僕と彼女と頭脳と能力

気まぐれで書き出したら楽しくなってしまいました。
楽しんで頂けましたら幸いです。

朝 + コミュニケーション = 容量不足

窓際に配置された白と茶のチェック柄のシングルベットがもぞもぞと動いている。
枕元にある携帯電話はバイブレーションで朝を知らせていた。
神谷涼太はその携帯電話を手探りで探しあて、慣れた手つきで止めた。
今日は休日、隣で眠る皆川香織を起こしてしまったか気になったが、香織は頭がかろうじて見えるほど布団にもぐり込んでいるため確認できなかった。
いつも同じスタイルだが、この寝方は息苦しくないんだろうか。

「どうして生きてるの?」
香織は僕を視認することなく問いかける。
「君がいるからっていう答えを期待してる?」
朝の天井までの気体は昼のそれよりも重い。
手のひらで目元を覆いながら絞り出した回答としては中々秀逸だった。
「できれば正直な方を期待してる」
「そっか。君がいるから」
「そう言うと思った」
「うん」
「全然嬉しくない」
「うん」

これ以上、寝ることを諦めた僕は、上半身をねじらせて、フローリングに置かれたコーヒーカップに手を伸ばし、昨晩淹れたコーヒーに口をつける。
「昨日の?汚いよ?新しいの淹れようか?」
「飲む前に言ってくれればお願いしてたけどね」
カップをフローリングに置きながら答える。

「さっきの話だけど・・」
この女性は本当に伝えたい話に限って一度に言い切らない特性がある。
そのインターバルは数秒から数カ月まで様々で、どの話の続きなのかリンクさせるのに苦労するのだが、今回は瞬間的にさっきの話とは「どうして生きるのか?」という問いだとわかった。
「ん?コーヒー?」
「違う」
やっぱり・・・少しだけこの面倒な話題でなければいいなと思ってしまった。
朝だから。

息を吐きながら上半身を起こした。
「なにゆえ生きるのか?」
「うん」
布団で顔を覆い、天井を向いていた彼女は身体ごとこちらを向いた。
「さぁ?生物学的に生きたいと思ってるんじゃない?」
「何度か言ったことがあると思うけど、答えに疑問形は嫌いです」
「あー・・えーっと、正直わからんかな。まだうまい物も食いたいし、楽しいこともあると思う。だから生きたい」
「そっか。わかってるじゃん」
「そうやね。わたくしの欲求はまだ満たされておりません」
「いいね」
「いいやろ?」
「うん。私はもう何もいらないかも」
「ん?この前、猫が欲しいとか言ってたやん」
「あれは嘘」
「なに?その、意味のない嘘」
「君がどんな反応をするかと思って」
「っで?採点結果は?」
「100点」
そう言うと彼女は上半身を起こし、ベットの上でくるくるになった白いスエットを手に取り、素早く着替えた。
「いつも思うけど、俺が寝た後にTシャツ着るの?」
「そうだよ」
「どうして?」
「君は私が下着でうろうろしたら嫌がるんじゃない?」
「うーん。確かにそうかも」
「だから。偉いでしょ?」
「うん。100点」
この子は僕をよく理解してくれて、それを先回りして実行してくれている。きっと他にも先回りしてくれている。今はまだわからないけど。

「何が欲しい?熱いコーヒー?朝ごはん?」
「コーヒー」
「わかった」

彼女は僕の上を通り過ぎて、2つのコーヒーカップを拾い、キッチンへ向かう。
僕も上半身を起こして行方不明のTシャツを探していると彼女が上下の紺色スエットを持ってきてくれた。
「ありがと」
彼女はTシャツをつまみながら
「だって私のこれ。君のだから」
「え?あーそっか」
彼女が来ているTシャツは確かに僕の物だ。この場合は昨晩僕が着ていたTシャツというのが正解。
「いくら探したってないよ」
「うん。でもありがと」
「うん」

スエットを着てベットに座ると右斜め前に彼女のワンピースが見える。
フローリングの上でバナナのようにねじ曲がっている。

視線はワンピースを捉えたまま、少し昨晩のことを思い出すがすぐに面倒になって思考を止めた。
朝は考えたくない。

ドアの向こうのキッチンで冷蔵庫を閉じる音や、フライパンをコンロに置く音が聞こえる。
きっと、朝ごはんを作っている。
僕のコーヒーのリクエストは却下されていた。
「じゃあ聞くなよ」
彼女に聞こえないボリュームで呟いて、コキッと首を鳴らしてから立ちあがり、キッチンに向かう。
「朝ごはん?」
「そう。じゃあ聞くなって?」
「いや。朝ごはんが正解」
「100点?」
「そうやね」

すでにコーヒーメーカーからは湯気が上がっている。
僕のリクエストの半分は採用されていた。50点。

「コーヒーまだ?」
「まだだね」
「あとどのくらい?」
「もう少しだね」
「そっか」
「朝はほんとに頭の回転率が悪いね。普段はこんな意味のない会話は少ないもん」
「うん。60%減」
「でも、さっきの話の時に頑張ってくれたから、好きだよ」
「え?・・・うん。」
「そういうリアクションも好き」
「そういうリアクション?」
「簡単に『俺も好きだよ』とか言わないところ」
「俺も好きだよ」
「言うと思った」

カチッ・・コーヒーができあがる。
まだ水滴が付いているカップにコーヒーが注がれる。
「はい」
「ありがと」
「君はコーヒー好きだよね」
「うん」
「できたら言うから」
「うん」

ベットに腰をおろし、熱いコーヒーを片手にたばこに火を付ける。
まだコーヒーと煙草のタッグに敵うコンビには出会えていない。
一口のコーヒー、ひと吸いの煙草で徐々にもやのかかった頭がクリアになっていく。

煙草が丁度半分くらいになったところで今日のタスクについて考える。
このペースだと朝食は8時30分頃に完了。
それからメールのチェックとリプライ。
その際問題があれば対応。ものにもよるが30分前後といったところか。
久しぶりの二連休は満喫できそうだ。

「スイッチは入った?」
彼女はテーブルの上を片付けながら僕を見ずに問う。
「うん」
「ご飯は食べるよね?」
「いただきますよ。朝食後、1時間程度で仕事は終わる。あとはお好きなように。ちなみに二連休だよ」
「え?ほんとに?」

普段から休日も仕事に終始することが多いこともあり、彼女の声のボリュームと表情が一気に上がる。
クールな彼女のこういう一面が最も愛らしい。

「うん。どこかに行く?」
「え?ちょっと待って。考える」
一気にクールダウン。こういう一面も素敵な部分。

ご飯、わかめと豆腐の味噌汁、卵焼き、焼き鮭、キュウリの漬物がキチンとテーブルに並ぶ。
「鮭とか昨日買ってきてたの?」
「そうだよ」
「すばらしいね」
「そうでしょ」
得意げな彼女の表情を見て、言って正解だったと確認する。
立派な朝食に手を付け、しばらく言葉が途切れる。

「どうして今日は午前中なの?」
「ん?仕事?」
「うん」
「たまたま。先週のようなトラブルがないから」
「そっか。無理してない?」
「ん?どうして?」
「どうして生きるのか?とか言ったから気を使ってない?」
まさかそれとリンクされるとは思わなかった。
「いや、本当にそのタスクで終了」
「そっか」
「どこか行きたいところ、したいことはありますか?」
「君はないの?」
「俺?そうやねぇ。久しぶりの休みやし、映画とか見たりするのは悪くない」
「映画?」
彼女が片目を閉じて嫌そうな顔をする
「いや、やっぱり映画以外」
「わかりやす過ぎた?」
表情を崩し、声のキーを上げて悪戯っぽく問う。
「なにが?なんのこと?」
こういう露骨な表情(豊かな表情とも言う)で自己主張する時は決まって機嫌がいい。だから僕もおどけて答える。
「せっかくだから映画以外がいい。散歩とか、散歩は嫌だけど共有できること」
「共有ね。じゃあこれ食べて、仕事しながら候補を俺も考える」
「うん」

朝食を終え、PCを起動。また暖かいコーヒーが用意された。
完璧なタイミング。
彼女は財閥のお嬢様のメイドや大企業のワンマン社長の秘書でも務まるのではないだろうか。

PCの立ち上がりを待って、メーラーを立ち上げる。
新着メールは32通。
ざっと一通り目を通してみる。
報告関連が主でリプライが必要なのは14通、内ヘビーな内容のメールは2通。
モニタの右下の時計に目をやると8時34分。9時00分を目標に設定し、ライトなメールから機械的に返信していく。

キーボードを叩きながら、ふと考える。
いつからこんな仕事ばかりの生活になってしまったのか。
大切な人に休みを告げるだけで喜んでもらえるような乏しいプライベートのために働いている。
様々な大切なものを捨て、諦め、気付かないふりをし続けたおかげで、会社では年齢には不相応なポジションに自分がいることは理解している。
もちろん全て満足というわけではないが、自尊心を慰めるには十分な環境が会社にはある。
ひたすら走り続けた。
趣味や睡眠時間を捨て、友人や恋人の誘いを諦め、疑問や憤りに気付かないふりをして、ただただ仕事に打ち込んだ。
周囲からは「仕事好き」「変わり者」「負けず嫌い」などといった評価があることも理解しているし、大きく外れてはいないとも思っている。
ただ、自分には特筆すべき才能がないことを最も自分が理解しているので、人よりも多くの労力が必要だっただけだと自己分析している。

残業をせず、休日はしっかり休み、趣味はカメラと旅行という同期が主任の位置にいる。
部下である彼の方が自分よりよっぽど才能人なのだろう。

自分に何か一つでも才能があれば、その才能を伸ばすための努力は他者よりもできたはずだ。
無神論者ではあるが、神様や仏様が才能を振り分ける業務を行っているとすれば、僕に才能を振り分け忘れた。
何とも雑な仕事ぶり。

そんなことを考えながらメールの文面を見返し、煙草に手を伸ばす。家で仕事をするメリットは煙草を吸いながらできる環境。
このスタイルで仕事ができれば、よりクオリティの高いパフォーマンスを上げることができるはずだ。
送信。

モニタから視線斜め上に、大きく煙草を吸い込んだ煙を吐き出す。
煙は壁に当たりふわりと拡散する。
僕は煙草の煙の動きが好きだ。
吸わない人にはわからないだろうが、吐き出す煙と煙草から直接発生する煙とは色が若干違う。
特に煙草から直接ゆらゆらと漂う煙は円を作ったり、くるりと一回転したりととても動きがユニークでキュート。
煙の動きを眺めながら、ヘビーな内容のメールに対処するために、頭の中をクリアにする。

1通はクレーム。
1通は現状の報告を仰ぐ上司からの催促。

クレームから手を付ける。
内容を要約すると、御社にシステム構築を依頼したが、こちらの意図とは違うシステムになりつつある。
担当者のクオリティが低いからこういうことになった。
お前が来い。という内容。

この案件は開発当初は僕と部下の葛西というシステムエンジニアで打ち合わせし、途中から葛西に任せていた。
彼は構築についてはとても優秀だが、コミュニケーション能力に難がある。
葛西案件に関して言えばこういうクレームはよくある話しだ。
説明に専門用語が多いからクライアントが理解できない。
クライアントは理解できないまま構築が進むことを恐れ、自分に連絡する。

おそらく一度打ち合わせに同行し、軌道修正する必要があるだろう。
まぁ仕方ない。これは想定内。
この段階で表面化したことで軽傷とも言える。

葛西に現状を告げ、現在の進行具合と仕様の報告を依頼し、クライアントにはお詫びと打ち合わせ候補日をリプライした。

さて、最も面倒な上司への進捗に関する報告。
定例ミーティングでの報告書に詳細な現状報告はしてある。
おそらくそれを見ていない。
「なんのためのミーティングなのか?」という問いに関しては、鎖に繋いで頭の隅に追いやる。

定例ミーティングの報告書をそのまま送ると嫌味なので、少しフォーマットを変えてメールに添付する。
この少しフォーマットを変えるという無駄な作業に時間がかかる。
会社という組織がパフォーマンスを上げるには交通費の削減ではなく、こういう無駄を要求する上司を削減することだと常々思う。
これも頭の隅に。

「恐い顔・・」
「え?」
身体を右斜め後ろに捻らせると、テーブルに座る彼女からの視線に気づく。
「顔見えへんやろ?適当な・・」
視線をモニタに戻すと右斜め前にある卓上型の鏡が目に入る。
「これ?」
指を鏡に映る彼女に向け問いかける。
「うん」
鏡越しの返答。
「どうしても仕事だとね」
「元々攻撃的な顔だから余計に迫力あるよね」
「攻撃的な顔って初めて言われたわ」
「私も初めて言ったよ」
「あと数秒で終わるよ。送信。終わった」
「お疲れ様。早いね」
時計を見ると9時7分。予定より7分オーバー。

彼女 × 距離 = 2番目に好きな香り

「コーヒーまだある?」
軽く伸びをして、首を鳴らしてから、PCデスクからカップを持って立ち上がった。
「少しなら。お仕事中に本日の予定は考えられましたか?」
「あぁ。まず本屋に行って、それからこの前通りかかったボロいカフェ覚えてる?雰囲気の良さような。あそこに行って、今日行くところを決めるのはどう?本屋で観光マップ的なものを買って」
「即席で作ったにしては見事な回答だね」
「よくお分かりで」
「君は何か考えた?」
「特に何も」
「おーずるいね」
湯気が上がることを確認しつつ、カップにコーヒーを注ぐ。

「何をしても勿体ない気がしてね」
「ん?」
「日中にこんなに長時間一緒にいれることはないでしょ?しかも二日間も」
「うん。ごめん」
「責めてないよ。仕事は仕方ないし。でも普段は色々したいと思ってても、そのチャンスがきてみると思いつかないねって話」
「そっか」
「何もしなくても楽しいんだろうけど後悔しそう。でも何かをして早く時間が経つのは許せない」
「じゃあとりあえず今日は午前中は何もせずに、午後はどこかに出かけて、夜は超豪華な晩飯を一緒に作って、夜中までゲームしよう」
「またサッカーゲーム?」
少し首を曲げて優しくうんざりした顔。このプランは気に入ってくれた。
「うん。俺が絶対に負けない奴」
「ゴルフも挟むから。私が絶対負けない奴」

プランが決まり、僕と彼女は順番にシャワーを浴びた。
その後ベットの上で僕は小説を読み、彼女は僕を背もたれに携帯電話でインターネットをしていた。
午後から行くところを探しているらしい。パソコンを使えば?と提案したが、明確な理由はなく却下された。

「小説面白い?」
「そうやね」
「そんなに文字ばかりで疲れない?」
「楽しい話なら気にならないよ?だから難しい単語を使う作家は嫌い」
「簡単な単語を使う作家が好き?」
「言い回しが秀逸な作家が好き」
「君の言い回しは難しい」

学生時代、下宿をする余裕のある家ではなかった僕は大学に片道2時間半かけて通っていた。
1日5時間が移動時間。2日で10時間、1週間25時間。
計算すると無駄な時間が多すぎることに焦った僕は古本屋で今まで読んだことすらなかった小説を手にした。
最初にたまたま手に取ったミステリィ小説が当たりだった。
その後、様々な作家の小説を読んだが、最初にあの作家の小説に当たらなければ、本棚が小説で埋まるほど小説は読まなかっただろう。
今でも寝る前の1時間は読書タイムと決めている。
小説だったりマンガだったり。
睡眠時間が1時間になろうともこの1時間は譲らない。一種の義務。
自分の心を整えるための大事な時間だと位置付けている。

「っで、いいところは見つかった?俺のカフェ案は没?」
「ここで君の好きそうな展示会してる」
僕をさらりと無視して携帯の画面を僕に向ける。
国内外の昔のポスターを集めて展示している。たしかに行ってみたい。
「俺は好きやけど」
「君は好きそう」
「でも俺の好みに合わせていいの?」
「いい。ここに行く。近くにビンテージ物ばかりの家具屋もある。こんな所にあったとは。見落としてた」
二人ともビンテージが好き。
僕はデザイン。彼女は家具。
唯一の共通点である。
「そういうことね。確かに丁度いい。場所は?」
彼女はしばらく携帯をいじってから画面を僕の目の前に
「ここ」
必要な要素までそぎ落としたシンプルで不親切なオリジナル地図が目の前に表示される。
この地図を了承したこの施設の担当者は本当に客に来てほしいと思っているのだろうか?見た目を重視しすぎたあげく、目的を置き去りにし、ユーザビリティの悪い自己満足な広告物ほど無意味なものはない。こんなも・・

