愛の穴 第3回
小説というより脚本に近い感じで書きました。ただ、脚本の書式をよく分かっていないので、読みづらい個所も多々見受けられると思います。
だから、「脚本に近いが脚本ではない変な書式の読み物」、というような感じで読んでいただければ、純粋に物語を楽しんでもらえたら嬉しいです。
3、主人公の回想・道
主人公の母親と幼い頃の主人公が手を繋いで道を歩いている。頭上には満月。
母「見て、ほら、今夜は満月よ」
主「そうだね」
母「なに、興味ないの?」
主「特には」
母「シニカルね~」
主「?」
母、微笑する。
母「満月ってさ、ま~るい穴みたいだよね」
主「穴?」
母「そう。この世界から唯一脱出できる希望の穴」
主「あの穴を抜けるとどこに通じてるの?」
母「わかんない。この世界の外側かな」
主「じゃあ僕達がいるこの世界は内側?」
母「うーん、そうなるわね。いや、うーん・・・わかんないわ」
母、主人公と繋ぐ手を大きく振る。
母「現実になんか捕まったら駄目よ。上手く出し抜いて死ぬまで走り続けなさい。あんたはお母さんに似て足が速いんだから」
М「僕はこの時、母親があの満月の穴から脱出して消えていなくなってしまうんじゃないかと不安で堪らなかった」
4、主人公の回想・運動会
M「そして、確かに母親は足が速かった」
母親が参加する徒競走の種目。母親達が横一列にスタンバイしている。
観客の声援。ざわめき。
M「母親は足が速いだけじゃなく」
母親達立ってスタンバイする中、主人公の母だけがクラウチングスタート。
М「速いだけじゃなく」
ピストルの音。一斉にスタート。母、早くも体一つ分抜け出る。この時点までカメラ、母親の上半身までしか映していない。観客のざわめきが一層大きくなり、笑い声も混じってくる。
M「速いだけじゃなく」
母、独走状態。そしてゴールテープを切る。ゴールテープを切った母親の下半身にカメラが移動。ズボンを穿いておらず、パンツしか穿いていない。
M「とっても変わり者だった」
ゴールテープ切ったのにもかかわらず、自分のゴールはその先、ずっとずっと先にあるかのように走り続ける母親。そしてその後ろ姿。それをやめさせようと必至であとを追いかける係員達。
5、主人公の回想・教室(授業参観)
M「ただ、母親の突飛な行動は僕をとても愉快にさせた」
授業参観。座っている生徒達の背後に立って参観している父母達。生徒達が父母達に日頃の感謝を綴った手紙をそれぞれ読んでいき、読まれた父母はなにか感想を述べるといような授業。
主人公の前の席の生徒が手紙を読み終わり、その母親がなにかしらの感想を述べ、クラス中から拍手をもらっている。そして次は主人公の番。
主「いつもどうもありがとう(的な手紙)」
先生「はい。どうもありがとう。えー大変素晴らしい手紙でしたね。じゃあ、お母さん、○○君に一言、感想を言ってあげてください」
背後にいた母が主人公のもとに歩み寄ってくる。
主人公の手前で見えない壁にぶつかった振りをする。
母「ッ!(険しい表情)」
それから、物珍しそうに中空を眺め回し、両掌で壁を触る振りをする。そこから見事なパントマイムを披露する。クラス中、唖然。そしてざわつき始める。
先生「お、お母さん!もうよしてください。は、はい。えー、○○君のお母さんは見事なパントマイムで手紙の感想を表現してくれました」
その間もパントマイマーは四方から壁が迫ってくるという危機的状況を演じている。
パントマイマー「壁が、壁が迫ってくる!」
先生「あっ、喋っちゃうんですね」
M「母親の突飛な行動は僕を愉快にさせるが、僕にだって勿論、恥ずかしさはある」
