愛の穴 第5回

小説というより脚本に近い感じで書きました。ただ、脚本の書式をよく分かっていないので、読みづらい個所も多々見受けられると思います。
だから、「脚本に近いが脚本ではない変な書式の読み物」、というような感じで読んでいただければ、純粋に物語を楽しんでもらえたら嬉しいです。

26、交番・中

主人公、正座をしている。その周りを獲物を狩るライオンのように周る警官。右手で警棒を持ち、左手の手の平に叩き付けながら。
警「さあ、どんな風にいたぶってやろうか」
主「やっぱりあんたそっち系じゃねえか!」
警「おだまり!」
怯える主人公。
警「さあ、どんなプレイをどんな恰好になってやってもらおうかしら。猿ぐつわ、
ムチでいたぶる。ろうそくを垂らす。その蝋燭を×××する。あとは×××。×××。×××する」
主「・・・まじかよ」
ドアが勢いよく開く。
親父「○○(主人公の名前)に手を出すな!」
主「親父!?」
警「あ、あなたは私の天使!」
警官、興奮して父親に抱きつこうとする。
それを思い切り投げ飛ばす父。
親父「とりゃああああ~!」
警「きゃあああああ~!」
警官、主人公の方に飛んでいき主人公にぶつかる。
主人公、そのまま気絶する。
× × × × × × × × × × × × × × × ×
主人公、夢現の中で話声を聞く。
「さあ猿ぐつわをして、それから四つん這いになって・・・」
× × × × × × × × × × × × × × ×
再び主人公、夢現の中で話声を聞く。
「イタイ!イタイ!でもクセになる!・・・バチン!(ムチの音)バチン!」
× × × × × × × × × × × × × × × × × ×
再び主人公、夢現の中で話声を聞く。
「あっ!アチ!アチアチ!・・・あ、いい」
「ほら、もっと垂らすわよ」
× × × × × × × × × × × × × × × × ×
再び夢現の中で話声を聞く
「今度はろうそくを×××して、×××・・・×××・・・」
× × × × × × × × × × × × × × × × ×
主人公、勢いよく起き上がる。
主「親父!駄目だ!それは駄目だ!」
起きると、主人公の視界には父親が警官の足首を持ち、腹筋を手伝っている。(二人ともパンツ一丁)
親父「お、起きたか。お前が起きないから父さん達な、自主トレに精を出してしまったじゃないか」
主「なんだ、腹筋。自主トレか(安堵の表情)・・・でもなんでパンツ一丁なんだ」
主人公、父親の背中にミミズ腫れができているのに気付く。そして明らかに使用感のあるムチ、ろうそく、猿ぐつわが周りに散乱している。
主「・・・親父。まさか・・・嘘だろ」
親父「はっ、はっ、はっ。なにをそんなに驚いているんだ。悪い夢でも見たのか。いや~やっぱり汗をかくというのは気持ちがいいな~。はっ、はっ、はっ」
警「そうね~(腹筋しながら)やっぱり垂らすのは気持ちがいいわよね~」
主「まぢか!まぢなのかおい!」
親父「そうだ。まぢに気持ちがいいぞ。というか、お前、もう遅いから早く家に帰りなさい。この○○さん(何故か警官を下の名前で呼ぶ)、あ、いやお巡りさんも私が事情を話したらお前のこと、今回は見逃してくれるっていうから」
警「今回だけだぞ(語尾にウインクを付ける)」
主「いや、あんたのせいなんだけど」
親父「ほら、そんな恰好で寒いだろ。なんでパンツ一丁なんだ?この部屋にパンツ一丁が三人もいるなんておかしな集団じゃないか。はっ、はっ、はっ。ほら、さっさと着替えて帰りなさい」
主「あんたが脱がしたんだろ。親父は帰んないのかよ」
親父「父さんはもうちょっと自主トレしてから帰るから、お前は早く帰りなさい」
警「早く帰らないと逮捕しちゃうぞ(再度語尾にウインク)」
主「な、まじかよ。自主トレ?なんだよそれ」
親父「いいから早く帰りなさい!(突然怒鳴る)」
主「わ、わかったよ」
警「あ、この先のトンネルは今、工事中だから、入っちゃ駄目だぞ」
親父「そうだ。すぐ引き返して家に帰りなさい。さっ、早く」
主「何でそんな早く帰らそうとするんだよ。わ、わかったよ。帰るよ」
主人公、交番を出て行こうとする。ちゃんと服を着てから。
親父「あ、忘れてるぞ、ドーナツ。割れちゃったけど、お前の大事なもんなんだろ。ちゃんと持って行きなさい」
主人公、割れたドーナツをしばし見つめ、渋々持ち、そして出て行く。