「見づらい地図だなぁって?」
「いや、そういう顔だった?」
「そういう顔でした」
「そっか。大体わかった。ここから20分くらいかな」
「許容範囲」
「じゃあ準備しようか?」
「うん。小説はいいの?」
「そのためのしおり」
「しおりなんてない」
「うん。厳密にはしおり代わり」
僕は開いていた小説に自分の名刺を挟む。
「しおり買ってあげようか?」
「いや、これはこれで便利だよ。名刺を忘れた時の救済処置になるし、何より自分の名前と会社名を忘れずに済む」
「もう少し頭のいい人と付き合えば良かった」
「そうだね。可哀想に」

僕はクローゼット前に立つ彼女から渡されるままに洋服を着替える。
細身のダメージジーンズ、白のVネックシャツにグレーの薄手のVネックニットにダウンジャケット。
全て彼女が選んだ僕の数少ない私服。
きっと彼女の好みなのだろう。
きっと靴はブーツ。スニーカーの方が楽なのに。

彼女は細身のブルーのジーンズに薄ピンクのVネックセータ。昨日着てた丈の短い黒いコートを羽織って髪を整えた。
全身鏡で確認する彼女を鏡越しに目に入った。
改めて美人だと思う。
化粧気はあまりないが、目鼻立ちがハッキリとしていて、セミロングの黒髪がより際立たせる。
スタイルも華奢な印象だが細すぎない。
どうして彼女は僕の彼女なのか不思議になる。彼女は1才年上の28才。そろそろ結婚とか意識するんだろうか。この子となら上手くやれそうだな。こういうイメージがリアルにできる彼女は初めてではないだろうか。

「どうしたの?」
彼女が突然振り返って不思議そうな、心配そうな、そんな顔をしている。
「んあ?なにが?」
考えていたことがデリケートな内容だっただけに、不意をつかれて変な声を上げてしまう。
「ぼーっとして。鏡越しに目が合ったのに合わないし」
矛盾しているがニュアンスで大体意味はわかる。
「いや、考え事してた」
「何考えてたの?焦り方が怪しいんだけど」
「いや、綺麗だなと思って」
「嘘下手だね」
「嘘じゃない」
「嘘つき」
「嘘つきじゃない」
じっと彼女の視線が僕の目を捉える。
怒ってはいないが、あまり好ましい空気ではない。
こう見ると彼女も十分攻撃的な顔じゃないか。

「いや、本当に何でこの美人は俺の彼女なんだろ?って考えてたよ?」
結婚の事は割愛したが嘘ではない。
ここで視線を外すと負けたみたいになるので、視線を外さない努力をして、じっと見つめ返す。
おそらくほんの数秒だが、お互い真剣な顔で見つめ合う。
彼女の顔が一気にほころぶと、タックルのような勢いで僕に抱きつく。
「感謝しなさい。こんな美人が彼女で」
顔を僕の胸に押し付ける。化粧がダウンジャケットにつくのでは?とは思ったが、口に出すほど野暮ではないので、優しく抱きしめた。
彼女の髪の毛からいい匂いがする。
僕の中でコーヒーの次に好きな匂いだ。

猫舌 + カフェオレ = 帰宅衝動

外は寒かったが耐えられないほどではない。暑いのが苦手な僕は春手前のこのくらいの季節が好きだったりする。空はまだ冬特有の高い青空。右手は彼女の左手に独占されているので、左手でたばこを取り出し火を付ける。手を繋ぐことが好きな彼女と付き合いだしてから、片手でたばこを取り出せるようにボックスからソフトに変えた。
元々スーツでは左内ポケット。私服では右ポケットにたばこが収納されていたが、それも配置転換を余儀なくされた。
彼女は右側が落ち着くらしい。僕はたばこの位置さえ問題なければどちらでも問題ない。

電車は混んでおらず、並んで座ることができた。ただ休日のこの時間に電車に乗ることは滅多にないので、これが幸運なのかどうかはわからない。

「電車の足元の暖かいの好き」
おそらく足元に設置された暖房のことだろう。
「寒かった?」
「うん」
「手を繋がずにポケットに入れてればよかったのに」
今も右手は拘束されている。
「繋いでた手は暖かかったよ。それに右手はほら」
レザーの手袋が装着された右手を、芸能人が記者会見で婚約指輪を披露するように見せる。
「え?片手手袋?」
「うん。左手はもういらないから捨てようかな?」
「捨てずに持っておきなさい」
「いつか別れるから?」
「いや、俺がするから」

10分ほどで電車は最寄駅についた。確かに足元の暖房は心地良い。あと2,3分乗っていたら睡魔に襲われていただろう。
最寄駅はもう一度電車に乗りたくなるほど強く冷たい風が吹いていた。
僕たちは寒い寒いと寒さを共有しながら、30メートルほど前に見える目的地に向かった。
建物内に入るとそれほど暖房が効いているわけではなかったが、忌まわしい北風がない分ずいぶんと暖かい。
「電車でちょっとの距離なのに、違う世界くらい寒さが違う」
彼女は少し膝を曲げて、ぎゅっと自分を小さくするようなポーズで文句を言う。
「海が近いからだろうね」
「海が近いの?」
「近いよ。帰りに寄る?」
「寒いから嫌」
「俺も嫌」

昼食を取ろうと館内図を見たが、この建物内にはカフェが2店舗あるだけで、他に昼食を取れそうなところはない。しかし、駅から建物まで歩いた感想だと周辺にまともな店があるとも思えなかった。
「しゃーなしでカフェにしとこか」
「うん。他になさそうだね」
2人ともカフェの食事は好きではない。料理そのものの価格より雰囲気料の方が高いと考えている。コストパフォーマンスが合わない。ブランド物に興味を持たない2人らしい考え方であり、こういう価値観の合致は付き合う上で非常に好ましい。
消去法により選出されたカフェは壁もテーブルも真っ白でソファーチェアは赤く、第一印象としては「目がチカチカする」「白はメンテナンスが大変そう」だった。
2人は「本日のプレートランチ」を注文した。客は僕たち1組で、2人女性店員は雑談している。

その後、20代前半に見える1組の男女が入店してきた。女性が事細かく本日のプレートランチの内容を店員に質問している。そもそもこの店にはスイーツ以外の食べ物は無いので、聞く価値はないと思うのだが、気になる人は気になるのだろう。おかげで内容の大半を把握できた。
全席禁煙だったので、手持無沙汰な僕はカウンターにインテリアとして置かれているショットグラスの数を数えていた。僕は幼い頃から目につくものを数える癖がある。
彼女はさっき入口で手にした三つ折りの館内パンフレットを見ている。
「目がチカチカするね」といった他愛もない話をしていると大きなお皿とカップが運ばれてきた。
ハンバーグとサラダとお子様セットのように丸く形づけられたピラフのようなご飯がお皿の上で正三角形に配置されていて、スープが別のカップに入れられて向かって右側に配置された。
味は普通。量は少ない。目はチカチカする。雰囲気料金を入れても割に合わない。30点。
お互い特に料理についてコメントすることなく、食べ終わると、一旦極寒の外に出て、僕は灰皿の前で煙草を吸った。最近は喫煙者にとっては本当に生きづらい。彼女は煙草を吸わないのに寒い寒いと言いながら隣にいる。

彼女に気を使い、まだ長いままの煙草を灰皿に投げ入れると、ポスターの展示がされている3階に行くためにエレベータに乗った。
3階に到着し、エレベータが開く。ひと気のないスペースに15点ほどのポスター展示されているのが目に入る。「なんだ。こんなに少ないのか」と内心がっかりしたのだが、奥にもフロアが続き、想像のはるか上を行く展示数とバリエーションで見比べるために行ったり来たりと十分に満足できた。

Web業界に入って、最初は営業ばかりだったが、ポジションが上がるごとにデザインやシステム構築を取りまとめるようになった。しかし、デザインについて素人の自分がデザイナーに指示を出すにも上手くいかないことが多く、必要に駆られ勉強したのだが、これがとても楽しかった。今は営業よりもこちらの仕事の方が楽しい。
結局1時間強ほどいただろうか。彼女は途中から飽きたのか僕が好きな作品を当てると言いだし、一区画ごとに僕の好きなポスター当てクイズが開催された。

1階に最近は少なくなった喫煙席のあるカフェがあったので、休憩がてらコーヒーを飲むことにした。
「楽しかった?」
「うん。よく見つけたね。見事」
「でしょ。結局あの赤いのが一番好き?」
「え?うん。たぶん」
名前はわからないが見たことのあるアメコミのポスターが妙に目に留まった。色使いも印象的だったが、おそらく主人公であるキャラクターが悪役のような描写がされていて、日本のヒーロー物のそれとはまるで違う斬新な表現だった。
「5分くらいあの前から動かなかったもん」
「よくわかったね」
「それから1番好きなポスターを当てるクイズ始まったんだよ?」
「どれに釘づけか知りたかったの?」
「うん。君の好みは知っておきたい」
そう言うと彼女は両手でカップを持ちながら少し視線を落としてカップに口をつける。猫舌な彼女は恐る恐るコーヒーを唇につけ、安心したのか一口分カフェオレを口に運んだ。
そのセリフと仕草が愛らしく、セクシーで今すぐ帰ってしまいたい衝動に駆られた。こんなことなら家具屋に先に行くんだった。ここで帰るというと僕の要望だけ叶えて帰ってしまうため言いづらい。でも展示会に先に行ったからこそ、このセリフと仕草に遭遇したわけで、家具屋ではこの状況には出会えていない。この歳になるとこういうことをストレートに言うのも照れくさいというか何というか雰囲気任せになってしまい言いづらくなってしまう。
「どうしたの?」
首を少し傾げて優しい笑顔が向けられる。可愛い。休日で心に余裕があるからだろうか?今日はよく彼女の魅力に気付く。
「いや。別に」
「今日はこういうの多いね」
「そうやね」
僕はコーヒーを一口飲んでたばこを取り出す。中々火が付かないライターを振ってからもう一度ライターを擦り、たばこを点火し、煙を天井に向けて吐き出した。外に目をやると幼い男の子が二人しゃがみこんで地面を見ながら楽しそうに話している。
「ねえ」
「ん?」
視線を彼女に向けると彼女は下を向き、カップをほんの少しだけ左右に振り、波紋を作っている。
「帰る?」
「え!?」
不意をつかれる。この子と一緒にいるとそう珍しいことでもないが。
「どうして?」
「帰りたいのかな?っと思って」
「いや、家具屋は?いや、なんでそう思った?」
「勘」
女性の勘で片付けるには見事過ぎるような気がする。
「いや、正直に言うと帰りたいと思ったよ。でも、家具屋に行きたくないとかじゃないよ?行きたがってたやん。行こうよ」
「じゃあどうして帰りたくなったの?」
僕は携帯を取り出して、メールを打つ。察した彼女は自分の携帯を取り出して受信を待つ。しばらくすると彼女の携帯が光る。受信したようだ
『お前のせい。したくなった』
彼女は表情を変えることなく、僕の顔を見ることなく携帯で返信を打ち出す。しばらくすると僕の携帯のバイブレーションが受信を知らせる。開封。
『君はしたくなると貧乏ゆすりが始まるよ (^_^)v 』
「え!?そうなん?」
「そうなの」
「かっこわる」
「かわいいよ」
「かっこわるいわ・・」
僕は僕が思ってるよりもわかりやすいのかもしれない。

休日 × 出勤依頼 = トラブル

結局、家具屋には行く事になった。彼女は「もういい」と言っていたが、頑として僕が行くと主張した。何度も怒っているのか?と確認されたが、そうではない。ただ、ここで帰る選択をする気になれなかった。本当に久しぶりの休日。しかも2連休だ。こんな滅多にない機会を彼女の為に使いたかった。自分の低級な欲求のために合わせて欲しくなかった。そのことを彼女に丁寧に説明すると『半分不服・半分諦め』で了承した。
しかし、家具屋に着くと彼女の目は輝き出し、単独行動しては僕の所へ戻ってくるという「子にエサを配給する親鳥」のような動きを何度もした。

今から2カ月前程前に、僕は今の部屋に引っ越した。部屋の家具も全て彼女がセレクトしている。
引越しの理由は僕が所属していた支社が本社と近く、「この近さでこの支社は必要か?」という設立当初になぜその部分の議論が欠如していたのか理解できない理由で、支社と本社が統合された。
新事務所も十分通える距離ではあったが、深夜まで働くことを前提とした僕の生活サイクルでは最低でも自転車で移動できる距離ではいけない。
支社の移転と、大きなプロジェクトの納品が重なり、引越しの準備はまるでできなかった。その様子を見ていた彼女が部屋選びから全て、引越しの準備を進めてくれた。
この機会に彼女と同棲する話しも出たが、僕が忙しく十分な議論もできず明確な答えもないままに話は流れた。
ただ今の部屋は一人では広すぎる。彼女の中で同棲も想定した部屋選びをしていたに違いない。どこかのタイミングで再度提案する必要があるだろう。

1時間ほど経過したところで、親鳥がまた帰ってきた。
「満足した」
「何か買うの?」
「かわいい椅子があったよ」
「君の家にはいくつ椅子があるんですか?」
「家にいるのは新人君だけで、他は売ったり実家に送ってるよ」
「そう言えば長らく行ってないね」
「うん。最後は半年くらい前かな」

家具屋を出ると二人は自然と駅に向かった。その時、僕の携帯が震える。最初はメールだろうと放っておいたが、中々鳴りやまないので、電話だと思い直し、彼女の左手とサヨナラし、携帯をポケットから取り出す。
画面には後藤幸治の表示。僕の部下だ。おそらく今日も出社してプログラムとにらめっこしているだろう。休日にかかってくる電話はロクなことがないが、出ないわけにもいかないので自分の中でアクセルを踏んでから電話に出る。
「もしもし」
「あ。神谷さんお休み中すいません」
「いや、問題ないよ。何かトラブル?」
「いえ、あのトラブルなんですけど、あの、ちょ、ちょっと待って下さいね」
後藤は統合前から本社配属だったため、僕の直属の部下になってからは2ヶ月程度、プログラマらしく几帳面で、帰る前にはどれだけ遅くなってもパソコンのキーボードやマウスを掃除している。
電話の向こうで「でましたー!神谷さん出ましたー!」と後藤が誰かに向けて叫んでいる。少し不審に思うが、大きなトラブルがあったに違いない。僕の休日はここまでか。彼女を見ると察してか不安そうな顔をしている。

「すいません。あの落ち着いて聞いて頂きたいんですけど」
「うん。どうした?」
「あのですね。警察から連絡があって葛西さんが病院に運ばれたそうです」
「は!?」
警察から?本人や病院からならわかるが警察から?
「大丈夫なのか?警察ってどういうことだ?」
「いや、僕もまだよくわからないんですけど」
「連絡を受けたのは誰?」
「僕です」
「葛西の身体のことは聞いたか?」
「すいません。聞いてません」
向こうから言ってこないということは、生死には関わらないのだろうか?
「今の状況を把握してる奴は他にはいない?」
「はい。僕以上はいないです」
「今日は誰が出社してる?」
「実は今日は少なくて、うちのチームは僕だけなんですよ」
「他の部署のマネージャクラスは?」
「見てはいないです」
「さっき誰に向かって叫んでた?」
「相沢さんです。あの、相沢さんが最初に連絡受けて僕に電話振ったので」
「じゃあ相沢さんもこの状況を知ってるんだな?」
「はい。あの、簡単には」
相沢とは若い経理の女性で総務の人間が休日出勤は珍しいのだが、相沢がいてくれて助かった。
「相沢さんは上の連中の連絡先知ってるだろ?俺以上の人間全員に連絡してもらって」
「あの、はい。わかりました」
「相沢さんが連絡する前に状況を把握したい。病院ってどこの病院?あと警察はどこの警察で担当は誰?」
「えーっと、病院は市立総合です。あと、警察はH県警で、岡崎って人です」
市立総合病院は僕の家から徒歩15分ほどの大きな総合病院で会社からも近いと言える。もちろん葛西も夜遅くなるので、家は会社徒歩圏内。家から病院に運び込まれたとすれば、ここになるだろう。
「連絡先わかる?土曜にかかってくる電話の数なんて知れてるやろ?着歴から絞り込めない?」
「あの、はい。やってみます」
「携帯だとありがたいんだけどな。何課とか聞いてないんやね?」
「うーん。いや、あの、はい。」
「OK。了解。あと、市立総合の電話番号もくれ。これから後藤がやることは?」
「警察と病院の電話番号調べてメールします」
「うん」
「・・・」
「あと、相沢さんに状況を報告して、上の連中に連絡を依頼」
「あ、はい」
「仕事中に悪いな。状況把握できれば問題ないかもだけど」
「あ、大丈夫す」
「OK頼む」
「はい」
「じゃあお疲れ様」
「お疲れ様です」