6、主人公の回想・葬式場
M「またこのような厳粛な場面でも」
僧侶が読経している。親戚一同、神妙な面持ち。泣いている人も見受けられる。
M「僕の父方の祖父が亡くなった時のことだ。僕は何故かその時そんなに悲しくならなかった。そんな自分をとても薄情な奴だと思ったし、少し困惑もして、不安にもなった。だけどその不安を簡単に消滅させてくれた人物がすぐ隣にいた。もちろん僕の母親だ」
母「・・・舐めたい」
主「え?」
母「あー飴が舐めたい」
主「飴?」
母「黒飴よ!」
主「どっちでもいいよ。いや、こんな時に不謹慎だろ」
母「黒い飴だから?」
主「いや、そうじゃなくて飴舐めること自体がだよ」
母「じゃあ齧ります」
そう言って黒飴をポケットから取り出し、ガリガリ齧りだす。
母「ガリガリガリ」
主「おい止めろよ。音周りに聞こえちゃうだろ」
周りの親戚達が音に気付き訝しがる。
母「あーおいしい。とても体に良さそうな味がするわ。さすが黒飴ね」
主「おい、静かにしろって」
× × × × × × × × × × × ×
その後の通夜ぶるまいでの一席
母、親戚に囲まれて嫌味を言われている。
親戚①「あなたなにを考えているの?」
〃②「飴なんて舐めて不謹慎にも程があるわ」
〃③「この薄情者」
〃④「冷血女」
〃⑤「悲しくないの?」
母「ええ。別に」
エリカ様発言に親戚一同唖然。
M「その後、母親は父方親戚一同からあからさまな迫害を受けた。でも母は全く応えてなんていなかった。その後も父方の親戚が何人か亡くなったのだけれど、母は断る事なく参加し、その都度一人ぼっちになる孤独を味わうのだけれど母は言う」
母「葬式で舐める黒飴はとてもおいしいのよ。特に寒気がするほどつまらない人達の中で舐める黒飴はね」
7、主人公の回想・スクランブル交差点
母と主人公が信号待ちしている。
M「そしてこんな場面でも」
信号が赤から青に変わる。一斉に人が渡り始める。母親が主人公と繋いでいた手を離す
母「さあ行くわよ」
主「え?」
母親、話した手を垂直にぴっと挙げる。
母「さあ、あなたも挙げなさい」
主人公、渋々挙げるが少し曲がっている。そして歩き出す親子。周囲の人達は訝しそうに見ている。
M「もちろん僕だって恥ずかしいのだ」
8、主人公の回想・道(ピチピチ・チャプチャプ編)
M「そしておまけにこんなのも」
母、主人公、道を歩いている。前方の親子連れ(小学校低学年位の男の子と母親)がこっちに向かって歩いてくる。その親子連れの前方にはうんちが落っこちている。
男の子「うんちだ、うんちだ」
男の子の母「そうね。うんちね」
男の子「うんちだ、うんちだよお母さん。うんちが落ちてる」
男の子の母「そうね。誰かの落とし物みたいね。でも届ける必要はないのよ」
母、主人公、うんちの現場にだんだん近づいていく。
母「・・・ピチピチ」
主「え?」
母「チャプチャプ」
主「え?」
男の子「うんちだ」
母「ピチピチ」
男の子「うんちだ」
母「チャプチャプ」
男の子「うんちだ」
母「ラン」
男の子「うんち」
母「ラン」
男の子「うん」
母「(思いっ切りジャンプして)ラン!!(うんちを踏んづける)」
男の子号泣して、男の子の母に「早く逃げるのよ」などと言われ連れられて行く。
M「この件に関しては無論、コメントしたくない」
9、主人公の回想・家(リビング)
夕食時、主人公がテーブルの前の椅子に座っている。テーブルの上に置かれた何かを見ている。母は台所でなにかの作業をしている。
母「♪♪♪(ご機嫌)」
M「母さんが機嫌がいいと僕は困る」
母「あなたねえ、つまらない大人になっちゃ駄目よ」
