雨がやんだら
隣県に所要があって、榊原は車を走らせていた。台風が接近して高速が通行止めになったため、普段めったに利用しない山越えのルートを通ることにした。雨はまだ小降りだが、徐々に風が強まっている。本降りになってしまう前に、なんとか山道を抜けようと焦った。
峠に差し掛かる頃には、ワイパーを最速で動かしても前が見えないほどの豪雨になった。雨だけでなく風も強くなってきており、油断すると車体ごと持って行かれそうになる。これ以上の走行は危険と判断し、路肩に寄せて車を停め、ハザードランプを点滅させた。その間も、カーラジオからは絶え間なく台風情報が流れている。
「まいったな。車を停めたものの、いつ雨がやむのか見当もつかないぞ。それに、強風にあおられて、落ち葉や小枝が飛んでくる。窓ガラスなんか割れたら大変だ」
不安から、つい大きな声の独り言になる。
その時。
ドン、ドンという鈍い音とともに、フロントガラスに何かがぶつかって来た。
「な、何だこりゃ。うわっ、魚だ!」
それはかなりの大きさの鯉のようだった。
「どうして鯉が飛んで来るんだ?沼か川の水が巻き上げらているのか?」
榊原が耳を澄ますと、遠くの方からゴーッという音が近づいて来ている。一旦止めていたワイパーを動かしてみると、前方に黒くうねる竜巻が見えた。
「やっべえ!逃げなきゃ」
だが、今発車する方が危険かもしないと思い直し、助手席に置いていたクッションを頭にのせて、精一杯身をかがめた。
ドン、ドンという音は激しさを増し、車体が猛烈に揺すぶられた。
「わーっ!わーっ!やべえ!」
生きた心地がしないとは、このことだと思った。
だが、竜巻はアッという間に通り過ぎたらしく、すぐに静かになった。気が付くと、雨の音すらしない。
恐る恐る顔を上げると、車の周囲にいくつか人影が見えた。警察か消防の人だろう。榊原は急いで窓を開け、叫んだ。
「大丈夫です!被害はありま…」
榊原は声を飲んだ。
車を取り囲んでいたのは、口に鯉を咥えた河童だった。
(おわり)
雨がやんだら