電話を切ると大きく息を吐いて自分をリセットした。
「ごめん。ちょっと異質なトラブル」
「大丈夫?警察とか病院とか」
「たぶん。ちょっとごめん」
僕は上司に連絡するため携帯メモリを探す。何度かコールすると留守番電話に切り替わる。留守番電話に端的に報告し、折り返しを依頼する。
その後、同期の横田に連絡する。
コール。社内に後藤だけは不安がある。一旦僕は病院に行く必要があるだろう。社内に信用できる人間が一人欲しい。今日の天気だとカメラ片手に出掛けてるかもしれないなと思った瞬間コール止まった
「おはようございます」
「珍しいな。この時間に起床ですか」
「昨日飲み過ぎたんよ」
「そうか。寝起きに悪いねんけど、ヘビーな話してもいいやろか?」
「俺は神谷マネージャほど朝弱くないからな。トラブルか?」
「うん。正直状況は把握できてないけど、葛西が市立総合病院に運ばれたらしい」
「おー確かにヘビーやなぁ。今、お前、外だよな?」
「うん。久しぶりの休日。っで、社内には後藤一人。しかも葛西が運び込まれた連絡はH県警から連絡があった。上には相沢さんがいるらしいから連絡してもらってる。今は連絡あったH県警の担当の連絡先を後藤に調べさせてる」
「ん?警察?事件なの?」
「わからん。でも問題が大きいようなら社内に一人はまずいかなって」
「なるほどね。初の神谷マネージャからの休日出勤要請かぁ。確かに案件がどうのこうのレベルではないなぁ」
「うん。悪い。もしできればの話。もちろん強要はしないけど、俺は病院に行く方がいいかなって」
「うーん。まぁそうかな。行くよ。今から準備してだから45分ほどで」
「ほんと悪い。あと、中に連絡してやって。後藤も安心するだろうし」
「OK。じゃあまた」
「うん。また」
電話を切って彼女を見る。
「大体わかった?」
「うん。なんか大変そう」
「状況がわかれば大したことないかもやけどね」
「どうする?」
「とりあえず病院に向かうよ」
「そだね。じゃあ切符」
「おー。ありがとう。あと、ごめん」
切符売り場の前で話していたのだが、彼女がすでに切符を買ってくれていた。
「大したことなければいいね」

電車の中で僕らは無口だった。

定温 + メトロノーム = 絶句

電車の中で携帯のバイブレーションが反応する。おそらく後藤からの電話。車両連結部に移動して、連絡を受ける。

「もしもし」
「神谷さん、電話番号わかりました」
「OK。教えて」
後藤から病院の電話番号と岡崎氏の携帯電話番号が告げられる。
「横田から連絡あった?」
「はい。正直どうしていいかわかんなかったんですよ。横田さんいれば安心です」
「そうか。良かった。俺は病院に向かってる。ここに連絡してその後警察に行くか、会社に行くか、帰るか判断するよ」
「はい」
「じゃあ」
「お疲れ様です」

電車を降りると、早速病院に連絡する。
「市立総合病院です」
「すいません。伺いたいんですが、今日葛西という男性がそっちに運ばれたと思うんですが、えーっと、具合はどんな感じですか?」
「失礼ですが、お電話口の方は葛西さんとはどのようなご関係ですか?」
「あーすいません。葛西の会社の直属の上司の神谷と言います」
「神谷様ですね」
「はい。警察から会社に電話がありまして、状況が全く飲めてないんですよ。今、私もそちらに向かっていますが、状況だけでも把握したいんです。できることなら葛西に代わって欲しいくらいなんですが」
そう言いながら、葛西の携帯電話に連絡すれば良かったか?と後悔した。
「葛西さんと同僚の方ですね。少々お待ち下さい」
「え?」
こちらのリアクションの前に保留音が流れる。あまり感じのいい対応ではない。こちらの要求の可否を一つも解決せず、何のために少々お待ちするのかも不明瞭である。徐々に腹が立ってきた。おそらく僕よりも年下の小娘だ。
改札を抜けて病院方向へ歩き出した。おそらく駅からは25分くらいかかる。
ビートルズの保留音が3回転目に差し掛かったところで、男性の声に切り替わった。
「お待たせしました。担当医の高橋と申します」
「あ、神谷と申します」
「葛西さんの同僚と伺いましたが」
「はい。葛西の上司にあたります」
「なるほど。大変申し上げ難いのですが、葛西さんはお亡くなりになりました」
「・・・」
大変申し上げ・・ぐらいからお腹をグワッと持ち上げられるような気持ちの悪い不安感が一気に込み上げられた。一定のリズム、一定の温度で医者の高橋はサラリと言い放った。小売店の店員の「大変申し上げ難いのですが、こちらのサイズは売切れておりまして」の方が大変申し上げ難そうだが、高橋のメトロノームのような無機質な報告を前に人生で初めて絶句を体験した。
「こちらに搬送された時にはすでに手遅れでして、蘇生処置は行いましたが残念です」
「ちょ。ちょっと待って!」
「はい」
冷静に状況を把握しろ。
煙草を取り出せ。
ライターで火をつけろ。
一つ一つの行動を頭の中で言葉にして命令した。
ライターを持つ手が震えている。この震えは寒さなのか動揺なのかはわからない。
「すいません。了解しました。あの、状況を伺いたいのですが、どこか悪かったんですか?いや、今から20分ほどでそちらに着きます。その際にご説明頂けませんか?」
「わかりました。では受付で整形外科の高橋と言って下さい」
「わかりました。では失礼します」
「はい。失礼します」

携帯電話を耳から離し、×印の付いた「通話終了」ボタンを押す。しばらく、1,2秒だけ携帯の画面を見続ける。「大丈夫」本当に小さくつぶやく、口に出たかどうかはわからない。
「どうしたの?大丈夫?タクシー使う?」
彼女が足を止め、すでに道路側に寄りタクシーがいないか首を動かしている。
「いや、いい。葛西が死んだって。少し時間があった方が落ち着く」
「え?本当に大丈夫?」
「大丈夫。本当に」
「そっか」
「ありがとう」

会社に電話をかける。
「お電話ありがとうございます。株式会社TDIの相沢が承ります」
1コール鳴ったかどうかというタイミングで相沢さんが出る。
「お疲れ様です。神谷です。横田いますか?いなければ後藤」
「お疲れ様です。少々お待ち下さい」
保留音。どのように話そうか悩む。
「お疲れ様です。横田です」
「お疲れ様です」
「一応相沢さんから上には報告済みで何かあれば立花常務に連絡いれることになってる」
「そうか。早速で悪いんだけど、葛西やねんけど」
「おー病院着いた?でもお前まだ外だよな?」
「うん。電話で連絡付いた。っで、葛西死んだって」
「え?」
「あと20分くらいで病院に着く。詳しいことはその時に聞くよ」
「え?死んだってどういうこと?」
「いや、俺にもわからない」
「警察は?」
「悪い。まだ連絡してない。これから連絡するよ」
「おう・・」
「悪いけど、立花さんに連絡お願いできる?」
「うん。詳しいのはこれからだな?」
「うん。立花さん携帯に連絡入れたのに、出なかった」
「え?そうなの?」
「うん。まぁええわ。とりあえず連絡お願いします」
「了解。大丈夫か?」
「俺は大丈夫。じゃあよろしく」
「おう」

H県警の岡崎氏に連絡する。
僕は電話の際は相手の都合も考えてコールは5回までと決めている。
しかし、岡崎はコール音ではなく会社で流れているFMで聞いたことがある割と最近の女性シンガーの曲が流れだした。
若い人なのだろうか?
「もしもし」
「もしもし。わたくし本日お電話頂きました株式会社TDIの神谷と申します。葛西の件でご連絡させていただきました」
「あーそれはどうも。またかけますと言って遅くなってしまいまして、すいません」
またかける?おそらく後藤の伝達漏れだろう。
「いえいえ、今、市立総合病院に向かってます。こちらはまだ全体の詳細が把握できていないのですが、簡単にご説明いただけますでしょうか?警察の方からご連絡ということは事件なのでしょうか?」
「なるほど。失礼しました。事件性が高いと判断されたので、お調べしています。まだ何とも言えませんが」
「これから搬入された際のことを病院に言って聞きます。葛西が死亡したことも先ほど電話で聞きました。殺されたということですか?」
死んだという言葉の丁寧な言い方がわからず死亡という言葉をセレクトしたが、死亡という言葉は重たく殺されたという言葉の攻撃力が鋭く僕の体内の何かを切りつけた。
「可能性の話です」
「その可能性が高いんですよね?」
「なんとも言えません」
さっき事件性が高いと判断と言ってたじゃないか。その後は病院で話しを聞けばいいと思い電話を切った。改めて連絡が来るらしい。それはきっと捜査の一環だろう。

携帯をジーンズの後ろポケットにしまい、煙草を取りだした。火を付けて、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。病院に着くまでにニコチンを摂取しなければ、病院ではきっと吸えない。部下が死んでも煙草の時間配分は冷静に行う。心が重く、お腹がもやもやするだけで、他は何もかわらない。しかし隣の彼女は普段のように右手をポケットから引っ張り出すことはせずに黙って歩いた。

クール × ヒステリック = 気体質量

白っぽい大きな建物と広い駐車場が見える。

銀色の立て看板の緑のラインの横に明朝体で市立総合病院。
ここに来るのは初めてだ。
引っ越してからまだ、体調を崩していないし、例え崩しても「市立総合は混んでいるからやめとけ」という情報を支社統合時に上司から教えてもらったこともある。

建物内に入ると右手に受付が見える。確かに休日のこの時間なのに人はたくさんいる。
受付は何やら忙しそうにパソコン入力をしている。僕に気付いた女性が目線を合わせ、「はい」と声を上げた。

「すいません。神谷と言います。整形外科の高橋先生お願いします」
「失礼ですが、アポイントは頂いておりますか?」
「はい。先ほど電話で」
「失礼いたしました。少々お待ち下さい」

女性は脇にある受話器を持ちあげ、ボタンを押した。おそらく内線だろう。
受付内は非常に慌ただしく動いている。それだけ患者数が多く、人が足りていないということだろう。
しばらくすると、7Fに行くように指示された。エレベータ前まで行けば高橋先生が迎えてくれるらしい。
彼女は適当に時間を潰しておくと言い、僕は1人でエレベータに向かう。

ドアが開くと空のストレッチャーを看護師さんが引いて現れた。
僕は頭の中で青白い顔をしてストレッチャーに乗った葛西を想像した。常につまらなそうな顔でモニタに向かってブツブツと独り言をつぶやいていた。相手をバカにしたような物言いをする彼は会社内外で評判は良いとは言えなかった。後輩を教えるということができない彼を半ば無理やり客先に引っ張り出したのだが、やはり上手くいかない。客先に行くことを本当に嫌がっていた。
思い出す葛西の顔に笑顔はない。笑顔を見たことはないのではないだろうか?飲みに誘っても来たことはないし、話題を振っても続かない。
積極的に人と関わらせることを試みたが、強がりではなく本当に関わりたくないのでは?と考えついてからは、そういったことはやめた。

エレベータが7Fに到着し、ドアが開く。目の前に男性が立っていた。
「神谷さんですか?」
こんな声だっただろうか?思っていたよりも若い。
「はい。初めまして。神谷です」
「初めまして。高橋です。ではこちらに」
廊下を歩く高橋の後ろをついていく。白衣は着ておらず、ジーンズにセーターというラフな格好で髪の毛は右側が少しハネていた。
「白衣は着ないんですか?」
前を歩く高橋に問う。
「普段は着てますよ。すでに時間外なので」
「あぁ。申し訳ないです」
「いえ、帰っても特にすることはないですしね」
「でも帰らないと切り替わらなくないですか?」
「いえ、これからご説明するのになんですが、もう切り替わってます」
「そうですか。そう言ってもらえた方がこちらとしても気が楽です」
「お気使いなく。こう言うと語弊があるかもしれませんが、この説明はプライベートでの出来事だと考えています」
「どうしてですか?」
「すぐに済みますし、彼は僕の友人です」
「え?彼って葛西のことですよね?」
「えぇ。彼のことは苦手ですか?」
「得意とは言えません」
「あなたの話しは彼から聞いていました」
そう言うと高橋はドアノブに手をかけた。低いテーブルに2人掛けの革ソファーが向かい合う応接室に通された。
「どうぞ」
「失礼します」
奥に通され、持っていたダウンジャケットを脇に置き着席した。高橋は棚から2つカップを取り出し、ポットの前でインスタントコーヒーを淹れようとしている。
「私の話を葛西から聞いていたんですか?」
「ええ」
「面倒なおせっかい焼きがいる。ですか?」
「はは。神谷さんはそういう自己評価ですか」
「ええ。彼はコミュニケーションが極端に苦手なので、改善できればと思ったのですが」
「なるほど。確かに彼は対人関係に難有りですね」
「高橋先生には心を開いていたんですね」
「どうですかね。でも神谷さんの悪口は聞いたことがありません」
「え?」
「彼の性格はご存じでしょう?批判はしても評価はしません」
高橋がコーヒーカップを僕の前に置く。
「そうですね。常に不満げでした」
「でしょう。でも神谷さんのことは評価してました」
「どんな評価でしょうか?」
「建設的な話しができる」
「葛西っぽい評価の仕方ですね」
「かなりできる方だと伺ってます。自分より7つも年下で課長職にいる上司だと」
「そんなことはないです」
「彼が酒豪だということはご存じですか?」
「いえ、彼は飲みに誘っても来ないので」
「でしょうね。私も2人以外で飲んだことはないです」
「飲む人だったんですね」
「ええ。受け入れが早いですね」
「受け入れ?」
「今『だった』と過去形でおっしゃられたので」
「あぁ」
もうすでに僕の中で過去の人、もっと言えば故人のカテゴリに葛西を入れていた。
「お電話では動揺されてたようでしたので。少し安心しました」
「あぁ。失礼しました」
コーヒーに手を付ける。
「彼が運ばれて来た時は驚きました」

そうだった。
運ばれてきた状況を聞きに来たんだった。
よく考えれば聞く必要もないのかもしれない。
聞かなければと思ったのは個人的な感情なのか、上司への報告用なのか今となってはわからない。

「すいません。脱線してしまって」
「いえ、脱線のきっかけは私ですから。来た時の彼は裸で胸に包丁が刺さっていました」
「え?」
そんなあからさまに殺人事件のような状況だったことに驚いた。
「葛西君は家の前の路上で大の字になってる状態で連絡があったそうです」
「路上で裸で胸に包丁が刺さった状態でですか?」
「ええ」
「通常救急の患者さんが入る際は事前に連絡が来るんですよ」
「あぁ。ドラマで見たことあります」
「その連絡で名前等言われるんですが、そこでは気付きませんでした」
「名前を言われてもピンとこないことは多いですよね」
「いえ、実は本名を知りませんでした。よく行く飲み屋が一緒で、約束をしたことはないです。飲み屋で会えば隣に座り、他愛もない話をする友人です」
「そうなんですか」
「マスターが彼を「よう君」と呼んでいたので、僕も「よう君」と呼んでいました」
確かにそういう友人は僕にもいる。
「あと裸といっても全裸ではなかったんですよね?」
「全裸です」
「そうですか、発見者は驚いたでしょうね」
「でしょうね。なんか名刺からわかったらしいですよ」
「名刺?全裸なのに名刺ですか?」
「詳しくは知りませんが名刺でわかったと。私も処置に気を取られて詳しくは聞いていませんが」
「そうですか」
「その後、蘇生処置をしましたが実らず。が私の知る限りです」
「そうですか。ありがとうございます。思ってたよりヘビーなお話しで正直驚いていますが」

その後、高橋とは葛西との飲み屋での出来事や、よく行く飲み屋の場所などの話をして、礼を言い退室した。
高橋はまだすることがあると言い、部屋に残ったがカップを手にしていたところを見るとカップを洗うのだろう。と容易に予想できた。

入口脇に灰皿があることは行きしなにチェック済みなので、まずそこを目指した。
到着すると携帯が鳴った。
見事なタイミングで彼女からの着信。
煙草に火をつけたら連絡するつもりが、先を越された。