27、再び・交番前

M「(交番を振り返り)もう親父のことは忘れよう」
主人公、半分に割れたドーナツを見る。
M「割れたドーナツなんて意味がない。唯一の繋がりが、希望の、愛の穴が。もう駄目だ。もうお終いだ」
そして前方に鬱屈としたトンネルがある。入口には「工事中 立ち入り禁止」と書かれた看板が置かれている。
主「今日は休日だから工事の人はいないのか」
M「なんだか妙な気分だった。あの警官に入るなと言われていたから逆に入りたくなるという、心理状態になっていたのかもしれない。あるいは、ここに入って行けば、なんとなく救われるような、そんな気がした」
主人公、交番を振り返り、それから今まで来た土手の道程を振り返る。
M「今までずっと歩いてきて、今さら引き返すのはなんだか間違っている気がしたし、僕の体の向きが前に進む方向に向いていて、これより前に進むのを止めて向きを変え、引き返すのがとても億劫になっていて、このまま惰性に身を任せた方が楽だと思った。
また、このトンネルの暗闇が、あの堕落の快楽と同じように、僕を惹きつけ、誘惑した」
主人公、「工事中 立ち入り禁止」の看板を無視し、そのままトンネルの中に入って行く。
M「僕は誘惑に屈した」

28、トンネル・起源の穴

主人公、トンネルの中に入って行く。
M「寒気がした。嫌な空気。誰かが後ろからついてくるような気配がした。だけど僕は後ろを振り返らなかった。入ってしまったからには、もう、後戻りできない気がした。そこかしこに凶兆があり、というか全て、このトンネル全体が凶兆の塊だった。全てが僕の敵だった。僕を嘲笑し、挑発し、脅した。
不安で堪らなかった。僕はポケットに手を突っ込むことさえもできなかった。なにかしらの行動が、奴らの機嫌をそこね、僕に今にも襲い掛かってきそうだった。ただ、前に進むことしかできなかった。相変わらず後ろにある気配が、監視しながらついてくるような気配が、僕の不安を煽った。
僕は死ぬんじゃないかと思った。このまま進んでいけば死ぬ。だけど歩みはもはや止められない。僕は不安の中で後悔した。
ちゃんと生きりゃよかった。早く動き出せばよかった。いったい、なんだったんだろう。この僕の人生はなんの意味があったんだろう。
いや、そもそも僕とはなんだったんだろう。僕はなんだったんだろう。
鶴子。
鶴子はどうしているんだろうか。本当に消えてしまったんだろうか。僕のせいで消えてしまったんだろうか。
鶴子とはいったいなんだったんだろう。
ごめん。ごめんな。あーなんなんだ。なんなんだよ。この野郎。
畜生。ちくしょう。チックショウ。ちくしょう。畜生。よくわかんねよ。
なんなんだようもう。鶴子。つるこ。つる子。ツル子。鶴子。
母さん。
母さん、あんたはなにやってんだよ。
あんたこんな時になにやってんだよ。どこ行ってんだよ。
おい、俺今、こんな目に合ってるんだぜ。なあ、聞いてくれよ。なあ。
俺、いったいどうすりゃいいんだ?あんたの好きなドーナツ、半分になったドーナツ持って、俺、なにやってんだよもう。
なあ、なにやってんのかな俺。笑っちまうよ。
なあ、笑ってくれよ。こんな惨めな俺を笑ってくれよ。なあ、母さん。
母さん。なあ、なあ!母さん!」

