紅葉の絨毯

誕生日プレゼント用に書きました
お題は「秋」「芋」「紅葉」「赤い毛布」

 徐々に色に暖かみを帯びていく葉に対し、吹き荒れる風は外気に触れる肌をを容赦なく刺す。
「失敗したな……」
 もうちょっと厚いタイツの方が良かったな、なんて後悔してももう遅い。久々にあの人に会うとなるとどうも気分が高揚して今朝の天気予報も見ずに外に出てきてしまった。でも服装自体は完璧だ。二年前の春、東京に出てきてすぐ男の子に「なんか、芋っぽいよな、お前」とか言われた私はもうどこにもいないのだ。れっきとしたシティガールなのだ。
 待ち合わせの時刻、駅の出入り口から見知った顔が現れる。手を振ると、こちらに気が付いたようで爽やかな笑顔で手を振り返してくる。
「ごめん、待った?」
 首を振って答える。
「ううん、全然待ってないよ」
「そっか」
 じゃあ、早速行こうか、そう言うと彼はゆっくりと目的地に向かって歩き出した。
 今日のデートの目的地は大きく二つ、まずは今私たちが向かっている東京の、日本のランドマークと言っていい東京スカイツリーである。彼は一度も行ったことがないらしく隣でこんなにでかいかー、やっぱり電車から見るのとは違うなー、とか独り言を言いながら巨大な電波塔を見上げながら歩いている。
「東京来たのいつぶり?」
 見上げすぎて疲れたのか何度か首を回してからこちらを見る。
「うーんとね、二年くらい前に来たっきりだよ。そん時はちょうど俺の仕事とおじさんとおばさんがこっちに来るのが被ったんだったっけ」
 飯一緒に食ったじゃん、と頭を優しく小突かれる。そういえば実家に一年くらい帰ってないなあ、色々忙しいからなあ。
「時間できたら帰ろうかな」
「うん、おいでおいで、おじさん達も喜ぶよ」
 強風の影響でスカイツリーの展望台には登れなかったため、隣の水族館に入ることにした。小学生以来の水族館に少し心躍らせながら回る。
 水族館を後にし、中のフードコートで昼食を済ます。そして次の目的地である浅草寺へ向かう。途中の商店街で何やら人だかりができていた。
「なんかやってるのかな、ちょっと見て行こうよ」
 彼に手を引かれて人だかりに飛び込む。人の輪の中心にいたのは大道芸人だった。月に数回ここでスプレーアートのパフォーマンスを行ってるらしい。一枚目は黒が基調の夜空の下の氷山の絵、二枚目は火星のピラミッド、三枚目は海面にはばたく白い鳥、どれも幻想的かつ魅力的なものだった。パフォーマンスを見ている時の彼の表情はキャンバスに描かれたスプレーの光沢より輝いていた。
 浅草寺付近で食べ歩きした後、待ち合わせた駅に戻ることにした。話すことがなく黙って隅田川の川沿いを歩く。屋形船が紅葉の中を進んでいる。
 沈黙を破ったのは彼だった。
「そういえばさ、俺、もうすぐ結婚するんだ」
 彼は恥ずかしそうにはにかんだ。
「うん、知ってる」
 そう、知っていた。今日が二人で会う最後の機会になることも。両親から彼に縁談が来ていたことも聞かされていた。それでも、気持ちを伝えることができなくても、こうして最後に二人で会いたかった。
 駅に着く。
「今日はありがとね、今度はこっち遊びに帰ってきなよ」
「うん、時間できたら行くよ」
 たぶん私はちゃんと笑えてるはず。
「あ、あとこれちょっとしたお祝い」
 少し大きめの紙袋を渡す、ダブルベッド用の赤い毛布。
「ありがとう」
 そうして彼はじゃあまた、と残し東京から去って行った。

 ちはやふる 神代も聞かず 龍田川
 唐紅に 水くくるとは

 彼はきっといつまでも気が付かないのだろう、あの「紅い」毛布に込めた意味を。
 秋空は包み込むような澄んだ目で私を見下ろしていた。

紅葉の絨毯

紅葉の絨毯

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-09

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