「もしもし」
「お話しは終わった?」
「うん。今入口付近で煙草を吸おうとしてる」
「うん。そういう行動パターンだろうと思ってた」
「どこにいるの?」
「後ろ見て」
後ろを振り返ると病院に併設されたガラス張りの喫茶店から彼女が手を振っている。
「俺がここに来ると思ってたの?」
「うん。君は灰皿の位置は見逃さないからね」
「お見事」
「100点?」
「うん」

電話を切り、横田の携帯電話に連絡する。
「お疲れ様です」
「話しは聞けたよ」
「そうか。どうだった?」
「結構ヘビーな話しだったよ」
「今聞こか?それとも来る?」
「行くよ。おそらくそれで横田さんと俺の業務は終了」
「OK。歩きか?」
「うん」
「じゃあ30分くらいか」
「うん。タクシーでもいいんやけど、できれば少し整理したい」
「時間は気にするな。それよりお前、大丈夫か?迎えに行こうか?」
「大丈夫。香織も一緒やから」
横田には買い物中に偶然会い、香織を紹介したことがある。
「あぁ香織ちゃんが一緒か。なら大丈夫やな」
「あぁ。今思うと助かったかな。ちなみにお前も覚悟しといた方がいいよ」
「ふぅ。了解。覚悟を体内生産しとく」
「あぁ。じゃあ後で」
「おう。後で」

煙草が短くなった頃、彼女が灰皿スペースに到着する。
「今から会社に行くよ」
「うん」
「情報をシェアする。おそらく到着後1時間くらいかな」
「うん」
「休みだったのに本当にごめん」
「全然。正直それよりも君が心配だから会社まで一緒に行くよ」
「俺は大丈夫だから大丈夫」
「大丈夫じゃない」
「いや、本当に思ってる以上に冷静ですよ」
「混乱してる」
「まぁそれはそうかな」
「君は元々そんなに乱れない。今の乱れ方は普通じゃない」
「そりゃ部下が死んだんだから、多少は乱れるよ」
僕は少し投げやりに答えた。
「私も会社に行く」
「部外者はセキュリティ上、入れないし、家で待っててくれへんかな?」
「前まで行く。待って一緒に帰る」
「心配してくれるのはありがたいけど、少し一人で考えたいねんけど」
「いや!着いて行くから」
彼女が歩きだしたので、僕は彼女の手を掴んだ。
「なんでこんな時に我儘言うねん!普段言わへんやん!」
「私は君がわかるの!」
「わかってへんわ!」
「わかってる!君は引くに引けなくなってるし、どうして自分が怒ってるのかも理解できてない!」
「うるさい!」
「今一瞬、遅れると横田に悪いって思ったでしょ!?」
「思ってない!」
考えていた。『こんなやりとりで横田を待たせるのは悪いな』という思いが頭をよぎった。
「一緒に行くことがそんなに嫌!?なんで嫌なのか説明して!」
「なんや?どうした?なんで今なんや?」
「心配だからって言ってるでしょ!」
クールな彼女が声を荒げてヒステリックに主張している。気付けばロビーや病院を出入りする人たちの視線が集まっていた。居心地の悪さを感じた僕は、彼女に移動すること提案し、彼女も承諾した。

僕は歩くスピードが速い。彼女と付き合い始めた頃は、追いつけないというクレームをよく受けた。最近は彼女と歩く時は自然とペースを合わせることができるようになっている。病院の入口から家方向に向かって歩く。今もゆっくりと彼女に合わせて歩いた。若い頃の僕ならばわざと速く歩いて、彼女を困らせただろう。27歳の僕は少し大人になったのだろうか。
「お願い」
ふいに彼女が呟く。
「なんでこだわるん?」
「理由は後で話すから今だけは私を許して」
さっきと違い、最後の力を振り絞って懇願するような雰囲気が彼女にはあった。
「会社の中には入れんよ?」
「わかってる。待ってるから」
「わかった」
「うん」

僕は彼女の手を握った。仲直りの証というわけではないが、いつまでも引きずりたくはないし、彼女の雰囲気が異様だったために僕が譲歩した。

歩きながら隣りで彼女が泣いているのがわかる。
繋いだ手の動きや、鼻をすする音。
信号で車の確認をするフリをして、彼女を見ると目と鼻を真っ赤にしている。
僕が怒鳴ったことが原因だろうか。
それとも自分の感情をコントロールしきれず溢れた感情の結果が涙だったのだろうか。
どちらかはわからなかったが、彼女の泣き顔は初めて見た。

一言も言葉を交わすことなく会社付近に到着した。
僕は自動販売機でコーヒーとカフェオレを購入し、彼女に差し出す。
うつむきながら受け取る顔は少し落ち着いたようだった。

「怒鳴って悪かった」
僕は自分の分の缶コーヒーを買いながら彼女に言った。
「大丈夫。私もヒステリックだったし。一番嫌いなのに」
「大丈夫。大したことじゃない」
「もう行ってきて。私、大丈夫だし」
「これ飲み終わるまではいるよ」

寒空の下で缶コーヒーを飲む。
彼女は十分落ち着いたようだったし、彼女がヒステリックになったおかげで、僕が冷静になれた。

「こんな時にあれなんだけど、今日の夜に話したいことがあるんだけど」
彼女は強い眼力で僕の目を一直線に捉えていた。たったその一言だけで僕の周りの気体が重くなる。肩から胸、お腹と重さが伝達していく。
「わかった。ちなみに悪い話?」
「君の受け取り方次第だと思う」
「それはどんな話でもそうだね」
「うん」
「ちなみに俺は君が好きだし、今日だけでも何度も君の魅力を再確認してる」
「やめて。また泣くから」
「分かった。今夜ね」
「うん」
僕は重くなった気体に潰されないように、背中を伸ばして奥歯を噛みしめた。

派手 + ペンギン = 可愛い子

終わったら連絡すると言い、僕は会社の入ったビルの自動ドアを潜った。
身体が重い。鉛というより全身がドロになってボタボタと落ちていくような感覚。
今日はとても楽しい日になるはずだった。彼女のために全てを費やす2日間だったはずだ。
朝の予定では今頃夕食の買い物を終え、帰る途中くらいだろうか。
僕はきっと鍋を提案しただろう。
豪勢な具材をショッピングカートに入れては彼女に却下されるという、いつものやり取りもあっただろう。
彼女はきっとこの前ネットで購入したチーズフォンデュセットを使いたがったに違いない。
僕はその提案を嫌がって、適当な言い訳をしただろう。
結局彼女が折れて鍋になっただろうか。それとも今日は彼女のためにと僕が折れただろうか。

頭の中では素敵なはずだった今日映像が映し出されている。
きっと夜には別れ話を切り出される。そう考えるだけで、少し吐き気を催した。
女性に対して僕はあまり執着しない。
しかし、それは今までのことであって、今の彼女に強く執着していると実感した。

一度落ち着くためにトイレに入る。目元が多少赤い。
しかし毎日寝不足なので、全体的には見慣れた顔面だった。

トイレを出て会社の受付を抜けてセキュリティカードを機械にあてる。
ピピッ、ガチャという音を確認し、フロアのドアを開けた。
フロアは普段のざわつきはなく閑散としている。
いつもの土曜日の風景である。
右前方に横田、後藤、立花常務の姿がある。
自席に向かい歩き出すと、最初に相沢に声を掛けられた。

「お疲れ様です」
派手な私服だな。という印象を持ったが、普段の制服が地味すぎるのかもしれないとすぐに思い直した。
でも髪の色や爪を見ると元々派手な格好が好きかもしれない。
「おーお疲れ様。悪かったね。休日に色々面倒お掛けしました」
「いえいえ!」
片手を目の前に出し、顔と手を左右に忙しく振った。その仕草は何故かペンギンを連想させる。
「横田さんから伺いました」
「そっか。立花さんがいるってことは、全て報告済みやね?」
「はい」
「ごめんね。いつ帰っていいかもわからないよね。今から立花さんに報告するし、一緒に行こうか」
「あ、はい」

自席の近くまで来ると後藤が僕に気付いて手を挙げる。
それに気付き横田は椅子から立ち上がり、立花常務は「おー!」と声を上げ、僕に近づいてきた。
「神谷、大丈夫か?」
「休日に申し訳ございません。私は大丈夫です」
「そんなことはいい。っで、どうだった?」
「はい。おそらく相沢や後藤、横田からお話しはさせて頂いているかと思いますが、最初からご説明します。
あ、あと相沢はもう帰っていいかと思うのですが」
「相沢もここまで来たらちゃんと聞きたいよな?」
相沢は困ったような顔で「あーそうですね・・」と答えた。
立花常務の無用なお節介のおかげで相沢も近くの席に座るハメになった。

僕は後藤から電話を受けてからの話を時系列に沿って説明した。
裸で胸にナイフが刺さっていたと説明した時の皆のリアクションは大きく、各々が私見を展開したが、それ以外は脱線することなく淡々と時が過ぎた。
説明が完了すると、立花常務は腕組みした自分の腕を見つめながら考えこんでいる。
後藤はキーボードを叩き、ニュースサイトを見ている。
横田はすでに暗くなった外を眺めていた。
相沢は周りに目をキョロキョロさせている。おそらく帰りたいのだろう。

「立花常務。私たちレベルでこれ以上この件に関わるのは会社として適切でないかと思います」
「確かにそうだな」
「一応、この件については誰にも話さないように」
僕は横田と後藤、相沢に視線を送った。
相沢と後藤は「はい」と答え、横田は首を縦に振った。

その後も数分、帰ると言いだせないだけの意味のない時間が流れたが、横田の「さて、」という一言で、全員が動き出した。
立花常務は相沢に社長に報告するのが面倒だとか、私服姿の感想を述べていたが、相沢の愛想笑いにかわされていた。

後藤はまだ作業が残っていると会社に残ったが、僕、横田、相沢の3人は同時に会社を出た。
入口で別れの挨拶をし、その場を離れた。

携帯電話のディスプレイを見ると18時を回っている。
結局1時間半ほどかかったか。
着信履歴から彼女を探し当てる。
ディスプレイには「皆川香織」の表示。
そう言えば付き合い始めた頃、彼女っぽい登録名に変えてくれというリクエストがあったことを思い出す。
「そういうことが溜まり溜まって今日に至るんやんなぁ」
ディスプレイの皆川香織に呟いてから、通話ボタンを押した。
2コールほどで、繋がる。

「もしもし」
「終わったよ。ごめん。長引いて」
「うん。じゃあ15分くらいで行くね」
「了解。入口から家側に曲がった駐車場の前にいるよ」
「わかった」
「うん。じゃあ」

通話終了ボタンを押してから、煙草に火を点ける。駐車場に停まっている車の台数を数えだした所で後ろから声を掛けられた。
「神谷さん」
自動販売機のライトに照らされて、より派手に見える相沢が立っていた。
「おう。どうした?」
「神谷さんこそ」
「俺は待ち合わせ。早く帰りたかったんじゃないの?」
相沢は驚いたような顔をした後に苦笑いを浮かべた。
「立花さんのあの言い方は断れないですよ」
「そうやね。俺の言うタイミングも微妙やったかもね」
「いえいえ!」
また、カラフルなペンギンは片手と顔を忙しなく左右に振る。
そんなに慌てて否定しなくても伝わるのに。
「今日はありがとう。君がいてくれて本当に助かったよ」
「いえ、とんでもないです」
またいえいえ!とペンギンを見れるかと思ったが、今回は落ち着いていた。
「待ち合わせってことは忙しいですよね」
「忙しくはないよ?」
「いや、今から予定があるんですよね?」
「あぁ。そやね。何か用事?重要度によっては優先順位を変更するよ?」
「いや、重要度はそんな・・」
話の途中で相沢が軽く笑い出す。
「神谷さんって、普段からそういう話し方なんですか?重要度とか優先順位とか普通言わないですよ。それともまだ仕事モードですか?」
「あぁ。そうなの?普段から・・こうやね。おかしいかな?」
作り笑いを生成しながら返答する。
「おかしくはないです。大丈夫です」
笑った後で言われても説得力は皆無ではあるが、その場を流すために納得した表情を作った。
「今からデートですか?」
「デートというわけではないけど、待ち合わせは彼女」
「あ。本当にそうなんですね」
「え?うん」
「神谷さん彼女いたんですね。あんな忙しいのにすごいですね」
「あーうん。きっと俺じゃなく彼女さんがすごいね」
「へぇ」
会話が途切れる。
「あれ?何か用じゃなかったの?」
「いえ、姿が見えたので声を掛けただけです」
「そっか。こんなに話すのは初めてやね」
普段は部署が違うため、業務以外で話すことはほとんどない。
お互いのキャラクターや趣味や踏み込んでいい距離感を理解していないため、会話はぎこちない。
相沢の肩越しに彼女が見える。
彼女は相沢の後から指差し、行っていいのかというジェッシャーをする。
僕が煙草を持つ手を挙げ、彼女に送ると相沢も彼女の存在に気付いた。

「こんばんはぁ。わぁ!綺麗!綺麗ですね!」
「え?あぁ・・こんばんは」
彼女は笑顔のまま、僕を見る。
「あぁ。彼女は会社の総務の相沢さん。今日は連絡とか色々迷惑かけた」
「あぁ。会社の・・いつも神谷がお世話になっております」
これ以上はないほど上品に彼女は相沢に挨拶した。こういう時の彼女は気品と迫力がある。横田に初めて紹介した時も、マイペースな横田が慌てる姿を初めて見ることができた。
「いえいえ!私がお世話になってます!」
相沢は慌てて彼女以上に深くお辞儀をした。大体こういうリアクションになる。できればペンギンを見せて欲しかったのに。
「じゃあすいません!私はこれで・・」
「うん。今日はありがとう」
「はい。お疲れ様です」
「お疲れ様」
相沢を見送った後の彼女は困ったような顔で「可愛い子」と呟いた。

話 × 噛み合わせ = 鹿

帰り道に携帯電話で宅配ピザを注文した。
彼女とは普段通りの口調で会話をし、普段通り彼女の歩くスピードに合わせていた。
彼女は付き合いだして初めて手を繋ごうとはしなかった。

ピザとコーラで夕食を済ませて、彼女はパソコンでネットをし、僕はベットに座って本を読んでいた。
「今夜の話の件」を忘れているわけではなく、彼女のタイミングで話してくれればいいと思っていたし、あわよくば彼女が忘れていればいいのにとも思っていた。
しかし、それらは自分への言い訳で、その話題に触れなかった最も大きい理由は切りだすタイミングを見失っただけかもしれない。
小説なんて全く頭に入ってこない。

22時を回った頃に彼女はパソコンデスクから立ち上がり、僕の隣に座った。
僕は本にしおり代わりを挟み、彼女とは反対側に置いて、覚悟を充電してから彼女を見る。

「相沢さんって君のことが好きだよ」
「え?」

思ってもみない方向性からの切り出しに面食らう。
一応いくつかの対応策は考えてはいたが、相沢の件についてはノーガードだった。

「気付いてないんでしょ?」
「気付いていないというか、それは考えにくいと思う」
「どうして?」
「今日初めてまともに話したしね。それは無いんじゃないかな」
「今日の別れ際、私に目で攻撃したよ」
「え?目で攻撃?睨まれたの?」
「睨まれるとは違うけど、目で攻撃」
「うーん。そうであるなら確かに気付いてない」

正直、相沢が自分に好意を持っているとは思わないが、彼女の口からそういう嫉妬のような発言が出たことの方が意外だった。

「まぁいいけど。あんなにストレートに感情表現できるのは若いよね」
確かに短大か専門卒の相沢は20代前半だったはずだ。
でもきっとそういう意味ではない。
「俺にはあまりストレートではなかったけどね」
「君はストレートに言葉にしないと理解してくれないもんね」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことあると思うけど」
「じゃあ、ごめん」
「じゃあ、許す」
「じゃあ、話を聞きましょうか?」
「え?あ。うん」

表情から温度が消える。
少しうつむいた彼女の顔に髪がかかり、手のひらで顔を覆うように髪を耳にかけた。

「えーっと、俺は君が好きです」
「私も好きだよ」
「そういう話だよね?」
「少し違う。私はまだ君に話していない秘密があって、それを今から話そうと思ってる。それを聞いても君が私と一緒にいてくれるなら、」
「一緒にいるよ」