「笑えないわよ。全然」

主「え?」
主人公、立ち止まる。
前方には母親が立っている。
母「ぜーんぜん面白くないもん。だから笑えません」
主「母さん!?」
母「なによ」
主「いや、な、なにって、なんで!?」
母、微笑する。
母「この世界には不思議なことが極まれに起こるのよ」
M「どこかできいた台詞だった」
母「ちょっと、あんたなんていう顔してるのよ。今にも泣きそうな顔して」
M「そう、今にも泣きそうだった」
母「それに両手に半分個になったドーナツ持って、馬鹿じゃないの」
主「バ、バカって事はないだろ。母さんが好きなドーナツじゃないか。割れちゃったけど」
母「確かに好きだけど、なんでずっと持ってるのよ。悪くなっちゃうでしょ。食べなさいよ」
主「食べらんないよ。そうか。これを持ってたから母さんに会えたんだ。そうた。きっとそうだ。・・・でも割れちゃってるよな。希望の、愛の穴。割れてるのになんで?」
母「なに訳のわからないことぶつぶつ言ってるのよ。希望の穴?愛の穴?なに言ってんのよ。それはドーナツの穴でしょ。割れてるからってなによ。むしろそっちの方が食べやすいじゃない。いいから早く食べちゃいなさいよ」
主「え?いいの?食べっちゃたら母さん消えちゃうんじゃ・・・」
母「うるさいわね。なにさっきから訳わかんないことを。気持ち悪いわよあんた」
主「だってばあちゃんが言ってたよ。ドーナツの穴を崩さずに食べる方法はないかって、ばあちゃんに聞いてたって」
母「子供の頃の話でしょ?」
主「そうだよ。それで食べないでずっと見てたって」
母「ずっとじゃないわよ。見てたのは、そうね、十分位だったかしらね。そのあと食べたわよ。うん食べたわね。」
× × × × × × × × × × × × × × × × × ×
シーン⒑の幼い頃の母と祖母とのドーナツ場面の続き。
母、皿の上のドーナツを凝視。
十分後。
「ぎゅるぎゅる~(お腹が鳴る音)」
母、一口分、ドーナツを食べる。そして、思い出しように立ち上がり冷蔵庫に向かう。
祖母「あら、どうしたの?飲み物?」
母「うん。牛乳。やっぱりお供は牛乳よね」
冷蔵庫を開けると、牛乳はなく、代わりにコーヒー牛乳が置いてある。
母「お母さん、牛乳がないよ」
祖母「あんたが今週は牛乳じゃなくてコーヒー牛乳週間にしようって訳わかんない駄々こね始めて、仕方なしに今週はコーヒー牛乳買ったんじゃないの。忘れたの?」
母「えー?でも甘さはドーナツから摂るからコーヒーは用なしなのよ」
祖母「あんたさっきドーナツ食べないって言ってたじゃないの」
母「コーヒー牛乳じゃ嫌だ!牛乳がいい!牛乳じゃなきゃ食べれないじゃない!」
祖母「じゃあ食べなきゃいいでしょ。それにもうすぐお夕飯なんだから、ご飯食べられなくなっちゃうでしょ?」
母「だって一口食べちゃったんだもん。もうこの食欲は走り出しちゃってるの、止まらないの!」
祖母「牛乳なしでも食べれてるじゃないの!そのまま食べちゃいなさいよ」
母「一口食べたから分かったのよ。やっぱりドーナツにはお供の牛乳がいなくちゃ力を全部発揮できないって」
祖母「めんどくさい子だね。あんたがコーヒー牛乳ウィークにしようっていったからコーヒー牛乳買ったんじゃない!自分に言ったことに責任持ちなさいよ!」