主「(何かを見ながら)お父さんみたいな?」
母「笑。なんでお父さんが出てくるのよ」
主「(何かを見ながら)いや、なんとなく」
母「お父さんはあれでいいのよ」
主「(何かを見ながら)そうなんだ」
母、微笑する。
母「そうじゃなくて周りに流されちゃ駄目ってこと。現実や常識に捕まったらお終いよ。ダッシュで逃げなさい。奴らはどこまでも追ってくるんだから。どこまでもダッシュし続けるのよ」
主「(何かを見ながら)でもさあ」
母「ん?」
主「これはないんじゃない?」
テーブルの上にはカレーが置かれている。ちなみにドーナツ入り。
母「あら、つまらない子ね」
M「母は機嫌がいいとカレーにドーナツを入れた。僕はドーナツが嫌いだったし、カレーに入っているドーナツはもっと嫌いだった」
⒑ 主人公の回想・祖母の部屋
M「僕のドーナツ嫌いには理由がある」
主人公と祖母がテーブルを挟んで向かい合って座っている。
M「それは母さんの子供の頃の話に由来する」
祖母「あの子(母)は子供の頃からドーナツが好きでね」
× × × × × × × × × × × × × ×
子供の頃の母がリビングでテーブルの上の皿の上に置かれているドーナツを物珍しそうに見ている。
母「ねえお母さん」
祖母「なんだい?」
母「どうやったらドーナツの穴を崩さずにドーナツを食べることができるの?」
祖母「どうやったらって、そんなの無理に決まってるじゃない」
母「じゃあ私食べない」
祖母「食べないでどうするのさ」
母「見てる」
祖母、困惑した表情。
× × × × × × × × × × × × × ×
M「僕はこの話を聞くと、どうしてもあの満月の話を思い浮かべずにはいられない。
現実、いやこの世界からの脱出。母は脱出したいんだ。だが、脱出口の周りにはドー
ナツという現実が邪魔をしている。だけどその現実を崩そうとするとその穴(脱出口
)も崩れてしまう。だから母は見ているんだ。満月と同じように。希望の穴を」
主人公、飲み物を取りに一旦、席を外す。そしてリビングから飲み物を持ってきて再び祖母の部屋に戻ってくる。
祖母「あの子は子供の頃からドーナツが好きでね」
M「この頃、祖母はすっかりボケてしまっていた」
⒒ 同・家(リビング)
M「祖母は僕の顔を見る度、必ずドーナツの話を聞かせてくれた」
祖母、なにか編み物をしている。ただ糸が祖母の体中に巻き付いてしまっていて大変なことになっている。
主「お、おばあちゃん、なにを編んでいるの?」
祖母「あの子は子供の頃からドーナツが好きでね」
M「だけど僕はなにも口を出さず、何回でも、その話を聞いてあげた」
× × × × × × × × × × × × ×
家に祖母の友人が遊びに来ている。リビングで母と話をしている。
友「○○さん(祖母のこと)、もしかしたら、もうそろそろ・・・かもね」
母「ええ。そうかもしれないですね」
M「周囲の人達が祖母の死期が近づいてきていることを囁き始めた」
× × × × × × × × × × × × ×
主人公、また祖母にドーナツの話を聞かされている。
祖母「あの子は子供の頃からバームクーヘンが好き・・・」
主「バームクーヘン?」
祖母「あっ、(咳払いしてから)あの子は子供の頃からドーナツが好き・・・」
主「ホントにボケてんの?」
祖母、親指を上にあげてGoodのポーズ。
M「そこら辺はぼや~っとしていたが、確かに死期は迫ってきていて、唯一、その死に立ち会ったのがこの僕だった」
⒓主人公の回想・家(祖母の死)
M「その日は朝起きた時から微妙になにか変だった」
主人公の部屋。主人公目覚める。布団から起き、部屋を出て行きかける。