僕は彼女の話を遮るようにノータイムで返答したが、モコモコと雨雲が成長するように不安が大きく僕の中で生成されていた。
もし受け入れがたい事実を突きつけられたらどうしたらいいのだろう。
「私は現役風俗嬢です」とか「実はバツイチです」とか。
それならまだ受け入れられるかもしれない。
「実は男です」だったらさすがに受け入れられるか不安になる。

僕はライトフライ級のボクサーがスーパーヘビー級に挑むようにガードを固めて、次の彼女の話し出しを待った。

「私ね、、」

隣に座る彼女は正面を向いて話していたが、僕に身体の向きを変えた。
僕もその彼女の動きに合わせるように身体を彼女に向けた。

「私ね、変わった力があるの」
「変わった力?」

僕は固めたガードの隙間から少し顔を出してみた。

「少し周りの人と違うの。最初は偶然かと思ったんだけど、そうではなくて。初めて気付いたのは小学生ぐらいだったと思うんだけど、受け入れられない部分も」
「ちょっと待って」

僕は手のひらを向け、早口にヒートアップする彼女を制止した。
最初は全て聞いた上で、意見しようと思っていたが、肝心の変わった力の正体が中々出てこないことに我慢できなくなってしまった。

「まず、変わった力って何?」

できる限り優しい笑顔を作って、普段よりゆっくりと問いかけた。

「えーっと、引くと思うけど、、引く?」

彼女は今にも崩壊しそうな表情を必死で抑え込んでいる。
大きな瞳に涙がかろうじて引っかかっていた。

「とりあえず言ってみ。受け止めるから。必ず」

今日、2度目の涙。
僕の前で泣いたことがなかった彼女が1日に2度も泣いている。
さっぱりわからない状態でも、彼女にとっては非常に重大な事態なのだということは理解できる。

「私、今日絶対について行くって言ったでしょ?」
「昼間の話し?」
「うん」

言葉を発する節々に呼吸を整える時間を要する。

「珍しい君が見れたね」
「うん」
「それがどうかした?あれに関して怒ってないよ?」
「うん。でもどうして?って思ったでしょ?」
「そりゃまぁ思った」
「『この子はこんな子じゃないのに』って?」
「うん」
「今は私が中々切り出さないから少しイライラしてきてるよね」
「いや、、、うん」
「『今それを言う必要があるのか?』って思って、、、それを聞いてまたイライラしてる」

言うとおりである。
だんだん腹が立ってきた。こういう言い回しが嫌いだということがわからない女ではない。

「怒らないで。ごめんなさい」
「わかった」

僕は自分の感情をコントロールすることにメモリの大半を傾けた。
今、怒ってはいけない。

「今、君に言ったことで間違いあった?」
「いや、無かったよ」
もう正直に答えることにした。
「私には君の考えがわかる」
「そうやね。色々、先回りしてくれてるのは理解してるつもり」
「うん。知ってる。本当に私には君の心が見えるの」
「うん。そうやね」
「きっと伝わり方が違うと思うけど、本当に見えるの」
「ん?俺の考えはお見通しってことやろ?」

少し会話の歯車が上手く噛み合わないような感覚を受ける。

「うん。えーっと、わかった。今から何でもいいから動物を思い浮かべて」
「え?なに?それを当てるの?」
「いいから思い浮かべて」
「うーん」

いきなり動物と言われても中々思いつかない。
動物クイズ番組のアフリカの映像が思いついた。
鹿のような動物を猛追するチータ。
どんな内容だっただろうか。

「それはずるい」
「え?」
「2つでも一緒だけどね。チータはわかるけど、インパラだっけ?その逃げてる鹿」

能力 - ルール = 妥協点

動物を思い浮かべろと指示され、適当に思いついたテレビの映像をさらりと言い当てられた僕の取り乱し方は酷かった。
今までもよくそこまで気が効くものだと、自分は思っていることを口に出してしまっているのでは?などと思うことは何度もあったが、そういう次元の話ではない。
隣り合わせに彼女を向いて座っていた僕は「えぇ!!」と大きな声を上げながら彼女から離れるような角度で立ちあがり、勢いで踵をベットの足に擦りつけ、驚きと痛みを混ぜ合わせた慌ただしい状況を一人で作り上げた。

「えぇ!?いってぇ!!えぇ!?なんで!?」

しゃがみ込み踵を抑えながら叫ぶように問いかけた。
見上げる格好で彼女を確認すると目と鼻を真っ赤にしながら驚いた顔で僕を見下ろしていた。
痛みで顔をゆがめる僕と驚きで目を見開く彼女はほんの数秒見つめ合った。
すると説明のつかない「間」がお互いのツボに入り、声を上げて笑い始めた。

「なに!?お前すげぇな!今までそれで全部わかってたん!?えー!それはずるいわ!」
「もっと、もっと深刻に受け止めてよ!」
「無理やって!エスパーやん!伊藤やん!」
「マミにして!私は本物なんだから!」

途中から「伊藤」「マミ」の言い合いで子供のように笑い転げた。
お互いにお腹が痛いと声を上げた。
僕が片手でお腹を押さえながら、手のひらを彼女に向けてストップのサインをし、彼女の隣りに座ると、笑っていた彼女は僕に抱きつき今度は声を上げて子供のように泣き出した。

彼女の激しい感情の起伏に少し驚いたが、それほど彼女にとっては重要なことだったのだろう。
もしかすると過去にこの事を打ち明けて、傷ついたことがあるのかもしれない。
僕は彼女の肩に手を回し、そっと抱きしめた。
そっと抱きしめたのは僕の優しさからではない。
彼女が物理的に壊れてしまいそうな脆く危ういものに見えたからだ。
普段のクールな彼女も魅力的だが、今の彼女も魅力的な彼女の一面としてメモリに記憶しておくことにした。

どのくらい時間が経ったかはわからない。
彼女が顎を引いて、僕の胸におでこを当てて深呼吸をした。

「少し目を閉じて」
「ん?」

次はどんな手品を披露されるのかと不安になったが、今は彼女への優しさとして何も言わずにおとなしく従った。
すると彼女は立ち上がり、歩きながら「もういいよ」と言い残して洗面所へと向かった。
「俺は行かない方がいい!?行った方がいい!?」
「大丈夫!」
大丈夫?回答にはふさわしくないが、おそらく「来なくてもいい」と受け取って問題なさそうだ。
僕は煙草に手を伸ばし火を点けた。ゆらゆらと昇る煙にぼんやりと息を吹きかける。
「ひどい顔だね」
彼女はハンドタオルで目元を抑えながら帰ってきた。
目を閉じさせたのはこのせいか。

「誰が不細工やねん!」

『ひどい顔』とは彼女自身のことを指していることはわかっていたが、あえて自分に言われたこととして処理した。
「私のこと。わかってるくせに。驚いた?」
「意外だったかな。君はクールだから」
「基本、事前にわかっちゃうから、心の準備完璧なの」
「そっか」
「うん。あとね。たまにその人の未来も見えるの」
「未来?」

僕はまだ長い煙草を灰皿に押しつけた。

「うん。私、駄々こねたでしょ?」
どの駄々なのかリンク先を検索。昼間の「会社に行く駄々」がヒット。
「うん。珍しかったね」
「君が一人で血を流して道路に倒れてる映像が見えたの」
「え?」
「人の未来に関しては、第三者目線っていうかカメラで客観的に見えることが多いんだけど、そこに私の姿がなかったの。だから私が行けば変わるんだと思って」
「未来は変わるんだ?」
「うん。簡単に変わるよ?赤信号を無視しただけで弟ができたりする」
「弟?」
「私は一人っ子になる運命だったんだと思うの。両親の未来には常に私しかいなかったから。私は妹が欲しくて、その未来を変えるために赤信号を走って渡ったの」
「そしたら弟ができた?」
「うん。車がびゅんびゅん走ってた中を信号無視だからすごい怒られたけど、その後から両親の未来に私と弟がいた」
「信号一つで生命の有無まで左右されるんや」
「うん。信じてない?」
「いや、もう信じるほかない」
「そう。引いた?」
「うーん。驚きはした。さっきの俺はレアやったやろ?でもその君の能力のおかげで俺は死なずに済んだわけやんな?」
「うん。たぶんね」
「なら、感謝するしかないね。正直、別れ話じゃなくてほっとしてる部分もあるし、『私は現役風俗嬢です』とか『実は私は男です』とかを想像してたから、余裕で許容範囲」
「別れ話と勘違いしてるのはわかってたけど、それ以上は想像してなかった」
「あれ?俺の考えがわかってたんじゃないの?」
「ずーっと、垂れ流しでわかるわけじゃなくて、こうやって右手の親指を中に入れてグーにして、その人の目を見て、目が合う必要があるの」
「あーそういう発動条件があるんや。じゃあもう俺の前で使うのは禁止な」
「え?」
「君はきっと俺の前でそれを使うと全て俺の思いのままに動くやろ?そんで今後、俺は『俺の心読めるくせに何でやねん』って苛立つと思う。今までも俺の意図とは違うことをあえてしたりしたことはあったと思うしね。そうやろ?」
「うん」
「俺が君に伝える行為をサボると思う。コミュニケーションをサボるのは良くないやろ?だからもう俺の前では禁止」
「でも、それだとあまり気が効かない彼女になるよ?」
「うーん。でも仕方ないやん。確かに君のその能力込みで香織は形成されてるんやけど、俺がダメ人間になるやろうから禁止」
「・・・わかった」
本当は心を覗かれることに恐怖心があったのかもしれない。
今後も彼女は頻度が減ったとしても僕の心を覗き見るだろう。
無意味だとしても言葉にしてルール化することで一定の安心を手に入れることができる。
正直、今後付き合ってみないと、その後の不具合はわからない。
不確定な要素が多い中で悩んでも仕方ない。

僕は伸びをして首をコキッと鳴らした。
それからやけに明るい声で
「ではエスパーさん。色々とございましたが、今からゲーム大会開始で異論はない?」
彼女は不意をつかれた表情の後で、僕の空気を変えようとする雰囲気を察して
「エスパーはやめて。あとゴルフも挟む」
「伊藤の方がいい?」
「マミの方だから」
きっと彼女の能力がなくても僕らはこんな関係を作れていたはずだ。

深夜 × 知らない人 = 嫌悪感

サッカーゲームでは僕が大勝し、ゴルフゲームでは彼女が大勝する。
お互いに自分の得意分野では相手をおちょくるようなプレーをする。
それに苛立つ相手を見て喜ぶ。
お互いに負けず嫌いな所も、大人げない所も、何も普段と変わらない。
散々ゴルフゲームでやり込められた後、彼女は一旦休憩と言い、コーヒーを入れにキッチンに向かった。

僕は炭酸が抜けたコーラを飲みほして、煙草に火を点けた瞬間、インターフォンが鳴った。
僕が学生時代から使っている黒の置時計は深夜2時2分を指している。
携帯を確認しても着信履歴はなかった。
インターフォンと言ってもマンションの玄関だから10階のここまでは、だいぶ距離がある。
しかし、彼女はこちらを見て小声で「誰?」と僕に問いかけた。
気持ちはわかる。
僕は立ち上がってインターフォンの受話器まで歩いて行った。
インターフォンのディスプレイにはスーツの男が2人映し出されている。
手前は体型が細く、目がギョロとした男で、歳は20代半ば。
奥には趣味の悪い黄色のネクタイをした恰幅がよい中年が立っている。
「知ってる?」
横から覗きこむ彼女は不安そうに僕に問いかける。
「いや、知らない」
距離があることはわかっていても、どうしても小声になる。
すると手前の男は下を向き、耳に携帯電話をあてて、もう一度インターフォンを鳴らす。
「こんな常識知らずは知らないし、仮に知っていたとしても今日を限りに知らない人登録やね」
僕は不安と恐さと怒りが入り混じった感情が溢れそうになっていた。
「りょう君。鳴ってる」
彼女が指差すベットの上で僕の携帯がバイブレーションで着信を知らせている。
「りょう君って言われるの久しぶりやな。あ!」
携帯ディスプレイには携帯番号のみだが、僕には見覚えがある。H県警の岡崎だ。
インターフォンは置いておいて、携帯に出る。
「もしもし」
「あ、もしもし夜分に申し訳ございません。H県警の岡崎です」
「はい。このインターフォンもあなたですか?」
「お休み中にすいません」
「起きてましたが、さすがに深夜2時のインターフォンは警戒します」
「すいません。どうしても伺いたいことがございまして」
「私が降りましょうか?」
「いやぁ結構外寒いですよ?神谷さんも寒いでしょうから伺います。もちろん玄関口で結構ですので」
「少々お待ち下さい」
僕は深夜の訪問に加えて家まで上がり込もうとする警察の横柄な態度に腹が立っていた。
「警察なんだったら安心じゃん。コーヒーが2人分から4人分になっただけでしょ?」
彼女は怒っている僕をなだめ様としている。
「あぁ。むかつくな。こいつら」
僕は敢えて携帯を通して聞こえるボリュームで言い捨てた。

岡崎と三浦は「すいません」とドラマのように手帳を見せて挨拶した。
僕は当然玄関口で対応するつもりだったが、彼女が「どうぞ中へ」と言うので、図々しい彼らは部屋に上がり込んだ。

「神谷さん、お若いのに立派なお住まいですねぇ」
岡崎は何かとわざとらしい。
三浦はおそらく岡崎の上司だろう落ち着いて、コーヒーを出す彼女に礼を言っている。
「夜分に本当に申し訳ございませんでした。もうおわかりかと思いますが、葛西さんの件でお伺いいたしました。お休みということもあり、近しい人が中々捕まらず、このようなお時間になってしまいまして」
三浦は僕が怒っているのを察して、丁寧にこの時間になったことを詫びた。
「できましたら手短にお願いしたいんですが」
「えぇ。もちろんです」
「煙草」
僕は彼女にベットの横にある煙草を要求した。
彼女は困った顔をしつつも、煙草と灰皿を僕に渡す。
「私は向こうの部屋にいるから。何かあれば呼んで」
「うん」
僕は煙草に火を点けて、首をコキッと鳴らした。
「めちゃくちゃ美人な奥様ですね」
岡崎はこれ以上無い、いやらしい顔で僕に小声で囁く。
褒めたつもりだろうが明らかに逆効果だ。
「同棲すらしていない彼女です。今日はたまたま一緒にいました」
「いつから彼女さんとは一緒に?」
「それは捜査の一環ですか?それともあなたの個人的な質問ですか?」
嫌悪感丸出しの発言に返答しようとする岡崎を制して三浦が話し出した。
「失礼いたしました。捜査の一環としてです。先ほどの彼女さんとはいつからご一緒でしたか?」
「おとついの夜からです。会社から帰ると彼女はもうここにいましたから、会った時間としては夜の12時過ぎでしょうか」
「神谷さんはそれまでお仕事を?」
「ええ。帰宅時間が遅いのはいつも通りです」
「ハードなお仕事なんですね」
「ITでは珍しくありません」
「ちなみにその後は?」
「特に何も。食事をして寝ました」
「なるほど」
その後も今までの僕の行動などを聞かれ粛々と答えた。
僕への質問終了後、三浦は彼女にも似たような質問をした。
30分から1時間ほどのずれはあったものの、彼女も同様の返答をした。
岡崎と三浦はメモを取り、話を聞き終えると岡崎はニヤニヤとした表情で、三浦は無表情に礼を述べて、帰って行った。

スッピン + 笑顔 = 最高に格上げ

僕は玄関で2人を見送り、時計を確認すると2時41分。

「コーヒー?お酒?」
「あぁ。君はどうする?」
「私はどちらでも。君はどっちの気分?」
「お酒」
「ビール?ウィスキー?」
「ウィスキー」
「わかった。飲み方はいつものね」
「うん」

彼女は冷蔵庫から取り出したミネラルウォータを電気ケトルに入れてスイッチを押した。
僕の家にはビールとウィスキーとカクテルが数種類。
ただ今はソーダやトニックを切らしているので、彼女はカクテルの選択肢を予め省いていた。

「このケトル便利。私も買おうかな」
「そうなの?俺は使ったことないからわからない」
「私、使用率100%」
「俺の家で君使用率100%の物は多いんじゃないかな」
「例えば?」
「そのケトル。包丁。ザル。主にキッチン周りになるね」
「包丁使ったことないの?」
「うん。新しいのは使ったことない」
「わかりやすい男の一人暮らしだね」
「あと、透明のコントローラ。あれは君専用だから」

ゲーム機のコントローラは香織が買ってきたものだった。

「透明は失敗。汚れが目立つ。一人でもゲームするの?」
「いや、しないね」
「少し機嫌は直った?」
「少しね」

彼女は持ち手付きのグラスにウィスキーとケトルのお湯を注いだ。

「はい。持って行って」
「ありがとう」

僕はグラスを持ってテーブルに着く。
彼女は缶酎ハイとポテトチップスを持って席に着いた。

「一点質問があるねんけど」
「なに?」
「相沢が俺のことが好きとか言ってたやん?」
「うん」
「あれは心を見たの?」
「そうだよ。あと目の攻撃もされたよ?」
「じゃあ確実なんや」
「うん。私も質問」
「うん?」
「君の心はもう見ないけど、他の人はいいの?」
「ん?それは君の都合に合わせて使えばいいんとちゃう?」
「例えば、君がいる所で、他の人の心を読むことはいいの?」
「君の利益になるなら、読むべきだね」
「なら、さっきの警察官の2人の心読んでおけば良かった」
「なんで?」
「さすがに非常識な人だったし、一応私たちは容疑者なわけでしょ?」
「そうだね」
「疑われてるのかな?」
「まぁ、ゼロではないだろうね」
「可能性高いのかな?」
「まぁやってないしなぁ。疑わしい奴から捕まえて話を聞いていって、優先順位の低い俺らがこうなったとも考えられるし、この非常識な時間でも話を聞かないといけない理由があったのかもしれないし」
「でも何もやましいことないよね?」
「うん。君もないやろ?」
「うん。一緒にいたし」
「やな」

三浦の話では葛西の死亡推定時刻は深夜2時。
僕と香織は家にいた。
親密な2人が家にいるというのはアリバイになるのだろうか?