母「その時はこんなにドーナツと牛乳が愛し合ってるなんて気付かなかったし、そんなことあの時は考えもしなかったのよ!あの時はコーヒーという甘さが加わった牛乳の魅力にやられて、たまにはそういう週があってもいいんじゃないかと。マンネリ脱却という革命を起こそうと一石を投じる思いで発言・そして実行へと導いたわけで、現状維持、安定を望んだら駄目なのよ!わかる?」
祖母「でもまた安定に戻ろうとしてるじゃないの。わかる?」
母「そこなのよ!つまりは、物事はやってみないと分からないってこと!」
祖母「は?」
母「科学のあとを倫理がいつも追っかけているように」
祖母「ちょ、なにを言いだしてるの」
母「つまり倫理ってのはなにかのあとにしか登場できない、自力では登場できない付属物ってことよ!」
祖母「話がすり替わってるわよ」
母「つまり、物事は起こってみないと、やってみないと分からないってことで、今回、コーヒー牛乳ウィークをやってみたら、ドーナツには牛乳が必要で、甘ったるいコーヒー牛乳よりも、やっぱり定番の牛乳の方が良い、そう革命は起こすもんじゃないと、そういうことよ」
祖母「単に、甘ったるいコーヒー牛乳ばっか飲んで嫌になっちゃっただけじゃない」
母「うるさい!」
祖母「はいはい、じゃあお金渡すから自分で牛乳買ってきなさい」
母「はーい」
家を出て牛乳を買いにいく母。
そして15分後。
母、帰宅。
母「お母さん、来週からはアイスコーヒーウィークにしよう」
祖母「いい加減にしなさい!」
× × × × × × × × × × × × × × × × × ×
主「・・・今の回想の挿入いる?」
母「・・・ちょっと長すぎたかしらね」
主「ま、まあいいや。これから取り返そう。・・・って食べたのかよ!」
母「だって食べ物は食べなきゃ」
主「そりゃそうだけど・・・」
母「・・・確かにね、子供の頃はこの世界が嫌いだった」
主「・・・?」
母「なんでこの世界にいるんだろう。最初からこの世界に在るんだろう。もしかしてこの世界に閉じ込められてるんじゃないかって。勿論子供の時は今言った表現はできなくて、もっと漠然と感じてただけなんだけどけどね」
主「・・・」
母「なんか違和感があったのよ。なんかおかしいんじゃないかって。でも周りのみんなは普通に生きちゃってるし。なんで不思議に思わないんだろう。みんな私と同じように変だと思ってないのかな、ってすごい不安になったわ。ある時、一番仲の良い友達にこのことを話したら全然理解してもらえなくて。そんなことよりこの服可愛いでしょって。全然聞き入れてもらえなかった。ああ、この違和感は私しか感じてないんだって。その時なんか急に一人ぼっちになった気がして。私それから、まあ、元々はしゃぐような子じゃなかったけど、あんまりしゃべらない子になっていって。段々、一人でいるようになって。そっちの方が楽だなって思うようになったの。それでいつかこの世界から出られないかな。脱出できないかな、って考えるようになっていって。
それで色々出口を探して、非常口を出てみたり、屋上のドアを開けてみたり、マンホールに十秒間止まってみたり、満月になるのを期待したり。・・・でも無理なんだって気付いたの。これは諦めた方がいいんだって。世の中には納得いかなくても、次に進んでいかなきゃならないこともあるんだって。それで、中学校に上がる頃にはもうそんなこと、あんまり考えなくなって。それよりも大事なことが見つかって。そう、恋愛に夢中になったの。なんだかこの世界にいる意味が見つかったようなそんな気持ちになったわ。そうね、色んな恋をしたわね。ああ懐かしいわ。まあ色々あったのよ。そう、そして失恋もしたわ。それも大が付くほどの失恋。大失恋。あれは辛かったわね。それをきっかけに恋愛ができなくなっちゃって。するとふとしたきっかけで、ほんの些細なきっかけ、思い出せないくらい些細なことがきっかけで、またあの出口のことを思い出しちゃったのよ。そしたらノイローゼみたいになちゃって。あと