M「まず、毎日おこなっているオネショ確認をし忘れそうになり」
主「おっと、危ない危ない」
そして戻り布団を確認。
主「よし、ちゃんとしてる」
布団にはオネショで書かれた「GOODJOB」の文字が並んでいる。
M「そして朝食時」
朝食卓。テーブルの上にカレーが置かれている。
M「朝からカレーというのも変だったが」
母「♪♪♪」
母親、鼻歌を歌っている。ご機嫌。
M「機嫌がいいのに・・・」
主「よし。今日は入ってない。(ガッツポーズをとる)」
母「あ、いけない、いけない」
母、カレーにドーナツを入れる。
M「母さんがカレーにドーナツを入れ忘れそうになったり」
主人公、消沈。
M「そしてあろうことか」
主人公、ボーっとテレビを見ている。時刻は朝、9時30分。
主「この時間、ニュースやってるんだ」
ボーっと見ている。
主「・・・あ」
M「危うく、学校をサボりそうになったりした」
急いでランドセル背負って出ていく。その直後、再び戻ってくる。
主「アブね、パジャマで行くとこだった」
× × × × × × × × × × × × × ×
主人公、学校から帰ってくる。
M「その日は何故か、母さんはどこかに外出していて家にはおらず」
二階から祖母の声が聞こえてくる。
祖母「○○~、○○~。ちょっと来ておくれ」
主「ばあちゃん?」
M「祖母は足腰が悪いため、普段は一階で生活しており、祖母が自力で二階に上がることは不可能だった」
主人公、階下に行く。階上には祖母が手摺りに掴まって立っている。
主「ばあちゃん。どうやって上がったんだよ」
M「祖母は確かに僕の顔を見たはずだった」
祖母「○○、あの子はお前によく似とる。私はあまりあの子を理解できなかった。○○、あの子を頼んだよ」
祖母、にっこりほほ笑む。
暗転。
主人公の足元に祖母が横たわっている。
M「僕は祖母が階下に転げ落ちてくる姿をまるで憶えていない。気付いた時には僕の足元に横たわっていた」
「ドサッ」っという鞄が床に落ちる音が主人公の耳に飛び込んでくる。主人公が音の方へ顔を向けると、いつの間にか母が帰宅している。
M「僕は時間の感覚が欠落してしまっていて、母が言葉を発するまでどのくらいの時間が流れのたか分からなかった。ほんの一瞬のようにも感じられたし、始まりから終わりまで割としっかりとした物語調の長い夢から覚めた直後のようにも感じられた。母は、ただ茫然自失としている女性のようにも、つい先刻この世の真理を知ってしまって、倒れている祖母を見てその真理がやはり正しいものだと再確認し、そのまま達観の域に突入してしまった劇中の女優のようにも見えた」
母「嫌な予感・・・したんだ」
主「・・・」
母「朝起きた時から、なんか嫌な気持ちだったの」
そして母、静かに電話の所に行き、救急車を呼ぶ。受話器を持つ手が震えている。
主人公、その震える手に気付き、母を心配そうに見つめる。
M「今朝の母さんは無理やり機嫌がいいように振る舞っていただけなんだと気付き、そして、母さんのことがちょっとだけ分かったような気がした」
⒔葬式場
僧侶が読経している。お焼香の段。
M「まさかとは思ったが、母はここでもやってくれた」
母、お焼香する。そして棺の中で眠っている祖母に近づいて行く。
母「(棺の周りをランニングしながら)イチ・ニ、イチ・ニ、アルソック!イチ・ニ、イチ・ニ、アルソック!(3周位、棺の周りをその掛け声と共に周る)」
母、祖母に向かって、
母「セコムしてますかー?セコムしてますかー?してません!」
そして祖母にダイブ。式場内唖然。母、そのまま動かず、暫く経ってから鼻をすする音が聞こえてくる。