「まぁ考えても仕方ない。殺されたのは間違いないだろうから、早く犯人が捕まることを願うしかないね」
「うん。そうだ。。ね」

言いながら彼女は欠伸をした。

「寝る?」
「うーん」
「色々と疲れたやろ?久しぶりの休みやったのにごめんな」
「今日という日は私にとっては最高だったよ」
「なんで?散々やったやろ?」
「ううん。私の秘密も話せたし、泣き顔も見られたし、君は別れ話をしてこないしね」

彼女は頬杖をついて僕に満面の笑みを向ける。

「そうか」

涙で化粧が落ちたことも手伝って、彼女の顔は少女のように無邪気で得意げで安心感に溢れていた。
僕は彼女のその表情のおかげで、今日が最高になった。

言葉 × 名前 = 伝達

翌日、平日通りに僕らは起床した。
どちらも睡眠時間はそれほど必要なタイプではない。
彼女が朝食にパンケーキを作ってくれた。
彼女は美味いと言いながら食べる僕に『味覚は子供だね』と年上面して微笑みかけた。
「今日はどうする?どこか出かける?」
猫舌な彼女はカフェオレに息を吹きかけながら僕に問う。
「どうしよっか。俺は家でも外でもいいけどリクエストは?」
「じゃあ、家で」
「ん?家がいいの?」
「うん。今日はくっつき倒します」
「いつもやん」
「今日はいつもとは違うよ」
「ん?どう違うの?」
「もう心読まないから、自分のしたいようにくっついてやる」
「開き直り?」
「違う。素直になったの」
「言い方次第で素敵になるね」
「言い回しが秀逸でしょ?」
「そうだね。100点」
彼女はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべている。
彼女の表情が豊かに軽やかになった。

満腹になった僕は目元に手をあててベットに横になった。
ベットに沈んでいくような感覚が疲れていることを自らに確認させた。
しばらくすると彼女がテーブルを片づけ終えて、横にやってくると絡みついてくる。
確かに僕の疲れ方はお構いなしである。
お腹の上はやめて欲しい。

小声で『脱げ脱げ』と言いながら僕の服を脱がしていく。
されるがまま、Tシャツとスエットを脱がされると、彼女は自ら下着姿になり再度絡みついてきた。

「肌の擦れる感じっていいよね」
「そうやね」
「こういうの嫌?」
「いや、今までこういうことしたかったの?」
「今は勢いに任せてる。たぶん自分の欲求よりも大きいことをわざとしてるんだと思う」
「確かにはしゃいでるなぁ。ちなみに俺はこれで君を嫌いになったりしない。あと、こういう休日は悪くない」
「うん。昨日の次に最高かも」
「そっか」
「りょう君」
「ん?」
「しよー」

そういう雰囲気であることは明らかだった。
疲れていることを理由に気付かないフリをしていたのか、朝だからか、僕からではない初めての彼女からの誘いに誘導したのかはわからない。
でも、その一戦は今までで最もエキサイティングだった。
荒れた呼吸、疲れ切った身体がだらしなく絡みあったまま、僕らは再び眠りに落ちた。

フローリングに転がった携帯電話のバイブレーションで起こされる。まだ日は高い。
僕はベットから起き上がる。
起き上がる際、股関節の違和感に気付く。
もう若くはないと半ば諦めたように鼻で笑った。

しつこく鳴り続ける携帯電話を見ると見たことのある番号。H県警の岡崎である。時間は11時45分。1時間ほどしか眠れていない。
ベットを確認すると珍しく彼女は眠り続けている。部屋で話すのは気が引けたので、留守番電話に切り替え、僕は下着とスエットを着て、物置き化している別室に向かった。着信履歴から岡崎に折り返す。

「もしもーし。連日すいませーん」
初めて電話で話した時より随分と砕けた口調で岡崎は電話に出た。昨晩のことで打ち解けた気でいるのだろうか。
「いえ」
「一点お伺いしたいことがございましてー」
「なんでしょうか?」
「神谷さんの同僚に後藤さんっていらっしゃいますよね?」
「幸治ですか?」
「えーっと、はい。そうです。後藤幸治さん。普段はそのように呼んでるんですねー」
「いえ、もう一人、別のチームに後藤がいるので念のためです」
「あぁ。なるほどー。その後藤幸治さんですが、今朝から連絡が取れないんですよ。何かご存じないですかぁ?」
「後藤は昨晩の18時頃まで一緒にいましたが、今日はわかりませんね」
「そうなんですか?昨日はなんで?」
「葛西の件で社内ミーティングをしました。後藤と僕を含めて5人で」
「それは何時から何時までですかぁ?」
「正確な時間はわかりませんが16時半~18時くらいですね」
「そんなにお話しされていたんですかぁ?」
「そうですね。ミーティングとは無駄な時間も多く存在しますので」
「あーわかりますわかります。ちなみにどなた様がご出席されてらっしゃいました?」
「私、後藤、私の同期の横田、経理の相沢、専務の立花の5人です」
「あぁーそうですか。ミーティング後、神谷さんは帰られたんですか?」
「えぇ。すいません。この話、昨日しましたよね?今気づきましたけど」
昨日、この話はしたはずだ。まだ寝ぼけているのか頭の回転が良くない。
「えぇ。伺っております。確認までです。気を悪くしないで下さいね。神谷さんのミーティングのお話しでご連絡させて頂いたんですが、現時点で後藤さんだけが連絡つかないんですよね。固定電話は無いようですし。何か聞いてませんか?」
「いえ、何も。あと、後藤は仕事があるから会社に残ったということも昨日言いましたよね?」
「えぇ。その後、セキュリティの入退室履歴で23時過ぎに会社を出てるようなんですが、その後がさっぱりわからないんです」
「電話はコールするんですか?」
「いえ、電波の届かない所か電源が入っていないらしいですよー」
それは珍しい。真面目な性格の後藤は休日でも電話するとすぐに出てくれる。また、昼食時に本人が「僕は現代っ子なので、携帯電話がないと生きていけないんです」と食べながら携帯電話を弄り、「そんなに使ってると充電がすぐ無くならないか?」と言うと、自慢げに乾電池式の携帯電話充電器を見せつけられた記憶がある。
「そうですか。コールしないなら、知らない番号だから出ないってことはないでしょうね。無駄でしょうが、僕がかけてみましょうか?」
「すいませーん。お願いしていいですかぁ?」
「わかりました。繋がっても繋がらなくても連絡します」
「すいませーん。よろしくお願いしますー」
いちいち語尾を伸ばす話し方が妙に気になる。あんな話し方ではなかったと思うのだが、電話だと話し方が変わる人はいるので、その類だと自分を納得させる。
僕は携帯電話のメモリから後藤に連絡するが、岡崎の言う通り「電波の入らない・・」アナウンスが流れる。
「もしもし、神谷です」
「もしもーし。どうでした?」
「ダメですね。繋がりません」
「そうですかぁ。こんなことは今までありました?もちろん携帯の充電が切れることは珍しくも何ともないんですけどねぇ」
「いや、彼は真面目な性格でして、こんなことはありませんでした。ただ、岡崎さんがおっしゃる通り、一般的には珍しいことでもないので。えー。とりあえず明日会社で尋ねます」
「お願いします。ご連絡頂けるようにお伝え下さい。あとご実家の連絡先とかわからないですよね?」
「会社ならわかると思いますが、それは私の権限ではないので、立花にでも確認して頂けませんか?」
「わっかりましたぁ。すいませーん。色々と」
「いえ、では明日連絡させますので」
「はーい。よろしくですー」
「失礼します」
「失礼しますー」
通話終了ボタンを押し、短く息を吐いてから振り返ると、閉めたはずのドアが開いていて、そこに下着にTシャツ姿の彼女が立っていた。
「おわっ!ビックリした!」
「刑事さん?」
「うん。起こすと悪いと思ったからこっちで」
「そっか。起きたらいないから、本気で泣きそうになった」
「え?なんで?」
「本当は嫌いになって、私、置いていかれたのかと思って」
「大丈夫やって。ビックリしたぁ」
「ごめん。何か変だよね」
「あぁ・・そう言えば話し聞いてからちゃんと言ってへんよな?」
「うん」
「俺は別れる気はない。その能力は羨ましいぐらいやし。正直なところ今後どうなっていくかはわからへんけど、それは能力どうのこうのっていうより、付き合う上で誰しもが抱える問題やと思ってるしね。まぁ君がその能力をデメリットに思うことは一切ないよ」
僕は加工することなく今の思いを伝えた。一応彼女の手元を確認したが、能力を発動している様子はない。
「あの、ありがとう。もうわかってると思うけど、私はそばにいたいと思ってるから」
「ありがと。香織、あの、こういうのこの歳であれやけど、好きだよ。すごく。ほんとにすごく」
彼女は目を閉じて少し下を向いて「君、大事な話しの時は必ず香織っていうよね」と呟いた。
いつもの抱きつきタックルは無かったが、僕の思いは伝わったと解釈した。

旧刊 × 新刊 = 共通点

昼食はピザを取った。

僕がピザ好きだということもあるが、徹底的にダラダラしようという僕の提案を彼女は受け入れた。
インターネットで注文をし、僕が席を立つと携帯電話のバイブレーションが反応した。
液晶には岡崎が表示されていた。
まだやり取りをするだろうからと思い、メモリに登録したものの、1時間弱でかかってくるとは思わなかった。
僕は彼女を見てうんざりした顔を作ってから、彼も仕事だと自分に言い聞かせスイッチを入れて着信を受ける。

「もしもし」
「もしもし。何度も申し訳ございません」


先ほどの電話とは話し方もテンションも違う。ピリピリとした空気が声を通して伝わった。

「いえいえ」
「今、お時間大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫です」
「実はですね。神谷さんの同僚の後藤さんですが、自宅で死体になって発見されました」
「え!?」
「連絡が取れないこともあって、ご実家にご連絡させて頂いたんですよ」
「え?えぇ」
「ご家族の方が合鍵をお持ちだったので、お越し頂きました。ご実家は車で30分くらいのところですね。そして後藤さんのお母さんと一緒に警官がお部屋にお邪魔しましたら、カーペットの上に倒れてらっしゃいました」
「また包丁で刺されてたんですか?」
「いえ、今調べていますが、外傷がないことと、特有の黄疸ができているので、薬殺だと考えています」
「そうですか。じゃあ服も着てたんですね」
「そうですね。今回は葛西さんの時のようなセンセーショナルなものではなく、普通と言えば普通ですね」
「そうですか。えー。まだイマイチ処理が追いついてないんですけど、この件は立花とかにはもうお伝え頂いてますか?」
「いえ、これからです。葛西さんの件でお伺いしたばかりなのですが、後藤さんの件でお話しをお伺いしたいのですが、今ご自宅ですか?」
「えぇ。自宅です」
「お邪魔してよろしいですか?」
「はい。どうぞ。何時頃ですか?」
「近くですので、15分もあれば」
「了解しました。お待ちしております。では」

薬殺。
何というか今回はあっさり殺人として紹介されたな。と自分の中で感想を呟いてから彼女を見た。

「あの、後藤って知らないよね?」
「後藤って人は知らないかな。あ。昨日電話してた人?」
「そうそう。移転してからの俺の部下やねんけど、家で死体で見つかったって」
「え?」
「うーん。関係してるのかな?してるよなぁ。ごめん。今から15分くらいで岡崎さん来るって」
「わかった。着替えるね。丁度いいかも。しっかり見とくね」
「うん。あと、明日からしばらく会社休めへんか?」
「どして?」
「俺の周りで殺人が2件も起こってる。正直、心配やねんけど」
「でも、一切外に出ないわけにもいかないし」
「いや、実家に一時帰宅とか。さすがにできないよな」
「うーん。難しいかなぁ」
「だよな」

彼女は銀行で働いている。
有給はそれほど使っていないと思うが、急に長期休暇はどんな会社でも使いにくいだろう。
終わりが不明確であれば尚更。
よくよく考えれば命の危険よりも仕事を優先しようとするのはおかしな話ではあるが。

着替えを済ませて、しばらくするとインターフォンが鳴る。
モニタには昨日よりも険しい顔つきの岡崎が映し出されていた。

「今開けますので」

ドアを開けると岡崎はカメラに向かって一礼してからモニタから姿を消した。
僕はドアに先回りし、ドアにもたれる形でドアを開けて岡崎を出迎えた。
エレベータ方向から現れた岡崎が僕の姿を確認すると早足で一礼した。

「連日、すいません」
「いえ、事が事ですから」
「えぇ。そう言っていただけますと助かります」

岡崎はキャラクターを使い分けているのだろうか?今の岡崎はとても紳士的で好感が持てる。
彼女がコーヒーカップを両手に持ち、岡崎に差し出し、僕の前に置いて自分も僕の隣りに座った。

「早速ですが、後藤さんの件で伺いました」

岡崎は手帳の該当のページを探し、めくり始めた。

「えぇ。何というか感情のコントロールが難しいですね」
「お気持ちお察しします。こんな時に申し訳ないですが」
「それは、はい。わかってます」
「まだ死亡推定時刻もまだ詳細にはわかっていません。ただ会社を出たのが深夜23時だとしたら、それ以降で発見は今日の12時30分頃。ちなみに私が連絡したのが携帯の履歴で9時11分。その時刻からコールはしていません」
「そうですか。その間の僕たちの行動をお話しすればよろしいでしょうか?」
「えぇ。まずはそうですね」
「一言で終わってしまうんですが、2人で家にいました。寝たのは3時頃かな。岡崎さん達が帰ってから、特に何も。外部との連絡と言えば先ほどピザをネット注文したぐらいかと思います。電話は岡崎さんだけです。香織かかってきた?」
「電話はかかってきてないし、かけてない。でもメールを数件。朝に」
「何時頃ですか?」
「ちょっと待って下さい。9時32分、37分の2通です」
「差し支えなければ、その相手は?」
「会社の同僚です。買い物のお誘い。彼といたので、お断りしましたけど。名前まで必要ですか?」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「すいません。たぶん何の参考にもなりませんよね」
「いえいえ。正直、どこから手をつけたらいいのかまるでわからないんですよ。葛西さんの件も証拠という証拠はなく、後藤さんは自殺かもしれない。色んな人に話を聞いて回っていますが、決定的な何かはまだ掴めていません」
「そうですか。大変ですね」
「ちなみに神谷さんはどう思います?」
「何がでしょうか?」
「この2件の事件について」
「私の私見ですか?」
「えぇ。こんなことを言うのもおかしいんですけどね」

岡崎は苦笑いを浮かべている。
疲れているのだろうか?
こんな素人。しかも犯人の可能性のある僕たちにこんなことを聞くのは問題があるのでは?
いや、これが彼の本心を聞くスタイルなのかもしれない。