ちょっとでおかしくなってたわねきっと。そんな時にあなたのお父さんに出会ったのよ。
あの人、すごく優しくて。その出口のことを、小学生以来、あの人に話して。なんか誰でもよかったから聞いて欲しくて。そしたらあの人、ちゃんと聞いてくれて。全然邪険にすることなく聞いてくれて。多分、あの人私がなにを言ってるのかさっぱり分かってなかったと思うけど、でもそれでも真剣に聞いてくれたわ。出たら、どこに通じてるんだ?とか、それは宇宙の外側ってことなのか?とか一生懸命理解しようとしてくれてて。私も最初は一生懸命理解してもらおうと思って色々な言葉を使って、絵や図を書いたりして。でも、段々説明しているうちに、まあ私も、心身疲れるくらい説明して、伝えたいこと全部出し切っちゃたからすっきりしたってのもあるのかもしれないんだけど、なんだかバカバカしくなちゃって。もう分かってもらえなくていいやって。だってこんなに真剣に聞いてくれる人がいるんだもん。もうそれだけでいいやって、そう思えたのよ。
まあ結局、その後お父さんとは別れちゃったけど。まあしてみないと分からないことってのがあるのよ。
でもね、お父さんと一緒になったおかげで、私が在った理由、私がこの世界で生きた理由、そして、私がこの世界で生きてきた中で一番嬉しかったことに出会えたの。お父さんは出会わせてくれたのよ。だからお父さんには感謝してるのよ」
主「・・・」
母「その一番嬉しかったことっていうのはね」
母、主人公を見つめる。
主「え?」
母「あなたが生まれてきてくれたことよ」
主人公、驚いてなにも言えない。
母「あなたと出会えたことが私にとって一番嬉しかった。私がこの世界にいた一番の理由、意味だったのよ。あなたが私の中から出てきて、あなたを最初に見た時に一瞬で分かったのよ。悟ったのよ。ああ。これなんだ。このためだったんだと。そしたら、穴とか出口とかの煩わしいことなんか、どっかに一気に吹っ飛んで行っちゃたのよ。でもね、あとで思い返してみたら、あの時、あなたの顔を見た時、今まで探し求めていた出口、穴があなたによって埋まった感じがした、そんな感じがしたのよ。それで思ったのよ。もしかしたら私は出口を探していたんじゃなくて、出口のフタを探していたのかもしれないって。今までなにか足りなくて。欠けてて。でもあなたの誕生で完全に穴が塞がった、埋まったってね。私はもう一人じゃない。この子と一緒に生きていける。この子がいればもうなんだっていい。そう思えた。ただあなたが生まれた直後はただただ嬉しくて、言葉では表現できないくらい、ただただ嬉しかった。とにかく嬉しかった。ありがとう。生まれてきてくれてありがとうって何回も泣いているかわいい顔のあなたに言ったわ。本当にありがとうね」
M「僕は今にも泣きそうだった」
主「で、でも母さんはいつも突飛な行動ばかりしてたじゃないか。あれはああやることで、現実を出し抜くことで、この世界から脱出しようとしてたんじゃないの?」
母「あれはああなたのためにやってことなのよ」
主「俺の?」