M「この時の母の行動は、僕を愉快にさせてくれなかった」
× × × × × × × × × × × × × × × ×
葬式の帰り道。
主人公と母が手を繋ぎながら歩いている。
母親「(清々しい表情で)なんかみんなの前で泣いたらすっきりしちゃった」
主人公、黙っている。
母「おばあちゃん。二階に上がってたんでしょ?」
主「え、うん」
主人公、祖母に言われた「あの子を頼んだよ」という言葉を思い出す。そして繋いでいる手に力を込める。
母、それを感じ、主人公の方を見て、清々しく、繋いだ手の振りを大きくする。
母「この世界にはそういう不思議なことが極まれに起きるのよ。きっと」
M「この母の言葉がこの先の僕の未来に関わってくるとても重要な啓示のように響いた。そしてこのあと、僕はとても重要なことを思い出す」
母「ねえ、○○は学校に好きな子とかいないの?」
主「あっ」
⒕現在・土手
主人公、座りながら川を見ている。
M「僕はとても重要なことを思い出した」
立ち上がり、歩き出す。
M「僕が何故この土手に来たのか。その原因の一つに挙げられるのが」
前方にねずみ取りに引っ掛かった鶴がいる。
M「鶴子が急に出て行ってしまったことである」
主人公、鶴の所へ歩いて行き、鶴を見下ろす。鶴も主人公を見上げる。
主人公、その場を去ろうと歩き出す。そして、歩き出して間もなく背後から女性の声が聞こえてくる。
女性の声「痛い!痛いよー!こりゃ痛いなー」
主人公、立ち止まる。
M「鶴子との出会いはとてもシュールで、そして、ほんの少しだけ痛かった」
⒖大学校内の道・鶴子
前シーンのラストの主人公が背を向けて立ち止まっている映像から、まずは徐々に周りの音が騒がしくなり、活気が出始め、背景も土手から大学校内に変わる。移り変わったシーンに観客が慣れ始めた絶妙のタイミングで背後から前シーンの女性の声。
女性の声「痛い!痛いよ!イタタ!イ!イタタタタタ!あーねずみ取りってこんなに痛いんだ。あー痛い!痛い!痛いよー」
主人公、暫く無視しているが耐え切れず、
主「(振り返りながら)あ~もうなんだよ!うるせえなあ!どうしたんだよ!」
主人公が向かった先にねずみ取りに引っ掛かった鶴子がいる。
主「っていうか、ねずみ取りに引っ掛かるって漫画の世界っていうかありえねえよ!っていうか意味がわからん!全く理解できねえ!」
鶴子「割と突っ込みが長いのね」
主「う、うるせえな。大体どうやったらねずみ取りなんかに引っ掛かるんだよ」
鶴子「刺激が欲しくて」
主「自作自演!?意味わかんねえよ。マゾかよ」
鶴「近からず、遠からず」
主「よく分からないな」
鶴子「痛み分けする?」
主「は?」
鶴子、どこからかムチを持ってくる。そしてしたり顔で笑う。
× × × × × × × × × × × × ×
鶴子「じゃあ、あなたからやって」
主人公、鶴子からムチを手渡される。
鶴子「本気でやってね」
M「本気でやった」
鶴子の足をムチで叩く。
鶴子「痛い!」
主「お前がやれって言ったんだろ!」
鶴子「(足をさすりながら)OK、OK。じゃあ次は私の番」
選手交代。今度は鶴子が主人公の足を叩く。
主「(あまり痛くなかったので)・・・本気でやってる?」
鶴子「はい、交代」
主人公、鶴子を叩く。
鶴子「痛い!あっ、やめないで!2回連続で叩いて!」
2回連続で叩く主人公。
鶴子「(かなり痛がりながら)お、OK、OK」
選手交代。叩かれる主人公。
主「痛いっちゃ痛いんだけど、そんなには・・・えっ、俺は1回なの?」
鶴子「交代」
訝しながらも鶴子を叩く主人公。