「えー。あまり深くは考えていないので、話はまとまるかわかりませんが、葛西の件はおそらく他殺だと思います。葛西の性格上あんな派手な自殺をするとは思えないですし。詳しくはわかりませんが、包丁を死ぬまで刺すのは結構大変ですよね?それを自分でやるのは相当なんというか、いかれてないとできないと思います。彼のその当時の精神状態はわかりませんが、彼は非常に理論的、建設的な考え方のできる人物です。自殺ならもっと確実性の高いものを採用すると思います」

最初は軽い気持ちで岡崎は言ったのかもしれない。
でも岡崎は「ほうほう」と言いながら一度内ポケットにしまったボールペンを取り出しメモを取り出した。
僕はそれを見て少し調子に乗っているかもしれない。

「あと、今回の後藤の件ですが、僕の持ってる情報だけでは自殺か他殺かはわかりませんね。でもどちらにしても葛西の件に絡んでるのではないかと考えてしまいます。でも、もし自殺なら薬を使った死に方は後藤らしいですね。彼は非常に慎重で几帳面で臆病な性格ですから、首を吊るやら飛び降りるなど決断が必要な方法は採用しないと思います。自殺なら薬を飲むだけの方法は最も彼に適しているでしょうね。他殺なのであれば、先ほども言いましたが、葛西の件に関係しているのでは?と考えます。何の根拠もないですけど。後藤は好奇心旺盛ですし、葛西の件を話した時もすぐにインターネットで関連ニュースが出ていないか調べていました。何かの情報を手にして殺されてしまったなど、いくらでも動機は作れそうですね。ただ、殺すなら薬殺は適していない気がします。彼は見た目通り貧弱ですしね。わざわざ面倒くさい薬殺をする意味は僕にはわかりかねます。先ほども言いましたが、『自殺に見せかけるため』というなら一定の理解はできますが、その為だけとしては、リスクに対してパフォーマンスが悪いような印象です」

「なるほど。葛西さんと後藤さんの事件が関連していると思うのはどうしてですか?」

岡崎はメモを取りながら興味津々に僕に訪ねた。
今しがた根拠はないと言ったのに。

「先ほども言いましたが、根拠はないです。ただ、2日で僕のチームの人間が2人死ぬとなると、関係しているのでは?と思うのが自然じゃないでしょうか?2人の関連性も特に葛西と後藤は仲がいいとかは無かったんですよね。先輩と後輩。支社が本社に吸収されて、その時から後藤と葛西は僕のチームで部下になりましたが、葛西は人づきあいが極端に下手だったので、ほとんど話したこともないでしょうね。とりあえず業務連絡以外で彼らが話をしている姿を見たことはありません。僕と横田が殺されてなら絶対何か関係していると思いますけど、彼ら2人であればうーん。。と言ったところですかね。簡単なのは「後藤が葛西を殺して、それに恐くなって後藤が自殺」が一番スムーズで無理がない。ただ、葛西の死亡推定時刻は2時でしたよね?その時間後藤は働いていたんじゃないですかね。おそらく」

金曜日の夜は納期に漏れた他チームのヘルプをしていた。
聞く限りだと相当タイトスケジュールで最後までいなかったとしても朝までかかることは必須だった。

「その通りです。記録では3時15分に記録があります。それ以前の入退室はないですね」
「ならそれも難しいですね。一応金曜に出勤していた連中に聞いて回られた方がいいかもしれません。セキュリティカードを借りて出入りをすることは可能ですから、カードを忘れて貸し借りをすることは結構ある話しです」
「あぁ。なるほど。週明けにでも聞いてみます」
「何か他に情報があれば、思いつくかもですけど。あぁ。葛西って名刺で名前が分かったんですよね?裸で名刺を握ってたんですか?」

紳士的キャラの岡崎の表情が一変した。眉間にしわが寄り、目つきは鋭くなった。
しかし、ほんの一瞬で表情を元に戻す。
そのスピードは素晴らしかったが、変化の振り幅が大きく余計に目立ってしまった印象を受ける。

「おそらく私は神谷さんにそのお話しはしていないかと思うのですが」
「そうでしたか?あぁ。名刺の事は高橋先生から伺いました」
「高橋先生?あぁ病院の先生ですか」
「はい。話を聞きに行ったことはお話ししたかと思いますが。私が知ってると問題がありますか?」
「いえいえ。すいません。なぜ?という点から食いついてしまいました」
「いえ、知らない方がいいなら忘れることはできませんが、話さないようにすることは可能です。ただミーティングをした連中は全員知ってます」
「なるほど。すいません。私、変な顔しましたよね。すいません。他意はないです」
素直に表情の変化を認めたことは意外だった。
やっぱりこのやり方で岡崎は僕の本心やボロを待っていたのだろうか?
疑われている?
岡崎は思っていたより能力が高いのかもしれない。
あとで香織に聞いてみよう。

「いえ、大丈夫ですよ。まぁ私見としましてはそんな所です」
「ありがとうございます。別に隠すことでもないのでお伝えしますが、葛西さんは本を持ってらっしゃいました」
「本?全裸で本ですか?」
「ええ。小説ですね。私は本を読まないので、わからないんですけど、えーっと、S社から出ている『トラップの行進』という本ですね。それを持ったまま亡くなっています。発行年は違いますが、ちなみにお二人共です。また、名刺はその本に挟んでありました」
「え?二人ともですか?」

僕は立ち上がり、本棚から『トラップの行進』を取り出した。

「えぇ。お二人ともお持ちでしたね」
「そうですか。奇妙な話しですね。これですよね?」
「えぇ。これは初版の方ですね。表紙がもっと黒っぽいのが最近発行された物みたいです」
「あぁ。あまりないですけど確かに表紙が変わるのはありますね」
「ちなみにこれ、推理小説なんですよね?」
「そうですね。なんかの賞を取ってたと思いますよ」
「そうですかぁ。どうして本を持ってたんですかね?」
「うーん。それはわかりませんけど、僕も名刺を本に挟みますよ」
「え?どうしてですか?」
「しおりの代わりに」

僕は言いながら席を立とうとすると、彼女が立ちパソコンデスクから本を持ってきた。

「こんな感じに。たぶん葛西にも後藤にもこの話はしたことあります。葛西が名刺を忘れた時に『こうしてれば緊急時にも大丈夫だ』って。冗談の一つですけど」

名刺の挟まれた本を岡崎に見せる。

「でもこれ、紐もあるじゃないですか?なのにわざわざですか?」

岡崎は本の上部に付けられた紐のしおりを持って不思議そうに尋ねた。

「あぁ。そうなんですけどね。一種の習慣ですかね」

岡崎は「そうですかぁ」と納得しないままに返事をする。
確かに明確な意味はない。ただの癖というか習慣だから。

「犯人は小説に意味を持たせたかったんでしょうか?それともこの名刺に意味を持たせたかったのでしょうか?」
「うーん。名刺の方は自分で言うのもなんですが、一般的ではないですからね。それに名刺を持たせたいなら本に挟む意味ありますか?あぁ風に飛ばされないようにとかなら意味あるか」
「確かに当日は風は強かったですしね。貴重なお話しありがとうございます」
「いえ、大したことが言えなくて申し訳ないです」

僕と彼女は並んで深々と頭を下げて出て行く岡崎を見送った。

自己評価 × 他己評価 = 160段

「明日から3日間強制休暇」
僕は電話を切り、伸びをしながら、彼女に憤りや不満を吐き出すように言った。
「えー!!」
勢いで彼女の持つピザからエビが皿にこぼれ落ちた。
しかし、彼女はそのエビに見向きもせずに見開いた瞳はしっかりと僕を捉えている。
「危険だからって。この機会に完全に休めってことで、電話もメールも不可。旅行にでも行ってこいとか言ってる。危険なのに旅行ってどういうこと?意味わからん。どうするかなぁ」
僕はこの憤りと不遇な処置を彼女と共有したかったのか、不満げにやはり吐き捨てるように彼女に投げつけた。
「どうしよ?私どうやって休もうかなぁ。親はまずいから、お婆ちゃんにごめんなさいしようかなぁ」
彼女は全く僕の投げた会話のボールを受け取る気配はない。
それどころか、さっきは難しいと言っていた休暇を取る方法を具体的に考えだした。
彼女の耳には自分に都合のいいことだけを聞きとるフィルターが付いているらしい。
これも彼女の能力。

「お婆ちゃんはご健在?」
「ううん。私が小学生の頃に亡くなった」
「あぁ。そう」
「部長に連絡するね」

彼女は携帯電話を持って耳に当てた。
「ううん」と喉を鳴らした彼女は電話の繋がった部長に東京に住むお婆ちゃんが亡くなり通夜の手伝い等々で3日間ほど休むと伝えた。
よく女性は生まれた時から女優だと言うが、その格言を納得せざる負えない演技力を目の前で発揮してくれた。
彼女が発する言葉から推測するに心配までされているようだ。
まぁいい。その方が安心だ。
ただ何か起きた時に僕が守り切れるかどうかはわからないけど。

「ふぅ。普段からいい子にしてて良かったよ。すごいね!合計5日間も一緒だよ」
「そうだね。なにする?」
「旅行じゃないの?旅行なら温泉いい。二人で入れるところがいいよね。調べる。パソコン借りるね」
「え?あぁ。うん」
「どこにしよー。車かなぁ?いや、電車で駅弁食べるのもいいなぁ。移動手段は電車ね。移動時間は短い方がいいよね?でも短すぎると旅っぽくないしなぁ。あ。私、一回帰らないと。りょう君一人で準備できる?」
「え?うん。着替えとかだよね?」
「そうそう。あと、こら!もうピザ食べたらダメ」

僕はピザを手に取り、口に運ぼうとしたまま、『待て』と指示された飼い犬のように動きを硬直させる。

「へ?どうして?」
「今から行くの!駅弁食べるんだから、もう食べたらダメ」
「え?今から?」
「だから私が探してる間に早く準備しなさい」
「明日からでよくないですか?」
「ダメ。大きいバックあったでしょ?ほら!探す!」
「え?えぇー今から?」
「今からじゃないって言ったら私すねるよ?」
「君、結構キャラ変わったよね?」
「うん。今は君の心を覗きたくないよ」
「うーん。明日がいいなぁ」
「絶対、今日」

僕は手に取ったピザを置き、ドラム型のバックを探しに別室に行った。クローゼットの端っこに鎮座するドラム型バックは思っていたより大きかった。

「香織さん。ドラム型バックがあったんですけど、大きい過ぎるんじゃないかな?俺、こんなに荷物ないと思うよ?」
「いいの。私の荷物も入れるから。今から3日分の洋服入れて。あと出張セット。この前作ってあげたのどこにあるかわかる?」
「あ。はい。わかります」

出張セットとは歯ブラシやシャンプーやボディソープなどお風呂セットに近い一式を肌が弱い僕用に以前彼女がポーチにまとめてくれたものだ。

「今が14時12分。30分までに洋服を詰めて、出張セットを探してきてね」

彼女が満面の笑みを僕に向ける。絶対、今の状況を楽しんでいる。
休み明けの状況や他チームへの迷惑、その後の対応など色々頭を巡ることがあったが、彼女の満面の笑みは『全部忘れてやろうかな』と思わせる破壊力があった。
普段なら至らない結論に至ったわけは、この数日間に色々ありすぎて僕の容量をオーバーしてしまったからだろうか。
葛西や後藤に悪い気はするが、高橋が言っていたように僕の中では過去となっていた。僕は冷たいのだろうか?それとも人はこうやって生きていくのだろうか?僕は数少ない私服をバックに詰め始めた。2日目の洋服が収納された時、ポケットの携帯電話が震えた。

「もしもし」
「もしもし。何度も申し訳ございません」

堅いキャラクターの岡崎が丁寧に挨拶した。

「いえ。どうされました?」
「立花さんから聞きまして、休暇だそうですね」
「えぇ。突然でして僕はまだ受け入れられていないんですが。彼女は切り替えて旅行に行くと騒いでます。あぁでも彼女が旅行に行くのは内緒です。勤務先には嘘ついて休んでますから」
「はは。わかりました。普段お忙しいそうですし、ゆっくり休んで下さい」
「もしかして、遠方に行くのはまずいですか?」
「いえ。問題ございません。いや、実はまとまった休暇と聞きまして、遠方に行かれるかなっと思いまして、葛西さんは事件が事件ですので、家族葬にされるそうです。また後藤さんはご家族の方が色々お考えだそうです。ただ後藤さんのご遺体はまだお調べすることがございますので、お通夜にしても引き渡し次第で、まだ先になるかと思います。なのでご心配なく。というご連絡です」

完全に抜けていた。人が死んだのだ。
当然有り得る事柄が抜け落ちていた。
通常の思考回路でないことを痛感する。

「あ。わざわざそれを伝えて下さったんですか?」
「えぇ。中々聞きづらいことかと思いますし。あともう一つあるんですが、行く場所が決まりましたらご連絡頂けるとありがたいんですが」
「わかりました。決まり次第ご連絡いたします。すいません。助かりました」
「いえ、ではよろしくお願いします」
「はい。失礼します」

一気に色々不安になった。
何か漏れはないだろうか?まず横田にこの情報を伝えてやろう。
そしてタスク漏れがないか確認しよう。
携帯電話の発信履歴を表示させると横田から連絡があった。

「もしもし」
「おーもしもし。出るの早いな。岡崎さんから聞いた?」
「聞いた聞いた。今、お前に電話する所やったわ」
「タスクの確認か?」
「察しがええやん。葬式予定してた?」
「いや、完全に忘れてた。岡崎さんって思ってたより気が利くよな。俺、どっか一人旅でもしようと思ってたけど、急に不安になってさ。なんか漏れがないか確認電話」
「俺も旅行に行くよ」
「え!?神谷が?旅行?」
「うん。俺が旅行。しかも温泉。似合わんやろ?」
「うん。ビックリするなぁ。やっぱりさすがの神谷マネージャも今回のことは堪えたんですね」
「どうやろ?まぁ普段の俺なら旅行なんて選択せーへんやろな。確かに堪えてるのかも」
「後藤はお前に懐いてたしな」
「あぁ。そうなのかな?」
「葛西なんてお前にしか扱えないから、ずっと神谷チームなんだろ?」
「それを言うならお前もそうやろ?俺しかお前は扱えない」
「俺は俺の意思でお前の下にいる。異動の話があったことは知ってるだろ?」
「あぁ。え?なんでお前が知ってるねん」
「俺の情報網をなめるな」

大体誰が漏らしたのかは察しがついた。
立花は口が軽い。

「なんで俺のチーム?」
「お前の下にいれば楽して出世できる」

確かにその可能性は高い。
自分でも上からの評価は高いと思っている。
今回の処置がそれを物語っている。
僕はまだ現場にこだわっているが、管理系の部署の部長職にという話は何度か出ている話だ。
そうすると、おそらく飛び級で横田が僕の席に座ることになるだろう。

「っで、タスク漏れってある?」
「葬式忘れてた俺らが擦りあわせしても意味ないかもな」
「そやなぁ。たぶんないと思うねんけど」
「他チームとは連絡取ったのか?」
「いや、取ってない。取った方がいいかな?」
「たぶんな。事前に謝っておいた方が、後々神谷が楽なんじゃない?」

こういう時の横田の判断力、調整力は僕をはるかに上回る。
この能力で彼は敵を作らないように自分の仕事量を調整している。

「あとでマネージャクラスには連絡しとくよ。面倒やな」
「仕方ないっすよ。とりあえず俺も主要メンバには連絡しとく」
「悪い。メンバレベルは任せるわ」
「うん。たぶん怒ってるよな」
「あぁ。こっちは迷惑かけてるのに休みで連絡取るなって無茶苦茶やろ」
「神谷様は社長に気に入られてるからね。こっちは嬉しいけど」
「まぁナンパの旅やろ?」
「違う。地域交流の旅だ」

結局タスクの擦り合わせはほどほどに、そのまま電話を切った。
僕はそのままマネージャクラスに連絡する。
事情をほとんど聞かされないまま命令されたマネージャクラスは事情を簡単に説明すると納得してくれた。
どこまで話していいのか苦慮したが、その点もほとんどのマネージャは配慮してくれた。
普段から他チームのヘルプを積極的にやって借りを作っていたことがこんなところで功を奏した。
これも横田の助言。
確かに横田が僕に依存しているわけではなく、僕が横田に依存しているのかもしれない。

