遠すぎる距離

神様は本当に意地が悪い。

『おじさんが好きです。』

そんなことを知り合いの高校生だった彼女が言い出したのは僕が38歳、彼女が16歳の頃だった。
最初は大人との恋愛に憧れた子供の妄言だと思って軽くあしらっていた。
でも、彼女は本気だった。
4年間言い続け、彼氏も作らず僕だけを愛していると言い続けた。
次第に僕も彼女が本気であることを受け入れ始め、
最終的に4年後、僕が折れて付き合うことになった。
彼女はよく笑う女性だった。
今まで付き合ってきた女性達はどちらかと言えば大人っぽい人が多かったからかもしれない。
本当に本当に幸せな時間だった。
あの日までは…。

今から半年前、彼女が急に倒れた。

乳癌だった。
しかもかなり進行し、周りにも転移していて手術は不可能だと医師も匙を投げ、
持って1年だと通告した。

彼女は最初取り乱し、いつもの笑顔はどこかに飛んで行ったのかと思うほどだった。
当たり前だ。
彼女は当時、まだ23歳。

『これから色々なことをおじさんと一緒にしたかった!!』
『もっとおじさんと生きていたいよ!!』
『もっとおじさんと一緒に居たいよ!!』

彼女は僕と過ごしていたかったと泣いていた。
僕はただ彼女の気持ちを受け止めることしかできなかった。
これから彼女の叫びをひたすら受け止めようと決意したほどにだ。

でも、彼女は僕が思う以上に強い人だった。
次の日にはケロッとして笑っていた。
癌の話をすると彼女はただ一言、

『一年の余命で後67年分幸せに過ごせばいいんだもん。』

といった。
僕は脱力したが、彼女はそれを見て大笑いしていた。
だから僕も腹を決められたのかもしれない。

「あのさ」

『何??』

「君の残りの一年で67年分幸せにできるか不安だけど、
努力するからさ、結婚してくれないかな?」

彼女は持っていたカップを床に落とした。
正直、怒られると思った。
でも、彼女は思いっきり抱き着いてきた。

『すぐに未亡人になるよ…?』

「未亡人は旦那さん亡くした奥さんだよ。旦那さんは寡夫」

『…寡夫になっちゃってもいいの?』

「どうでもいい。
君は『おじさんの最期まで一緒にいる』って言ってくれたでしょ?
僕も同じ気持ちだから僕も君の最期まで一緒に居たいだけ。
でも、絶対長生きしてもらうから。
だから、お願い。君の傍に居させてよ。」

『うん…。一緒にいて…最期まで。』

それからすぐ知り合いの教会にお願いして小さな式を挙げた。
彼女の両親は最初僕に病気の事で負担がかかるからと反対していたが、
僕が土下座しているのを見て諦めたらしい。
(むしろこっちが土下座したかったと式が終わった後言われた。)

それから僕は、仕事以外で彼女から一時も離れなかった。
彼女に心配されるくらい。

それから半年後の今、彼女は医者の言った1年のタイムリミットを前倒して逝ってしまった。
彼女が居なくなった瞬間から今までの記憶がない。
色々忙しかったからかもしれない。
彼女の両親には泣きながら感謝されたのは覚えている。

彼女の居なくなった部屋は雑然としていた。
もう彼女は居ない。
わかっている。
でも、受け入れたくない…。
頭の中をぐるぐるさせながら朝と夜を繰り返していた。
そんなとき、彼女の母親から荷物が送られてきた。
彼女が亡くなる少し前に母親に託したらしい。
中身は一通の手紙が入っていた。

手紙には最初から僕が好きだったこと、
振り向いてくれたとき本当に嬉しかったこと、
病気が分かった時泣いて本当に申し訳なかったこと、
結婚してほしいと言われて嬉しかったこと、
そんな彼女の心の内が書かれていた。

僕は自然と笑みがこぼれた。
久々に彼女に会えたような気がした。

手紙の最期にはこれからの僕を心配するような内容だった。

『おじさんがもしもこれから誰かを好きになったら、迷わず再婚していいからね?』

何故かこの言葉を見て僕は泣き笑いになってしまった。

僕はきっと彼女以外をこれからの人生で愛することはないからこんな心配無用なのに…と。
でも、彼女に心配をかけるわけにはいかない。
残りの人生、彼女に沢山の土産話を持って逝くために。

遠すぎる距離

遠すぎる距離

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-10-15

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