母「そう、あなたのため。あなたには周りに流されて欲しくなかったのよ。つまらない大人になって欲しくなかった。あなたの好きなように生きて行って欲しかった。周りがどうだろうと、あなたが正しいと思ったことをやって欲しかった。ただそれだけよ」
M「ずっと僕は母親にとって、いてもいなくてもいい、どうでもいい存在なんだと思ってた」
母「あなたは私のことどう思ってたかは知らないけど、私は一番あなたが、大好きだったのよ」
M「嫌われてるんじゃないかと思ってたんだ」
母「でもだからと言ってあなたが私を一番に好きになってくれる必要はどこにもないのよ。それはそれで嬉しいけど、母親としてはそれは心配なことよね」
M「涙を堪えるのに必死だった」
母「あなたはどうなのよ。鶴子ちゃんはとは」
M「今にも・・・泣きそ・・・鶴子?」
母「それにあなたさっきからドーナツが半分に割れちゃった、穴が半分に、希望の愛のなんちゃらかんちゃらって言ってたけど、それはそれでいいんじゃない?」
主「え?」
母「合わせてみなさいよ。その二つを」
主人公、戸惑いながらも、半分に割れたドーナツの片割れと片割れを合わせる。
母「ほら、穴ができたじゃない」
主「?」
母「二人で作るものなのよ。愛は」
主「二人で作る・・・」
母「少し神話的になるかもしれないけど、ドーナツがあるからそれで例えると、天上の世界では最初、完成されたドーナツだったのよ。それが訳あって、というか選ばれて、誰に選ばれるかっていうのはこの際重要ではないから、便宜上、神様でいいわ。それで神様に選ばれて地上に降りてくる時に、半分に割れちゃうのよ。だから、元に戻ろうとその割れた片割れと片割れの二人がお互いを探し合い、求め合うのよ。一番しっくりくる、ぴったり合う穴を再度作るために。コホンッ(咳払い)まっ、そんな変な理屈、空理空論なんて信じなくていいけど、でも、とにかく、私が言いたいのは、愛は二人で生むものなの。これはホントなのよ」
M「鶴子・・・」
母「さっ、あなたはそろそろ帰りなさい。あなたまでこっちの世界に来ることはないわ」
主「どういうこと?」
母「まあいいわ。ほら、後ろの人にもそう言われたでしょ」
主「え?」
主人公、後ろを振り返る。するとそこには父親が立っている。
M「あの、あとをついてくる気配は親父だったのだ」
主「親父」
父「ダメだって言ったじゃないか」
父、母と目を合わせて微笑み合う。
母「さっ、早く帰んなさい。あなたの大事な人が待ってるわよ」
M「鶴子だ」
母「あんた、この頃、全速力でダッシュしてないでしょ?」
主「え、う、うん」
母「じゃあ久々に全力でダッシュして帰んなさい。そしたら、色んなごちゃごちゃしたことも一気にどっか吹っ飛んじゃうわよ。それにあんたは私に似て」
主「似て?」
母・父・主「足が速い」
親子三人笑い合う。
母「さあ、戻りなさい」
主「うん」
母「位置について」
主人公、スタートの準備。
母「クラウチングスタートじゃないの」
主「あんたじゃないんだよ」
母「あら、つまらない子ね」
母、子、微笑し合う。
母「帰ったら鶴子ちゃんによろしくね。悲しませちゃだめよ」
主「っていうかなんで鶴子のこと知ってるんだよ」
母「ヨーイ」
主「え?あ、え?(動揺しながらも走り出す構えをとる)」
母「ドン!」
主「え?え、え?」
主人公、走り出そうか逡巡している。
母「ほら、行きなさいよ!全速力で!」
主人公、たじろぎながらもスタートする。
母、走り出した主人公の後ろ姿を見つめる。
母「この世界には不思議なことが・・・たくさん起こるのよ、きっと」