僕は洋服と出張セットをバックに詰め込み、リビングに戻った。彼女はパソコンの前でモニタを凝視している。

「準備万端?」
「うん。一応会社の連中には連絡もしておいた」
「じゃあ安心だね」
「まぁマシになった程度やけどね」
彼女は少し困った顔をした。少し普段のテンションに戻りつつある。
「3つくらい候補を絞ったよ」
「ん?どれ?」
僕はモニタに回り込む。個室風呂がついている旅館がいくつかリストアップされていた。
「どこも良さげやね。値段も結構安いんやね」
「うん。どこにしよっか?」
「うーん」
僕はどこでも良かったが、Wi-Fi完備という文言を目についた旅館を指差した。部屋からの景色がいいらしい。
「OK。電話するね」
彼女は携帯電話で連絡した。あと、晩御飯を遅くしてくれとの交渉も成立していた。
「完璧ですね」
「完璧です。じゃあ私の家に行こっか」
「うん」

僕と彼女は着替えて僕はバックに携帯電話の充電器とノートパソコンとまだ読んでいない本を3冊入れた。
まだ十分に余裕のあるバックを持って僕らは家を出た。
タクシーで彼女の家に到着し、彼女はバタバタと旅支度を始めた。僕は久しぶりの彼女の部屋の香りを懐かしみながらベットに腰かけて本を読む。
静かになったと思い、僕が本から目線を上げると彼女が目の前に立っていた

「どうしたん?準備終わった?」
「うん」
「え?どうした?」
「いや、この光景懐かしいなって思って」
「ん?あぁ。俺がこの部屋で本を読む光景?あ。ごめん。嫌なんやったよな?」
「最初はなんでこの人は一緒にいるのに本を読むんだろう?って思ってたよ」
「あぁ。すいません」
「ううん。今は懐かしめるくらい慣れたから」
「えーっと、嫌味っすか?」
「ううん。結構君を扱うのは大変なんだよ?」
「だと思うよ」
「でも、私も成長したなぁと思って」
「神谷検定3段くらいあるよね。師範代クラス」
「納得いかない」
「うん?『もっと努力しろ』ってこと?」
「違う。160段くらいの評価でもいいと思うよ」

所作 × 湯気 = ノック

僕らは駅で特急列車の切符を買い、旅館へ向かった。
途中の駅のホームで乗り遅れないようにはしゃぎながら駅弁を買った。
駅弁の味は覚えていない。
ただ彼女は駅弁が初めてらしく、一品一品いちいちリアクションを取ることに僕は腹を抱えて笑った。

さびれた駅に到着するとすでに暗く、時刻は18時19分。
彼女は旅館に連絡した。
10分ほどで送迎の車が来るらしい。

僕は待ち時間を利用して煙草に火を付ける。
携帯灰皿は忘れてしまった。
盆地で田舎特有の匂いと寒さがあったが、心地よかった。

「寒いね」
「うん。でも何か悪くないな」
「うん」
「歳いけばこういう所に住みたいかな」
「嘘でしょ?」
「うん。ベタなこと言いたくなった。たまにでいい」

送迎の車は普通の乗用車で愛想のいい旅館の男性が荷物をトランクに入れてくれた。

車の中で簡単に地域のことを聞いた。
温泉街で昔はにぎわったが、今はそうでもない。
でも毎年必ず来てくれる客もいる。とのこと。
これも田舎特有。

思っていたより大きく立派な旅館に着くとあずき色の仲居さん達が並んで挨拶してくれた。
こういうことに慣れていない僕はとっさに「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げると彼女が声を上げて笑った。

え?そういうものじゃないの?もっと偉そうにするところ?

部屋は広さも綺麗さも上々。
車の中での説明によると忙しいこの時期にたまたまキャンセルが入って今回は泊まれたらしい。
本当かどうかはわからないが。

僕らは仲居さんから一通りの説明を受けた後、一通り部屋の設備を確認し、夕食まで1時間強あることから、旅館を探索することにした。
旅館の中にはゲームセンターとまではいかないがアーケードゲームがいくつか置いてある。子供の頃に熱中した記憶のある格闘ゲームもあり、あとでやってみよう思う。お決まりの卓球は苦手だから絶対にやらない。
裏手は山になっているようで、確かに景色はいい。部屋ごとに露天風呂があるから期待できるのではないだろうか。
彼女はお風呂上りに必ずマッサージをすると決意していた。夕食の時に言えばいいらしい。30分もすれば旅館探索は完遂した。

「一通り回ったかな?」
「おそらくね。仲居さんとか番頭さんっていうの?わかんないけど。彼らすごい感じいいね」
「そうだね。どの子がタイプ?」
「そういう意味ではなく」
「どういう意味で?」
「サービス業という意味で。男も入れてたやんか」
「調子に乗ってみました」
「もしかして嫉妬深かったりしますか?」
「おそらく相当嫉妬深いと思います」
「なるほど。それが確認できただけで、この旅行に意味はあったよ」
「私もこれが伝わっただけで意味はあった」

会話の内容はトゲトゲしいが二人とも笑顔である。
きっとはしゃいでいる。
仲居さんが食事を用意しようか?と尋ねていた。
おそらく僕らが時間を持て余していることがわかったのだろう。
僕らはその申し出を受け入れて、部屋に戻る。
駅弁のおかげでそれほどお腹は減っていなかったが、食べられないほどではない。
彼女も同様だということだ。
運ばれてきた料理は料金を確認したほど豪華だった。
満腹になり、日本酒で少し酔った僕らはしばらく部屋で寝ころんでいた。

「お風呂入る?」
「そうやね。せっかくやし。まぁ明日も明後日もあるけど」
「すごいよね。全て詰め込まなくていいスケジュールって素敵だね」
「確かに。旅館も当たり。君のセレクトは素晴らしい」
「もっと褒めて。できれば頭を撫でて」

彼女はテーブルを挟んで向こう側。
届くはずがない。
僕は『よし!』と声を上げて立ち上がり、向こう側で寝転がる彼女の頭をポンポンと撫でてから、お風呂のセットが置いてあるクローゼットまで歩いた。
僕は寒空で急いで身体を流すと岩で仕切られた湯船に入った。
各部屋にこれだけの風呂があって、この料金ということは、たまたまキャンセルがあってという話は本当かもしれない。
星空を見ながらのぼーっとしていると、色々あったここ最近のことが溶け出していくような気がした。
彼女がバスタオル姿で入ってきた。
「寒い。星、すごいね」
「うん。キャンセルの話は本当かも」
「うん。そうかも。どうしよ?りょう君、身体洗ってから入った?」
「そのまま入ればいいよ」
「いっか」

彼女はつま先で温度を確認しながら見えすぎない抜群のタイミングでバスタオルをそばに置き、湯船に入った。
その仕草はセクシーで少し目をそらした。

「俺は身体を流してから入ったけどね」
「言うと思った。綺麗だね」
「うん。温泉って悪くないね」
「うん」

僕の腕を両手で掴んで隣に寄り添うようにして彼女は空を見上げていた。
髪は濡れないように上げてある。
僕の腕には彼女の胸が不定期なリズムで体当たりしてくるが、目をやっても、外気との温度差で立ちこめる湯気とゆらゆらと揺れる温泉が見えそうで見えない絶妙なカーテンを演出している。
要するにエロい。
「どうしたの?」
彼女はニヤニヤして、でも少し得意げに僕を見た。
「え?読んだ!?」
「君の目、見てないでしょ。あと、りょう君。これは誰でもわかるよ」
僕の下半身の一部を彼女は手の甲でノックする。
「あぁ。まぁそれは確かにそうやね」
「うん。男の人はわかりやすいね」
「そうやね。まぁ夜は長いから」
「うん。ずっと続けばいいのに」
「のぼせたいの?」
「うん」
彼女は僕の一言をかわして、僕の肩に頭を置いた。

きちんとセットされた布団で本日2度目の一戦を交えたわけだが、彼女がちゃんと避妊具を用意していたことに驚いた。
「君は無かったら絶対しないでしょ?ある意味すごい紳士だけど、ある意味すごい紳士じゃないよね」
僕はその難解な一言を頭の中でループさせながら眠りについた。

元気 × 食欲 = 年寄り

翌朝、朝食の時間が過ぎてしまうと彼女に起こされた。
朝はバイキング形式。
昨日の探索では数組の客とすれ違ったが、確かに多くの客がいることを知った。
朝食を済ますと、岡崎に連絡していなかったことを思い出し、携帯電話で連絡する。
「もしもし。おはようございます」
「おはようございます。すいません。連絡が遅れました。今G県のH旅館という所にいます」
「あぁ。わかりました。H旅館ですね。すいません。何か監視みたいで」
「いえいえ。すいません。遅くなってしまって」
「いえいえ。では何かあれば連絡してしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
「はい。では」

部屋に戻り、仲居さんから教えてもらった散歩コースを提案すると彼女もそれに賛同した。
散歩をして、風呂に入る。
他にやることは無さそうである。
でも、何もないのは悪くはない。

天気に恵まれていた。
田舎の雰囲気がそうさせるのか、実際そうなのかはわからないが、空気が澄んでいるような気がした。
きっと冷気もその手助けをしたに違いない。
途中で温かい缶コーヒーとココアを自動販売機で購入した。
ちなみに見たことのない銘柄の自動販売機。
あと見える物は田んぼと森と道路。他には特に何もない。
仲居さんに教えてもらったコースだが、起伏のある歩きごたえのあるコースだった。
「結構、きついね」
「そうやなぁ。靴、セレクトミスやね。大丈夫か?」
彼女はヒールのあるロングブーツを履いている。
「まだ全然大丈夫。そう言えば靴を貸してくれるって言ってたよね」
「うん。明日は借りる?」
「人の履いた靴は嫌」
「そういうと思った」

コースを回って旅館に到着すると、しっかりとした疲労感があった。
中々いい具合のコースを紹介してくれた。
僕らは話しあうこともなくお風呂の準備を始めた。
二人とも軽く身体を流してから湯船に浸かる。
湯船の中で伸びをすると足の裏がつりそうになった。
本当にもう若くない。

「うーん。結構疲れたね」
「うん。でもマッサージがより効果をもたらすんじゃないの?」
「あぁ。マッサージね」
「昨日するって言ってたやん」
「聞いたらマッサージ師さんは男性しかいないんだって、女性ならやってたけどね」
「そうなの?勝手かもしれんけど旅館のマッサージはおばちゃんなイメージやのに」
「うん。私もそんなイメージ」
「それでやめたの?」
「うん。雰囲気台無しだから」

お風呂を上がると昼過ぎだった。
随分長い間、歩いて、風呂に入っていたらしい。
昼食はプランに付いていないので、旅館の食堂か旅館で注文するか、外出することになる。
ちなみにレンタカーが借りれるそうだが、昼食に出るだけならタクシーの方が料金的には安く済むだろう。
「昼飯どうする?」
「うーん。旅館で済ませる?」
「どうした?疲れた?」
「うーん。少しね」
彼女は窓際の椅子に座って苦笑いを浮かべる。
「じゃあ旅館で済ませようか」
「うん」
「煙草を買ってくるよ。メニュー見といて」

僕は売店で煙草を購入した。
売店には地酒が多く置いてある。名産なのだろうか?
「はい。440円。ありがとう。お兄さん、若いのにこんな所、楽しいかい?」
「そんな悪くないですよ」
「何もないだろ?」
「何もないね。それがいい」
「そんな年寄りみたいなことを言って」
売店のおばちゃん(お婆ちゃんかもしれない)はニヤリと笑った。
「何もないってのは、それはそれで個性だと思いますよ」
「個性かい。便利な言葉だねぇ」
確かに。
個性という言葉ほどユーザビリティの高い単語はないかもしれない。
「まぁええやん。俺は好きだよ」
「昔は観光客がいっぱいいたんだけどね」
「温泉は偉大だね。でもまぁこの旅館は多いやろ?」
「ここは多いけど、他はさっぱりらしいよ。まぁ元々ジジとババが多かったけどね」
ちなみに本人はババのカテゴリに入れているのだろうか?
「そっか。全く調べずに来たんやけど、この辺、何かあったりするの?」
「うーん。若い子が喜びそうな所はないねぇ」
「お年寄りが喜ぶ所は?」
「そりゃ、鍾乳洞だよ」
「鍾乳洞があるん?」
「キレイにライトアップされてるよ」
「それは興味がある。できればライトアップして欲しくなかったけど」
「そういうのがいいのかい?じゃあ、自然公園にリスがいるよ」
「リス?」
「ひまわりの種を持ってたら食べに来たりするのよ」
「おぉ。それも悪くない。自然と触れ合ってる風やね」
「そうかい」
おばちゃんは嬉しそうな顔をした。
「その二つは遠いの?」
「そんな離れてないけど、車は必要だろうね。車がないならレンタカーやってるよ」
「うん。じゃあ今日か明日、レンタカー借りて行ってくるわ。ありがとう」
「楽しんでおいで」

部屋に戻ると彼女はテレビを見ていた。
「お昼ご飯どうしよっか?」
「旅館で取るんやろ?メニュー見た?」
「うん。洋食がメインだね」
「あんまり?」
「うん。今のテンションではあんまり」
「そっか。どうしようか?売店のおばちゃんに時間潰せそうな所は聞いてきたから、明日体調が戻れば行こうか」
「ん?何の博物館?」
「俺もそんな感じしか期待してなかってんけど、鍾乳洞があるらしいよ?」
「鍾乳洞?それは何かいいね」
「やろ?あと自然公園でひまわりの種持ってたらリス来るねんて」
「それもいい。今日行く?大丈夫だよ?」
「いや、明日行こう。レンタカーで」
「本当に大丈夫だよ?」
「いや、明日にしよう。昼飯はどうしよう。そばとかうどんとかがいい?」
僕はメニューを見ながらそう言った。
「うん。ないでしょ?」
「うん。何かラインナップが若者っていうか子供向けな感じがするね。聞いてくるよ」
「ごめんね。なんかはしゃぎ過ぎたかも」
「ゆっくりすることが今回の旅の目的やから気にしなくていい」
「うん」

僕はまた外に出て受付に行った。
仲居さんに事情を話すと厨房に話をしてくれた。
すると裏から白い帽子を被った、いかにも板前のような男性が現われたので、同じ説明を男性にも行った。
男性は心配そうな顔で、お粥を提案してくれたが、病人ではないので大丈夫と丁寧に断った。
うどんもそばもできるということなので、うどんかそばか電話で注文すると伝えると、他にも食材があればできるので、メニュー以外の物でも言ってみてくれとのこと。
嫌な顔一つせず、提案までしてくれるとは何とも柔軟性の高い旅館である。

「ただいま」
「おかえり」
「うどんでもそばでもできるって」
「そうなんだ」
「うん。他にも何か食べたいものがあれば食材次第でできるから、言ってみてって。柔軟性高すぎる。もう溶けてるね。液体レベル」
「いい旅館だね」
「うん。どうする?」
「そば」
「OK。じゃあ俺もそれにしよう」
電話でそばを二つ注文する。
一つは柔らかくしておこうかという提案があり、彼女もその方が助かるとのことで、柔らかいそばと普通のそばを注文した。

しばらくすると仲居さんがそばと別の皿でかき揚げが運ばれてきた。
「おぉ。かき揚げ」
「別のお皿に分けておりますので、奥様が食べられないようであれば、旦那様がお召し上がり下さいね」
「あぁ。どうもありがとうございます」
この旅館は絶対に潰れないと思う。
料金を支払った。一つ600円。安い。
やっぱり潰れるかもしれない。
「見事なコストパフォーマンス」
「うん。かき揚げ美味しそう」
彼女はそばよりもかき揚げを覗きこんでいる。
「奥様が食べられないようであれば旦那様が、」
「私、食べますので」
「了解。わかった」
元気そうな彼女の姿を見て、自然と顔がほころんだ。
おばちゃんの言う通り。年寄りだな。

僕と彼女と頭脳と能力

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僕と彼女と頭脳と能力

  • 小説
  • 中編
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-04-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 朝 + コミュニケーション = 容量不足
  2. 彼女 × 距離 = 2番目に好きな香り
  3. 猫舌 + カフェオレ = 帰宅衝動
  4. 休日 × 出勤依頼 = トラブル
  5. 定温 + メトロノーム = 絶句
  6. クール × ヒステリック = 気体質量
  7. 派手 + ペンギン = 可愛い子
  8. 話 × 噛み合わせ = 鹿
  9. 能力 - ルール = 妥協点
  10. 深夜 × 知らない人 = 嫌悪感
  11. スッピン + 笑顔 = 最高に格上げ
  12. 言葉 × 名前 = 伝達
  13. 旧刊 × 新刊 = 共通点
  14. 自己評価 × 他己評価 = 160段
  15. 所作 × 湯気 = ノック
  16. 元気 × 食欲 = 年寄り