める。

美術館、島に散らばるアート作品、古民家、等、目を引く言葉が出てくる。彼女が写真を撮りたいと言っていた意味が分かる。冷めた麻婆豆腐をさらえながら、気になったページをスクショで保存していく。今日はこの辺でいいかと時計に目をやると、かなり時間が経っていたようだ。

食事の後片付けをしようと立ち上がる。その足で台所まで歩く。洗い場には溜まった食器がどんよりと佇んでいる。面倒くさいと悪態をつきながらその上に先程まで麻婆豆腐が盛り付けられていた器を重ねた。

一人暮らしを初めて1年が経つ。実家を出たい一心でお金を貯め家族にも内緒で物件もさがしていた。家族に伝えたのは引っ越しの一週間前だった。当然、父と母は驚いたが、もういい歳なんだからと背中を押してくれた。

家事全般、全て自分でしなければいけない。

その日は風呂に入り就寝する。

トンネル連続、後一つ。

トンネル連続、後一つ。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-10-17

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