主人公、全力でダッシュ。
すると、父親、先程の警官が傍で応援してくれている。
ダッシュ。
そして、トンネルを抜け、「工事中 立ち入り禁止」の看板を跳び越える。そして、今まで歩いてきた道程をダッシュ。
いつの間にか、ドーナツをくれた少女、出口を探していたお爺さん、バンドマンの二人組、そしてダッチワイフ野郎が「アポーアポー」言っているダッチワイフを抱えながら応援してくれている。
ダッシュ。
そして、始まりの場所。最初バンドマン達と話していた場所が見えてくる。
主「おりゃー!うわー!クソヤロウ!」
ダッシュ。
主「ッシャー!ッシャー!ンッシャー!」
そして始まりの場所に女の子が立っているのに気付く。
主「(鶴子!?)」
主「鶴子!」
鶴子、微笑みながら手を差し伸べている。
主人公も手を伸ばす。
鶴子「お帰り」
二人、がっちり手を取り合う。そして主人公の手がぐいんと引っ張られる。

ぐいんと。

28、復活・病院

主人公、目を覚ます。病院のベットの上。
主人公が仰向けの状態で右手だけ鶴子の両手に握られている。
周りには鶴子の他に、父親、警官、ドーナツを持った少女、スーツを着たお爺さん、バンドマンの恰好をした二人組、ジャイアント馬場そっくりなダッチワイフを持った男がベッドを囲んでいる。
一同「おお!覚ました!」
チー坊「みんなで応援したら本当に思いが通じて生き返りましたよ!この人!」
主「・・・ん?生き返った?」
父「お前、生死を彷徨ってたんだぞ」
主「なんで?え?っどう・・・いてっ」
主人公、脇腹に包帯が巻かれているのに気付く。
ダッチワイフ野郎「間違えてゴメン」
主「え?」
× × × × × × × × × × × × × × × × × ×
M「人は見たいものしか見ようとしない。都合のいいように解釈しようとする」
シーン3のダッチワイフとの攻防の場面。
ナイフを胸ポケットから取り出すダッチ野郎。
主「えっ、ナイフ?!やばい!ナイフはやばいって!ち、ちょっと待った!待ってって!」
ダッチ「問答無用!アポー!」
ちょっとした攻防になり、ナイフで刺されてしまう主人公。
× × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
主「刺されてたのか・・・」
ダッチ野郎「まじでゴメン」
父「ごめんじゃすまされんぞ」
ダッチ「本当にすみませんでした」
父「まあいいけど」
主「よくねえだろ!ッ、イテ」
少女が主人公にドーナツを渡す。
主「ん?」
父「母さんはな、あの嵐の日、この子を助けようとして車と衝突したらしいんだ」
少女「その時落ちてたの」
主「脱出したわけじゃなかったんだ」
部屋のドアが開き、女性が入ってくる。
女性「すいません。この子の母です。本当にあなたのお母様には感謝しています。本当にどうもありがとうございました。なんとお詫びしていいか・・・本当に本当にすみませんでした。そして本当にありがとうございました。(泣いている)」
父「いや、お母さん、いいんですよ。○○(母の名前)もこういう人助けをして、生を全うできて本望だと思います。だから、もう、お顔を上げて下さい」
主「うん。本当にその通りだと思います。あの人はそういう人間です。きっとこの子が助かった意味が、きっとあるんだと思います。だから」
主人公、少女の方を見て、
主「いい女になるんだぞ」
少女「・・・」
父「お前、それは気持ち悪いだろ。一同ドン引いてるぞ」
主「そ、そんなことないだろ。ねえみなさん」
一同ドン引いている。少女の母親まで引いている。
主「いや、お母さんまで引かないで下さいよ」
女性「冗談です。すみません。本当にありがとうございました。本当に感謝しています。あなたのお母様は本当に素晴らしい、カッコイイお母様ですね」
主「(誇らしく)はい」
女性「それではそろそろ失礼します。本当にありがとうございました」
女性、少女、頭を下げる。
そして帰り際、少女が母親に、
少女「ねえ、お母さん、今度は約束破っちゃだめだよ」
女性「うん。ごめんね。今度は破らないわ。許してくれる?」
少女「うん。反省してるみたいだから許してあげる」
主人公、呆然としている。
主「あの子・・・」
父「ほら、お前、こちらの方達にお礼を言いなさい」
主「え?」
父「まずこちらのバンドマンのお二人が倒れているお前を見つけて、このダッチワイフの方に誤解を解いてくれて、近くで赤ちゃん歩きをしているお爺さんと一緒に病院まで運んでくれたんだぞ」
主人公、再度呆然。
主「・・・っていうかあんたのせいで!イテ!あんたのせいでこうなったんんだぞ!」
父「なにを言ってるんだお前は」
警「こら、君、お父さんに向かってその口の利き方はないだろ」
主「あっ、あんた!」
警「なんだ」
主「いや・・・別に。(小声で)さすがにないよな」
父「それじゃあ、私たちはそろそろおいとましましょうかね。ここからはお若い二人でゆっくりとしていただきますか」
主「え?」
そして、主人公と鶴子以外出て行く。
バンドマン「じゃあ大事にな!ホラ、お前もなんか言ってやれ、チー坊!」
チー坊「ポチョムキン!じゃなくてお大事にっス!」
二人、出て行く。
お爺さん「では、お大事に。カ~?」
主「セブン」
お爺さん、にっこりほほ笑む。そして出て行く。
父「じゃあゆっくり休みなさい。いきなりやろうとして痛めるんじゃないぞ」
主「なに言ってんだよ。じゃあな」
父「おう」
主「あっ、親父!」
父「なんだ?」
主「あ、ありがとな」
父「(微笑して)ああ」そして出て行く。
主、幸福を噛みしめるような表情。
警「では、お大事に(出て行く間際にウインクをする)
主「やっぱりあんた!イテッ!イテ、いて~ててて・・・」
沈黙。
主「あ、あの~・・・」
鶴「おかえり」
主「お、おうただいま」
M「鶴子はたじろぐ僕を全て包み込む様な穏やかさで僕を迎えてくれた。なんだか僕の全てをを分かってくれているような、全てなにもかもお見通しのような、まるで母親のような、そんな表情で僕を見つめてくれた。」
主「鶴子」
鶴子「ん?」
主「退院したら、しような」