鶴子「イタッ!やめないで!続けて!痛い!もっと!もっと!」
主「お前、完全なるマゾだろ」
鶴子「(かなり痛がりながら)近からず、遠からず」
× × × × × × × × × × × × × × ×
M「鶴子は助けてもらったお礼がしたいと訳のわからないことを言いだし、そのまま僕の家についてきた」
鶴子「(玄関を開けて)お世話になります」
主「いや、お邪魔しますだろ」
M「そして勝手にお風呂場に入り」
鶴子「絶対覗かないでね」
M「と言い、トイレに入って」
鶴子「絶対覗かないでね」
M「と言い、ベランダに出てタバコを吸いながら」
鶴子「絶対覗かないでね」
M「と言って、僕の布団に潜り込んでそのまま爆睡した」
鶴子の布団から少し出ている足を見た主人公は、
M「鶴子はホントに鶴なんじゃないかと思うほど細かった。だがやっぱり人間で、その後、夜な夜な旗を織る気配もなく、なにかに化けて空へ帰るわけでもなく、そのまま僕の家に」
主人公と鶴子がテーブルを挟んで朝食を食べている。
M「居座り続けた」
⒗主人公宅
M「鶴子はいささか自分を傷つけたがり、そして実際に傷つけた」
壁に頭を打ち続ける鶴子。
鶴子「ごめんなさい。ごめんなさい」
主「誰も怒ってないよ。おい、やめろって!」
× × × × × × × × × × × × × ×
冷蔵庫のドアを開けて、中に腕を突っ込み、思い切りドアを閉めるという行為を繰り返し行っている。
鶴子「消さないでください。消さないでください」
主「ちょ、なにやってんだよ。うわ、痛い、それはいてーだろ。でもなんか地味だけど」
× × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
鶴子が朝、鏡を見ながら化粧水を顔に手の平で叩くように塗っている。しかし、だんだん叩き方が乱暴になり、顔を自分でひっぱたく形になっている。
鶴子「私はここにいる。私はここにいる」
主「山崎まさよしかよ!(突っ込んだ直後、鶴子が「違わい!」と鋭く反論する)お、お前、油断ならねえな。やめろよ!もうやめろって!(小声で)や、山崎まさよしかよ(直後、また「違わい!」と反論する鶴子)な、(小声で)山崎まさよし嫌いなのかよ」
× × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
M「もう限界だと思い、話し合うことにした」
主人公とテーブルを挟んで鶴子の図。二人とも正座をしている。
主「あのさ、その、お前のその自傷行為は一体なんなんだよ」
鶴子「なにかが私を連れさろうとするの」
主「連れさる?」
鶴子「表現は間違ってるかもしれないけど、とにかく消えちゃうんじゃないかって不安になるの」
主「それでなんで自分を傷つけるんだ?」
鶴子「自分がちゃんと在るんだ。ちゃんと痛みを感じてるからこの世界と結びついているんだってそう思えるの」
主「なあ鶴子」
鶴子「うん?」
主「俺がお前を痛みを伴わないやり方で、この世界にずっと結びつけてやるから、もう、自傷行為なんてやめてくれ」
M「その夜、僕と鶴子は初めて寝た」
主人公と鶴子が暗闇の中、布団の中でいちゃついている模様。
主「(いちゃつく流れで)山崎まさよしかよ」
鶴子「(急に冷静になって)だから違うって」
× × × × × × × × × × × × × × ×
M「それからというもの、鶴子の自傷行為は治まった」
× × × × × × × × × × × × × × × ×
M「だが、唐突に事件は起こった」
朝、主人公と鶴子が寝ている。
電話のベルで主人公が目覚める。
