ベランダから見る景色

 部屋の窓の外からオレンジ色の夕日が白いレースのカーテンを通して射し込んでいるのが見える。由佳は大きなガラス窓の鍵を開け、横に引くと外から涼しい夕方の秋の風が部屋に吹き込んできた。置いてあった黒のサンダルに足を通し、ベランダに出ると、部屋の中にいた時とは違って爽快な気持ちになった。ベランダはリビングに部屋が二つ付いた部屋に相応の広さで、ここに椅子を置いたり、小さな花壇を作るくらいの広さはあった。でもまだここに引っ越してきたばかりだし、エアコンの室外機だけが端っこの方を占めているだけで、他には洗濯物を吊るす物干しやハンガーが上の方にあるだけだった。銀色の少し塗装のはがれた柵に両腕を乗せて、向かい側を一直線に通る道路やその手前の駐車場を眺めていると、ランドセルを背負った小学生たちが仲がよさそうに歩いているのが見えた。五人くらいの男の子と女の子の混じった集団は、一人の男の子が何かを叫んだかと思うと、みんなが笑い出すなどして無邪気にはしゃいでいた。そんな光景を見てると、由佳も自分が子供だった時のことを思い出し、懐かしい気持ちがした。
 由佳も小さい頃はあの子たちのように友達と夕方まで近くの公園で遊んで、みんなで一緒に家に帰った。あの頃はとても時間がゆっくりと流れていたような気がした。学校が終わってから日が暮れるまで三時間くらいしかないはずなのに、その時間がまるで一日続いているような感じだった。ふとそんな時に見た景色が曖昧な記憶となって今でも頭の中に蘇ってくることがある。それがいつのことかは思い出せないけど、はっきりとその時に見たはずだ。その頃由佳と一緒に遊んでいた友達の中には男の子と付き合っている子がいた。由佳は友達の女の子とその男の子が一緒に通学路を歩いているのを時々目にしていた。いつだったか、由佳が一人で歩いている先にその小さなカップルが歩いていたことがあった。その時、声を掛けてもいいはずなのに、二人があまりに楽しそうに話していたから声を掛けることができなかった。由佳はクラスに好きな人はいなかったけれど、自分もあんな風になれればいいなと心のどこかで思っていた。
 由佳が初めて彼氏と付き合ったのは高校生の時だった。家から歩いて三十分くらいの場所にあった公立の高校に通っていた。三年生になった由佳は同じクラスになった啓介という男子と文化祭で一緒に準備をしたことをきっかけに友達になった。初め彼を見た時、物静かな人だなとしか思っていなかった。由佳も社交的な性格ではなかったのでそんなところが啓介と似ていて、自然と二人は一緒に過ごすことが多くなった。ある日、啓介は由佳と近くの公園のベンチに二人で並んで座っているときに告白をした。初めは少し戸惑った由佳だったが、真剣な啓介の表情を見て付き合うことに決めた。付き合い始めた頃は由佳はそんなに本気ではなかったけれど、二人で旅行をしてからは彼のことを恋人として見るようになった。後に啓介に最初は本気じゃなかったことを告げると、啓介は少し残念そうに笑っていた。
 そんな二人は偶然も重なって同じ大学に進学することになった。たまたま志望校がかぶっていて、二人とも第一志望ではなかったが、同じくらいの学力だったので、その大学が受かり、啓介はほかにも都心の私立の大学に受かっていたが、由佳と相談して同じ大学に通うことになった。二人は東京の隣の県に住んでいたので、別にわざわざ同じ大学に通わなくてもお互いの家は電車で二十分ほどの距離にあったのですぐ会うことができた。圭介は文学部に入り、由佳は経済学部に入った。一年生の頃は二人で並んで席に座って授業を受けることが多かった。それぞれ同じ学部に友達はいたが、極力大学でも一緒にいようとしていた。昼休みになると一緒に近くの駅まで行って食事をするのは大学を卒業するまで続いた。二人の関係は周囲の友達には周知の事実になっていて、そのことを囃し立てる人もいなかった。啓介は三年生の終わりごろに就職活動をして、由佳は大学院に進学することに決めた。経済学なんて当初はなんの興味もなかったが、勉強していくにつれて世の中の仕組みがわかったような気がして、もっと知りたいと思うようになった。二人は無事に大学を卒業すると、啓介の就職を機に同棲を始めた。都心から十五分ほどの緑の多い住宅街の中のマンションを借りた。同棲を始めた当初は不安もあったが、半年ほどすると生活にも慣れてきて特に目立った問題もなかった。
 由佳はベランダから夕闇の中に沈んでいく太陽を眺めていた。ぎらぎらと強い光を放つ太陽が今はオレンジ色の落ち着きのある光を放っていた。空に浮かぶ白い雲にオレンジ色の光が混ざって綺麗だった。そんな光景を見ていると、玄関の鍵を開ける音がした。鉄の扉がゆっくりと開く音がして後ろを振り向くとスーツ姿の圭介が仕事から帰ってきた。髪の毛をサラリーマンのように整え、大学生のころとはずいぶん違って見えた。啓介は黒のバッグを持ちながら部屋に入ってきて、ネクタイを片手で緩めた。
「おかえり。今日は早かったね」
「今日は仕事が早く終わったんだ。でも遠くの営業先に挨拶に行ったから疲れたよ」
「お風呂沸いてるけど入る?」
「そうする」
 啓介はそう言ってリビングを抜けて寝室の方へ行った。クローゼットを開けてスーツを仕舞うと部屋着に着替えた。リビングに戻ってきた啓介の姿はどこか大人びて見えた。元々年齢以上に見られることが多かったが、それでも就職してからは変わった気がした。
「由佳は今日大学行ったの?」
「午前中だけ授業だったよ。午後からは家で本を読んでた。そうしたら眠くなってきてさっきまで寝ていたの」
「うらやましいな」
「本当ね。もう少しこの身分を楽しむわ」
 啓介はキッチンの方へ行って冷蔵庫を開けた。二人で引っ越した当初に大きな駅の近くの家電量販店で買ったものだった。啓介が就職してからは金銭的な面でお世話になることも多く、少しだけ引け目を感じていたれど、仕事で夜遅くに帰ってきたときなどは、学生をやっていてよかったと思った。啓介は冷蔵庫の中から取り出したお茶をコップ一杯飲むとお風呂場の方へと行った。

ベランダから見る景色

ベランダから見る景色

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-08

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