魔王

 ファンタジーを書きたいと思いました。

 世界を変える力を手にしていると分かった途端、魔王はすべてが怖くなった。自分は魔王であるから、そんな恐れや怖さなどという感情からは解き放たれていて、自分がそういった感情を他者に、あらゆるものに与える存在である、という認識があった。だから、ひどく困惑したのだ。
 余は、魔王。
 そう、内心で呟き確認した。
 誰もが恐れる存在。
 そのはずである。
 世界のすべてを恐怖に陥れ、阿鼻叫喚の地獄に変えるのだ。というのが魔王の魔王たるゆえんである、と思うのだ。正しくは、そう思うというよりも、そういう存在として生まれている、何かによって作られている、とでも言えばいいか。何かによって、と言ってしまうと、まるで人間たちが信じている「神」という存在を肯定するかのようだ。しかしそれも存在するのかもしれない。魔王にとってはどうでもいいことだが。
 いや、どうでもよくはない。
 魔王自身をつくったのが「神」であるならば。
魔王は「悪」ではないのではないだろうか?「悪」として定義されるために必要な存在であるということになるのであるならば、もともとの存在意義は「悪」の以前に「善」だ。そうなのかもしれない。「善」を知るためには「悪」が必要だ。ならばその「悪」は「善」のためであり「善」から生まれているのではないか。
 世界のすべてを破壊する、という欲求。このもともと魔王の心の中にあった欲求は、いったいどこからきたのであろうか?いつ湧いたのか?ずっと、最初からあったように思う。何の目的だろうか?目的はない。ただ、破壊するのだ。
 そう感じる自分は何者だろうか?
 破壊すること、絶望させることを望んでいる。
 ずっとそうだったのだ。
 なぜずっとそうだったのか。
 なぜそのような存在であったのか。
 世界を破壊することができる。今の、平和な世界を変えることができる。
 どうやらその力がある、ということに気づいた。
 だからそうすればいい。そうしようと思う。
 しかし。
 世界を破壊したい欲求がどこからくるものであるか知ることの方が、魅力的なことのように思えるのだ。
 自分が魔王である理由、魔王として最初から存在する理由、原因、何がそう決めているのか、何が魔王を魔王としているのか。
 それを知ることの方が、重大なことのように思えたのだ。
 魔王という存在自体を揺さぶってくるその思考に、魔王は怯む。
 そして抗いがたい誘惑に、世界を破壊するというただ一つの目的とさえ思われていたことが、揺らぐ。
 なぜ己は魔王なのか。
 「善」が何であるかを知る。
 「悪」が何であるかも知る。
 そんな己がなぜ魔王であるのか?
 何かが魔王に、手招きしているのだ。
 
 そして魔王は玉座を後にした。

魔王

魔王

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-10-08

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