主「(受話器を取る)・・・はい」
M「晴天の霹靂だった」
主人公、呆然としている。
受話器を置く。
鶴子「どうしたの?」
主「母さんが死んだ」
⒘ 母の死
M「僕は大学に入学すると同時に一人暮らしを始めたので、家には母、一人で住んでいた」
母の家の近所の風景。天候最悪。嵐。
M「その日、天候は最悪で大荒れの嵐だった。だが、その嵐の中を猛スピードで走る母の姿を目撃していた近所の人がいた」
近所の人「あれは確かに○○さん(母の名前)だったね。ベン・ジョンソンみたいな綺麗なフォームで、すごいスピードで走ってったわね。何事かと思って確認しに行った矢先、車の急ブレーキの音が鳴って、見に行ったら○○さんが倒れてて」
M「母はこのような形の脱出を望んでいたのだろうか。その事故現場にはドーナツが落ちていたらしい」
道に落ちているドーナツ。
⒙ 母の葬式後・道
M「母の葬式後、奴に会った」
主人公、道を歩いている。前方におでん屋の屋台がある。主人公、立ち寄る。
主「おじさん、大根と玉子と、ちくわぶと糸こんにゃくね」
おじさん「あいよ」
主人公、おじさんの顔を見る。
M「こいつは肝心な時にいないで、嵐が過ぎ去ったあとに登場する」
おじさん「よっ、久しぶり」
主「・・・久しぶりじゃねえよ」
M「今まで僕の父親の話を全くしてこなかったが、僕にも父親はいる。僕が小学校低学年くらいの頃に両親が離婚して、僕は母親に引き取られた。その後、父親とはなんの縁か、頻繁にとはいかないまでも、たびたび偶然にも会うことがあったのだが、父は会う度に職業を変えていた。そして今、父はおでん屋の店主になっている」
主「母さんが死んだよ」
父「ああ、知ってる」
主「あんた、なにやってんだよ」
父「おでん屋だよ」
主「そうじゃねえよ。なんで葬式こねえんだよ」
父「父さんと母さんはもう夫婦じゃないんだよ。こう言っちゃなんだが行く理由がない。大体どのツラ下げて葬式行けっていうんだ」
主「最低だな。あんたはいつもそうだ」
父「えっ?」
主「あんたは肝心な時にいないんだよ。遅れて俺の前に登場すんだよ。それじゃ意味ねえんだよ。てめぇいつもいつも嫌なことから逃げてんじゃねえよ。」
主人公、目の前のおでん達を地面に手で払い落とす。
主「クソ親父!」
主人公、そのまま立ち去る。
父、去っていく主人公の背中を悲しげに見つめている。
M「僕の暴走はまだ続いた」
⒚ 自宅
主人公、部屋で暴れている。色々な物を投げたり、蹴ったり、蹴っ飛ばしたり、ドロップキックしたりしている。
鶴子はそれをただ怯えながら、というかただ黙視している。
主「お前なに見てんだよ!なんか言えよ!おい!なんなんだよ!なんなんだよお前!なんでここにいんだよ!」
主人公、鶴子の肩を揺さぶる。
鶴子「・・・ごめん」
主「(落ち着きを取り戻して)なに謝ってんだよ」
主人公、部屋のまわりをうろうろしている。
主「あれだ。あのー、お前出てけ」
鶴子、少し悲しげな表情をしながら主人公を黙視。
主「なに見てんだよ!おい!」
主人公、鶴子に近づき、服を脱がし、布団に押し倒して、無理やり性交しようとする。
しかし、鶴子は抵抗する素振りもみせず、ただされるがままにしている。
主「・・・なんだよ。抵抗しろよ」
主人公、鶴子から離れ、家を出て行く。そして夜が明けるまで外を徘徊する。
M「朝になって家に帰ったら、鶴子はいなくなっていた。鶴子も、鶴子の荷物も、鶴子の気配、雰囲気、つまりは鶴子という世界が完全に消えてなくなっていた。これは死と一緒だ。鶴子も母さんと同様、死んでしまった。母さんは脱出。鶴子は消失・・・」
続く
愛の穴 第3回