29、退院

M「そして退院の日がやってきた」
病院の入口で先制達に見送られ、主人公、父親、鶴子が先生達にお礼を言い、そして主人公の家へと向かう。
主人公の家に着く。
父「じゃあ父さんはここで帰るな」
主「ああ。色々ありがとな」
父「ああ。じゃあゆっくり休むんだぞ。いきなりやろうとするなよ。退院したばっかなんだからな」
主「そればっかだな。ああ。分かってるよ」
父「とか言いつつ、やるんだろうな~今夜」
主「うるせえ。早く帰れよ」
父「分かったよ。それじゃあ鶴子ちゃん。またね」
鶴子「はい。ありがとうございました(頭を下げる)」
主「じゃあな(軽く手を振る)」
そして、父、帰る。
二人、部屋に入る。

夕食を食べる二人。カレーを食べている。それぞれの皿にドーナツが一個ずつ乗っている。
そして夜。
仰々しく布団を敷く主人公。
主「よし」
鶴子「えっ、本当にするの?」
主「えっ、しないの?」
鶴子「(微笑しながら)冗談よ」
と言って布団に潜り込む二人。
そして抱き合う二人。
M「愛は二人で作るもの。僕は鶴子を必要としている。鶴子もおそらく僕を必要としてくれているだろう。じゃあ、そんな片割れと片割れ同士でくっつけばいいじゃないか。合わさればいいじゃないか。そう、僕は見つけた。希望の穴。そして・・・」
主「愛の穴」
鶴「ん?」
主「なんでもないよ」
いちゃつき始める主人公と鶴子。
テーブルの上には空いたカレーの皿が2枚くっついている。
そして、その皿の上には半分個ずつのドーナツが合わさっている。

30、同・夜

ことを終えた二人。裸のまま布団に入って、仰向けで寝ている。
主「鶴子」
鶴子「なに?」
主「俺、決めたよ」
鶴子「なにを?」
主「俺、陸上選手になる」
鶴子「無理でしょ」

                            

                           完

愛の穴 第5回

愛の穴 第5回

物語はパンツ一丁の僕と、その僕と対峙する警官の場面から始まる。事象には必ず因果があり、それは僕のパン一事件も例外ではない。そのパン一の経緯を、将来の不安、家族の絆、恋愛、そしてドーナツとを織り交ぜながら辿っていく青春喜劇。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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